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“テイラーメイド”カスタムイヤフォン「Just ear」。松尾氏が見せる仕上がりの自信

 ソニーエンジニアリングは、「Just ear」ブランドのカスタムイヤフォン「XJE-MH1/MH2」の4月29日受注開始に先駆けたプレビューイベントを、販売する東京ヒアリングケアセンター青山店で28日に開催。エンジニアの松尾伴大氏らが、Just ear第一弾「XJE-MH1/MH2」の開発経緯と、この製品で目指したものなどについて語った。

Just ear開発の中心であるソニーエンジニアリングの松尾氏(右)と、東京ヒアリングケアセンターの菅野聡氏(左)

 Just earは、'14年10月に行なわれた「秋のヘッドフォン祭 2014」でブランドの立ち上げを発表。会場では試聴も可能となっており、順番待ちの列ができる盛況ぶりからも、周囲から期待の高さがうかがえた。

 受注開始を目前に控えたJust earを展開するソニーエンジニアリングの松尾伴大氏に、改めて新モデルの開発意図や特徴などをうかがった。

XJE-MH1の作成例

テイラーメイドのイヤフォンが生まれるまで

 既報の通り、第1弾製品となるカスタムイヤフォン/カスタムIEMの「XJE-MH1」と「XJE-MH2」は4月29日より先行受注を開始。XJE-MH1は、購入者の好みや使用環境に合わせて作る音質カスタムモデルで、想定価格は30万円前後。XJE-MH2はあらかじめ3種類の音質バリエーションを用意したプリセットモデルで、想定価格は20万円前後。完全受注生産で、音質カスタム/音質プリセットのどちらのモデルにも、購入には耳型の採取(9,000円)が必要。販売は東京ヒアリングケアセンター青山店で行なう。

 いずれも、バランスド・アーマチュア型ドライバと13.5mm径ダイナミック型のハイブリッド型ユニットを採用。ケーブルは着脱式。保証の対象外とはなるが、別のMMCXケーブルへの交換も基本的に可能としている。外耳道の内側の形状は、表情や口の開け方でも変わるため、外耳道に収まる音導管部には、体温で柔らかくなる樹脂材料を使った「ダブルレイヤーフィットシェル」を採用しているのも特徴。

松尾氏

 Just earは、ソニーのヘッドフォンを多数手掛け、元“耳型職人”としても知られるエンジニアの松尾伴大氏が中心となり展開。「テイラーメイドヘッドホンという考えのもと、洋服を仕立てるように一人ひとりの耳の形に合わせてヘッドホンを製作する」としている。

 同社がカスタムイヤフォン事業を展開するのが決定したのは約2年前。これまで数多くのソニー製イヤフォン/ヘッドフォンを手掛けた松尾氏は「新しいことをやりたい」という思いもあり、「JE課」が始動。課長である松尾氏が一人で全てを担当するという。

 販売店である東京ヒアリングケアセンターと松尾氏が出会ったきっかけは、もともと松尾氏がカスタムイヤモニターを作るため、東京ヒアリングセンター青山店を利用したことだったという。そこで、アクセスの良さや店の雰囲気、技術の高さ、同店を展開するヴァーナル・ブラザースの取締役であり、認定補聴器技能者である菅野聡氏の対応などに感銘をうけたことで、一緒にやりたいという気持ちが強まったという。ただその時点ではソニーエンジニアリング社内で正式に決まったプロジェクトではなかったため、具体的な話までにはいかず、会話の中でそういった話題が出た程度だったという。

 かつてソニーが補聴器を手掛けていた頃に、菅野利雄氏がソニー製補聴器(現在は生産終了)を販売するための専門店として1995年に開業したのが出張専門の補聴器専門店「ヴァーナル」。それが'04年に品川ヒアリングセンターとしてリニューアルし、さらに'06年に青山店(当初は青山ヒアリングケア)が誕生した。その頃から、カスタムイヤフォン用の耳型採取についても展開するという計画があり、実際に'10年頃から開始。現在では未成年から団塊の世代まで利用者は幅広く、菅野聡取締役も、このジャンルの盛り上がりを感じていたという。その後、約1年前に松尾氏からJust earの正式にオファーがあった時には、菅野氏はすぐにOKの返事を出したとのこと。

