藤本健のDigital Audio Laboratory
第576回
DSD/1ビットの次なる展開は? 「1ビット研究会」レポート
11.2MHz再生や高速サンプリングなども紹介
(2014/1/6 11:18)
昨年末の12月20日、早稲田大学の井深大記念ホールで、第8回目となる1ビット研究会が開催された。1ビット研究会は早稲田大学のIT研究機構、1ビットオーディオ研究会が主催して行われる1ビットオーディオに関するシンポジウム。学術的な発表会というよりも、多くの企業も参加しての最新情報の発表会的なニュアンスが強いイベントだ。
年に2回のペースで開催されているが、昨今のDSDブームもあって最近は参加者も増加。今回は大きな会場である井深大記念ホールで行なわれた。
今回の発表内容は以下の6つ。
発表内容
[概要] 日本オーディオ協会と JEITA で進めている PC オーディオやモバイルオーディオ、1bit / DSD等、ハイレゾオーディオ関連の情報発信活動と最新テーマを紹介。
[概要] 1ビットオーディオコンソーシアム公開の 11.2MHz/1bit 音源を、発表者らの自作ボードキット装置で実演再生し、併せて自作オーディオ分野における高サンプリング 1bit 音源再生の最近の動向を紹介する。
[概要]'13年9月に発売したSACD対応CDプレーヤ CD-S3000を紹介する。SACD再生対応、そして DSDネイティブ再生に対応した USB DAC 機能の 1bit 対応状況について説明と試聴を行なう。
[概要] ユーザー・インターフェイスを一新し、使い勝手が大幅に向上した AudioGate 3 と DS-DAC シリーズが実現するコルグのオーディオ・ソリューション『AudioGate』について、試聴を交えて解説する。
[概要] 記録しないものは消えていく。伝統の記録と保存のための1ビット録音。それは遺産であり未来への文化になる。提言と試聴を行なう。
2.1bit駆動パラメトリックスピーカ
3.1bitによるダイレクト放送
4.1bit音源と音を使った映像との同期
筆者の理解力の問題もあって、すべてがよく分かったという状況では決してないのだが、まだ情報の少ないDSD、1ビットオーディオの世界で、貴重な内容が盛りだくさんであったので、その概要を簡単に紹介していこう。
1bit再生を始めとしたネットワークオーディオ普及活動の紹介
最初の発表は、ソニーの照井和彦氏が、ソニーの立場ではなく、日本オーディオ協会のネットワークオーディオ技術ワーキンググループ、電子情報技術産業協会(JEITA)のネットワークオーディオ専門委員会という立場で、1ビットオーディオについてどんな取り組みをしているかを紹介したものだ。
特別大きなトピックスがあったわけではないが、昨年10月に行われたオーディオ・ホームシアター展2013の報告や10月17日から「ネットワークオーディオ」(http://www.network-audio.jp/)というサイトをβ版として運用開始したこと、また日本オーディオ協会の音のサロン委員会が主催となってPCオーディオ講座などの活動内容が紹介された。
最後に前々回のDigital Audio Laboratoryで制作者インタビューを行なった類家心平の「4 AM」というアルバムの中から「KARAGI」をソニーのハードディスクオーディオプレイヤー「HAP-Z1ES」で再生した。その後、ちょっとだけ時間が余ったので、ソニーとしての立場に戻り、'13年11月の記事で掲載した「PCM-D100」の開発者である橋本高明氏を呼び、この機材を使ったDSDレコーディングの面白さを紹介して終了となった。
自作用ボードキットによる11.2MHz/1bit音源の高音質再生の試み
2つ目の発表は、メーカーではなくユーザーの発表ということで、オーディオ装置の自作愛好家であるという的場文平氏が登壇。共同発表者である中島千明氏とともに制作したシステムで、11.2MHzの1ビットオーディオのデータを会場で再生し、その音の良さを来場者に体験してもらうという趣旨のものだ。
