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本田雅一のAVTrends

ソニーのモバイル戦略に“Vita OS”を組み込む理由

Android差別化でスマートモバイルへ前進




4月からソニーCEO兼社長となる平井一夫氏

 前回のコラムでは、4月からソニーの新CEO兼社長となる平井一夫氏が、PlayStation Vitaに使っているOSを「『モバイル領域では、PS Vitaに関しても、我々の資産として持っていることを申し上げていきたい』と話した」と書いた。これは質疑応答で筆者が「ソニーはあらゆる分野にAndroidに投資をしているが、Androidで本当に収益性の高いビジネスを作ることができるのか?」と質問したことに対する答えだ。

 筆者の質問は、Andorid製品の差異化をどうするか? ではなく、Playstation VitaのOSを活用し、様々なモバイル機器へと発展させるつもりがあるか否かを問うことを意図していた。昨年末からソニーとSCEに対してVitaのOS(SCEはこれをPS OSと呼んでいたが、PS3のOSも別に存在するため、ここでは仮にVita OSと呼ぶことにする)何度か問いを投げかけ、2度のインタビューを重ねソニーとコミュニケーションしてきた。

 それに対して、平井氏が自らモバイル領域(ここで言及しているのは、ポータブルゲーム機ではなく、スマートフォンやタブレットのこと)のプラットフォームとして、Vita OSを忘れて欲しくはないと話した。



■ ソニーのモバイル戦略にVita OSが組み込まれる理由

 独自のOSに今から挑戦するなどという与太話に、本当にリアリティはあるのか? と訝しむ声は当然あるだろう。スマートフォン向けのプラットフォームとして、Androidは世界標準の座にある。ビジネスモデル、パフォーマンス、使いやすさなどの面で不十分なところがあったとしても、世界中の携帯電話事業者と端末メーカーが、Androidの方向を向いている事実は重い。

 ライバルがもっと脆弱で、ソニーが強かった時代でさえ、ソニーは独自OSを立ち上げることができなかったことを考えれば、笑い話でしかないという感想が出てきてもおかしくはない。

 しかし、現在のAndroidを中心とした産業構造が健全な状態かというと、そこには疑問もある。Androidをベースにした製品開発では、差異化できる要素は限られている上、参入障壁が低いためメーカー数は多く過当競争に陥りがちだ。

 メーカー数が多いと市場が細分化されるので、各製品は先鋭的な機能やデザインで特徴を出さなければならず、モデルチェンジの回数も必然的に多くなる。(少なくともAndroidの基本機能の部分では)同等機能の製品が、随時ライバルから発売されるので、端末価格は下落しやすい。

 単に利益を上げにくいだけでなく、端末メーカー側から見た投資効率が低いため、製品にかけられるコストや中長期的な視野に立った端末開発が行ないにくいため、いずれはユーザーが手にする製品の質に跳ね返る。

 サムスンがAndroidに注力して大きなシェアを獲得している一方で、独自OSを辞めない理由は、デザインやスペック、有機EL(OLED)ディスプレイなどでの差異化が難しい状況になってくると、相対的に自社製品の価値が下がってしまうからだ。現時点でサムスンのスマートフォン事業は成功しているが、将来にわたってAndroidのルールの下で独自性を出せるかと言えば厳しい。これは昨年9月のIFAで、サムスンの幹部自身が現地の新聞に対して語っていたことだ。

 ではサムスンの独自OS端末がうまく行っているかと言えば、そうではない。スマートフォンのように、パソコンライクな汎用コンピュータ的に使える製品では、エコシステムが大きくなければ独自のプラットフォームが立ち上がらない。

 このような動きの中で、一部にはAndroidをベースにしながらも、Googleが提供する標準的なプラットフォームをそのまま使わず、独自端末として実装する動きが今後、活発化してくるだろう。Kindle Fireもそのひとつだが、使いやすさやマルウェアへの対策、情報セキュリティの問題など、様々な理由からAndroidであってAndroid端末ではない製品の可能性が模索されている。

PlayStation Vita

 では、ソニーはなぜここまでAndroidに大きな投資を行なってきながら、Androidベースの独自端末開発へと向かわず、Vita OSを発展させることを視野に入れているのか。ここまでAndroidに投資をしてきたのであれば、Androidベースの独自カスタマイズを追求する方が手っ取り早い。サムスンが、これまで投資をしてきても立ち上がらない独自OSを、なぜソニーが作れる可能性があるのか? 疑問はいくらでもわき出てくる。

