大河原克行のデジタル家電 -最前線-

なぜTechnicsは復活したのか? 低価格機の可能性は? パナソニック、3人の事業責任者に聞く

 ドイツ・ベルリンで開催されたIFA 2014の会場において、パナソニックは、「Technics(テクニクス)」ブランドの復活を発表した。

 第1弾として、2014年12月に欧州市場向けに2種類のハイファイオーディオシステムを投入。日本にも年度内には同製品を投入する予定だ。本体には、Panasonicのロゴを入れずに、「Technics」ブランドだけを表示するという点でも異例の措置。一世を風靡したTechnicsブランドを復活させ、音へのこだわりを追求した製品として、高級オーディオ分野だけに留まらず展開していくことになる。

Technics製品を前に、左から楠見雄規役員、小川理子理事、井谷哲也チーフエンジニア

 Technicsへの取り組みについて、パナソニック アプライアンス社 上席副社長 ホームエンターテインメント・ビューティー・リビング事業担当兼ホームエンターテインメント事業部長の楠見雄規役員、同社 オーディオ成長戦略担当の小川理子理事、同社 ホームエンターテインメント事業部テクニクス技術開発担当の井谷哲也チーフエンジニアの3人に話を聞いた。

リファレンスシステム「R1シリーズ」。ステレオパワーアンプ「SE-R1」、ネットワークオーディオコントロールプレーヤー「SU-R1」、スピーカー「SB-R1」で構成。価格は約4万ユーロ。日本では500万円弱になる見込み
プレミアムシステム「C700シリーズ」。フルデジタルアンプ「JENO」を採用した「SU-C700」、ネットワークオーディオプレーヤー「ST-C700」、CDプレーヤー「SL-C700」、2ウェイスピーカー「SB-C700」で構成。価格は約4,000ユーロ。日本では約50万円になる見込み

住空間において音で感動を届ける製品に

――パナソニックは、ドイツ・ベリンで開催されたIFA 2014の会場において、「Technics(テクニクス)」ブランドの復活を発表しました。反応はどうですか?

パナソニック アプライアンス社 上席副社長 ホームエンターテインメント・ビューティー・リビング事業担当兼ホームエンターテインメント事業部長の楠見雄規役員

楠見氏(以下敬称略):Technicsの復活を歓迎していただいている声が多いことを感じます。なかには、“復活するのであれば、早くターンテーブルも出して欲しい”という声もありますね。これはちょっと難しいかもしれませんが(笑)。

 一方で、4年間に渡って、Technicsブランドの製品を出してこなかったパナソニックが、本当にTechnicsブランドにふさわしいものを出せるのかという声もあります。しかし、それについては自信がある。これまでの製品に劣るものを出すのでは、Technicsブランドを復活する意味がない。それだけの覚悟を持って、この製品開発に取り組んできました。とはいえ、やはり、本当の評価は実際の音を聴いてもらうまではわかりません。製品出荷までに、さらにブラッシュアップを進め、より良いものに仕上げていきたい。世界各国の評論家の方々に我々の音を聴いていただきながら、Technicsの音に対する認知を高めていきたいですね。

――なぜ、いまTechnicsを復活させたのでしょうか。

楠見:パナソニックは、2010年に製造中止となったクォーツシンセサイザー ダイレクトドライブプレーヤー「SL-1200MK6」以降、Technicsブランドの製品は出していませんでした。正確にいうと、ハイエンドのTechnicsブランドの製品はそれより以前に終了していたわけです。

 Technicsは、超広帯域、超低ノイズ、超低歪み、原音再生が強みであり、とくに、原音を忠実に再現し、それによって感動を与えるという、ある種、崇高な使命を持って取り組んできた製品群です。Technicsを復活させるにあたって、その思想を引き継ぐものでなくてはならない。その点で、ハイレゾオーディオの技術が世の中に広がってきたことは、ひとつの引き金になっています。

 さらに、パナソニックの立場からみれば、2014年4月に、アプライアンス社のなかに、テレビやデジカメとともに、オーディオ事業が移管され、住空間のなかで音をどう考えるかという姿勢がより明確になった点が挙げられます。もともと白物家電を担当していたアプライアンス社のなかには、味覚に対してはご飯を美味しく炊き上げる炊飯器があり、触覚では髪の毛をしっとりと乾かすドライヤーといったものがあります。そして、視覚に訴えるものではVIERAがある。しかし、こうした住空間のなかでの感動において、聴覚である音についてはまだしっかりとした提案ができていなかった反省があります。

