本田雅一のAVTrends
「キャプテンハーロック」が2D-3D変換で好結果を出せた理由
「009」の試行錯誤。日本的3Dアニメの可能性
(2013/11/21 09:55)
毎年、国際3D協会は優れた3D作品を表彰するイベントとともに、より優れた3D作品を製作するノウハウを業界内で共有するため、3D Universityを開催している。たとえば、一昨年の初回はディズニー「塔の上のラプンツェル」の3D監督・ロバートニューマン氏や、「トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン」で行なわれた当時最新の2D-3D変換技術、それになぜ変換技術を用いるのか? といった講演が行なわれた。当時のレポートは、本連載の中でも伝えた。
今年も今週、11月20日からの二日間、秋葉原UDXで開催されている。今回の3D Universityでは、海外でこれぞ3D映画! と、その演出や映像効果が絶賛されたゼロ・グラビティの3Dクリエイターも登場するが、一方で日本の3Dクリエイターの講演もある。
その中から、現在劇場公開中の「キャプテンハーロック」と、第1回の3D Universityが3D映像制作上の大きな転換点にもなったという「009 RE:CYBORG」について、作品作りの中で得たノウハウなどをうかがった。
なお、話題沸騰のゼロ・グラビティに関しても、3D Universityの期間中、クリエイターへのインタビューを予定している。
「キャプテンハーロック」が2D-3D変換で良い結果を出せた理由
荒牧伸志監督が、昔懐かしいコミック/アニメ題材をもとに作り出した新しいキャプテンハーロック。日本的アニメテイストではなく、同監督の作品「スターシップ・トゥルーパーズ・インベージョン」とも通じる、モーションキャプチャー、エモーションキャプチャーを駆使したリアル志向の3Dレンダリングによる映像は、オール3D CG作品だけに、バーチャル3Dカメラを設定してのリアル3Dレンダリングだろう、と思っていた。
ところが、キャプテンハーロックのほとんどが、2D-3D変換で作られているのだという。3Dレンダリングで作られたのは、冒頭のアルカディア号が迫ってくるシーンなど、ごく一部でしかない。
その背景としては、当初は2D作品として企画されていたという面もあるのだろう。しかし、2D-3D変換を担当したキュー・テックのステレオグラファー三田邦彦氏と阿部由美子氏によると、2D-3Dで制作した方がより良い作品を作る上で有利な面があるのだという。
これは2年前、トランスフォーマー/ダークサイド・ムーンの3D制作者からも聞かれた言葉だ。物理的にカメラが入ることができない場所や、自由な3D演出といった要素を考慮すると、最終的な作品として変換技術が優位と言う話だった。ただし、そのためには技術面でのサポートはもちろん、膨大な手間(=コスト)がかかる。
ハーロックが2D-3D変換が使われた理由も、トランスフォーマーに近い面はあるが、実は3DモデリングによるフルCGアニメならではの理由があった。
そもそもの始まりは2010年冬のこと。3D映画の公開作品が多く、ハーロックでも挑戦したいと制作側が考えたのが始まりだった。ある程度、2D制作が進んだ後に3D化を行なったのも、変換技術に頼ることになった理由だ。しかし、変換作業を請け負い、3D映像デザインを担当したキューテックには、ある心づもりがあった。
キュー・テックでCG制作と3D制作事業を束ねる藤浪しのぶ部長は「バーチャル3Dカメラをシーンごとに設定してのステレオレンダリングでは、シーンごとに被写体の前後位置関係、立体感の調整が自由に行なえる点が大きい」と話した。
3D制作のフルCGアニメであれば、元の背景やキャラクターが既にモデリングされているのだから、バーチャルリグ(仮想カメラを2個置き、3Dリグと同じような手法で3D撮影調整を行なう方法)でレンダリングすれば、完全なステレオイメージを得られる。
