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革新的な静電型ヘッドフォン、SONOMA Acousticsの「Model One」を体験

 エミライは、米SONOMA Acousticsの静電型ヘッドフォンシステム「Model One」の詳細を公開した。ヘッドフォンとアンプのセット販売で、日本での発売日と価格は未定だが、60万円台の前半で、5月中旬頃の発売をイメージしているという。4月29日に、「春のヘッドフォン祭 2017」で発表会も開催された。

SONOMA Acousticsの静電型ヘッドフォンシステム「Model One」

ヘッドフォン部分

 オープンエアのエレクトロスタティック(静電)型ヘッドフォンと、ドライブ用アンプのセット。ヘッドフォンの振動板には、Warwick Audio Technologiesが開発した、高精度静電ラミネート(HPEL)振動板を世界で初めて採用している。

HPEL振動板

 一般的な静電型ヘッドフォンの振動板は、2つの導電性金属グリッドの間に、導電性材料で被覆された薄膜を配置した構造になっている。膜とグリッドの間には小さな隙間があり、膜はグリッドに対して高いDC電位に保たれ、オーディオ信号はグリッド間に印加される。これにより、膜が信号に応答して動いて音が出る。しかし、振動板はグリッドに“サンドイッチ”されているため、振動板で発生した音を通すために、グリッドに穴が設けられている。

 これに対して、HPELの特徴は、導電性金属グリッドが振動板を両側からサンドイッチせず、片側にしか存在しない。特許技術が含まれているため、詳細は明らかになっていないが、概要としては、振動板として15μmと、人毛よりも薄い可撓性積層フィルムを採用。そこにアルミが蒸着されている。通常の静電型の振動板のように、ボイスコイルはエッジングされていない。

HPEL振動板を含むユニット部分。写真は耳側。アルミが蒸着された振動板が、そのまま見える

 このフィルム振動板が動いて音が出るわけだが、ステンレススチールのメッシュで出来たグリッドは、耳側とは逆の、外側にのみ存在する。そして、振動板には1,350VのDCバイアス電圧がかけられるが、それだけでなく、オーディオ信号も重畳される。すると、振動板が動き、音が出るという仕組みだ。

同じユニットの、外側の面。ステンレススチールのメッシュで出来たグリッドが見える

 つまり、2つのグリッドで振動板を挟み、グリッドにオーディオ信号を入れてプッシュプルで振動板を動かすのではなく、片側のグリッドと振動板だけを使い、振動板にオーディオ信号を入れて、シングルエンドで動作させるというイメージだ。これにより、耳側にはグリッドが存在せず、音が振動板からストレートに耳に届くという。構造としては、コンデンサマイクに似ている。

 振動板で分割振動が発生しないようにする仕組みもユニークだ。振動板は絶縁体で作られた蜂の巣のような形のスペーサーに貼り付けられている。これにより、振動板は1枚のフィルムとして動こうとするのだが、6個のスペースが区切られたスペーサーに張り付いているので、6個のスペースの中でしか振幅しない。この機械的な構造により、分割振動を抑えているという。

ハウジングを外側から見たところ。蜂の巣のような黒いスペーサーと一体化しているのがわかる
振動板は全面で動こうとするが、スペーサーが貼り付けられているので、区切られたそれぞれのスペースで振動板が動くような形となり、分割振動が発生しないようになっているという

 振動板に使われている薄くて軽いラミネート素材は、60kHzを超える線形性を維持しながら、周波数応答を拡張可能。これにより、「他に例のない過渡性能を備え、その表面積は最大周波数応答を得るために最大化されている」という。また、現代的な自動製造技術で製造できるため、個体差が少なく、左右チャンネル間で±0.8dB以下というマッチングを実現したという。

 筐体にはマグネシウムを使用。軽く、合成に優れており、「HPELトランスデューサを収納して最適な性能を発揮する理想的な素材」だという。ハウジング部は、高い圧力で精密射出成形して作られている。ヘッドフォン部分の重さは303gで、高級ヘッドフォンとしては非常に軽く、快適に装着できるという。また、高い強度と耐腐食性を追求し、高級ステンレス製のネジと留め具を使っている。