 しかも、音という観点から考えた場合には、パナソニックのブランドでは、過去にも、その価値を提供しきれていなかった。音を通じた感動を提供してきたのはTechnicsというブランドの製品。そこで、今回、Technicsブランドを復活させたわけです。

復活したTechnics

――まったく新たなブランドで挑戦するという手もあったのではないですか。

楠見:新たなブランドを作るのではなく、Technicsのフィロソフィーを継承し、そこに新しいデジタル技術を入れていくという姿勢を貫きたかった。Technicsが持つ、「音楽の感動を届ける」ブランドという資産を生かしたかった。こうしたところに、Technicsブランドを復活させた基本的な考え方があります。とくに欧州でのTechnicsに対するブランド認知度は高いんです。もともとTechnicsの販売構成比の3〜4割が欧州でしたが、Technicsブランドに対する認知度は、英国では64%、ドイツでは47%と、日本の40%の認知度を上回っているのです。今回の製品は、こうした実績のあるブランドを通じて、ユーザーとコミュニケーションを取る方が最適であると判断した、というわけです。

IFA 2014でのパナソニックのTechnicsコーナー

Panasonicブランドを表示しないTechnics

――Technicsのブランドを採用することは、最初から決めていたのですか。

楠見:社長の津賀(パナソニック・津賀一宏社長)に承認を取ったのは、今年3月ですね。かなり直前です。最初は、「主旨はいいが、何のために、Technicsをやるんだ」と言われました(笑)。

――確かに2008年のパナソニックへの社名変更とともに、ブランド統一にも踏み出し、「ナショナル」のブランドさえも、「パナソニック」へと統合したわけですからね。ブランドをまた増やすのかという話にもなりかねません。

楠見:オーディオの事業を拡大するという話だけであれば、他のオーディオメーカーに資本参加したり、買収したりといった手もあります。でも、我々はそうではなくて、自分たちの手で、オーディオ事業をやるわけです。その意味は、どこにあるのか。やるべきことは、住空間やモビリティ空間において、音を通じた感動を与えること。そのための商材を、パナソニックという会社が、自らやっていくということなのです。

 つまり、オーディオ事業に留まらない、音の感動を届けるためのブランドがTechnicsなのです。津賀自身は、こうした取り組みが、反転攻勢に向けた動きになるという理解がもともとありましたから、私たちの説明を聞いて、最後には「それならば、しっかりとやれ」という言葉をもらいました。

――Technicsの製品には、Panasonicのロゴは入っているのですか?

楠見:いえ、入っていません。

小川:ブランド戦略上は個別ブランドとして展開していますので、Panasonicブランドと、Technicsブランドが併用されることはありません。製造責任としては、パナソニックが行なっている。それは明確にします。また、展示会でもパナソニックという企業のもとで、Technicsを展開しているということは明らかにします。

Technicsのブランドは入るがPanasonicのブランドはどこにもない
背面にもPanasonicのブランドはない

――VIERAやDIGAとはブランドの位置づけが異なると。

小川:VIERAやDIGAはサブブランドと位置づけていますが、Technicsは個別ブランドの位置づけです。個別ブランドとしているのは、唯一、Technicsだけです。

カテゴリーに捉われないTechnics

――津賀社長が納得した「音の感動を届ける」という意味はどこにありますか。

楠見:「音の感動を届ける」というのは、私たちがTechnicsブランドを復活させる上で、唯一、決めたことだともいえます。音楽を楽しむ、音楽で感動を与えるブランドがTechnics。小川を筆頭とするコミッティを社内に設置し、そのコミッティが審査し、これをクリアしたものを、Technicsブランドとします。ここでは、物理特性としてこれだけの基準を超えなくてはいけないという数値的基準もありますし、コミッティのメンバーが音を吟味して、それを認証するという仕組みも持っています。これは音楽に限らず、音すべてで感動を実現するものとなります。

 私の個人的な趣味で言えば、桂米朝の落語をTechnicsで聞いて、そのライブ感に強く感動する(笑)。こういうことも含まれるわけです。音楽だけに限らない感動を与えられる製品がTechnicsです。そして、Technicsは、プロダクトからみたカテゴリー分けという考え方は適用されません。