しかし、その場合は被写体との距離、背景との距離、それにカメラの画角など、カットごとに3Dパラメータを検討し、最適な見え味を探さねばならない。キャラクターの膨らみをキッチリ出しながら、さらに視聴者に無理がかからない奥行き表現をしようと思えば、背景と被写体を別々のバーチャルリグ設定でレンダリングするなど、さらなる手間・工夫が必要になる。
しかし、2D-3D変換であれば、場面ごとに変換時に見え味を決められる。
三田氏は「特に難しいのが、実は宇宙空間なんです。ハーロックは舞台設定上、宇宙空間の描写が必須。しかもそこに神秘的な奥行きが求められます。宇宙の中ですから、背景はすべて無限遠になる。ところが、背景を無限遠だけで描写すると、まるで一枚の背景画が描かれた壁が存在しているかのようなチープな映像になる。それでは台無しなので、微妙な3D感を星のひとつひとつや、星雲、星団といった背景に付けています」と話した。
さらに実写の2D-3D変換とアニメでは、その難易度やコスト、それに効果的な3D映像制作を考えた時、3Dレンダリングより高いコストパフォーマンスが得られる点が大きいと口を揃えた。
“必要なすべての要素が揃ってる”アニメは3D変換向き
2Dから3Dに変換する際には、それぞれの被写体の位置関係や見えない部分のテクスチャが不足するなどの情報不足を補う必要がある。完全な自動変換は望めないため、ひとつひとつの場面を手作業となる。しかし、3Dで制作されたフルCG作品の場合、元の映像制作会社から素材提供を受けることで、変換作業に必要な手間が大幅に減る。
「今回は元の2D版を制作しているマーザさんに協力してもらい、3Dモデルやテクスチャなどのデータ提供をあらかじめ受けています。それだけでもかなり手間は異なりますが、さらにオブジェクトごとのレイヤ構造を含むコンポジットデータとして映像をいただきました。もちろん、レイヤの深度情報も含まれています(阿部氏)」
具体的にはマーザが制作に使っている「Nuke」というソフトを用い、そのデータを直接もらう。平面構成でレイヤ構造ができているため、広角レンズで作られたシーンは深度情報に歪みを与えるなどの調整を施した上で、各キャラクタや背景のモデリングデータを元に個々に立体化処理を行なう。
実際、キャプテンハーロックを3Dで鑑賞していると、キャラクタの楕円効果が少なく、膨らみのある立体感や背景オブジェクトの適度な凹凸がありつつも、奥行きの配置序列が適切で、しかも眼へ負担が軽いという印象を受けた。
もともとキュー・テックは2D-3D変換技術を売りにしていたが、実はフルCG制作のアニメは今回が初めて。過去にはセルアニメの「ヒピラくん」や実写映画の「海猿」の3D変換にトライしてきたが、ハーロックの2D-3D変換を通じて新しい可能性を感じているという。
平面的な表現が多用される“日本のアニメ”は3D向きではないようにも思えるが、藤浪氏は「今の日本のアニメは3Dモデリングで作られているものが多いため、ハーロックで確立したノウハウを活用すれば、低予算で効果的な3D化が可能」と話す。
3D演出面でも、たとえばパンチの時に手が大きくなる、など漫画的表現を3D空間の中に描く機会がこれまで多く、ハーロックのような写実的表現でなくとも問題はないとのことだ。
また、ハーロックでは荒牧監督が、あらかじめ3D変換することを念頭に画面レイアウトやカット割(従来よりもカットの切り替えが少ない)で強く3Dを意識した上で、さまざまなオブジェクトをゆっくり動かすといった工夫を加えていたそうだ。しかし、一方で実際の3D演出や見え味に関しては、三田氏と阿部氏ができあがってきた2D映像を見ながら監督の意図をくみとって行うなど、明確な役割分担の元に作られた。
映像作品全体を監督する立場の荒牧氏と、3D映像・演出の監督である三田氏、阿部氏がどのようにしてスムースなコミュニケーションを図ったのかは、三人が揃って講演する21日の3D University(I3DS-J会員は無料/非会員は3,000円)で聴けるという。
取材に立ち会った、国際3D協会の日本部会長で早稲田大学 基幹理工学部 表現工学科の河合隆史教授は「すべてが無限遠となる宇宙の中で、細かな視差を使い、味わい深い立体感を出すなど、この作品は見所が多い。一度通して見ると、もう一度見て、細かな演出をチェックしたくなるが、その背景として映像コンポジット用のソフトを活用している点が興味深い。キツさのない3D演出ながら、しかし効果的」と絶賛した。
