本田雅一のAVTrends

プレミアムな“フルHD”テレビ「REGZA Z8」が目指すもの

広色域と常識外れな明るさが生む、次世代フルHD画質

 2011年7月に地デジへの移行が完了し、フルHDテレビが行き渡った。最近までいまひとつテレビという商材の話題性に欠けていたところに、4Kという新たなトレンドが生まれ、市場が再び活性化しはじめている。4Kテレビへのトレンドはさらにその先にあるスーパーハイビジョンを含む、新たな世界への入り口を示している。

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 4K超解像の進歩やパネルの成熟、4Kネイティブ放送やパッケージの話は、それはそれで面白い話ではあるが、まだ価格も高くプレミアム製品の域を脱するには、少しばかり時間がかかるだろう。ところが、ここで実際の市場を見回してみると、“より良い製品を選びたい”と、品質や機能に拘る人が買える、リーズナブルな製品が減ってしまった。

 なぜなら高画質を目指した製品は4Kへ、それ以外の製品は絶対的な安さ重視へと、市場ニーズに添う形で各社のラインナップが変化したからである。その結果、フルHDパネルを採用する高画質・高機能機の層が薄くなってしまっていた。

 そんな中で何社かは、フルHDテレビと4Kテレビの間に位置する、プレミアムなフルHDテレビを用意した。その中でも“目立ち度”という面で際立っているのが、東芝のREGZA Z8シリーズである。

東芝REGZA Z8シリーズ

 では何が従来のREGZA Zシリーズと異なるのか。デザイン面での洗練やいくつかの機能追加、画質を高めるための新たな映像処理アプローチなども導入されているが、Z8のすばらしさの源泉は「明るさ」にある。

 昨今では珍しくなった直下型のローカルディミング対応液晶パネル(IPS方式を採用)に加え、700nitという常識外れの高輝度を活用した、さまざまな施策が実質的な画質の向上を支えているのだ。

4Kクラスの映像エンジンと直下型ローカルディミング……だけではないZ8の実力

東芝REGZA Z8シリーズ。左から画質担当の永井氏、商品企画担当の本村氏、TV映像マイスターの住吉氏、音質担当の荒船氏

 デジタル製品に限った話ではないが、新製品を評価する際、どうしても機能や性能などの文言、数値で評価しがちだ。もちろん、進化のポイントを整理し、読者に伝える上で、それらはとても重要なものだが、それだけが全てではない。Z8は機能・スペック面にも目を見張る部分があるが、実のところ「それ以上」の価値に意味がある。

 たとえばZ8には4Kテレビのプラットフォームにもなっている、レグザエンジンCEVO Duoが搭載され、ローカルディミング対応の直下型LEDバックライトを備えている。韓国LG電子が直下型バックライトの液晶パネルを製品に採用しているが、日本製の液晶テレビとしては本機が唯一の存在だ。

直下型LEDバックライト解説のためのカットモデル

 LGの場合もそうだが、すでに直下型LEDバックライトが組み込まれたパネルというのは生産されていない。そこで、バックライトなしの状態でテレビメーカー(LGの場合は部門)がパネルを仕入れ、独自にバックライトを組み立てる。直下型LEDバックライトは高コストと言われるが、さらに独自にバックライトを組み立てているのだから、さらに高コストになる。それでも直下型にこだわる理由は、細かなエリア分割によるローカルディミングだけが目的ではない。

 バックライトを直下型の独自組み立てとし、広色域を実現できるLEDを採用することで、幅広い色再現域を実現した。LED密度を高めることで高輝度を得やすいだけでなく、導光経路が単純となり液晶パネルの有効透過率(開口率ではなくバックライトと組み合わせて際の実際の透過効率)が高められる。それにより、前述したような700nitの高輝度を得られた。先代モデルのZ7は400nitだったので、約75%のアップということになる。

独自開発の直下型LEDバックライト
直下型LEDと高色域パネルの「ダイレクトピュアカラーパネル」で輝度と画質を向上

 この色再現域の広さと明るさが、実際に映像を楽しむ際の画質に効いてくるのだ。ちなみにこの700nitという数字。かつてタイムシフトマシンを初搭載したCELL REGZAというハイエンド製品があったが、このCELL REGZAが1,000nitを越えていたのだが、これは一部分だけが光っているときだけ、部分的な明るさを上げたピークの値。画面全体の明るさという意味では、Z8が常識外れに明るい。

 もっとも、広色域で明るければ画質が良いのか。これもノーだ。結局、それはスペック上の数値でしかない。Z8がフルHDテレビとして、ついにここまで来たか! と言える高画質を実現できたのは、色域の広さと常識外れの明るさを、画質へと上手に転換しているからである。

明るいからこそ、明瞭でキレの良い画質が得られる。

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 画質調整の項目に「シャープネス」といった項目をよく見かけるだろう。これは特定の周波数帯を持ち上げて(輪郭をある幅で持ち上げて)、あたかもハッキリと輪郭が見えるようにする映像処理だ。これ以外にディテールを深くする精細度の項目もある。

 しかし、これはパネルが持つダイナミックレンジの中で、いかに“シャープ(あるいはディテールが深く感じさせる)か”、すなわち見え味の“味付け部分”を調整しているものだ。実際にキレよく、シャープになるわけではなく、人間の感覚に合わせて調整しているに過ぎない。

ハイダイナミックレンジ復元

 700nitという明るさは、もちろん自然界のダイナミックレンジに比べれば、すべてを表現できる光の強さではないが、しかし、輝き感や白い被写体の描写において、はるかに有利となる。東芝はこの明るさを“そのまま全体を明るくする”のではなく、“ダイナミックレンジを復元する”ことに使っている。

 “ハイダイナミックレンジ復元”と名付けられているが、カメラが光を取り入れる際に圧縮するハイライト部分のレンジを可能な限り伸ばすことで(言い換えると、カメラがリニアな特性を持つ80IREまでは一般的な明るさで表現する)、従来にない現実感のある光を見せてくれる。

 このことはシャープさやディテールの深さにも良い影響を与える。シャープネスやディテールエンハンスを強くかけなくとも(あるいは従来と同じ程度にかけておけば)、明暗のレンジが拡がった分、シャープでキレの良い映像になるから。それは見せ方による欺しではなく、実際の光のレンジが拡がることで得られるものだ。

 さらにもうひとつ、動画解像度も大きく改善する。特に比較的明るい照明の部屋や、あるいは窓からの明かりがたっぷり取り入れられた昼間のリビング。こうした部屋での動画解像度が大きく上がる。

 動画解像度を高めるため、たとえば240Hzのパネルでは映像補完で毎秒240枚の映像を表示するとともに、バックライトを順次消すバックライトスキャンというテクニックを使う。このバックライトスキャンを使うことで「480Hz相当の動画解像度」とうたったりしているのだが、バックライトスキャンの明滅における“暗い方”をあまり暗くしすぎると、明るい部屋では輝度が不足してしまう。故に明るい部屋ではバックライトスキャンがほとんど行なわれない状況となってしまうのだ。

 そうした製品でも、暗い部屋の中なら恩恵は受けられるが、いつでも、どこでも高い動画解像度を実現するには、Z8のような常識外れの高輝度バックライトが必要になる。

流行の広色域をどう使いこなすか

 一方、色再現域の拡大にはどう対応したのか。

 これまで、色再現域の拡大に対しては、さまざまなアプローチが採られてきた。もっとも単純なものは、色再現が拡がった分、そのまま拡大した色域の直線的にマッピングを行う。当然ながら、すべての映像が華やかで鮮やかなものとなるが、同時に非現実的な色になってしまう。

 この際にもっと問題なのは、多少派手になってしまうことではなく、感覚上「あり得ない」「不自然」に感じる色が出てきてしまうことだ。この理由は東芝自身もZ8の訴求で述べているが、物体色の限界(最明色)を越えた色が出てしまうことによる。

 たとえば黄緑の物体があるとして、通常の反射で得られる明るさと彩度の関係には限界があるため、蛍光色に自発光しているような色には決してならない。現実的にあり得る限界の色が最明色で、これを越えて鮮やかになると、蛍光体のように見えるわけだ。