 しかし、どうやらソニー(というよりもSCE)はVita OSを汎用プラットフォーム化するシナリオを想定し開発を行なってきた。その端的な例が、Android向けに提供されているゲームプラットフォームのPlayStation Suite(PSS)にSCEが力を入れてきたこと。

 PSSはスマートフォンにゲーム市場を奪われていく中で、カジュアルゲーマーをPlaystationの世界に誘うだけが目的ではない。将来、Androidの世界から独自OSの世界へとつなぐ橋渡しとしての役割を期待しているからだ。

 まずはVita OSについてSCEのSVP松本吉生氏に話を伺い、Vita OSを含めたソニー全体のクラウド戦略とAndroidを用いたモバイル端末の将来的なビジョン、それにVita OSとの関係について、ソニー本社の執行役 EVPで、前SCE副社長でもある鈴木國正氏に訊いた。


■ スマートモバイルの領域への拡張性を備えるVita OS

ソニー・コンピュータエンタテインメント SVP 兼 第2事業部長の松本吉生氏('11年11月撮影)

 松本氏にぶつけたのは、SCEがVita OSを“携帯ゲーム機以外”での応用について、どの程度意識した設計、開発を行なってきたかという点だ。Vitaの開発は2008年ぐらいから行なわれており、Vita OSは3年程度の期間をかけて開発を行っている。

 その当時にクアッドコアのARMプロセッサを用いることを決め、ハードウェアアーキテクチャを固定してOSの開発を行なってきた。最近でこそSCEとソニーの一体化が進んできているが、企業文化や製品開発の考え方などは全く別の会社といっていい。SCE自身が、Vita OSに関してゲーム機以外の用途を意識していなかったとしたら、これをスマートフォンに応用することは不可能だ。

 「まず最初に申し上げておきたいのは、Vitaはあくまでもデジタルエンターテイメントを提供するハードウェアで、それを提供するためのOSとしてVita OSが存在するということです。“エンターテイメント”という切り口ですから、すべてがゲームというわけではありません。様々な切り口のエンターテインメントを提供していきます。しかし、最初のターゲットとして、熱狂的なゲームファンに対して最高のポータブルゲーム機を提供する。これが第一のとっかかりです(松本氏)」

 言い換えると、足場を作った後には別の領域にも入っていくと聞こえる。実際、SCE自身も将来の発展の見込んでVita OSの基本設計を行なっている。現時点ではエンスージャスト向けのゲーム用OSだが、その先へとつながるよう意識しているということだ。

「まずはゲーム機として優れたも基本ソフトとすることに集中したアーキテクチャ作りをしていますが、一方で多様な方向へと発展する余地も考慮しています。もちろん、最初からスマートフォン向けOSのように作れないわけではありませんが、最初から色々な分野に対応した基本ソフトを作りたいと考えても、実際には作業が複雑化して目的を達成できません。ゲーム機用のOSですから、あくまでハードウェアの最高性能を引き出すことを考えなければならない」

「しかし、拡張可能な作り方にはしているため、“ゲーム向けに十分に高い応答性”を実現した上でのスマートフォンやタブレットへの対応は可能か? と言えば、それは可能です。特に今回は最初から携帯電話網を用いた通信機能を最初から内蔵していますし、タッチパネルを用いたユーザーインターフェイス要素もあります。現時点でスマートフォンやタブレットに対応しているわけではありませんが、拡張性は備えた作りになっています(松本氏)」

ソニー執行役 EVPの鈴木国正氏('11年4月撮影)

 またVita本体の機能拡張に関しても、今後はゲームだけでなくコンテンツビューアとしての機能や、3G通信機能を活かしたアプリケーションを順次開発していくという。もっとも、SCEが“エンターテインメント端末”と主張したとしても、Vitaは基本的にはゲーム機だ。今後、ハードウェアに関しては低価格化や小型・軽量化も進んでいくだろうが、ではスマートフォン向けのアプリケーションが、Vita OS用に流通するのだろうか?という疑問がある。

 鈴木氏は「だからこそ、ソニーおよびSCEは今年、PlayStation Suite(PSS)の充実に力を入れていく」と話す。PSSはご存知のように、Androidを採用するスマートフォンやタブレットでゲームを動かすための枠組みだ。

 では、このことがVita OSのスマートモバイル領域への展開に、どのような影響を及ぼすのだろうか?