その再生装置とは大きく3つのパートで構成されている。まずはPCMなら32bit/384KHzまで、DSDなら12.3MHz(DSD256)までをサポートするSDカード・トランスポート(SDTrans384+Sync-SDT)、それをアナログに変換するDAC(Sync-9018D)、それにI/Vコンバータ(9018D-IV8)という構成。さらに非常にユニークなのは、それに供給する電源部分で、ここには太陽電池を用いている。もっとも、実際の太陽で発電するわけではなく、そこに白熱灯を置いて光らせ、その光を元に発電した電力で音を出すというのだ。
一方、問題は再生させるためのデータだ。最近、音楽配信においてもようやく5.6MHzのものがいくつか登場してきた程度であり、11.2MHzのデータはどこにも販売されていない。的場氏によると、調べた結果11.2MHzでレコーディングしたという情報は2つほど発見したが、どちらも発売にはなっていない模様とのこと。
そうした中、唯一、入手可能なのが、1ビットオーディオコンソーシアムで公開している2006年録音の「ストラディバリソサエティのバイオリン(クリストフ・バラティ)」(永野桃子, 大場治子)というもの。これは、1ビットオーディオ研究会の中心人物である早稲田大学の山崎芳男教授が海外で録音したものなのだが、データ形式がWSDで、一般的なDSDやDSDIFFではない。通常のデータならKORGのAudioGateを用いてコンバート可能なだが、さすがに11.2MHzはサポートされていないため、ヘッダ部分を書き換えることで、AudioGateを騙すなどして、変換したそうだ。
と、これだけ周到に用意して、11.2MHzの音を再生しようとしたのだが、なぜか当日うまく動作しないというトラブルがあり、結果的にはプレゼンテーションだけで終わってしまった。この辺がメーカーと個人の愛好家との違い、ということなのかもしれないが、内容的にはなかなか楽しい発表だった。
1bit対応CDプレーヤー「CD-S3000」の紹介
3番目はヤマハの前垣宏親氏による、CDプレーヤー「CD-S3000」の製品紹介。451,500円と高価なこのプレーヤーはSACDに対応しているだけでなく、USB DACとしても利用可能で、ここでDSDネイティブ再生もサポートしたユニークな機材になっている。このプレゼンテーションではサウンドコンセプトやデザインコンセプト、メカ部分の構造や電源回路周りなどが細かく紹介されたが、ここではUSB DAC部分の話だけをピックアップしておこう。
まずDACのチップにはESSのSabre32(ES9018)を採用。これはDAC専用のマスタークロックを持つ構造で独自のジッター除去機能も備えているので、ジッターの影響が極めて少ないD/A変換が可能なのだという。そしてコントローラ部分にはヤマハオリジナルのSSP2というICが用いられており、24bit/192kHzに対応する。また、ドライバはヤマハ&Steinberg製のASIO 2.3対応ドライバーが採用され、低遅延、高スループットを実現しているのだ。
そして、肝心のDSD対応だが、2.8MHz、5.6MHzのネイティブ再生ができる。ただし、現状で5.6MHz再生が確認できているのはfoober2000のみとのこと。その他のソフトについては動作検証中とのことだった。なお、このUSB-DAC部分のブロックダイヤグラムについても公開された。
高音質1ビット再生システム AudioGate
後半のスタートはコルグのAudioGateから。すでにアナウンスされているとおり、まもなくAudioGateの新バージョン「AudioGate 3」が登場する。このプレゼンテーションのあった12月20日時点では12月下旬登場の予定だったので、リリース直前のソフト紹介という感じであった。しかし12月25日に「2014年春リリース」と延期されてしまったので、ユーザーが利用可能になるまでには、もう少し時間が必要となったが、ユーザーインターフェイスが大きく変わり、より使いやすいプレーヤーへと進化している。
発表に立った永木道子氏によると、今回のAudioGate 3ではGUIとMain処理部分が別ソフトウェアとなったのだという。Main処理部の内部にサーバー機能を持ち、HTML5を利用してGUIと通信をするようになっているのだ。
このようにすることで画面の大きさ、形がどうあっても対応できるスケーラブルなUIとなるとともに、ソング管理機能、iTunesのソングを登録する機能、波形表示機能、アートワーク表示機能、テキスト情報への対応機能……などが追加され、パッと見も大きく変化している。またつい先日発売された新USB-DACであるDS-DAC-100、DS-DAC-100mも紹介され、会場ではこれを使った音楽再生も行なわれた。