――プロダクトカテゴリーの制限がないということは、複数のカテゴリーにまたがってTechnicsブランドが展開されるということですか。

楠見:そう捉えていただいて構いません。住空間という観点でいえば、今回発売したリファレンスシステム「R1シリーズ」と、プレミアムシステム「C700シリーズ」という高級オーディオ機器だけでなく、住宅のなかに組み込むようなものもあってもいい。モビリティという観点でいえば、カーオーディオや小型軽量のミュージックプレーヤーで、Technicsブランドの製品があってもいい。これをいつ、どんな優先度でやるかは別ですが、こうしたものも視野に入れていくつもりです。

――感動を与えられれば、10万円以下のポータブル機器でもTechnicsはありだと。

楠見:ありえますね。コミッティが認めれば実現することになります。

――薄型テレビのVIERAのなかにも、Technicsが入っていくことになりますか。

楠見:薄型テレビでも当然、音にこだわったテレビというものが考えられるわけですから、そこではTechnicsの技術を使う可能性はあります。その際には、「Powered by Technics」や「Technics Inside」という表現をするかもしれませんね。

――事業規模は2018年に100億円規模としています。同年に10兆円の売上高を目指すなかではわずか0.1%の規模ですね。

楠見:もともとハイエンドオーディオ市場は1,000億円の市場です。そのなかで100億円という事業規模を目指していくことになります。この100億円の事業のなかには、先ほど触れた高級オーディオ機器以外のフォームファクターを持った製品も含まれます。開発した技術を、様々なバリエーションとして展開し、様々な生活シーンのなかで活用してもらえるようなことを考えています。

2003年からスタートしたTechnics復活プロジェクト

――ところで、Technics復活プロジェクトは、なにをきっかけにスタートしたのでしょうか。

楠見:Technics復活プロジェクトのスタートは2013年です。当初は、AVネットワーク事業部のなかで粛々とスタートしました。ただ、このときには、まだTechnicsというブランドにするということは、最終決定していませんでした。そして、このプロジェクトの発足には、それ以前から技術者たちが着々と取り組んできた地道な研究開発の成果が存在したことが見逃せません。まさに、「スカンクワークス」の形でスタートしたプロジェクトだといえます。

 きっかけのひとつは、やはり技術です。Technicsブランドの製品は、一度終わらせはしましたが、オーディオを高品位で再生するための研究は止めていませんでした。私自身も、2005年にBlu-rayの技術を担当していた時期がありましたが、当時から、ハイエンドのDIGAのデジタル信号処理にはかなり力を入れていました。

 例えば、当時のDVDオーディオやBlu-rayの音声フォーマットは、今でいうハイレゾオーディオそのもの。こうした技術開発には継続的に取り組んできました。一方で、ピュアなオーディオ製品の存在意義という観点からを考えると、ハイレゾオーディオの高品位な音源が、ネットワークを通じて手軽に入手できるようになってきたという環境変化が大きく影響しています。

 過去のTechnicsは、100kHzも楽々再生するような機器を出していたわけですが、圧縮音源ばかりが普及している時代においては、Technicsでなくてもよかった。しかし、ハイレゾオーディオになると、Technicsの技術が生かされるようになってくる。それを住空間やモビリティで再生できるようにしたいという想いから、このプロジェクトをスタートさせました。

 パナソニックは、2013年6月に、CDステレオシステム「SC-PMX9」を製品化し、さらに、これをチューニングした製品を限定モデルとして発売した経緯があります。実売価格はほぼ2倍でしたが、これをやったことで、技術的にも「行けるぞ」という手応えのようなものを感じることができました。

――Technics 復活プロジェクトのスタート時には、まだTechnicsブランドにすることは決定していなかったわけですが、プロジェクトチームはどんな気持ちで、このプロジェクトに取り組んだのでしょうか。

楠見:最初から、Technicsを意識していたのは確かです。そして、Technicsを超えるTechnicsを作るという気持ちが強かったのではないでしょうか。とくに、開発リーダーを務めた井谷は、常にTechnicsブランドを意識してきたのではないでしょうか。

パナソニック アプライアンス社 ホームエンターテインメント事業部テクニクス技術開発担当の井谷哲也チーフエンジニア

井谷:それは、ご察しの通りです(笑)。私は、1982年に発売したTechnicsブランドのCDプレーヤー1号機を開発し、その後もDVDオーディオ、Blu-rayという製品の開発を続けてきました。一時期、オーディオ事業が縮小するなかで、レーザーディスクを担当した時があり、そこで映像技術を担当したのですが、2010年に映像とオーディオの部門が一緒になり、改めてオーディオを担当することになりました。そうしたなかで、DIGAという製品は、感動を追求していくようなモノづくりを行う風土のなかで生まれており、音づくりにも関しても徹底して追求することができました。とくに、プレミアムDIGAは、オーディオ機器のようなこだわりでしたね。