■ PSSがつなぐAndroidとVitaの世界

 現在のPSSはβ版という形で一部の開発者に公開されている。初代PlayStationのゲームが遊べることが話題になったが、本来の目的はPSS専用のゲームを充実させていくことだ。この中には昨今、伸びてきているソーシャルゲームの枠組みをサポートする機能も含む。PSS向けに開発されたゲームは、そのままVita OS上でも動作させることが可能だ。

「“ゲーム”の世界にユーザーを持っていることはソニーグループ全体の資産だ」と鈴木氏は話した。なぜゲームが大きな資産なのか。それはゲームを中心とするエンターテインメントコンテンツが、ソフトウェアの中でも最も多様だからだ。

 たとえばメール、カレンダー、アドレス帳、SNS、写真アルバム。これらのアプリケーションの大部分は、サービスとしてクラウドの中に溶け込んでいる。それらサービスに接続する表面部分のアプリケーションを提供すれば、シンプルに機能を増やしていくことができる。

 一方でゲームや画像処理、動画処理といったデジタルエンターテイメントに関わるアプリケーションは端末ハードウェアと密接な関係があり、また多様性も求められる。つまり、もっともたくさんの“アプリ数”を求められるのは、PSSでカバーしようとしている領域ということだ。

 鈴木氏は「ソニーにとって独自OSに取り組む意味があるとするなら、それは収益性の高さよりも“自分たちが本当にやりたいこと。世の中に仕掛けたい、問いかけたいこと”を自由に盛り込んでいけることだ。しかし、仮にVita OSを使うとしても急には立ち上げられない。独自の世界を作り上げていくためにも、今、我々がやらねばならないのは、β版であるPSSをきっちり立ち上げること」と話した。

 SCEは当初、PSSをスマートフォンでゲームを遊ぶカジュアルゲーマーと、ゲーム専用機を使うコアゲーマーの橋渡しと説明してきた。しかし、この説明には矛盾がある。誰もが必ず携帯するだろう電話機でゲームファンになったところで、別途、専用ゲーム機を買ってくれるだろうか? 持ち歩くだろうか? という疑問だ。過去にも質問をぶつけたことがあったが、釈然とする説明は受けられなかった。

 しかし、SCEが作ってきたPlayStationの世界とAndroidの世界を、エンターテイメント系のアプリケーション/コンテンツで接続するためのブリッジであれば、ソニーがPSSに力を入れる理由も見えてくる。Vita OSがゲーム機、あるいはSCEが言うところのエンターテイメントデバイスを越えて、スマートフォンの領域へと踏み出すには、PSSが成功しなければならない。


■ 独自OSへの道を作るためにも、今はスマートモバイルの分野でAndroidに注力

平井新社長の就任会見でも「スマートモバイル」を重点領域として強調

 この春の本格始動に向け、開発者向けのβテストが行われているPSSは、現時点でソニー製以外の機器は対応していない。しかし、松本氏は「色々なメーカーと話しており、ソニー以外のメーカーからも、PSS対応のスマートフォン、タブレットが発売される。スマートフォンでも、存在感のあるメーカーが加わってくれる見込みだ」と、春以降にはPSS対応ハードウェアが、複数メーカーから登場することを示唆した。

 ここまでVita OSの可能性について話を進めてきたが、鈴木氏は「我々が今、やらなければならないのはスマートモバイルの中で存在感を示すこと。“やりたいこと”が実現できる環境を作るために独自OSの世界の可能性は模索すべきだが、Androidをやることに利がないか? と言えばそうは思わない。将来のビジョンを実現させるためにも、“現在”の商品とサービスをより良いものにするべきだ」とクギを刺した。

「Androidはスマートモバイルの世界で標準になった。事業として収益性が高いか否かは別にして、この中でソニーが存在感を示すことには大きな意味がある。消費者に対してだけでなく、開発者もAndroidの方向を向いている。Androidの世界での存在感や積極的な取り組みは、将来的にソニーの資産となっていくだろう。そこで魅力的な製品とサービスを展開し、その上でPSSを成功させるのが今、もっとも重要なことだ(鈴木氏)」

 また、鈴木氏はWindows 8のタブレット対応にも言及。Windows、Androidとプラットフォームを問わず、スマートモバイルの領域で「やれることはすべてやっておくことが大切だ」と話した。

 独自OSへのブリッジが可能になれば、スマートフォン、タブレット、音楽プレーヤー、テレビなどの競争力を強化し、ネットワークを通じた機器同士あるいはサービスとの連動性を高めていけるというビジョンはある。しかし、ネット戦略を強化するソニーが高収益体質をもう一度作り上げるには、VitaとPSSの成功が必須条件となる。

(2012年 2月 10日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]