藤本健のDigital Audio Laboratory

第557回

DSDの基本から未来まで。「1ビット研究会」レポート

iPadとUSB DACでのDSD再生も

 6月26日、早稲田大学IT研究機構1ビットオーディオ研究会の主催による「第7回 1ビット研究会」が早稲田大学の西早稲田キャンパスで開催された。大学主催のイベントとはいえ、いわゆる学会的なアカデミックなものというよりは、より実践的な技術発表や製品紹介、また試聴デモを交えてのプレゼンテーションといった内容。さまざまな企業が入っての発表はオーディオファンにとっても非常に面白いもので、ここには学生から高齢者まで幅広い年代の160人以上が参加していた。

早稲田大学の西早稲田キャンパスで開催された「第7回 1ビット研究会」
会場の様子

 1ビットオーディオ=DSDについてのさまざまな最新情報が得られる数少ない機会でもあったので、その内容について今回と次回の2回に分けて紹介していこう。

1ビット研究会とは?

 この1ビット研究会は主催である1ビットオーディオ研究会が、前組織である1ビットオーディオコンソーシアムだった時代から開催してきたイベント。筆者も以前参加したことがあったが、2010年9月に第1回が開かれて以降、年2回程度のペースで開催され、今回が第7回目となる。

当日のプログラム

 参加費は不要で、事前申し込みもいらない。参加条件も「1ビットオーディオ研究会の会員及び1ビット技術に関心のある一般の方」ということで、誰もが気軽に来れるイベントであったため、平日の雨天ではあったが、会場は満席となった。13:30〜17:50という、結構長いイベントではあったが、大半の人たちが最初から最後まで見ていたようだった。

 今回の発表内容は以下の5つのテーマ。発表者を見てもわかる通り、5つのうちの4つは企業による発表となっていた。

【発表テーマ概要】

(1)22MHz, 1bitレコーダによるオーラルヒストリーの記録保存
山崎芳男教授、八十島乙暢 (早稲田大学)
UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の所有する日本移民のオーラルヒストリーオープンリールテープをNAGRAのテープレコーダで高速再生し、22MHz・1ビットレコーダーでデジタルアーカイブした。後処理の手法を含め、試聴を交えながら解説する。

(2)1ビットのUSB伝送について技術解説
森拓也氏 (インターフェイス 第一営業部課長補佐)
USB DAC市場にはDoP方式、ASIOnative方式の2つのUSB Audio Streamingフォーマットがある。それらの方式の違いについての解説を行なう。また、ITF-DSD via USBでの独自のUSB Audio Streaming技術についても紹介する。

(3)1bit対応8chオーディオインターフェイスの試作と録音の実践
相川宏達氏 (アイ・クオリア代表)
1bit形式で録音再生が可能な8ch入出力オーディオインターフェイスを試作した。この試作機の概要とサラウンド録音の実践について試聴を交えながら解説する。

(4)PCオーディオの業界動向、市場動向に対してのLUXMAN 社の取組と考え方
小嶋康氏 (ラックスマン 商品企画室室長)
1ビットDSD対応USB-DAC DA-06を含むDAC、AMP及び機器開発に対する考え、並びにDA-06の商品企画意図等にフォーカスを当てる。試聴を交えながら解説する。

(5)AudioGate, ClarityからDS-DAC-10まで:KORGのPCオーディオへの取組
大石耕史氏、石井紀義氏 (コルグ開発1部)
AudioGateで培った技術を応用し開発された1bit DAWシステム“Clarity”、その研究成果から生まれたDS-DAC-10。コルグでの2006年以来のPC オーディオへの取組について、開発担当者が試聴を交えて技術解説する。

1bitオーディオの用途は「テープのデジタル化」だった

早稲田大学の山崎芳男教授

 では、具体的にその発表内容を紹介していこう。

 まず、1番最初の発表は1ビットオーディオ研究会の前身の1ビットオーディオコンソーシアムを立ち上げ、代表を務めてきた山崎芳男教授によるもの。今年度で退官されるということもあってか、現在の1ビットオーディオ研究会では委員長代行という立場のようだが、今回の5つの発表の中でも異色でユニークな内容となっていた。

