本田雅一のAVTrends

ハイエンドDACの価格破壊。ES9038PRO搭載「Sonica DAC」のクラスを超えた音

 OPPO Digitalの新製品を紹介されるたび、毎回、現代のオーディオシーンを象徴する商品で勝負してくるセンスの良さに感心する。伝統的な高品質オーディオ製品のメーカーブランディングというと、どこか型にはまった窮屈さを感じることもあったが、OPPOはデジタル時代……もっと言えば、コンピューティングとデジタルオーディオが交わり、ネットワークサービスやスマートフォンなどのデバイスと交錯・一部融合していく中で、オーディオやビジュアルのファンが「こんなものが欲しい」と思う製品をリーズナブルに実現してくれる。

Sonica DAC

 OPPOの基本的な長所は、やはりそうした商品企画、位置付けにおける納得感にあるのだと思う。それは彼らの主力製品であるブルーレイディスクプレーヤーの名を借りた、ネットワーク/ファイルオーディオ/USB DAC/ユニバーサルディスクプレーヤーのBDPシリーズだったり、スマートフォン時代にマッチしたヘッドフォンアンプ内蔵ポータブルDAC「HA-2SE」だったりと、その時代や用途に応じて柔軟な発想の提案がなされてきた。

 彼らの製品は大手電機メーカーやIT、パソコン周辺機器系から発展したメーカーにはないマニアックな視点と、伝統的オーディオメーカーにはない柔軟な発想で作られており、ともすれば中途半端な……すなわち、オーディオ面での追求が甘く、テクノロジ面でも最先端を追求しきれない……メーカーになってしまうリスクもある。

 だが、Sonica DACを観る限りOPPOは初心を忘れていないようだ。ESSが出荷を開始したばかりのハイエンドDAC「ES9038PRO」を搭載。贅沢にプリント基板スペースを使いシンプルな信号経路で設計された新製品は、同DAC搭載製品としては圧倒的な低価格(直販105,840円/税込)を実現している。

クラスを超えた音。低域の再現力に驚く

 従来の同社製オーディオ製品と異なる点を挙げるならば、それは“複合機”としての色が薄いこと。たとえばBDプレーヤーは究極のユニバーサル機とも言える製品だった。ヘッドフォンアンプ「HA-1」は、DACとヘッドフォンアンプの複合機で、プリアンプ的な使い方も可能な製品である。

Sonica DAC
前面

 これに対してSonica DACも部分的には複合機であり、光、同軸デジタル入力、USB Type A/Bなどに加え、DLNAに対応したネットワークプレーヤーとしても利用できる。

背面の入出力端子部

 しかし、OPPOらしさを発揮しているのは別の部分。ESSテクノロジー製のDACチップ「ES9038PRO」を採用していることだ。このチップの詳細は後述するが、きわめて贅沢に設計されたチップであり、価格帯で言えば100万円クラスの製品に採用されるような石である。

 OPPOはこうしたハイエンドのICをはじめ、定評ある構成のパーツを組み合わせることでマニアを唸らせてきた。評判のDACチップの音をリーズナブルに楽しむ。Sonica DACの魅力はそこに集約されていると思う。

 さて前口上が長くなったが、Sonica DACから流れる音楽は、これまでのOPPO製品に対する音の印象、あるいはESS SABRE32シリーズ……OPPOが好んで使っていたES9018Sに抱いていたイメージを忘れさせる音である。

 ES9018Sも、それまでのDACに比べ情報量が多く、とりわけ音像の鮮明さや個々の楽器や声のニュアンスが深く細かな陰影で描かれる傾向があったが、一方で冷たく硬質な音という印象を持っていた読者もいるのではないだろうか。

 OPPOの製品はそうしたDACの持つ特徴を良くも悪くもストレートに出していたと思う。今回、試聴では自宅で使用しているLINN Klimax DSM(ネットワークオーディオプレーヤとDAC内蔵プリアンプの複合機)とAkubarik(アクティブスピーカー)と組み合わせ、BDP-105D Japan Limitedとの聴き比べをしようとセットアップしてみたものの、シャシー強化とパルシャットによる電磁波対策、インシュレータなどによる振動対策を徹底したJapan Limitedでさえも、直接比較する必要がないほどの音質改善が図られていた。

