藤本健のDigital Audio Laboratory

第532回:「e-onkyo music」に聞く、ハイレゾ配信の広がり

第532回:「e-onkyo music」に聞く、ハイレゾ配信の広がり

“オリジナルマスター”配信。DRMフリー化も拡大中

e-onkyo music

 ハイレゾサウンド配信に特化して7年もの実績を持つe-onkyo music。ロスレスの24bit/96kHzや24bit/192kHzでの配信、DSD配信、さらにはサラウンド配信と、iTunes Storeなどでの音楽配信とは明らかに異なるサービスを展開している。サービススタート当初はコンテンツ数も少なくダウンロード数も限られていたようだが、ここ1、2年で売り上げも急激に伸びてきているようだ。その背景には昨今のPCオーディオブーム、またハイレゾサウンド再生環境の充実といったこともあるのだろう。

 個人的に気になっていたのは、ここで配信されている24bit/96kHzや24bit/192kHzのデータがどのように作られているのか、という点。DVD-Audioが事実上消えてしまった現在、一般リスナーがパッケージとして入手できるのは16bit/44.1kHzのオーディオCDか、DSDのSACDの2つがメイン。規格上はDVD-Videoに24bit/96kHzのリニアPCMを入れることもできるが、そうしたものを見かけることはほとんどない。そうした中で数多くのハイレゾ音源を出しているe-onkyo musicはどのようにしてデータを入手し、配信を行なっているのかなどを聞いてみた。

 今回、話を伺ったのはオンキヨーエンターテインメントテクノロジーのネットワークサービス部マネージャーの田中幸成氏と同ディレクターの黒澤拓氏、また藤田恵美さんやHYPSのサラウンド対応SACD制作などの実績を持つStrip inc.所属のレコーディングエンジニア、阿部哲也氏の3人だ(以下、敬称略)。

オンキヨーエンターテインメントテクノロジーの田中幸成氏
同社の黒澤拓氏
レコーディングエンジニアの阿部哲也氏

「原音に忠実」が出発点。DSD配信開始にも手応え

--ハイレゾサウンドの話になると、必ず話題に登場するe-onkyo musicですが、改めてこれまでの歴史について簡単に教えてもらえますか?

田中:e-onkyo musicをスタートさせたのは2005年8月です。アップルのiTunes Store(当時はiTunes Music Store)が日本上陸したのと同じ月でした。もちろんお互いで示し合わせたというわけではなく、偶然だったのですが。オンキヨーは“原音に忠実”ということをテーマに再生機器を60年間作り続けてきたメーカーです。LPレコードであったり、CD、MD、カセットテープ……とそれぞれのメディアに応じた機器をいろいろと作ってきました。

 これからPCで音楽を聴く、ネットで音楽をダウンロードしていく……デジタルファイルがメディアの一つになるというのは確実だと考えましたが、当時あったのはすべて圧縮音源。元のソースが劣化したものだから、それを“原音に忠実”というのでは自己矛盾が生じてしまいます。非圧縮というサービスがないか探してはみたのですが、存在しなかったため自らやってしまおうとスタートさせたのです。

WAVIOシリーズの「SE-300PCIE」

――オンキヨーでは、以前からサウンドカードやUSBオーディオデバイスを作っていましたよね。

田中:1998年にPC周辺機器事業を立ち上げ(現WAVIOブランド)、PCで音楽を聴く、環境は整えていました。そこには将来PCやインターネットを利用したリスニングスタイルが一般的になるだろうという考えもあったのです。その点では先見の明があったという自負もありますね。その発想をベースにハイレゾ配信をスタートさせたのです。もっとも、最初はエイベックスさんのglobeの楽曲11曲のみでしたが……。

――懐かしいですね。まさにそのglobeの楽曲の高音質配信の発表会のパネルディスカッションに私も出た覚えがあります。でも当時はDRM付のデータではありましたよね。

田中:そうでしたね。当時同時にスタートしたiTunes Music Storeではコンテンツ数が100万曲、片やこちらはたったの11曲。値段もこちらは高かったので、メディアからは揶揄されましたね。「24bitと16bit、たった8bitしか違わないのに、なぜこんなに値段が違うんですか…」とかってね(笑)。当時、本当にいろいろな面で苦労しました。

――コンテンツ集めも大変だったでしょうね。

田中:そのとおりです。「24bit/96kHzというスタジオマスターに近いクオリティで音を出すなんてとんでもない! 」といった意見も多くありました。ただその一方では、録音現場においてアーティスト、エンジニアが精魂こめて作った音を1/100程度のデータに圧縮し、携帯電話用に100円で売るといったことに忸怩たる思いを持っていた方が多くいらっしゃったことも事実です。そうしたことに共感をいただいたレーベルさんから徐々にハイレゾ音源を提供いただけるようになっていったんです。

――ところで、当初はすべてDRM付だったものが、最近はDRMフリーになっていますよね?

黒澤:DRMフリーの楽曲を導入したのは2010年7月でした。ご存知のとおり、当初のデータ形式はWindows Media DRMを使用していた関係上、Windowsでしか再生することができなかったのです。その一方、ハイレゾを好む方の場合、Macユーザーもかなり多いと思うのですが、そこには刺さっていなかったのです。そこにDRMフリーのコンテンツを出したことで、一気に広まっていきました。

――このタイミングですべてDRMフリーに切り替わったんでしたっけ?

黒澤:いいえ、現状でもDRM付のものは数多くあり、混在しています。海外レーベルや国内のクラシックやジャズを主に取り扱うレーベルからDRMフリーのものを供給してもらい、そこから少しずつ広がっていったという状況です。そのため、PCMでは、DRMフリーのWAVとFLAC、またDRM付のWindows Media Audio Losslessの大きく3種類があります。また、DRMフリーにしたタイミングで初めて24bit/192kHz対応のデータの配信もスタートしました。というのも、WMA Losslessは24bit/96kHzまでで24bit/192kHzには対応していなかったので、WAV、FLACが扱えるようになり、初めて実現できたのです。その年の12月にはDSDの配信もスタートさせました。

――以前、DSD配信の件で、黒澤さんにもインタビューさせてもらいましたね。考えてみれば、DSDにもDRMをつける仕組みがないから、DRMフリーですね。

黒澤:そうですね。ただ、当時はほとんどDSDの再生環境がありませんでした。本来であればDSDネイティブでの再生が好ましいのですが、その前の月、2010年11月にコルグがAudioGateをフリーで提供するようになったので、そのことも大きなトリガーにもなりました。PCMに変換はされてしまうけれど、DSDの良さを知ってもらうにはいいんじゃないか、と。

田中:始めてみたら、DSDの反響は大きかったですね。2011年でのDSDコンテンツ数は少なく、トータルで1,500曲くらい。e-onkyo music全体で現在7万曲ありますから、割合的にはごく一部に過ぎないのですが、DSDの売り上げは2011年全体の10%程度を示すまでになったので、期待されていることは非常に強く感じました。

――現在配信しているDSDのデータは2.8MHzのみですよね?

黒澤:そのとおりです。5.6MHzの配信についても、現在いくつかのレーベルさんと話はしていて前向きに動いているものの、まだ具体的にいつというところまでは来ていません。

――その後、今年の5月からサラウンド配信もスタートされています。

オンキヨーのハイエンドAVアンプ「TX-NR5010」。e-onkyo musicのドルビーTrueHD 5.1ch配信にも対応する

田中:はい、まだコンテンツ数は少なく、タイトル数が100弱で、1,200曲程度ですが、多くの方から注目はいただいています。データ形式的にはドルビーTrueHD、WAV、FLACの3種類で提供しています。このうちドルビーTrueHD対応のデータを再生するためには、基本的にオンキヨーのAVレシーバーを利用する必要があるのですが、WAV/FLACであれば幅広いPC環境での再生が可能です。

――WAV、FLACのサラウンドデータをPCで再生する方法ってあまり知られていないように思いますが……。以前、Windows Media Playerで5.1chのWAVファイルを鳴らしたことはありますが、PC標準のサウンド機能でしか鳴らせないなど、あまり自由度がなかった記憶があります。何かいい再生方法は確立しているのですか?

黒澤:e-onkyo music内のページで「サラウンド再生環境ガイド」というページを作ってご紹介しているので参照してみてください。Windowsであればfoober2000、VLC、WinAmpといったアプリケーションでの再生ができることを確認しています。またMacの場合はPlay、VLCでの再生が可能です。サラウンドのサンプルデータなども置いてありますので、それで確認いただけると思います。

オリジナルマスターそのものの配信も。ポニーキャニオンも近日DRMフリーに

――ここからが今日の本題ともいえる部分です。これらサラウンドのデータは、誰がどのように作成しているのでしょうか? DVD-Audioがなくなった現在、パッケージでPCMのサラウンドデータは販売されていません。となると、どうやってこのデータを作っているのですか? SACDをもとに、オンキヨー側でデータを自動生成するとか……?

黒澤:サラウンドに限ったことではありませんが、データは基本的にすべてレーベルさん側から納品してもらっています。もっともドルビーTrueHDやFLACへのエンコードについては当社側で行なっているので、WAVでの納品という形になります。たとえばポニーキャニオンの音源としてレコーディングエンジニアの阿部さんからいただいています。ちなみに納品方法は各社いろいろですが、DVD-ROMに焼いて……というのはトラブルが生じやすいので基本的にお断りしています。そのためUSBメモリーや外付けハードディスクでの納品、またFTPやSFTPなどのファイル転送というケースも多くなっていますね。

阿部:3年くらい前、ちょうどHYPSのアルバム「Chaotic Planet」ができた直後くらいだったでしょうか。これをe-onkyo musicで24bit/96kHzの2chデータを配信させてもらいました。またそれに続いて、藤田恵美さんの「Camomile Best」、「camomile Smile」、「ココロの食卓 ~おかえり愛しき詩たち~」も24bit/96kHzの2chで提供させてもらっています。

HYPS「Chaotic Planet」配信ページ
藤田恵美「Camomile Best」配信ページ
HYPSのアルバム「Chaotic Planet」

――HYPSの「Chaotic Planet」や藤田恵美さんの「Camomile Best」の制作に関しては以前にいろいろと取材させてもらいました。でも、これらのアルバムはSACDの作品だから24bit/96kHzというデータは、流通していなかったですよね?

阿部:そうですね。たとえば「Chaotic Planet」はSACD、CD、アナログレコードなどのハイブリッドメディアで発表した作品でしたが、24bit/96kHzという形式はありませんでした。でも、僕の手元にあるオリジナルのマスターは24bit/96kHzとしてあるんですよ。

阿部氏の自宅スタジオ

――以前、阿部さんの自宅スタジオにもお邪魔したことがありましたが、確かミックスダウンからマスタリングまで、すべてMOTUのDigital Perfomerで24bit/96kHzでの処理をしていたんですよね。

阿部:はい。だから、CDとして発売されているものも、Digital Perfomerの24bit/96kHzのデータを16bit/44.1kHzにダウンコンバートしたものだし、SACDは一回アナログを通してDSDに変換したものです。それに対して、e-onkyo musicへ納品したのは、オリジナルの24bit/96kHz。だからこれがホントのマスターなんですよ(笑)。そして現在のところ、それを出しているのはe-onkyo musicのみです。

――それってすごいことですよね。でも、オリジナルマスターそのものを提供することに抵抗があったりはしませんか?

阿部:僕としては、できるだけいい音で聴いてもらえるようにレコーディング、ミキシング、マスタリングという作業をしてきたのですから、それにできるだけ近い音で聴いてもらえるのが嬉しいこと。だから抵抗なんてないですよ。

黒澤:だから、「Chaotic Planet~Special Master Edition」のようなタイトルとなっており、本当にスペシャルマスターエディションなんです。

――ただし、販売されているデータを見ると、DRM付のWindows Media Audio Losslessなんですね。

黒澤:はい、これは各レーベルごとの方針によるので……。ただDRMを外すというのは全体的な大きな流れになってきています。まだ、皆さんに理解していただけるところにまでは来ていませんし、ある程度時間はかかるとは思いますが、各社とも少しずつ前向きに捉えてくれているようです。そうした中、先日、ポニーキャニオンの担当者と確認をしたところ、今後はDRMフリー化をしていきたいというお話をいただいたので、近いうちにDRMフリーになると思います。

――ユーザーとしては、DRMがあると扱いは面倒ですから、嬉しいところですね。その一方で、HYPSや藤田恵美さんの作品は、ハイレゾの2chだけでなく、サラウンドにも対応したんですよね。

阿部:24bit/96kHzの2chデータを納品した際、手元には当然サラウンドのデータもあったので、サラウンドも扱ってくださいよ!ってお願いしていたんです。すぐにとはいきませんでしたが、その後、これも実現しました。これもやはりマスターデータそのものです。

黒澤:サラウンドに関してはそもそもDRMの仕組みがないので、すべてDRMフリーという形になっています。こうした点もサラウンドの面白いところかもしれません。

――阿部さんの場合は、まさにオリジナルマスターをそのまま配信ということでしたが、他社の場合はどうなのでしょうか?

黒澤:各社それぞれだと思うのですが、直近お話を聞いたユニバーサルミュージックの話ではSACD用のDSDのマスターを24bit/192kHzにひとつひとつ時間をかけてダウンコンバートしていると聞きました。

――実は、AudioGateを使ってインスタント変換をしているとか?

阿部:分からないですが、それはないのではないでしょうか? 僕の知っているケースでは、Pyramixを使って変換をしていましたが、そうしたシステムを使っているのではないですかね?

黒澤:ワーナーミュージックは本国から直接データが送られてきています。またビクターでは1インチのアナログテープから24bit/192kHzに取り込んだ後にあらためてマスタリングを施していると聞きました。いずれにせよ、各社各様の方法で高音質なデータをいただいており、それをそのまま配信しております。だからこそ、AACでの配信やCDでの再生とは明らかに違う音質をお楽しみいただけると思います。

――ありがとうございました。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。EPUBマガジン「MAGon」で、「藤本健のDigital Audio Laboratory's Journal」を配信中。Twitterは@kenfujimoto