 戦前、多くの日本人が海外への移民をしていたが、北米へ移民した人たちも数多くいた。そうした人たちが口頭で語った内容の記録がテープとして数多く残っていることをご存じだろうか? こうしたテープの多くを所蔵しているのがUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の図書館だ。ここにはJARP(Japanese American Research Project)コレクションという名前で保存されており、北米日本人移民関連資料としては最も充実しているという。その数は327本で、すべてオープンリールテープのもの。しかも1本のテープには4トラック分も記録されていたのだ。ただ、その多くは"inaudible"、つまり聞き取り不能とされており、テープが日々劣化していくことを考えると、一刻も早くデジタル化して保存する必要があった。その重要な記録テープの救出に1ビットオーディオを用いたというのだ。

 一般的に1ビットオーディオというと「超高音質なハイエンドオーディオ」という印象があるが、ここで求められるのは高音質ということではなかった。では、何が必要だったのか? それはスピードだ。仮に1本のテープの記録時間が2時間だとしたら、327本×2時間×4トラック=2616時間となり、再生するだけで連続100日以上かかってしまう。しかも聞き取り不能箇所の修復といったことをしていたら、何年あっても足りないし、その間も劣化が進んで行ってしまう。そこで、1ビットオーディオを利用し、テープを高速再生したものをマルチトラックのまま記録し、あとでプログラムを利用しオーディオデータとして修復するという手段を用いたのだ。

 利用したのは山崎教授のグループが開発したポータブル・1ビットマルチトラックレコーダのVC-21 WSDを改良して22MHzとしたもの。またテープの再生には山崎教授がUCLAの図書館に持ち込んだNAGRAのテープレコーダが利用された。4トラックとはいえ、当然マルチトラックとして録音されたわけではなく、片方向ずつ往復で記録されたものとなっている。それを1回の片方向再生でVC-21 WSDへと記録していくというのだ。しかも、通常速度で再生していては時間がかかるので、10倍速の高速再生。山崎教授によれば、トラックも4トラックとしての再生ではなく、隣のトラックへの影響も考え8トラックとして再生・記録したのだという。

展示されていたVC-21 WSD
山崎教授が使用したNAGRAのテープレコーダ

 その結果をデジタル処理することで、聞き取り不能であった素材もかなり修復できたとのことだ。このプレゼンテーション内では、音量が小さかったためか、あまりハッキリとした音を聴くことはできなかったのだが、処理前のデータと処理後のデータで、大きな違いが出て、日本語での言葉がしっかり確認できるようになったそうだ。「おそらく日本語を理解できないアメリカ人が逆再生のまま聞いて、inaudibleといっていた素材もかなりあったと思う」と山崎教授は語っていたが、こうした作業によって多くの貴重な記録が確実な形で保存できることになったわけだ。

信号処理前の音声データ
信号処理後の音声データ
復元された音声は、一つ一つタイトルが付けられ、キレイにファイリングされていた

DoPとASIO nativeはどう違う?

 2番目の発表は、昨年末にこのDigital Audio Laboratoryでも取材を行なったシステムハウス、インターフェイスによる「1ビットのUSB伝送について技術解説」というもので、主にDoPとASIO nativeの違いがどんなものであるかを紹介する内容だった。

 特に、この違いに関する話で目新しいネタがあったわけではないのだが、とてもわかりやすいまとめ方をしていたので、改めて見ていこう。

インターフェイスの森 拓也氏
DoPとASIO nativeの違いをまとめた表

 まずDoP=DSD over PCMについて。これはPCMデータのふりをしてDSDのデータを流すという方式だが、ここでは24ビットデータの先頭に8ビットのMarkerを付加することで、それがDSDデータであることを判別できるようにしているという。処理の流れとしては以下の通りだ。