 特徴的なのは、何といってもエンジニア自身が1対1でヒアリングを行ない、自分に合った音の仕上がりにしてくれるということ。ソニーのEXシリーズなど数多くのイヤフォン/ヘッドフォンを手掛けてきた松尾氏自らが、ユーザーの好きな音楽や使っているイヤフォンなどをベースに、ユーザーごとに適したものを提案してくれるという、洋服の「テーラーメイド」のような行き届いたサービスだ。

 ユニット構成も、一般的なハイエンドのカスタムイヤフォンと比べて大きく違うのが、バランスドアーマチュアユニット(BA)とダイナミックのハイブリッド型であるという点で、広い帯域をカバー。BAの高域をベースに、低域とのバランスなどを購入前に調整できる構造になっており、納品時にもヒアリングを行なうことで、松尾氏が音質を調整してくれる。

 よく見ると、BAユニットはシェルの内部に固定されており、音道管からの位置が決まっているが、ダイナミック型ユニットからはチューブのようなものが伸びており、そこからダイレクトに先端の音道につながっている。一般的なマルチウェイのBAユニットのようなネットワークは搭載していない。これは、ネットワークを搭載することで、プレーヤーの出力や音量の上下などによって音質が大きく変化してしまうのを避けるためだという。

透明なハウジングで、内部の構造が見える
左側のダイナミック型ユニットから、管が伸びているのが分かる
ダイナミック型ユニットは、後からでも音質調整が可能な構造

 実は松尾氏自身のこだわりとしては、ソニーでこれまで数多く担当したダイナミック型シングルでチャレンジしたという思いもあったという。しかし、開発を進める中で、ダイナミックユニットの配置が大きく音を左右することなどもあり、BAとの組み合わせに行き着いたとのこと。ダイナミックユニットの音を管を通して耳に届けることで、人によってハウジングのサイズなどが異なるカスタムイヤフォンでも、同じような音質を狙って実現できるようにした。

 イヤフォンを作る前段階の「ヒアリング」としては、専用の試聴機を利用。購入者の手持ちの音源をベースに、コンピュータで細かく微調整する。納品時にも松尾氏が立ち合い、改めて仕上がりの音を聴き、イメージに合わなければその場で微調整を実施するという。

 イヤフォンのユニット自体は、カスタムモデルの「XJE-MH1」も、プリセットモデルの「XJE-MH2」も同じで、13.5mm径ダイナミック型とBA型が各1基だが、中高域は一定に保ちつつ、ダイナミックユニットの調整によってバランスなどが調整できる。

ヘッドフォン祭の試聴機から音質改良も

 もう一つユニークな点として、音質プリセットモデルXJE-MH2は、あらかじめ3種類の音質に松尾氏がチューニングしたものが用意される。簡単に説明すると下記の通りだ。

  • フラットにあるがままの音を聴く「モニター」タイプ
  • 音楽を楽しく聴くための「リスニング」タイプ
  • ダンスミュージックなど低音重視の「クラブサウンド」タイプ
会場に展示された試聴機。左から、モニター、リスニング、クラブサウンドのモデル
AK240と組み合わせて試聴した

 会場には、XJE-MH2の試聴モデルも用意。ユニバーサル型(イヤーピースを介して装着)にしたもので、手元のハイレゾプレーヤー「AK240」で少し聴いてみたところ、「モニター」タイプを試すと、イヤモニターと呼ぶにふさわしいフラットなバランスで、ダイナミックユニットの低音が、主張しすぎない程度で全体を下支えしていると感じられる。

 ここで極端に「クラブサウンド」モデルに変えるとガラリと印象が変わり、圧倒的な低音に包まれる。ダフト・パンクなどマッチする曲では、体が思わず動きそうになるパワーを持っている。一方で同モデルを使ってボーカル曲を聴いても、大きくバランスが崩れるわけでは無く、太い低音に包まれながらもボーカルがしっかり届くのが印象的。中高域をマスクせずにしっかり届けることも、松尾氏の目指したものだったという。

 3種類の中でも、松尾さんが「ぜひ聴いてほしい」と勧めるのがクラブサウンドのモデル。確かに、カスタムイヤフォンで、ここまで個性的な低音のモデルはほとんどないと思うが、松尾氏によれば最近の傾向として、若い音楽リスナーが、こだわりとしてカスタムイヤフォンを作るケースが増えているという。彼らの多くが好む音楽のジャンルとして大きな存在感であるのがクラブサウンド。ベテランのオーディオマニアだけでなく、こうした若年層もJust earの大きなターゲットだという。