筐体にはマグネシウムを使用

 イヤーパッドは、トップグレイン(革で最も厚みのある部分)のカブレッタ・シープスキンレザーを採用したハンドメイド製。軽量、滑らかで、耐久性にも優れるという。レザー原料はエチオピア製。皮革は1826年以来革をなめしてきた英ピタードで製造されている。

 ケーブルは、Straight Wireと共同開発。銀メッキされた無酸素高導電率(OFHC)超純銅を採用。非常に細い素線を使い、断熱材には高い誘電率を備え、十分に減衰されるために発泡ポリエチレンを採用。左右チャンネル信号ケーブル間に共通のグランドはなく、ジャケット内のファイバーフィラー材料は導体を可能な限り離れた状態に保っているという。強度を出すために、2本のケブラー繊維も織り込んだ。

 ケーブルは着脱可能で、端子には高精度のセルフ・ラッチ式Remoコネクタを採用。アンプまたはヘッドフォンのいずれかでケーブルが接続されていないと、アンプは自動的にシャットダウンする。

セルフ・ラッチ式Remoコネクタを採用

ドライブアンプにはDACも搭載

 Warwick Audio TechnologiesのDan Anagnos CTOは、平面振動板の利点として、「通常のスピーカー再生は、ユニットから音が球面波として放出されても、それがリスナーの耳に届くまで距離があるため、曲率半径が無限大になり、平面波として耳に届く事になる。逆に、通常のダイナミック型ヘッドフォンでは、音が球面波として放出されてから、耳に届くまでの距離が近いので、平面波のようになる前に、耳に入ってしまう。そこが、最初から平面波を放出する静電型ヘッドフォンが優れており、スピーカーで聴いているような感覚で楽しめる理由」だと説明。

 この特徴をさらに活かすため、ドライブするアンプにはカスタム設計の64bit倍精度固定小数点演算用DSPも内蔵。すべての信号をデジタル領域で処理している。この処理は、HPEL振動板を理想的にドライブするためのものだという。

アンプ部にはUSB DACやADCも搭載

 また、このDSPで、完全デジタル補間の音量コントロール機能も実現。忠実度やダイナミックレンジの損失が無く、完全な左右チャンネルマッチングで、レンジの終わりにポテンショメータ/アッテネータの非線形性がなく、「ジッパー」ノイズやクリック/ポップなどのノイズの問題がないといった特徴があるとする。

 DACも搭載。ESSの32bit、リファレンスグレードDACを左右独立で合計2基搭載。各DACチップはモノ・モードで動作し、SN比は129dBを達成。入力端子は、USB、同軸デジタル、アナログRCA、ステレオミニのアナログを各1系統装備。USB DACとしては、384kHz/32bitまでのPCMと、DSD 5.6MHzまでの再生に対応。DoPでの再生をサポートする。

前面
背面

 マスタークロックは、Crystekの超低位相雑音発振器を中心に構築。100MHzで動作する製品で、位相ノイズ(<90dBc/Hz)が非常に低く、業界最高のrmsジッタレベル(100MHzで82フェムト秒)を備えた、いわゆる「フェムト・クロック」となる。

 アナログ入力も備えており、ADコンバータも搭載。前述のDSP処理の前段階でデジタル信号に変換するため、マルチチャンネル対応の384kHz/32bit対応の旭化成エレクトロニクス製のプレミアムADCを採用。120dBを超えるSN比を達成したとする。

内部
ESSの32bit、リファレンスグレードDACを左右独立で合計2基搭載

 アンプ部分はシングルエンド・ディスクリートのFET Class-Aアンプ。非常に低い歪みと広い帯域幅を備えるという。駆動信号の最大振幅は145V(rms)で、1,350 VDCのバイアスに重畳されている。

