藤本健のDigital Audio Laboratory

第966回

大音量でも迷惑かけない理由。アイワ“肩乗せスピーカー”裏話

12月9日、早稲田大学において第22回目となる「1ビット研究会」が開催された。1ビット研究会とは、DSDなどでも使われている1bitオーディオの技術に関するシンポジウム的な発表会であり、早稲田大学内にある1ビットオーディオ研究会が主催。毎回、さまざまな大学や企業、場合によっては個人が1bitオーディオに関する研究や技術、取り組みなどを発表する。

学会のように論文形式での発表ではなく、もう少しカジュアルなものであり、出席の届け出をすれば、一般の人でも無料で参加できる。最近は必ずしも1bitオーディオに限った発表だけでなく、オーディオ全般に関する発表も増えてきている。

開催概要

今回は特別公演が1つ、テーマ発表が4つという構成になっていたが、その中の1つのテーマ、「大音量でも周りに迷惑をかけない音響装置」というタイトルが非常に気になって参加したので、これがどんなものなのかにフォーカスを当てて紹介してみたい。

開催場所の早稲田大学

ButterflyAudioが迫力あるサウンドを出せる秘訣

冒頭の開会挨拶において、研究会の委員長でもある早稲田大学の及川靖広教授も発言されていたが、1ビット研究会は2012年にスタートし、今年で10年目を迎える。1ビット研究会の前身である「1ビットフォーラム」から数えると20年という長い歴史をもつ。

早稲田大学の及川靖広教授

試聴できることが醍醐味となっている研究会だけにオンライン開催というわけにもいかず、コロナ禍では約2年間ストップしていたが、半年前の前回から久しぶりに再開。今回は試聴デモの時間も設けられ、参加人数も約100人と、コロナ前に戻った感じになっていた。

会場の様子

レーザー光で音を測る!? マイクを超える光学的音響計測の世界

今回取り上げる「大音量でも周りに迷惑を掛けない音響装置:ButterFly Audioについて」は、ソニーの元技術者であり、電子情報技術産業協会(JEITA)でオーディオネットワーク事業委員会の副委員長なども務めた横田哲平氏が発表したものだ。

横田哲平氏

現在はNFS Lab(NearFieldSound Laboratory)の代表という肩書であったが、今年2月にアイワから発売された「ButterflyAudio」というデバイスの開発者であり、今回はその製品の背景技術に関する発表となっていた。

このタイトルからは、どんなものなのかまったく想像がつかず、「爆音を逆位相でキャンセリングするシステム!?」、はたまた「非常に性能の高い防音室!?」などと夢想しており、実際はまったく違うものだったが、確かに非常に理にかなったユニークな機材であることが理解できた。

後で検索してみたら、小寺氏のElectric Zooma! でも取り上げられていたし、その前にはクラウドファンディングサイト・makuakeで販売も行なっていたようだが、筆者個人的には今回初めて知った。ネックストラップスピーカーの変形版というようなものなのだが、明らかにネックストラップスピーカーとは別物であり、まさに大音量、爆音を楽しめ、でも人に迷惑をかけることが決してないものなのだ。

これは、良いものだ。新生aiwaが放つ新体感スピーカー「ButterflyAudio」

アイワ、肩のせ型で迫力サウンドの新体感スピーカー「ButterflyAudio」

開発のキッカケについて横田氏は「最近では75インチの4Kのテレビが10万円ほどで購入できる時代になりました。昔から考えたら信じられないもので、迫力も違うし感動も違います。しかし残念ながら音のほうはそうなっていない。そもそも75インチになったからといって、家の部屋で大きい音で映画を見ることはできません。そんなことをしたら近所迷惑になりますからね」

「本来映像と音は1対1の関係であるべきですが、家庭で大きな音を出せないため、小さなスピーカーが下向きでついていたり、下手するとテレビの後ろ側にある。そんな状況なのです。明らかにテレビ製品が“映像寄り”であることはメーカーも認識していて、もっといい音、もっと大きい音で聴きたい人は、5.1chとか2.1chのスピーカーを買いなさいと言っています。けれど、それを鳴らせる環境にあるのは、よほどの富裕層の方しかいないんですね。この現状を何とかできないか……という思いから作ったのがButterflyAudioなのです」と話す。

もちろん、人に迷惑をかけずに大きい音で聴く手段としてはヘッドフォンやイヤフォンがある。ただ、密閉されたヘッドフォン・イヤフォンで音を聴くのと、オープンな環境でスピーカーで音を聴くのとでは感覚的に大きな違いがあるのは事実。そうしたスピーカー環境的なものが作れないか……と模索した結果、誕生したのがこのButterflyAudioなのだそうだ。

「ここで対象としているのはHi-Fiオーディオではなく、映画サウンドなどで感動する音についてです」と横田氏は念を押すのだが、感動する音には大音量だけでなく重低音が必須と話す。

テレビに内蔵されているスピーカーでは、150Hz以下での音が落ちていき、実質的に100Hz以下は再生できない。これだと迫力がなく、感動が伝わりにくい、というのだ。

一方で、100Hz以下のサウンドは遮音材が効きにくく、サブウーファーなどを使って出した場合、下の部屋や隣の部屋にそのまま突き抜けてしまい、迷惑になる。このことは映画に限らず、ピアノやドラムをはじめとする各種楽器でも同様なことがいえる。