韓国の伝統音楽の1ビット録音とアーカイブの経験からその重要性について
その次に登壇したのは、オノセイゲン氏率いるサイデラ・マスタリングのライブレコーディング・エンジニアである、オ・スジョン氏。彼女は2009年に韓国のレコード会社に入社し、レコーディングエンジニアとして働くようになった。ここで感じていたのはPCMでのレコーディングはどうしても低域が強調されたものになりがちで、デジタルっぽさが出てしまうということだった。そうした中、DSD録音と出会い、伝統楽器のレコーディングを試したところ、そうしたデジタルっぽさがなくなり、ノイズもまったく気にならなくなったことから、伝統音楽のレコーディングは1bitだと確認した、という。
韓国での伝統音楽の演奏は宮廷やお寺、また家で行なわれるのが一般的で、スタジオでレコーディングするということはあまりないそうだ。そのため回りの音、とくに虫の鳴き声なども、ある意味、音楽の構成要素のひとつとなっているのだが、実際にレコーディングした音を会場で再生したところ、虫の鳴き声なども含め、キレイに、リアルに再現された。オ・スジョン氏によれば、1bitレコーディングによって、微妙なニュアンスまでハッキリと再現できる、という。
そのオ・スジョン氏は2010年からは韓国の国立機関である国立伝統音楽院で仕事をするようになり、2011年には宮廷音楽などのSACD化を実現しているという。ただ、これらは非売品であり、韓国の伝統音楽のアーカイブとして残してあるのだそうだ。なお、システムとしてはPyramixを使ってレコーディングをしており、基本的には何もいじらない形でマスタリングをしているのだそうだ。この伝統音楽をアーカイブするという意味では、韓国の音楽に限らず、日本の伝統音楽にも効果的であるので、ぜひ、日本でも取り組んでいくべきだと話していた。
プレゼンテーションの最後には、自ら、韓国の伝統楽器であるカヤグムを使っての演奏を披露。会場からは拍手喝采であった。
最近の1bit技術とその応用
そして、最後にプレゼンテーションを行ったのは、早稲田大学の山崎芳男教授。ここでまず主張していたのは「1bit」という言葉について。一般的には1bit=DSDと捉えられているが、それがすべてではないということで、ΔΣ変換を使わない方法が紹介された。通常は2.8MHzや5.6MHzといった周波数が用いられれるが、それよりも遥かに高い周波数となるGHzでのダイレクト記録を行うという方法だ。
ここでは、アナログ回路は基本的にまったく使わず、全デジタルによる簡易な回路構成になっている。「The simpler the better、The higher the better」ということで、周波数を高速化することで、簡単な回路で、よりリアルな音が実現できるのだ、という。この高速サンプリングにより超音波帯域まで記録可能であり、素子の駆動に必要なアンプ部の損失が原理的にない。所望の帯域の量子化雑音制御により変調周波数付近のS/Nを確保できるのだそうだ。
この高速1bit信号を、アンプなしにスピーカーに接続して鳴らすというのも、非常に面白い実験であった。使ったのは普通のスピーカーではなく、パラメトリックスピーカーという特殊なスピーカー。このパラメトリックスピーカーは超音波を利用して鋭い指向性を持たせることができる音響システム。駆動しても、まったく音が聴こえなかったのだが、会場に向けてゆっくりとパラメトリックスピーカーの向きを変えていくと、自分の正面に向いた瞬間に、驚くほど大きい音で音が届く。これは、なかなか衝撃的な実験であった。
また、MHz帯でのサンプリングがされていることから、その周波数を利用して、そのまま電波でラジオへ送信して音を鳴らすというシステムや、再生される1bitオーディオの音に合わせて、映像が同期するというユニークなシステムも披露された。筆者の理解力不足でどんな仕組みになっているのが、よく分からなかったが、機会があれば、改めて取材するなどしてレポートしてみたいと思っている。
以上、第8回1ビット研究会の発表内容について簡単に紹介してみたが、いかがだっただろうか? 技術面で見る限り、まだまだ発展途上段階にあるといえる1ビットオーディオは、これからもどんどん面白くなっていきそうだ。