 このような問題に対して、たとえばパナソニックは、カラーリマスターという方法で挑んできた。これは一般的な映画における、色再現域の圧縮カーブ(線形圧縮ではない)を想定し、一般的な低彩度の領域に影響を与えずに、映画フィルムが本来は捉えているはずの色を再現するよう補完処理をかけるというものだ。

 しかし、この色域圧縮は、実のところ映画などの作品ごとに、カラリストというエンジニアが「それらしく見える色」になるよう調整し、テレビの色再現域であるBT.709に収めているのである。どうすればそれらしく見えるかは、当然作品ごとに異なるので、なかなか簡単な復元関数ではうまくいかない場合も出てくる。

広色域復元

 東芝はここに、データベース型超解像処理と同じようなアイディアを導入した。カメラで様々な物体を撮影し、実物の色とカメラで撮影できる色の相関関係をデータベース化したのである。これだけでは、多様なカラーコレクション(いわゆるルックと言われる見た目の印象を決める色テーブル)に対応できないため、映画素材に対しては別の補完テーブルも持たせているそうだ。

 このデータベースは、前出の最明色を意識して作られており、決して反射で見えている光が、自発光のように鮮やかになったりはしない。リニアに色域を拡大しただけの映像は、下品にすべてが派手になり、立体感も失われて平板な絵になりがちだが、映像の立体感、実像感を保持したまま、きちんと高彩度を見せてくれる。

 液晶の広色域化は今、大きなトレンドとなっており、こうした自然に色再現域を広げる処理は、今後のトレンドとなるだろう。Z8は真っ先に、そうした要素を取り入れたのだ。

 こうした成果は、極めて高品質な映像を見る際に、さらにその映像の良さを引き出す。このところ常に画質チェック用に使っている「SAMSARA」では、アンコールワットの雄大な風景が驚くべき立体感とリアリティで描き出された。

 もちろん、フルHDパネルだけに近付けば画素感はあり、そこには4Kには及ばない物理的な限界もある。しかしながら、今の4Kパネルにはないダイナミックレンジの広さは圧倒的で、4Kとは「別の軸」でリアリティを実現しているのである。

テレビとしての“愉しさ”をキッチリ提供しながら新しい高画質を追求

 これ以外にも、周囲の環境に合わせて画質を自動調整する「おまかせオートピクチャー(旧名:おまかせドンピシャ)」の改良や、コンテンツに合わせて最適な映像モードを選べるきめ細かな設定(しかも選ぶだけでたいていの映像に合うほど、スキーマ設定はよく出来ている)も良い。

 もちろん、得意のタイムシフトマシン+ざんまいプレイ機能にも対応しており、地デジ6チャンネル分をUSB端子に接続するHDD(別売)に記録し、それこそタイムマシーンのように過去へと遡って番組を楽しめるが、さらにプラス1が今回はある。BS/CSにも対応する三波チューナを別途1系統内蔵している。これを地デジ6チャンネルとは別に約11日間(3TB HDDの場合)録画できる(別売のUSBハブと専用USB HDDが必要)。映画チャンネルやスポーツチャンネルなどお気に入りの放送局を録り続けることが可能になった。特に有料放送の契約ユーザーなどには嬉しい機能だ。

 こうした愉しさ、テレビとしての使いやすさ。これらは従来のREGZAと変わらない(いや機能アップした分、プラスされている)。言い換えれば、そうした他にはない愉しさの上に、独自バックライトを由来とする他製品にはない高画質を実現したことこそが、本機の追随を許さぬ魅力になっている。

 筆者は熱心な4Kディスプレイのファンだが、本機の良さはそことは異なる部分にある。明るさやダイナミックレンジの広さなど、今の4Kでは難しい、フルHDならではのリアリティを追求し、フルHDテレビの最高峰を目指したのがREGZA Z8だ。家庭向けのリビングや個人の部屋で楽しむテレビとして勧められる製品になっていると思う。

(協力:東芝)

本田 雅一