楠見:当時は、DIGAにTechnicsというブランドを使おうかという議論もあったほどですから。DIGAの900番台の製品のときに、デジタルオーディオ信号の再生において、硬くなったり、歪みっぽくなったりする理由をずいぶん研究したんです。デジタル信号の伝送状態と、そこで発生するジッタをどうするか、音質を高めるために必要になる信号処理はどうするかといったことを突き詰め、デジタル時代における原音再生のベースを作り上げた。

 かつてのアナログ回路の時代には、周波数特性を補正するためにコンデンサを使います。だが、これによって位相が変わってしまう。時間に対して、波を発生するタイミングが変わってしまうわけです。しかし、デジタル信号処理ではそうしたところが影響せずに様々なことができるようになる。ここから、原音再生の新たなアプローチが生まれているわけです。

井谷:DIGAというのは、言ってみれば単品コンポなんです。自己完結していない。そして、接続される先は、高級オーディオ機器という場合もある。それを想定して、音を追求していった製品なんです。HDMIの音が悪いと言われ続けたなかで、それをどう解決するのか。突き詰めていくと、可聴帯域のなかにジッタが入ってしまう点が課題であることがわかった。それではジッタを聴こえなくすればいい。このときに、ジッタを高い領域に持っていくのか、それとも低い領域に持っていくのか。HDMIの回路構成から言えば、低い方に持っていく方が簡単で、これをCTSスタビライザー機能によって実現し、DIGAでは高い評価を得ました。

 一方で、高い方に持っていくというやり方もある。パナソニックでは、PLL回路の制御信号に工夫を凝らし、可聴帯域にあるジッタを聴こえないところに持っていく技術を持っており、これにずっと取り組んできた。パルス変調幅を変える回路によって、ジッタを全帯域で低減することができる。片側で高い領域のジッターを抑圧し、もう片方で低い領域のジッタを抑えることができるのです。それをDIGAに載せてみると、結構いい音が鳴る。これは面白いという話になり、のめり込んでいったわけです。

 このときはDIGAの事業も調子がよくて、新たな技術にどんどん挑戦ができた。もともとオーディオというのはあまり業績がいいという環境にいたことがないので(笑)、なかなか新たな挑戦というのが難しい。このときに、音に対しても新たな投資を進めることができたというのは、今回のTechnicsブランドの復活に大きな意味があったといえます。

――一番苦労したのはどこですか。

井谷:すべてが苦労ですね(笑)。

楠見:あえて挙げるとすれば、電源まわりがかなり苦労しましたね。最終的には、スピーカーがどういう波をドライブするのかということが大切。そのためには、電子の移動レベルが効率の良い状態でなくてはいけない。瞬間的な電力の供給能力が大切です。それをデジタルアンプで実現するために苦労しました。

 デジタルアンプは、スピーカーに左右されやすいという特徴もある。そこを井谷がかなり苦労して、スピーカーに応じてアンプの周波数特性や位相特性までを制御する技術を開発しました。これでデジタルアンプの品質が一気に高まった。それと、ナイトライドの部分にもかなり苦労しましたね。ナイトライドは新しい素材のパワー素子です。高周波特性に優れたものを作るためには、正確にパワースイッチングができなくてはいけない。ここにナイトライドを活用したわけです。しかし、当初は、素子自身が不安定で、これをどう解決していくかが課題でした。

井谷:ナイトライドは、かつて、HDMIを一緒にやっていたメンバーが取り組んでいました。パワーマネジメントの効率化や、高速で高電流を流すために、電子移動度が高い素子であるナイトライドを利用したわけです。大きさは小指の先ぐらいの小さなもの。これは2つで構成され、さらに今回の製品の場合には、+と−がありますから、合計で4つのトランジスタを利用している。それで150Wを出すわけです。待機時の電力は少ないのですが、その小指の先の素子をドライブさせるために大きな電源が必要なわけです。

小川:ナイトライドは、エネルギー密度が高いため、実験中には、バチバチといった昇華してしまったり(笑)。

楠見:こんな苦労はあちこちにありました。ただ、苦労はまだまだ続きますよ。

Technicsについて語り合う3人

「サウンド」、「テクノロジー」、「デザイン」がフィロソフィー

パナソニック アプライアンス社 オーディオ成長戦略担当の小川理子理事

−−今後、Technicsのブランドをどう形づくっていきますか。

小川:自分の人生に影響を与えたり、自分の人生を変えてしまったりといった音楽に出会う瞬間がありますよね。Technicsはそういう音楽を再現するものであり、私たちはそうした製品を扱っているわけです。そこまでのこだわりを持った製品に育て上げたいですね。