ちなみに今回のハーロック。全編の2D-3D変換を「30人×半年」で行なったとのことで、作業効率は劇的に上がったと話す。また、アニメの映像世界は現実ではなく、仮想的なものであり、その点でも2D-3D変換が有効であることを三田氏は指摘した。
「カメラワーク、寄せ方は嘘の世界。嘘の世界を出すには、リアルな3Dレンダリングでは無理がある。監督、演出家が思いを込める“映像”を実現するには、同じく嘘の世界である3D変換が合うんですよ(三田氏)」
ゼロからの試行錯誤だった009の3D化
続いて「009 RE:CYBORG」のプロデューサーとして、神山監督とともに日本的アニメ表現の3D化に腐心した石井朋彦氏にも話をうかがった。
そもそも009を3D立体視制作にしようと考えたのは、パナソニックより、日本を代表する映像表現のひとつである2Dセルアニメーションのルックで、本格的な長編S3D(立体視)作品を作る事が出来ないか、という相談があったからだった。
009が公開されたのは昨年、2012年のことだが、最初のS3Dデモ映像が公開されたのは3年前、2010年のCEATECパナソニックブースだった。一部は筆者もパナソニックハリウッド研究所(PHL)で観る機会があった。しかし、当時のデモ映像はアトラクティブで登場感たっぷりのカット割で、さすがプロダクション I.Gと思わせる映像だったが、一方でS3D演出に関しては過剰でバイオレーション(S3D表現として不適切な範囲を超えていること)が多く、どうすれば両目の焦点が一致するのか? と苦笑いしたこともあった。
「最初はS3Dといっても、どうすればいいのかわからず、とにかく迫力を重視しようと、実際の視差がどう映像上に出るかを考えず、思い切り立体感が出る設定で映像を作ったんです。試写を何度か行なう中で、ちょっとキツいかな? という声が聞こえてきました。我々スタッフは、何度も試行錯誤を重ねるうち、きつい視差にも慣れてしまっていた。そんなとき、PHLの柏木さん(PHL所長の柏木吉一郎氏)からご連絡を頂きました。“今からすぐに話がしたいんですが”と。どの部分がS3D映像として問題なのか、長編劇場公開映画として考えた時、どのような配慮が必要かなどを指摘して頂きました」
もうひとつ大きな転換点だったのが、2年前に開催された最初の3D Universityだった。このときにディズニーのステレオグラファーであるロバート・ニューマン氏が何を話したかは、当時、筆者が書いた記事を参照して頂きたいが、この講演に009を制作するスタッフ十数人が参加した。とりわけ、その後の制作において制作陣のキーワードとなったのが「塔の上のラプンツェル」における、ランタンが飛ぶシーンの視差だったという。ヒロインが乗った小舟の上の多数のランタンが飛ぶ。このシーンで作品中、もっとも強い3D視差が与えられている。この最大視差の範囲内で、日本のアニメーションのルックで3D映像を作る試みがスタートした。
いかにして「セルアニメのステレオレンダリング」をモノにしたか
石井氏によると、009のS3D化において、最も大きなテーマは「日本のマンガ的デフォルメ表現のセルアニメを、どうすれば自然にS3D化できるのか?」であった。セルアニメは手描きで制作される為、左右別々のカメラから撮った映像を作ることが不可能だ。これまでは、2D→3D変換技術を使って、擬似的にS3Dを実現する方法しかなかった。
「以前、攻殻機動隊S.A.C.を2D-3D変換で3D化して、視覚の中に情報をオーバーレイする電脳の表現については満足のいく表現ができたのですが、それ以外の部分ではアニメの3D化への限界を感じていたんです(石井氏)」
本作は、3Dで制作されたキャラクターにトゥーンシェーダーという処理を施し、セルアニメーションのルックを実現する事を目指して制作された。3Dキャラクターであれば、LRのカメラでキャラクターを捉える事ができ、本格的なS3D映像を作る事が出来るからだ。2Dセルアニメのルックでありながら、本格的なS3D映像を実現する為の試行錯誤が重ねられた。