自宅のシステムで「Sonica DAC」を試聴

 ESSのDACらしく、ハッキリとした明瞭な音像感はそのままだが、その周囲の漂う空気感、ニュアンスがほんのりと加わり、そこに1音ごとに繊細な表情が加わり多様な表情を見せるようになった。“ほんのり”と表現したが、音場全体に漂う空気の濃さ(これも従来のESS製DACには希薄だった要素だ)もあった上での“ほんのり”であり、情景を描く決してアッサリとした描き方ではない。実に丁寧で上品な音場の描き方をする。

 ES9018Sを用いた製品の中にも、一部にこうした柔らかさと音像のシャープさを両立しているものもあったが、それらが“味付け”によってふくよかな印象を与えていたのに対し、最新型のES9038PROはデジタルオーディオ信号に含まれる情報を完璧に描ききることで、結果として従来、見えていなかった表情、情景を表現しているという点が大きく異なる。

 こうした描写力の圧倒的な向上は、従来のOPPO+ESS製DACが好みではないと感じていたオーディオファンにも再考を促すだけの魅力がある。試しに番外編とばかり、Klimax DSM(初期モデル/252万円)でのネットワークオーディオ再生とも比較してみたが、DACの世代が数世代新しくなっていることもあり情報の総量で勝る上、音場の情景描写に関しても比較しがいのあるレベルにまで達していることに驚かされた。

 もちろん、かけられている物量とコストが異なるため、そこには越えられない壁も感じる。とはいえ、およそ10万円という本機の価格を考えるならば、そこは勝ち負けの問題ではなかろう。ネット上ではヘッドフォンアンプのHA-1との比較を気にする声も見かけたが、サッパリとした描き方をするHA-1とは、そもそも比較することは難しいほどの差がある。

 本機の素直な実装を考えれば、この音傾向の変化こそが、ES9038PROが持つ基本的な性向ということなのだろう。もっとも、Sonica DACを聴いたとき、多くの人が最初に驚くのは低域の再現力かもしれない。

 揺るぎない低域の再現力は、単純に“量感”を演出したものではなく、しっかりと高い解像度を保ちながら耳に届けられる。ポピュラー、ジャズ、ロックなどであれば、キックドラムやエレキベースが、これまでと異なる質感で聞こえるはずだ。ガツンと力強く、立ち上がりが速い低域は、そのまま中低域の力強さにもつながり、自然とリズムパートが気持ち良く感じられる。オーケストラならば、圧倒的な量感の中に極めて明確な表情を持つティンパニの音色に、聴き慣れた音楽ソースの新たな表情があることを再認識するだろう。

 たった10万円の投資でこれだけの進化を味わえるわけだが、さらに言えば過去にOPPOが施してきたファームウェアアップデートの数々を考えれば、今後の進化も期待できよう。

最新DAC「ES9038PRO」が目指した音とは?

 さて、新世代DACの時代をリーズナブルな価格で先取りするSonica DACだが、やはりその改善の主役はES9038PROにある。ESSテクノロジーは、大ヒットしたES9018Sを採用する多くのメーカーからフィードバックされた内容を新型DACの設計に活かした一方、信号処理とD/Aコンバートのプロセスに大きな改良を加えたという。

 Hyperstream IIテクノロジーと呼ばれるD/A変換プロセスは、まず信号処理領域ディザ処理が行なわれている。ディザとは意図して高周波ノイズを加えることにより、最終的なアナログ信号出力を滑らかにする手法。クラシカルと言えばクラシカルだが、それを極めて高い帯域で行なうことにより限界を高めている。

 ESSテクノロジーは新型DACを開発する上で、理論的に優れた数学的解決方法を採用し、その解決方法を実践するための半導体を開発するという理詰めのアプローチと、エンジニアおよび音質評価担当が一緒になって製品改善を行なうアプローチの両面で開発してきた。音質を改善するためにどう数学的、電気設計的な解決方法ができるか? といった進め方だ。

 しかし今世代ではエンジニア側が、必ずしも(理論だけでは)的確に音質改善できる方向性を見出せないぐらいに奥深いところまで踏み込んだという。具体的には”理論的に正しいか、それ以上やることに意味があるかどうか”といった考えは捨てて、音質評価担当が目指す方向にエンジニアが試行錯誤で改善を図るといった改善方法を行なったようだ。

