本田雅一のAVTrends

シャープ×鴻海=アップル製テレビ?

一気に現実味を帯び始めたアップルのTV参入




 先月から始めたePub対応のメールマガジンMAGon「本田雅一のモバイル通信リターンズ」の第二号では、第三世代iPadの発売に合わせ、アップルが過去に行なった自社建て直しの戦略や、ユーザーがどのような価値判断でアップル製品を好むようになったのか、といった話題を中心に内容を作った。

 その反応の中で興味深かったのが、“アップルの作るテレビ”に興味を持っている人が多いこと。アップルがテレビを開発しているという噂は昨年からあったが、これまでその計画についての具体的な話が出てくることはなかった。筆者も新聞やビジネス誌の記者などに尋ねられると、可能性は高いがタイミングが今年なのかどうか、判断は難しいと話してきた。

 “テレビ放送を受信する装置=テレビ”が常識である限り、そこにアップルが入り込む余地は少ない。しかし、“映像コンテンツの流通経路”が変化していくのであれば、そこにはテレビという概念を一新させるイノベーションの可能性が生まれる。

シャープ 奥田隆司社長

 そんな矢先、飛び込んできたのが、台湾のEMS企業、鴻海精密工業(ホンハイ、もしくはフォックスコン)がシャープに出資し、最大株主になったというニュースだ。筆者のまわりでは「いよいよ、アップルのテレビ事業進出が確実になった」との声がしきりだ。今年年末にアップルがテレビ(あるいはそれに近い製品)を発売する確率は、かなり高まったと思う。

 これまで鴻海は、“顧客からの受注契約が取れる分野”にしか大きな設備投資をしてこなかったからだ。言い換えれば、鴻海が大きな投資を行なうとき、その背後には大きな顧客がいることになる。

 鴻海はシャープ本体へ資本参加して最大株主となった上で、大型パネルを生産する堺工場へに46%出資する。シャープへの出資だけならば、中小型のIGZOパネル(効率がよく高精細かつ省電力なパネルを生産できる技術)狙いと言えるが、堺プラントならばテレビ向けパネル。“先行投資”を行なわない鴻海の顧客はアップルだろう、という読みだ。

 鴻海がアップル製品の大半を受注していることは周知だが、この資本提携がアップルのテレビ市場参入を示唆していると考える理由はそれだけではない。

 鴻海は各業界のトップ企業二社と組み、生産に特化した企業として成長してきた。ところがテレビ業界はシェアのトップ二社は韓国メーカーで、自社製液晶パネルと組み合わせて垂直統合しており、鴻海の顧客にはならない。ということは、それ以外に大きな顧客が見込めているということだ。


■ 堺工場再生のシナリオ?

鴻海精密工業 郭台銘(Terry Gou)会長

 いうでもなく、鴻海がシャープに多額の出資を行なう理由は、その先にきちんと利益があるからだ。一時の状況より緩和したとはいえ、シャープ堺工場は1ドルが110円を超えている頃に計画されたものだ。1ドル90円を下回るところでは価格競争力がない。

 大型液晶パネルは中国での生産が本格化しつつあり、サムスンやLGも大型液晶パネル事業から足を洗って、高付加価値のOLEDパネルへの移行を急いでいる。今年1月、55インチのOLEDを2社仲良く発表し、商品化をアナウンスしたのは液晶パネル事業の先が見ているからだ。


CES 2012に出展したSamsungの55型有機EL「Ultimate TV」LGの55型有機ELテレビ

 そんな状況では日本の大型液晶工場に現金を注入しても、長期的にはいずれ破綻してしまう。お金を入れるということは、収益へとつながるシナリオを鴻海が持っているということだ。そのシナリオを考察してみる前に、いくつかの周辺情報をまとめておこう。

 まず、シャープへの出資というニュースが流れた後、台湾ではアップルが鴻海に追加出資を行ない第2位の大株主になるとの情報が流れた。これは観測情報で、確認されたものではないが十分にあり得る話だ。

 また、シャープは日本のメーカーでもっとも高解像度化傾向が強く、4K2Kパネルへの取り組みも早かった。ところが、昨年後半移行はNHK技研と共同開発しているスーパーハイビジョン関連での展示は行なっているものの、4K2Kに関しては控え目な展示しかしていない。ICC製の4K2K超解像技術は訴求していたが、東芝がAUOの4K2Kパネルを調達し、一歩先に4K2Kテレビへの世界へ踏み出したあとも、さほど4K2Kテレビへの積極性を示していない。しかし、アップルへ4K2Kパネルを優先供給するのであれば辻褄も合う。

シャープとNHK技研が共同で開発した85型スーパーハイビジョン液晶東芝「55X3」

 一方、世界のテレビ生産出荷(他社向け供給分も含む)の順位はサムスン、LG、ソニー、パナソニック、ハイセンス、TCL、シャープの順。仮に鴻海が以前から関係の深かったソニーの受注を得たとして、シャープ分と合わせてLGと同程度のシェアにしかならない。大穴でパナソニックからの受注を取り付け、3社分の生産を一括で請け負ったと仮定するとサムスン1社と良い勝負になるが、それだけで鴻海が大きな動きをするというのも、少々無理な推論という気がする。

 シャープ堺工場の再生シナリオは、現存するメーカーだけでは難しいように思えるが、そこにアップルという不確定要素を盛り込むと、一気に現実味を帯びてくる。

 鴻海はアップルの代理人であると考え、アップルがシャープの何を必要としているか? と考えると、そこには実現できそうなシナリオの可能性も見えてくる。


■ “アップル視点”で見たシャープの液晶

 アップルの立場からシャープを評価する、そこには他社との差異化に有効な技術が見えている。IGZOを用いたパネルだ。インジウム、ガリウムで構成される酸化物半導体で、アモルファスシリコン(a-Si)を用いた液晶パネルに比べ……という技術的背景はさておき、IGZOを用いることで開口率が大幅に上がり、消費電力が大きく下がる。昨年、シャープが発表した数値では、10インチXGAパネルで(バックライトの効率が上がるため)消費電力が1/3になったとのことだ。

 しかし、これはあくまで10インチXGAという一般的な解像度での話で、300ppiを越えるようなペーパーライク表示可能な液晶ディスプレイでは、さらにIGZOの良さを活かすことが可能になる。第3世代iPadはサムスンやLGもパネルを供給しているが、7月ぐらいの発表が予想される次世代iPhoneはIGZOに活かした設計になり、シャープからの供給に一本化されるかもしれない。

 なぜなら、a-SiとIGZOが混在していると、いくらIGZOの光利用効率が良くても、スペック上はa-Siパネルに合わせなければならなくなり、最終製品の魅力を高めることができない。超高精細のディスプレイを採用しながら消費電力も少ない。そんな商品力を高める方向でIGZOパネルを採用するなら、a-SiからIGZOへの転換で先頭を走っているシャープを活用したいのは当然だろう。

 昨年、シャープ自身が発表していたように、亀山第二工場を今年の年末までにIGZOに切り替える計画だ。a-Siの液晶生産ラインは比較的少ない改造でIGZOへと切り替えることができる。もともとはテレビ用に作られた第8世代の設備。全量をIGZOに切り替えるのであれば、いくらiPhone向けといっても全量をシャープが供給できると言われている。それどころか、iPad向けの需要も含めて生産できるはずだ。

 “しかし、鴻海が出資するのは堺工場では?”という疑問が出てくるだろうが、実は堺もIGZOへの切り替えを進めている。シャープのテレビ生産は主に日本向けであったため、エコポイントブーム、地デジ移行ブームを終えて国内向けテレビの生産縮小が見込まれていたため、操業率を50%まで落とし、残りの生産設備をIGZOに切り替える計画が発表されている。

 奈良の生産拠点があれば、中小型パネルの需要は満たすことができるため、堺の第10世代プラントのIGZO導入は大型パネル向けと考えられる。シャープは秋から順次、堺工場のIGZOラインを動かす予定。IGZOへの切り替えを競争力に転換するのなら、4K2Kパネルを作ると考えるのが自然だろう。

 もし、大型パネルでの4K2K解像度を活かす手段をアップルが思いついているのであれば、それを自分たちのサプライチェーンに組み込みたいと考える。中小型パネルでアップルへの依存度を高め、さらに大型パネルでもアップル頼みなんてことを、本当にシャープが望んでいるか? というと、そこは想像するほかあるまい。

 しかし、コンシューマ向け最終製品でアップルが高い競争力を持ち、大規模生産において鴻海がもっとも大きな力を持っているとするなら、そのサプライチェーンの中に飛び込んで“国際間垂直統合”の一部になるというは、ひとつの選択肢なのかもしれない。


■ “アップル製テレビ”とはどんなものか?

 話があまりAV誌っぽくない方に進んでしまったが、もちろん、最終製品として魅力あるテレビがアップルから登場する……という前提にたっての話である。この前提が崩れるならば、シャープの経営判断も変化しているのでは。言い換えれば、それだけアップルの作るテレビが、イノベーションを引き起こす可能性を秘めているということだろう。

 意外と思うかもしれないが、昨年、アップルは“イノベーション”と言えるような製品を生み出していない。iCloudの立ち上げでそれどころではなかったのかも知れないが、その前の年にはiPadでパーソナルコンピューティングの概念を変え、MacBook Airでモバイルパソコンの利用スタイルを刷新した。しかし、その後は正常進化の範疇に収まっていると思う。

 そのアップルが、これからイノベーションを引き起こそうと準備を進めている事業領域がテレビだ。すでに憶えていないかもしれないが、最初のApple TVは今とはまったく異なるパソコン動画を楽しむための専用コンピュータだった。

 それがインターネットを通じたデジタルエンターテイメントの玄関口という、お手軽なIPTV端末へと舵が切られ、現在の姿になっているものの、まだイノベーションを引き起こすほどにはなっていない。

 “ネットを通じて楽しむテレビ向け端末”という分野で見ると、現在、もっとも米国で多数のテレビに接続されているのは任天堂Wiiで、Netflixユーザーの多くがWiiを使っているそうだが、“利用時間”という面で興味深いデータを持っているのがマイクロソフトのXbox 360。

 日本ではシェア10%程度のXbox 360だが、米英では圧倒的ナンバーワンになっており、昨年末は米国で一日に90万台を売り上げることもあった。そのXbox 360は、北米向けにHuluやNetflixなど映像配信チャンネルが登録されている。マイクロソフト関係者によると、端末を動画視聴目的に使用する時間シェアは半分を超えているという。

 このようにインターネットのコンテンツを中心として、テレビの商品設計を行なうための環境は徐々にではあるが、整いつつある。確かに現時点において、“テレビ”とは”テレビ受像機”であり、ほとんどの時間はテレビ番組を見るために使われている。このあたりは前々回の連載でも書いた通りだ。

 “テレビ受像機”の部分に関して、アップルが既存の製品を越えるものを作れるとは想像しにくい。しかし、“テレビ受像機”部分のスペックはデジタル化とフルHD化が終了した時点で固定化されている。アップルならば、受像機として以外の部分での差異化を行ない、一気にテレビの概念を変える提案を行なえるかもしれない。

 では、それはどんなものなのか? もう少し情報が揃ってこないと、もちろん分からない。読者のみなさんも、情報が少ない中で予想を行なううちが楽しいのではないだろうか? もちろん、アップルがこの分野では失敗する可能性もあるし(Apple TVはまだ成功とは言いがたい)、そもそも発売されるかどうかも確実な話はない。

 したがって、単なる予想でしかないが、議論の種になるような断片的な予想を書いておきたい。

  • IGZOを用いた4K2Kパネルを採用し、高精細と省電力を両立
  • 1080p映像をICCのアルゴリズムで4K2K超解像表示
  • 一部に4K2Kのビデオ配信コンテンツも用意
  • 写真表示など動画以外のiTunes Storeコンテンツは4K2K対応に
  • 基本はチューナレスの世界共通仕様。各国ごとのパートナーがチューナモジュールを販売
  • ネットコンテンツと家庭内メディアサーバー、連動チューナを同列に扱えるユーザーインターフェイス
  • Thunderbolt対応
  • 複数のiOS/MacOS X画面を同時表示
  • 55インチクラス、4K2K解像度で3,000ドル以下
  • AirPlayをデジタルカメラメーカーにライセンス

 単なる妄想? もちろん、今の段階ではそうだ。高額すぎるので、より低価格なフルHDモデルも用意するかもしれないし、そもそも4K2Kではないのかもしれない。

 しかし、いずれにしろ今のアップルの勢いを考えると、テレビ市場の中でも高級機に類するところを一気に持っていってもおかしくはない。“テレビ受像機”部分と“ディスプレイ”部分に感じるユーザーの価値観を、ここで一気に逆転してしまえば、“テレビ受像機”に関するノウハウと開発力を誇る既存メーカーは抵抗力を失うからだ。

 テレビ分野においても、アップルは想像以上に手強い相手になるかもしれない。

(2012年 4月 3日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

 個人メディアサービス「MAGon」では「本田雅一のモバイル通信リターンズ」を毎月第2・4週木曜日に配信中。


[Reported by 本田雅一]