そこで登場するのが、同じ音圧を出すのに距離が変わると出力がどう変わるかという関係だ。

一般的に同じ出力だと距離の2乗に反比例する形で音量が落ちていくが、「音圧90dB時の距離と出力の関係」をグラフに表したのが上図だ。90dBの音圧とは、劇場でかなり大迫力なサウンドを出したときに相当するものだが、スピーカーまでの距離が15mある200名収容の映画館でこれを実現しようとしたら1,000Wの出力が必要になる。

ところが耳からスピーカーまで5cmだとしたら、同じ90dBを得るのに10mWでいい、という計算になる。仮に200人全員がButterflyAudioを使って音を聴けば、10mW×200=2Wだから、1/500の出力で済むことになり、使用電力を考えても圧倒的な節電ができ、SDGsにも叶う、というのが横田氏の主張だ。

一方で、スピーカーの振幅と音圧、そして周波数の関係を見ると、物理的な限界などが明らかになってくる。下のグラフは、50Hzで100dBの音圧を出す際、スピーカーの口径が変わるとどのくらいの振幅、つまり揺れ幅が必要になるかを示したものだ。

単純に考えても想像できるが、スピーカーの口径が大きければ低音は出しやすいが、口径が小さくなると難しくなる。たとえば10cmの口径のスピーカーなら2.9mmの振幅で、この音圧が得られるが、2cmの口径だと70mm=7cmもの振幅が必要となる。そんな振幅は絶対不可能であり、結果として迫力ある低音は出せないことになる。

ネックストラップスピーカーの場合、スピーカーから耳までの距離が14cm程度になるというが、多くのネックストラップスピーカーは2cm口径程度のものが用いられているため、50Hzの音を100dBの音圧で出すためには振幅幅103mmとなり、さらに不可能だ。仮に60dBでいいとしたら1mmでいい計算にはなるなるものの、この辺が限界となる。

一方で10cm口径のものが5cmの距離で60dBでいいなら30μmという計算になり、ごく簡単に出せる。つまり10cm口径で、耳元5cmの距離でスピーカーを鳴らすことが、迫力あるサウンドを出せる秘訣となっているようなのだ。

楽器用のButterflyAudioを開発中

では、このButterflyAudioはすべてにおいて完璧なのかというと、そうではなさそうだ。

横田氏も「ハイレゾなどを楽しむための音楽用というわけではなく、迫力あるサウンドで映画を聴くためのもの」としていたが、やはり音楽は現状得意ではないようなのだ。それを示すのが、この遮音性に関する周波数特性のグラフ。

スピーカー自体はそれなりにフラットで鳴っていても、フルレンジ仕様のためか、10kHz以上の高域が急激に落ちてしまうのだ(ただし測定用マイクで測ったデータではないとのことなので、マイクの性能の影響かも知れない)。低音はしっかり出るけれど、高域に弱いから現状Hi-Fiサウンドに向きにくい。一方、下のグレーのグラフが1m離れた際の音圧。40dB以上下がるため、まったく人に迷惑をかけることがない、というわけだ。

ちなみに、ここにButterflyAudioの簡単なブロックダイアグラム(上写真)がある。

これを見ると、音はBluetoothで伝送されたのちD級アンプを通じて2つの10cm口径のスピーカーを鳴らす形になっている。この際、USB-Cで充電した3.7Vのリチウムイオン電池で駆動する形。またBluetoothの伝送用に専用のトランスミッターが用意されており、SBC、AAC、aptXおよびaptX Low Latencyの各コーデックに対応している。またトランスミッターは3.5mmのステレオミニジャックでのライン入力とともに光デジタル音声入力も備える。

トランスミッター
背面

多くの人が試聴コーナーに並んで聴いていたので、筆者も、試してみたところ、確かに迫力は感じるが、耳元を意識すると、音がそこに定位してしまう。

本来は前から聴こえて欲しいのに、耳元で鳴っている感じがするのだ。ここについては、人間の音の認知の問題もあると横田氏は説明する。

「たとえば目をつぶって雷の音を聴いても、耳元で鳴っているように聴こえてしまうけれど、雷の映像を見ながら聴くと、遠くから大迫力で鳴っているように聴こえます。そういう点でも、ButterflyAudioは映像ありきの映画用の機材と割り切ってもらうのが一番いいと思います」(横田氏)。

もっとも、いまは楽器用のButterflyAudioについても開発を進めているとのこと。

楽器の音をモニターするというより、耳元でBGMを聴きながらピアノの演奏をすることなどを想定しているようだが、その場合はもう少し高域特性を向上させてもらいたいところ。

また、BGMだけでなく、実際の楽器の音もモニターできるようにしてもらいたいが、そうなるとBluetoothだとなかなか難しくなりそう。レイテンシーはせめて10msec以内に収めて欲しいので、別の通信方式を検討するか、ワイヤードも視野に入れた上で開発を進めてもらいたいところ。今後の展開も期待しつつ、ButterflyAudioがどう普及していくのか注目したい。

なお、現時点においてButterflyAudioの販売ルートは、アイワのオンラインショップであるアイワストア限定。3色あるようだが、12月12日現在品切れとなっているようだった。

可能であれば、試聴できる場所が欲しいところだが、横田氏によると現時点そうした場所はないとのことなので、この辺の試聴環境の整備も必須のように感じた次第だ。

藤本健

リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto