ミニレビュー

“音への考えをリセット”したイヤフォン「fitear」。ドライバ数非公開、その実力は?

 10月25日と26日に行なわれた「秋のヘッドフォン祭 2014」(フジヤエービック主催)で登場した新製品のうち、注目されたイヤフォンの一つに「fitear(フィットイヤー)」がある。製品そのものは春に参考出展されていたが、販売の体制が整ったとのことで、今回のヘッドフォン祭会場で販売が開始された。約1カ月使ってみた、このfitearを紹介する。

fitear

 FitEarブランドは、「ヘッドフォン祭」や「ポタフェス」といったイベントへ行く人にはよく知られているが、販売店があまり多くはないため、馴染みがない人もいるかもしれない。改めて説明すると、FitEarは義歯などを手掛ける須山歯研によるイヤフォンや補聴器のブランド。アーティストやサウンドエンジニアなどを対象に、耳型を採って製作するカスタムインイヤモニター(IEM)を展開しているほか、一般向けにもオーディオ用のカスタムイヤフォンや、イヤーピースで装着する一般的なユニバーサル型イヤフォンを展開している。

春に参考展示していた時のデザインは白だった

 そのFitEarブランドからこの秋に正式発売されたユニバーサル型イヤフォンが、今回紹介するfitear。ブランドと同じ綴りだが、製品名は全て小文字の表記となる。なお、春の参考展示では筐体がホワイトだったが、製品版はブラックとなった。ケーブルもスリムな「FitEar Cable 006」に変更されている。価格はオープンプライスで、フジヤエービックやe☆イヤホンのサイトでは85,900円(税込)で販売されている(12月時点)。なお、受注生産となっており、購入には同意書が必要となっているため、購入方法の詳細は各販売店のサイトで確認してほしい。

 製品について細かく説明する前に、気に入った点を一つ挙げると、このイヤフォンに感じた良さはシンプルで「輪郭が明確で、ハイレゾがしっかりハイレゾとして聴こえる」こと。ボーカルの息遣いや繊細な高域表現など、ハイレゾならではの良さをストレートに表現。低域や高域などの目立つ部分を必要以上に色づけして個性を出そうとしないことが、結果として最大の個性になっていると感じる。音について細かなインプレッションは、この記事の後半部分でレポートしたい。

FitEarが“リセット”。ドライバ数は非公開

秋のヘッドフォン祭でのfitearの展示

 既に数多くのイヤフォンを世に送り出している同ブランドだが、今回のfitearは「これまで試行錯誤しながらたどり着いた一つの到達点」だという。これまでの製品で培ったノウハウを投入しながらも、「音に対するこれまでの同社の考えをリセットした」とのこと。ブランド名と同じfitear(小文字と大文字の違いはあるが)にしたことからも、同社にとってユニバーサル型のリファレンス的なモデルにしようという意図がうかがえる。

 同社の既存モデル「FitEar Parterre」もそうだが、他メーカーと違うポイントの一つが、「ドライバ数を明かさない」こと。バランスド・アーマチュア(BA)型ドライバを使っていることは明示しているが、いわゆる“ドライバ数競争”に囚われることなく、自分の耳で聴いて音を確かめてほしいという同社の考えに基づくものだ。

 BA型イヤフォンにおいて「ドライバ数が多いほうが、広帯域を再現できる上位のモデル」というのは一つの目安となっている。もちろん、シングルやダブルのドライバでも各帯域のつながりやバランスに優れていたり、低音がしっかり出るモデルも存在するが、4ドライバ、5ドライバなどの上位モデルが各社から登場していることもあり、「ハイエンド=ドライバ数が多い」というイメージは、ある程度定着したといえる。

 そうした中で、ドライバ数が非公開というのは、レビューする側にとっては正直なところ少しやっかいな部分もある。ダイナミック型であればユニットの大きさ、BA型ではドライバ数によって、どんな音が出そうかという見当をあらかじめつけることができそうだが、そうしたことができないからだ。しかし、逆に言えば、音が良いかどうか、好きかどうかについて先入観を持たず、フラットな感覚で確かめられるということでもある。