MMCXケーブルとの交換も可能。右の写真は、AK240とバランスケーブルで接続したところ

 前述の通り、かつてヘッドフォン祭で試聴機も展示していたが、そこからドライバの変更を含む多くの改良を実施。試作機に対しては辛口の意見もあったとのことで、具体的には高域の出方なども見直したという。

 これまでユニバーサル型を数多く手掛けてきた松尾氏だが、東京ヒアリングケアセンターとの関係は、単に開発者と販売店というのではないという。音の出口から外耳道を通って鼓膜まで届くまでには音が大きく変化し、それがユニバーサルとカスタムでは大きく異なるため、ベストな音と装着感を実現するため、東京ヒアリングケアセンターが補聴器などで培った技術と、松尾氏の音響設計の部分を合わせて製品の完成に至ったとのこと。

従来とは異なる、手の込んだ耳型の採取も

作成前に、耳に当てて装着イメージを決めるためのパーツ

 東京ヒアリングケアセンターでは耳型の採取も必要だが、そのやり方も他社製イヤフォンを作る時とは異なる。まず違うのが、耳型を採るために専用の器具を頭に装着するという点。あらかじめ用意したベースとなるパーツを耳に当てて、どれだけの部分が耳穴に収まるかなど、個人によって異なる仕上がり感をイメージした後で、耳型採取に取り掛かる。

 耳穴に注入する器具も他社とは異なる専用のもの。一般的には注射器のようなものが使われるが、Just ear用には、より高精度に型を取るための専用器具を輸入して使用している。さらに注入する素材も、器具に合った特別なもの。この素材が固いと、注入時に耳穴を広げてしまい、正確なサイズではなくなってしまう恐れがあることから、より高価ではあるが柔らかい素材を選んで使用しているという。

 出来上がりのハウジング(シェル)部分は光硬化樹脂を使用。耳穴の奥に入る先端部分には柔らかい素材を使っている。他社では体温で柔らかくなる素材を用いているものもあるが、Just earが使っているのは、着ける前から既に柔らかいもので、着けながら口を開閉したりしても、装着感が大きく変わらないという。

デザイナーの三木修氏

 デザイナーはソニーエンジニアリングの設計6部 デザイン課 三木修統括課長が務めた。従来のカスタムイヤフォンのイメージを大きく変え、遠くから見てもJust earと分かるのが、透明ながら薄い青緑に見えるコーラルグリーンの採用。象徴であるダイナミックユニットを際立たせるアルミ削り出しのパーツ採用も、他社製イヤモニとは大きく異なる。既存の男性的なデザインではなく、女性も着けやすいデザインを目指したという。

 多くの人にとって、イヤフォンに30万円、20万円という価格は決して安いものでは無いが、実際は一つ一つの素材や製作までの器具、サービスを合わせると、この料金設定は、かなりギリギリのラインで実現したものだという。ヘッドフォンを知り尽くした松尾氏がマンツーマンで、自分の好きな音などについて突き詰めてくれるというのは、イヤフォン/ヘッドフォンのコアなファンでなくても、他ではできない貴重な体験といえる。

東京ヒアリングケアセンター。ヘッドフォン祭が以前開催されていた、外苑前駅のスタジアムプレイス青山の近く

 XJE-MH1/MH2の購入は予約制で、29日より受注を開始。試聴や耳型採取時には来店するという一定の手間は必要だが、イヤフォン好きな人も、音楽は好きだがイヤフォンに詳しくない人も、改めて自分の好みを見つめ直し、一番合ったイヤフォンを見つけるという機会にもなる。あえて時間をかけて究極の“テイラーメイド”の一台を探してみるのも良さそうだ。

 松尾氏自身も、こうしたユーザーとの対話を通じて、これからの製品づくりを進めていけることに大きな期待を寄せているという。具体的には、今回は実現に至らなかった「ハイレゾ対応」モデルの開発も計画しているほか、MMCXを活かしたバランスケーブルなども検討の一つにあるという。「Just ear」はイヤフォンに留まらず、「耳に関すること全て」のブランドとのことで、今後の展開も楽しみだ。

(中林暁)