西川善司の大画面☆マニア

第223回

“液晶が自発光に見える”ソニー「BRAVIA KJ-65Z9D」驚異の画質

 2016年1月、ラスベガスのCESでソニーがセンセーショナルに公開した「有機ELに優るHDR表示能力を備えた液晶テレビ」は、今でも筆者の脳裏に鮮烈に焼き込まれている。

BRAVIA「KJ-65Z9D」

 Backlight Master Drive(BMD)と名付けられた新次元のLEDバックライト技術により、液晶パネルの表示を自発光ディスプレイに究極にまで近づけた表示能力は、業界内外に震撼を与えた。単なる技術デモとも思われたこのBMD技術だが、はやくも、10月末より製品として発売となったのである。

 それが「BRAVIA Z9Dシリーズ」。今回は、ソニーのデモルームでの2時間強の評価となってしまったが、65型の「KJ-65Z9D」を中心に、“最高画質”を謳うBRAVIAの実力を検証した。

KJ-65Z9D

BRAVIA最上位。100型「KJ-100Z9D」は700万円!

 Z9Dシリーズは、65型「KJ-65Z9D」、75型「KJ-75Z9D」、100型「KJ-100Z9D」の3モデルを用意し、想定価格はそれぞれ70万円、100万円、700万円。100型だけが突出して高価だが、開発関係者によれば、100型は専用の堅牢なフレーム構造を採用していたり、バックライトとなるLED光源の総数が圧倒的に多いこと、そして、量産ではなく受注生産ということから、この価格になっているという。ちなみに、もともと100型で開発を進めていたものを、製品化の際に75型、65型に落とし込んだのだそうだ。

KJ-65Z9D

 重量は、100型がスタンド込みで144.8kg、75型が同45.1kg、65型が同35.7kg。全体的に最近の液晶テレビ製品の基準からすればかなり重いのだが、そうはいってもとにかく100型「KJ-100Z9D」が突出して重い。KJ-100Z9Dに関しては、高額商品かつ、重量の問題から、設置場所をソニーやディーラーの担当者が下見をすることがあるそうだ。

KJ-75Z9D
KJ-100Z9D。価格は約700万円

 スタンドはKJ-75Z9DとKJ-65Z9Dは接地面が平板デザインのオーソドックスなテレビスタンドだが、KJ-100Z9Dだけは、画面の左右下に二股に分かれた脚部を搭載する。KJ-75Z9DとKJ-65Z9Dはローボードなどに乗せて設置できるが、KJ-100Z9Dに関しては床置きが基本となる。

65型のスタンド部。。オーソドックスな平板形状
100型は床置きが基本

 接続端子は、HDMI入力が側面に1系統、背面に3系統。注意したいのは4つのHDMI端子のうちHDMI2、3のみがYUV=4:4:4、YUV=4:2:2、YUV=4:2:0+10bit HDRの4K/60Hzの入力に対応する。HDMI1、4は対応しない。

背面に入力端子部

 アナログビデオ入力は、コンポーネント入力が1系統、コンポジットビデオ入力が2系統で、コンポジット入力は変換ケーブルを用いて利用する方式。

中央にHDMI 2/3/4やチューナなど。HDR対応入力はこちらを使う
側面側にUSB端子やHDMI 1など

 チューナも3モデル共通仕様で、地上/BS/110度CSデジタル×2、スカパープレミアム(4K)×1。地デジとBS/CSデジタルBS/CSデジタルがデュアルなのは録画チャンネルと別のチャンネルを視聴できるようにするため。

 スピーカーはKJ-100Z9Dがツイータ+ウーファの2ウェイ方式。KJ-75Z9DとKJ-65Z9Dは、フルレンジユニットのみで、出力は10W+10W。今回の評価は、スピーカーの音を聞く機会がなかったが、「このクラスの製品を購入する人は、専用オーディオシステムを使っている」という想定のようで、下位シリーズのX9350Dシリーズの方が音響デザインはゴージャスだ。

側面からみたところ
カバーを付けると側面も美しい

 消費電力はKJ-100Z9Dが782W、KJ-75Z9Dが443W、KJ-65Z9Dが337W。KJ-100Z9Dが突出して消費電力が大きいが、KJ-75Z9DとKJ-65Z9Dは、過去の同画面サイズの直下型バックライトの4Kテレビ製品と比較してやや大きい程度だ。遅延計測はNGを出されてしまったが、Z9Dにも低遅延動作を実現するゲームモードは搭載している。

背面カバーを付けるとスッキリとしたデザインに

Z9Dの「Backlight Master Drive」とは

 KJ-65Z9Dは、3,840×2,160ピクセル解像度のマルチドメイン型のVA型液晶を採用する。日本ではIPS型液晶信奉が根強いが、IPS型液晶はネイティブコントラストがVA型液晶の3分の1程度しかないため、コントラスト性能を重視するテレビ製品ではVA型液晶パネルが採用される傾向がある。今回のZ9Dシリーズもそういうコンセプトだ。