楠見:ひとりひとりの音楽の原体験は異なりますが、それぞれの人が持っている音楽の原体験を再現できるレベルにならなくてはいけないと思っています。そこにTechnicsの価値を置きたいと考えています。

Technicsの3つのフィロソフィー

小川:私は、今年4月に異動の辞令が出て、5月からTechnicsブランドの製品化に携わることになったのですが、最初に楠見さんに会った翌日にメールをした内容は、「Technicsは、音とスペックとデザインで世界最高クラスを目指す製品でありたい」ということでした。IFA 2014の記者会見でも「サウンド」、「テクノロジー」、「デザイン」という3つが、我々のフィロソフィーであると宣言したわけですが、今後も、その観点から、Technicsの考え方を発信していくつもりです。

 私は、パナソニックに入社して20数年の間に、オーディオ、ネットワーク、CSRといった部門を担当させていただきました。今回、オーディオ成長戦略担当として、Technicsを担当し、自分のキャリアが、ここでやっと結実したという想いがあります。いままでの経験が、確信に変わったという瞬間を体験しました。このブランド戦略は自分がやるしかないと。それだけの覚悟で取り組んでいます。

楠見:小川は、日本のなかでも極めて珍しい存在です。プロのミュージシャンであり、常日頃から音楽に生で接している。それでいて、オーディオの技術者です。さらに、小川が持つ女性ならではの視点を生かしたマーケティングにも期待しています。

――IFA 2014でも一部関係者だけを招待した特別イベントでは、小川理事と世界的なジャズトランペッターである日野皓正氏との共演が話題になりましたね。

特別イベントでは、小川理事と世界的なジャズトランペッターである日野皓正氏が共演

小川:私自身、入社時の配属先が音響研究所で、そのときからTechnicsの製品に関わっていました。当時は、新規事業としてデジタル時代の音づくりを担当し、元祖ハイレゾオーディオともいえるDVDオーディオに携わりました。自分でレコーダーを開発して、100kHzまで収録できるマイクを担いで、コンサートホールで音源を作ったり、あるいはそのためにスタジオを作るといったことにも取り組みました。

 過去のTechnicsブランドを知っていますし、当時、やり残したこともあった。過去とは違う未来を築き上げていくブランドにしたいというのが私の想いです。技術は進化していくものですし、それをもとに、世界一の技術と最高の音づくりに改めて挑むことができる。そこには非常にワクワクしています。

 一方で、これまでのハイファイオーディオのデザインは、黒い箱ばかりで女性には近寄りがたいものがありました。女性の音楽ファンが多いのに、女性に適したデザインのものがない。女性は住空間においても、インテリアや家具にこだわりますし、ライスタイルに合ったものを選びたいと考えます。しかし、音楽にもこだわりたいと思っても、なかなかフィットするオーディオがみつからない。Technicsは、デザインも変えていくブランドにしたいと考えています。

日本市場向けには年度内の発売を計画

――今後は、どんなマーケティング施策を考えていますか。

楠見:まずは、全世界の評論家の先生方に実際の音を聴いていただくこと、また、販売ルートについても、最上位のリファレンスシステム「R1シリーズ」については、音をしっかりと聴いていただける環境を提案できる販売店と手を組みたいですね。

 国ごとに違いますが、聴いていただける空間をどれだけ作るか、といったところにマーケティング投資をしていきたいと考えています。販売は、12月にはドイツ、英国から開始し、フランスやスイスでも早い段階で展開します。日本への投入時期は、年度内を予定しています。また、北米市場への展開も順次考えたいですね。特にカナダでは高付加価値帯の製品を販売できるルートがありますから、それを生かしたいと思っています。

R1シリーズのアンプ「SE-R1」の内部構造
R1シリーズのスピーカー「SB-R1」の内部構造
SB-R1のPhase Precision Driver

――販売目標はありますか。

楠見:具体的な目標はありません。だだ、リファレンスシステム「R1シリーズ」では、3桁の販売台数がひとつの目安ですね。一方で、プレミアムシステム「C700シリーズ」は、音楽愛好家に対して、どういうチャネルを活用するのが最適なのか、といったことをトライ&エラーを繰り返しながら模索したいと思っています。Technicsは、いまは投資のフェーズです。価格競争に迎合することなく、さらに単にオーディオ機器を売るのではなく、音の感動を伝えることにマーケティング活動のポイントを置きたいと考えています。