 それはたとえば、アナログ信号への変換部における過渡特性重視の姿勢に現れている。詳細なプロセス、処理に関しては公開されていないが、信号の立ち上がりにおいてS/Nを最優先する信号処理を行なうのではなく、微かなノイズが出る処理アルゴリズムであっても、過渡特性が良い……すなわち素早い信号の変化に対しても追従性が高いアルゴリズムを用意するなどの変更が加えられている。

 実際にはDACを搭載するメーカーが、処理フィルタやパラメータを選択できるため、必ずしもES9038PROを搭載する全製品が、同じような傾向になるわけではないが、その情報密度の高さやリズムセクションの力強く、また気持ちの良い出音は、あきらかに良い方向に作用していると感じる。過渡特性を重視した上で、トータルでのS/Nは向上させ、最終的に140dBもの広大なダイナミックレンジを獲得している。

 他にも数々の改良が加えられているが、今後、このDACがオーディオ業界を席巻することは間違いないだろう。そうした意味でも、この最新DACが10万円で手元に届くことに大きな意味と驚きを禁じ得ない。

基本はUSB DAC。音を“追い込む”楽しさも

 スペックについては、すでに報道されている通りなので、スペック表を参考に読者自身で把握して欲しい。だが、Sonica DACを一通り使ってみて強く感じているのは、本機のフルスペックを活用できるのはUSB経由、あるいはフォーマットを限定しないのであればSPDIFを通じた純粋なオーディオDAコンバータとしての性格が80%ということだ。Bluetooth経由での再生やDLNAでのネットワーク再生、USB Type-A端子のファイル再生も行なえ、AirPlayにも対応するが、これらはSonica DACの利用シーンを拡張しているに過ぎない。

 USBからの入力と、それ以外の信号経路では、内部的にもコントローラが異なっており、音質傾向も僅かながら異なる。DLNAでの再生はBDP-105D Japan Limitedよりも良好だが、USBからの再生時に比べると中域もややアッサリとして、低域の解像感も後退する。本機を使いこなしたい方は「USB DAC」が基本形態であり、そこにさまざまな利便性を伴う機能が加わっていると捉えるのが良いだろう。

 実際、Sonica DACのスペックをフルに活用するにはUSBでのコンピュータとの接続が必要不可欠だ。Windows機とのUSB接続では最大768kHz/32bitのPCM、あるいは22.6MHzまでのDSD(DSD512)が再生可能になる。Macとの接続ではDoP方式のみとなり、DSDは最大11.2MHz(DSD256)だが、いずれにしろこれらのモードを活用する場合には、他の経路は使えないからだ。

 ちなみに、贅沢な高級オーディオグレードの部品採用と余裕のある回路レイアウト、トロイダルトランスを用いた電源など、DACチップだけではなく、かなりコストをかけた内部構成に比較すると、付属の電源ケーブル、筐体、インシュレータなどは、このクラスの製品としてオーソドックスな作りだ。

底面
インシュレータ

 しかし基礎体力があるだけに、オーディオアクセサリでの“底上げ”は極めて効果的という印象を持った。たとえば、筆者はインシュレータをすべて外した上で、Black Ravioliという振動抑制パッドを配置。これだけで音場はさらに大きくなり、奥行き方向の見通しが良くなる。さらにパルシャットやドライカーボンを用いた電磁波対策、振動対策を軽く行ない、電源ケーブルをオーディオグレードに変更すると、伸びやかで天井が高い開放感溢れる傾向となった。

 実はもっとも効果的だったのはLANケーブルで、エイム電子「SHIELDIO NA7」シリーズ(85,000円/1m)を用いたところ、ノイズフロアが下がりさらに柔らかで繊細なニュアンスが聞こえてくる。

 10万円という価格を考えるならば、高額なアクセサリへの投資はそこそこに抑えるべきだが、すでにいくつかのアクセサリを所有しているのであれば、色々とトライアルしてみるといいだろう。自らの好みに合わせた追い込みがしやすいことは、本機の楽しみの一つ。基礎体力があるからこその余裕と捉えると、よりオーナーとしての楽しみが拡がるだろう。

(協力:OPPO Digital Japan)

本田 雅一

PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。  AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。  仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。  メルマガ「続・モバイル通信リターンズ」も配信中。