 実際、メーカーが「耳で聴いて確かめてほしい」という製品を、言葉で説明しようというのも少し野暮ではあるが、分からないなりにアレコレ想像してみるのもオーディオの楽しさではある。FitEar製品をあまり知らなかった人や、このモデルが気になっているが試聴イベントにはなかなか足を運べない人、購入したいけれど価格が気になってまだ踏み切れない人などに、一つの目安としてお届けできればと思う。

頑丈なペリカンケースや、メッシュポーチ、ケーブルクリップ、クリーニングブラシも付属する

アニメ楽曲などCD音源にも新たな発見

 ハウジングを見ると、カスタムイヤフォンの筐体を彷彿とさせつつ、それよりは一回りコンパクトにしたようなデザイン。他社の多くのイヤフォンのように、メーカー名やロゴをハウジング外側の目立つ部分に配するのではなく、外側から見るとマットな仕上げのシェルカバーのようなパーツと、左右を示す赤/青の小さな点があるのみ。右側(赤)のケーブル付け根部分に突起があり、手触りで左右どちらのイヤフォンかを判別できる。耳に触れる内側に「FITEAR」の文字とシリアルナンバーが記載されている。余計な装飾がないあたりは、モニターイヤフォン的な渋さを感じる。

丸みを持った筐体デザイン

 ハウジングのサイズは、前述の「FitEar Parterre」よりは若干大きめな印象で、手持ちのBA×3ドライバ搭載イヤフォン「ATH-IM03」に比べるとやや小さい。イヤーピースを外した状態で見ると、音が出るノズルの先端部分が、ホーン状に広がっているのが分かる。

fitearの音道部の先端。ホーンのように広がっている形状
'13年に発売したユニバーサル型の「FitEar Parterre」
オーディオテクニカの「ATH-IM03」

 ケーブル付け根の部分が上を向くようにして、ケーブルを耳に掛けて装着。耳に触れる内側部分は、丸みを持たせた凹凸のある形状で、変な引っ掛かりなどの違和感は無く、耳の形に沿っている。これは、耳型を元に製作するカスタムイヤフォンを多く手掛けてきた同社のノウハウが、ユニバーサル型にも活かされているためだろう。

ケーブルを耳に掛けて装着する

 ケーブルは前述の通り細身の「FitEar Cable 006」で、耳に掛ける部分には透明なカバーと形状を固定させるワイヤーが入っている。ケーブル自体は弾力があり、真っ直ぐになろうとする力が強いため、他の柔らかいケーブルのように丸めて机に置くといったことがしにくいと感じたが、ケーブルに変な曲がりのクセなどが付かず、ポーチなどから取り出しても絡まりにくいため、使っていくうちに便利だと感じてきた。耳掛け部分にはワイヤーが入っているので、装着中はちゃんとケーブルも耳に沿った形に収まる。イヤーピースはS/M/Lサイズとダブルフランジタイプを同梱。個人的にはダブルフランジタイプが一番フィットしたので、主にこれを使用した。今回、プレーヤーとしてはハイレゾウォークマンの最小モデル「NW-A16」やiriver Astell&Kernの「AK240」を使用している。

付属イヤーピース
主にダブルフランジ型を使用した
イヤフォンケーブルを外したところFitEar用でおなじみの2ピン仕様
耳掛け部分にはワイヤーが入っている
R側を横からみたところ。突起があって手触りで判別できるs

 簡単な音の特徴については「ハイレゾがしっかり聴ける」と冒頭で触れた。BA型の基本的な特徴である「高域などのディテールを丁寧に描く」音から一歩進んで、音がダイレクトに力強く届く感じが気持ちいい。描写は繊細だが、音が“か細い”のではなく、輪郭のはっきりした形で押し寄せてくる“真っ直ぐさ”が、他のBAイヤフォンと違う印象。曲全体で調和を保ちつつ、個々の楽器、その楽器が持つ音の1つ1つがしっかり主張してくる。山中千尋らによるセクステット(6人編成)の「Somethin' Blue」や、ねごと「サイダーの海」などを聴いて、特にそういった良さを味わえた。