C700シリーズのアンプ「SU-C700」の内部構造
C700シリーズのスピーカー「SB-C700」の内部構造

――音づくりについては、満足がいくものができていますか。

小川:生まれた瞬間は、Technicsというよりも、まだ赤ん坊。9月のIFA 2014までの間に、これをどこまで育て上げるかという苦労はありましたが、一定のところまでは来ましたね。

楠見:音づくりという点でいえば、いまは7合目までは来ましたね。これを12月の出荷までに、さらに高めていくことになります。ただ、これは富士山の7合目ではなくて、エベレストの7合目ですからね(笑)。

井谷:酸素が薄いなかでの挑戦です(笑)

小川:そう、いわば、達人の領域に入っていきますね。

ミュージックラバーや女性に愛されるTechnicsに

――Technicsで目指す最初のゴールはなにになりますか。

楠見:社名が、松下電器産業時代のTechnicsは、企業名とブランド名のコネクションが少なかったのではないかと思っています。新たなTechnicsでは、パナソニックが音の感動について真剣にやりはじめた。それを、Technicsを通じてやっているんだということを、まずは認知してもらおうと考えています。これが第一歩です。

 事業規模を追求するのではなく、パナソニックがプレミアムな音に挑戦している。それならば聴いてみようというきっかけをつくり、それでパナソニックという企業と対話をしながら、ユーザーとともにTechnicsを成長させたいと考えています。

井谷:私は、製品化する役割を担う立場からいえば、いかに市場で高く評価されるかという点に尽きます。専門雑誌からアワードを授与されるといったこともその評価のひとつでしょう。やりたいことは一杯あるのですが、まずは認知されないと始まらない。そこが最初のゴールであり、スタートだともいえます。

小川:私は、世界中の人々に、Technicsっていい製品作っているね、いい音出しているね、この製品が好きだ、そして、これをずっと使い続けたい、といってもらえるようなものに進化させたいと思っています。

楠見:その点では、オーディオマニアだけに評価されるのではなく、ミュージックラバー(音楽愛好家)に評価される製品を目指したい。むしろ、そこを中心に据えたいとも思っています。

――Technicsのブランドメッセージとして、「Rediscover Music」を掲げていますね。

ブランドメッセージは「Rediscover Music」

小川:自分の人生に影響を与えるような音楽に出会う瞬間というのは誰にでもあると思います。私の場合は、5歳のときに、チャイコフスキーの白鳥の湖を聴いた時でした。それを聴いて、次にチャイコフスキーのなにを聴こうかな、次は誰の音楽を聴こうかなということが繰り返されて、音楽を聴く幅が広がっていって、人生を豊かにしていくことにつながりました。

 しかし、会社に入り、忙しくなり、だんだんと音楽を聴く時間が少なくなっていくという人が多い。音楽を聴きたいのに離れてしまっている人も多い。でも、自分の音楽の原体験を思い出してほしい。それをいい音で聴いてほしい。そして、新たな音楽に出会ってほしい。そうした想いを、このメッセージのなかに込めています。

 これは私の体験でもあるんです。私は、Technicsによって、女性のユーザーをもっと開拓していきたいんです。これは、従来のTechnicsのイメージからは最も遠いターゲットかもしれません。しかし、音楽を高級オーディオで楽しむというのは男性だけのものではない。女性にもぜひ音楽を楽しんでほしい。そのための製品づくりが不可欠だといえます。

楠見:C700シリーズのようなプレミアムシステムであれば、将来的には約6割が女性の購入が占めるというところまで持っていきたいと思っているんです。女性に「高級オーディオと聞いて、なにを連想しますか?」と質問して、「Technics」という回答が出てくるという状況を作りたいですね。評論家の先生やオーディオマニア、そして音楽愛好家や女性。こうした人たちから、Technicsが、これからどんな評価を受けるのか、むしろ楽しみにしています。それだけの自信作です。

大河原 克行

'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を務め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、20年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。 現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、クラウドWatch、家電Watch(以上、ImpressWatch)、日経トレンディネット(日経BP社)、ASCII.jp (アスキー・メディアワークス)、ZDNet(朝日インタラクティブ)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下からパナソニックへ」(アスキー・メディアワークス)など