まず課題となったのが、日本のアニメ独特の構図だった。日本のアニメは基本的に、キャラクターの顔や、バストショットのアップが多い。画面の多くを占めるキャラクターを、スクリーン面近くでS3D化すると、まるでカメラのすぐ前にキャラクターが立っているかのような圧迫感を感じてしまう。また、フラットに彩色するセルアニメキャラは単色の塗り面が大きく、スクリーン面近くでは視差がつきにくくなってしまう。
ブレークスルーとなったのは、キャラクターを配置する深度の考え方だったという。「塔の上のラプンツェル」で参考にした最大視差(横1,920ピクセル換算で40ピクセル)を基準とし、スクリーン面から20ピクセル奥に、最も見せたいキャラクターが配置されるように調整、残り20ピクセルを、奥行きの視差に使った。特にキャラクターより奥の20ピクセル分は、近くにあるものほど視差はつけるが、奥にいけばいくほど、対象物の視差は小さく、間が詰まって見えるように調整を重ねた。
「これは神山監督自身が導き出した基準です。美術出身でアニメの背景を描いてきた方なので、奥に見える背景ほど、距離感はが曖昧になる事を感覚的に知っていた。お客さんがカメラを覗いた時に、どんな風景が見えるのか? を意識して、キャラクターと背景の位置関係を、1カット1カット、監督とメインスタッフがチェックしながら調整してゆきました。(石井氏)」
“どのように見えるか”、“その見え方は本当に不自然ではないのか”を確認するため、最終的には神山監督が全カットを確認。アニメーションスタッフと撮影スタッフが、細かい修正しながらS3D映像を制作した。
“日本的3Dアニメ”の持つ可能性
「本作は、監督やアニメーションスタッフ自らがS3D化の全工程に関わる事により、スケジュール的にも体力的にも大きな負担をかけてしまいました。次にまた3Dの長編アニメをやるなら、ステレオグラファー(3D監督)を置き、作業を分担しないと難しいと考えています。一方、監督以下、スタッフ自らが試行錯誤を重ねたからこそ気づけた事が多く、それは今後の役にも立つと思います。日本はもちろん、3D映像表現に対する海外での評判はかなり良く、多くのお客さんがS3D版を選んで観て下さいました(石井氏)」
マンガの世界がアニメになり、アニメが立体になる。その意味はなんなのだろう、という疑問を耳にすることもある。その点について、プロデュースをする立場から、どのように現状を見ているのだろうか。
「日本的アニメのS3D化に関しては、様々な意見があります。アニメファンは、常に”映像が平面であること”を愉しんでいる。例えば、アニメーションのキャラクターを立体化したフィギュアは、実際のアニメーションキャラクターとは見た目がかなり異なる代替表現です。本作では、見た目は手描きのセルアニメのままで立体的に見えるという新しい表現を生み出す事が出来た。(石井氏)」
最後に日本的アニメをS3Dにすることによる“映像表現”の今後を、プロデューサーとしてどう考えているのか、石井氏に尋ねてみた。
「今回、セルアニメ的表現でのS3D映像を作ることが出来たことは、大きな達成感がありました。まだまだ出来ることは沢山あると思いますが、セルアニメのルックで、本格的なS3D映像を制作出来たことは、大きな収穫です。たとえば、フランソワーズの下着シーンは、まるで実際にその現場を覗き込んでいるかのような、独特の艶めかしさがありました。クライマックスで、主人公の島村ジョーが宇宙空間に飛びだしてゆくシーンも、ジョーの孤独感が、体感したかのように表現されていたと思います」
「こうしたノウハウを活かして、更にS3Dありきの作り方をすれば、また一歩新しい表現へとつなげていけるでしょう。今回の3D Universityでも講演があるというワーナーの新作映画『ゼロ・グラビティ』などは、3D表現の新しさだけで、世界中で話題になっていますよね。言い換えると、まだまだ開拓の余地がある分野です」
「2Dでの映像表現は、ある意味もうやり尽くされたところがありますから、日本のクリエイターがその創造力を駆使して新たな境地を生み出す場として、今後も積極的に、S3D映像制作をチャレンジをしていきたいと思います」