ハイレゾウォークマン「NW-A16」との組み合わせ時

 ギタリスト・木村大のアルバム「ONE」から、フラメンコ・ギタリストの沖仁と共演した「La Isla Bonita」では、2人の畳みかけるようなテクニックの数々が細部までしっかり味わえるのはもちろんだが、技巧的なすごさだけでなく、スタジオで録った音がそのまま届いたような、生々しさが随所から感じられる。低域の深さや量感という点では、もっと欲しいと思う人もいるかもしれないが、個人的にはこれくらいのバランスが好みで、それよりもボーカルなどの真っ直ぐさがしっかり味わえることの方がうれしい。

 CD音源でも、藤田恵美/camomile Best Audioの「Best OF My Love」において、深く沈むベースに負けずにボーカルの温度が伝わってくる。手嶌葵「The Rose」のカバー(AAC音源)でも、ささやくような声と吐息がストレートに届き、聴いている方もため息が出てくる。ハイレゾでなくても、曲によってははっきりした変化が見られた。

 もう一つの発見は、何回も再生したはずのアニメ楽曲のCD音源が、とても新鮮に聴こえたこと。「1st Priority」(メロキュア)や「トップをねらえ!~Fly High」(日高のり子/佐久間レイ)を聴いて、「ここまでいい音だったっけ?」と驚いた。もともと高揚感のある曲だが、何回もfitearで聴いたところ、さらに気持ちが奮い立つ。「神様のいたずら」(中島愛)では、作品の「たまゆら」を思い出して少しグッときてしまい、メモを取る手も止まってしまう。FitEarの須山慶太社長といえば、アニメソングへの情熱が高じて、アニソン用カスタムイヤモニター「萌音」を作ってしまったことでも知られる。このfitearがどこまでアニソンを意識したモデルかは分からないが、もっと他の音源も改めて聞き返したくなったのは確かだ。

 なお、音の描き方がシャープで、音像は、比較的近い位置にあると感じる。このため、音の響きや広がり感でごまかされずにそのまま伝わってくるため、圧縮音源を聴いた場合は、高域などの貧弱さ、粗さがはっきり見えてしまう点は注意したい。

初めてのハイレゾプレーヤーとの組み合わせにも

 8万円を超える金額は、イヤフォンとしてかなり高価な部類であり、ドライバ数が公開されていないため、簡単には手を出せないとは思う。ただ、今回聴いているうち、単純にこのイヤフォンから出る音に没頭しており、ドライバ数を推測するのはあまり意味がないようにも思えた。ケーブル交換式なので、他のケーブルに変えて音の違いを楽しんでもいいし、対応プレーヤーやケーブルを組み合わせればバランス接続も可能だ。

 今回プレーヤーとして使ったウォークマンAのNW-A16(32GB)は約25,000円という低価格ながら、ここまで書いてきたfitearの良さを、かなりのレベルで味わえた。もちろん、AK240などのハイエンドモデルのほうが十分にfitearの力を引き出せているとは感じるが、外部アンプなどを使わず、NW-A16のヘッドフォン端子に直挿しするカジュアルな使い方でも、fitearでは他のイヤフォンとの違いがはっきり感じられ、満足度は高かった。ハイレゾ対応プレーヤーを買って、これから本格的にハイレゾを聴きたいといった人にもおすすめしたい。

 冒頭で触れた「音に対する従来の考えをリセットした」というfitearのコンセプトは、人によってとらえ方は様々だと思うが、これまで使ったみた感想としては、細かな変化というよりは、真正面から取り組んで、「この音で楽しんでほしい」と自信をもって提案している印象を受けた。CD音源でもしっかり音の違いは感じられたので、引き続き、いろんなジャンルの音楽を聴いてみたいと思えたモデルだ。

中林暁