 バックライトには直下型バックライトシステムを採用する。当然、HDR映像表現に備えて、表示映像の明暗分布に応じてバックライト輝度を変調制御させるエリア駆動に対応する。

 エリア駆動は、液晶パネルをどのくらいの分解能で輝度制御が出来るかが1つの性能指標になっている。各社ともエリア分割数は非公開だが、東芝のREGZA Z20Xや、パナソニックのVIERA DX950などを大きく上回るという。

左が従来手法の直下型バックライトシステム、右がZ9D専用設計のバックライトシステム「Backlight Master Drive」(BMD)。BMDではチェッカーボード状に白色LEDを配置している

 CES2016でデモ機を見たときには、ほとんど自発光の映像パネルに見えたものだが、かなり高密度にLEDを配置させているとみられる。

 ただ、ソニー開発陣によれば、分割数の多さよりも、LED光源からの光が液晶パネルにどう伝搬するかの解析を綿密に行ない、さらに「LED光源の光をいかに低輝度で光らせて、逆に液晶画素をいかに大きく開くことを維持させるか」に拘った制御がキモになっているという。

 また、ピーク輝度の高さにも拘った設計になっており、現在のHDRコンテンツの主軸となりつつあるUltra HDブルーレイ(以下、UHD BD)ソフトで多くのタイトルで最高輝度として採用している1,000nits(UHD BD/HDR10の規格上は最高10,000nitsである)を実輝度で光らせることができる、としている。これは裏を返せば、多くのHDR対応4Kテレビは、1,000nitの映像信号が来ても1,000nitでは光らせておらず、そのテレビ製品の最高輝度にてスケールして表示させているが、「Z9Dはそんなことはしません」と主張しているわけだ。

 ちなみに、この「高密度LED配置」「高精度なエリア駆動」「実輝度1000nitのHDR表現」の3要素を実現するのが、Z9D専用設計のバックライトシステム「Backlight Master Drive」(BMD)というわけである。

写真はCES2016で撮影したもの。右が表示イメージ。左が液晶を全透過表示とした事実上のバックライトの明暗分布を示した状態。これまでのエリア駆動とは次元の異なる精度でバックライトの明暗を制御出来ているのがよく分かる

Super Bit Mapping 4K HDRとは?

 さて、これを踏まえた上で、Z9Dのインプレッションに移ることにしたい。実際に電源を入れて映像を見る事ができたのは、「KJ-100Z9D」と「KJ-65Z9D」だが、メインで評価したのは一番お手頃(?)な「KJ-65Z9D」だ。画調モードは「映画」ないしは「映画プロ」といった原信号再現重視モードを選択した。

 まず視聴したのは4K/60fps×HDR対応のUHD BDソフト「宮古島」だ。見たのは冒頭の、遠くに灯台が光る夕闇のシーン。

 Z9Dは、夕闇の赤と紫の空の彩度がリアルで、さらに灯台も有機ELテレビに負けない輝きを見せる。また、夕闇の空模様のグラデーション表現の美しさも印象的で、液晶テレビの中でも群を抜くものだ。

 こうしたグラデーション表現の美しさは開発陣の解説によれば「Super Bit Mapping」(SBM)による恩恵だという。

 SBMとは、もともとはソニーがオーディオ向けに実用化してきた独自技術で、これを2009年頃から映像技術方面に拡張した応用展開を行なっている。Z9Dには、このSBMを4K×HDR映像に拡張した「Super Bit Mapping 4K HDR」技術が採用されており、これによってUHD BDの10ビットHDR映像を視覚上(表示上)14bit相当の階調表現に拡張しているのだ。

 SBMは、いわゆるノイズシェーピングに相当する技術である。ノイズシェーピングとは、ある信号をAD変換(アナログ-デジタル変換)した際に生じる量子化誤差を切り捨てず、次の信号のAD変換時に上積みして処理させることで量子化誤差を見かけ上、隠蔽するテクニックだ。

 例えば、5.4と3.4という信号があったときに、これを四捨五入して整数化すれば5.0と3.0になる。ノイズシェーピングを行ないながら整数化すると、最初の信号の5.4は5.0とせざるを得ないが、この時の誤差の-0.4を覚えておく。この誤差を帳消しにするために次の信号の3.4に0.4を足して3.8として整数化すればいい。結果は4.0となる。

 元の信号の平均値を求めてみると(5.4+3.4)÷2=4.4。ただの四捨五入の整数化での平均値は(5.0+3.0)÷2=4.0となり、元信号の平均値との誤差は0.4だ。一方、ノイズシェーピング的な整数化では(5.0+4.0)÷2=4.5となり、元信号の平均値4.4との誤差はわずか0.1となって小さく済ませられる。

 厳密にはもう少し複雑なことをやるのだが、こんな感じの概念で、実bit数よりも高品位なデジタル表現を実践するのがSBM技術である。このSBMにより、Z9Dのグラデーション表現(階調表現)は美しいのだ。