1.ホスト側にて音源データにMarkerデータを付加する
2.ホスト側からストリーミングを開始
3.ホスト側で付加されたMarkerを判断し、PCMかDSDのモードに切り替える
  A)サンプリング用クロックの切り替え
  B)DAコンバータ回路の切り替え
4.デバイス側は受信したデータをDAコンバータへ出力

 このようにMarkerが付加されることによって、データ量は1.5倍強に増える形となり、データが転送されるごとに、PCMかDSDかの判断を行なっていくため処理にかかるCPU負荷も大きくなるとのことだ。その結果、DSD64(2.8MHzのデータ)の場合の転送にはPCMの176.4kHzが必要になるという。

 それに対し、ASIO nativeはASIO 2.1で盛り込まれた方式であり、DoPのように転送するデータごとにPCMかDSDの識別を行なうのではなく、ストリーミングデータを送信する前に、あらかじめPCMかDSDかを識別するデータを送る形になっている。そのため、CPUの処理負荷はDoPと比較してずっと小さいし、いちいちMarkerを付加するようなことをしないため、転送するデータ量も少なくて済むというメリットがある。ただし、識別データを受け取るための仕組みがドライバと機器側の両方に必要となるため、既存のシステムを利用することができないというのがネックとなっている。改めて、このASIO nativeでの処理の流れを示すと以下のようになる。

1.ホスト側にて音源データにより、モード切替の要求をデバイス側へ送信
2.デバイス側では要求されたモードに応じて、PCMかDSDのモードに切り替える
  A)サンプリング用クロックの切り替え
  B)DAコンバータ回路の切り替え
3.ホスト側からストリーミングを開始
4.デバイス側は受信したデータをDAコンバータへ出力

 ここで会場から質問が上がったのは、「DoPとASIO nativeのどちらが音がいいのか? 」という点について。プレゼンテーションを行なったインターフェイスの森拓也氏は、明言は避けつつも、「ASIO nativeのほうが転送データも小さいし、CPUにかかる負荷も圧倒的小さくなる」ということから、ASIOのほうが有利ではないかというニュアンスのことを話していた。

 同社ではITF-DSD via USBというPC用のUSBドライバとファームウェアをセットにしたソリューションを提供しているが、その内部処理フローについても図で公開。さらに、それを利用した再生タイミングチャートに関しても、PCMの場合とDoPの場合がそれぞれどうなってるかを公開していたので、なかなか貴重な情報といえそうだ。

 ちなみに、このソリューションを採用した製品としてはティアックの「UD-501」、ラックスマンの「DA-06」があることも公表した。

ITF-DSD via USBの内部処理フロー
PCM再生のタイミングチャート
DoP再生のタイミングチャート

iOS端末でのDSDネイティブ再生にも着手

iTF-DSD vis USBを採用したUSB-DACをiPad miniに接続したDSDネイティブ再生デモ

 最後にインターフェイスの今後の展開として、デバイスの小型化を研究しており、低価格化、省電力化、小パッケージ化を進めるほか、iOSデバイスの研究も行なっていることを明言。プレゼンテーション終了後のフリータイムでは、iTF-DSD vis USBを採用した某社のUSB-DACをiPad miniに接続してのDSDネイティブ再生の試聴も行なわれた。まだ、あくまでもプロトタイプのシステムとのことだったが、テスト版のアプリを利用しての再生ではDoPではなく、ASIO naitiveに似た仕組みの独自方式を使ってiPad miniからUSB-DACへとデータ転送をし、DSDネイティブの再生が行なわれていた。現在、iOS上にはDSDファイルをPCM変換した上で再生するソフトなども登場しているが、ネイティブ再生できるとなると、DSDのプラットフォームとしてiPadやiPhoneが大きく注目されることになっていきそうだ。

 次回もこの1ビット研究会の発表内容の続きである3項目、アイ・クオリアのオーディオインターフェイス試作機と、ラックスマン/コルグにおける機器開発に対する取り組みについて紹介していく予定だ。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。EPUBマガジン「MAGon」で、「藤本健のDigital Audio Laboratory's Journal」を配信中。Twitterは@kenfujimoto