 筐体には高純度のアルミニウム6063番を採用。押し出し、CNC加工で作られている。特別な3Dの波の形を模したパターンは、放熱を促進するために設けた。シャーシ全体が導電性を持ち、理想的なEMI/RFIシールドとして機能するという。

元ソニーのメンバーが集まったメーカー

 昨年SONOMA Acousticsを設立した、General ManagerのDavid Kawakami氏は、元々ソニーで働いており、ソニーのエンターテインメント事業である、ソニー・ミュージックやソニー・ピクチャーズに、技術導入を行なうなどしていた。SACDの立ち上げにも関わっており、世界で初めてのDSD記録・編集システムであるSonomaワークステーションも開発した。

SONOMA Acoustics General ManagerのDavid Kawakami氏

 Kawakami氏は、「ソニーを出て10年ほど外で仕事をしていたが、オーディオのプロジェクトをまたやりたいと考えていた。その時に、Dan(Warwick Audio TechnologiesのDan Anagnos CTO)から、『かなり面白い静電型のユニットが出来たので聴いてみないか』と連絡があり、プロトタイプをラスベガスのCESで聴いて驚いた。今までのヘッドフォン市場には無い、ハイレゾにぴったりなヘッドフォンが作れると考え、SACDの立ち上げメンバー達に電話をしたところ、皆すぐに『成功してもしなくても、また一緒に仕事しようぜ』と言って集まってくれた。SACDの時はストレスも多かったので(笑)、半分遊びというか(笑)、とにかく楽しんで作ろうという話になり、それでスタートした」という。

 そんなKawakami氏と30年来の付き合いというDan氏も、元は米国のソニーで、スピーカーの設計や企画をやっていたという人物。ソニーのSACDプレーヤー第1号機の「SCD-1」が登場した際、その音質を表現する高級スピーカーとして「SS-1ED」(海外ではSS-M9ED)というモデルがあった事を覚えている方もいると思うが、あのスピーカーを手掛けたのはDan氏だという。

Warwick Audio TechnologiesのDan Anagnos CTO
右のスピーカーが、Dan氏が手がけた「SS-1ED」(海外ではSS-M9ED)

 Dan氏は、HPELの特徴や、ドライブするアンプ側のこだわりなどを詳しく説明した上で、HPELを採用したヘッドフォンとアンプを、セットで提供している事が重要だと語る。「市場にはハイエンドなヘッドフォン、ヘッドフォンアンプがあるが、Model Oneはコンビで設計し、最高のハイレゾパフォーマンスが得られる。HPEL振動板の良さを、いかに活かし、フルスイングし、最良の結果を出せるか。DSPなども含め、アンプ側でもそれを出せる最適な設計になっている」と語り、Model Oneというトータルシステムとしての完成度の高さに自信を見せた。

音を聴いてみる

 一般的な静電型ヘッドフォンは、前述のように、振動板が狭い空間の中でサンドイッチされた構造であるため、振幅の幅が大きくとれず、低音や音圧が得にくいといった弱点がある。だが、Model Oneを装着して音を出すと、従来の静電型のイメージとまったく違う音が出てきて驚かされる。

 それは低音の迫力で、音圧、量感、ともにダイナミック型の大型ユニットを搭載したヘッドフォンに負けないほど、パワフルなサウンドが出てくる。あのスペーサーに貼り付いた振動板で、どうしてこのような低音が出るのか不明な部分もあるが、かなり衝撃的なサウンドだ。

 かといって、低音が強いだけの、モコモコ、ボンボンした音ではまったくない。低域から高域に渡って、静電型らしい超高精細な描写であり、高域の繊細さは、静電型ならではの、風格すら感じさせるクオリティだ。にもかかわらず、低域が非常にパワフルなので、従来の静電型ヘッドフォンのイメージを引きずったまま試聴すると、戸惑ってしまう部分もある。新たな振動板が生み出す、間違いなく、新しいヘッドフォンサウンドだ。