リモコン

明るいシーンを有機ELテレビ以上の階調力で描き出す

 「宮古島」の「砂浜に波が押し寄せるシーン」もZ9Dの特徴が活きている。まず、「砂浜で弾ける泡沫」や「太陽光に照らされた砂粒」の見え方が素晴らしい。

 Z9Dでは、鮮烈な白で泡沫が描かれるのだが、その中で階調が生きていて、自己相似形(フラクタル)な泡沫特有の立体的な形状を描き出せている。

 砂粒も見え方が結構違う。砂粒は細かい粒子なワケだが、その1つ1つが太陽に照らされていることでハイライトを醸し出す。しかも砂粒は1つ1つが黒いものや茶色いものなど色にもバリエーションがある。

 Z9Dは、砂粒に出るハイライトが鋭く輝く一方で、砂粒自体の色味も正確に表現できていて、砂粒1つ1つに「実体」感がある。他社の有機ELテレビを見ると、砂全体としての輝度は高いのだが、色分けが描写できずに、Z9Dと比べると同じシーンなのに砂粒の数が少ないように見える。階調については他社の液晶テレビでもかなり力を入れている部分だが、階調の良さを保ちつつハイライトが鋭い、というZ9Dの画質にはやはりインパクトがある。

 続いてUHD BD「PAN ネバーランド、夢のはじまり」のチャプター2の終わり付近、空中に浮かぶ水塊の中を空飛ぶ帆船が眩しい太陽をバックにして飛んでいくシーン。

 ここは1,000nitを超える明るいシーンなのだが、Z9Dはこの明るいシーンでも、陽光に照らされた様々なマテリアルがちゃんと彩度を伴って見える。ソニーの開発陣によれば、こうした1,000nitsを大きく超えるシーンは、同じZ9Dでも画面サイズが大きいほうが、より輝度パワーが冴え渡る、とのことだ。

 この後の、浮遊大陸のシーンでは、雲間の向こうで太陽が逆光気味に輝くが、Z9Dでは、太陽の最明部が点光源のように鋭く輝き、その周囲の雲との明暗差も絶妙に表現できているばかりか、この太陽に照らされる雲の陰影までをも描き出せている。

 こうしたシーンはRGB+Wサブピクセル構造の有機ELが苦手とする部分。Z9Dの映像の鮮烈な印象は、絶対的な明るさだけでなく、最明部の階調や彩度、最暗部の彩度などの表現力に支えられているといえる。

暗いシーンにおいてもZ9Dは競合に対して頭1つ抜きん出ている

 UHD BDの「バットマンvsスーパーマン」ではやや暗めなシーンをチェックした。

 チャプター3手前、クラーク・ケントとロイス・レインのバスルームでのいちゃつきシーン。ここは暗めの環境での肌色の表現に着目した。

 HDR映像では、暗い階調に対しても多彩かつ正確な色表現が出来るはずだが、この“暗めの肌色”の表現はテレビにおいては難しく、ロイス・レインの肌色が相当に青白くゾンビのように見てしまうことも……。

 しかし、Z9Dはこの暗い環境下のシーンでも「暗いところにある肌色」というのがちゃんと視覚できる。暗いがちゃんと肌色としての彩度が生きているのだ。

 似たような状況が、UHD BD「オデッセイ」の、物語後半、宇宙船(宇宙ステーション)が火星に戻ってきたシーンでの女船長がコンソール前で通信を行なう場面にもある。ここでは白色光からややずれた色味のある光を顔面が受けた時の肌の見え方が確認できる。

 このシーンも難しく、肌色を表現する画素達がマゼンタと緑の偽色に暴れがちだ。マゼンタと緑は足し合わせれば白である。つまり、この偽色現象は「どの色の画素で表現するか」の演算精度が不足しているために起きていると思われる。

 だが、Z9Dでは、ハイライト部分にはこの色味を伴った光のハイライトが出ていて、そこから徐々に肌色に繋がるグラデーションが表現できていてリアルなのだ。そして、Z9Dの色が正確なのは、少なからずSBMの恩恵もあるのだと思う。

 Z9DのBMDの実力が最もわかりやすいのは、この宇宙船と火星と星空が同一画面内に映るシーンだ。

 大写しの火星の日が当たっていない暗がり(夜領域)グラデーションと星々が浮かぶ宇宙の境界あたりに注目すると、Z9Dでは、火星の明るい部分から夜領域までのグラデーションが美しいだけでなく、夜領域の外の宇宙空間部分に浮かぶ星々がしっかりと輝いて見える。ほとんど自発光画素のような輝きだ。しかも等級値の大きい暗い星(等級値は小さいほど明るい)までをすべて確認でき、宇宙に浮かぶ星の数がとても多い。

 他社の液晶テレビでは、火星の夜領域の最暗部付近からバックライトをほぼ消してしまっているためか、見える星の数が極端に少なかったり、バックライトを強めに焚く関係で宇宙空間の漆黒部分に黒浮きが感じられてしまう。しかしZ9Dは、星々は明るく輝いているのに宇宙空間は漆黒で表現できているのが凄い。

液晶なのに自発光に見える衝撃!

 実際の評価では、映画ソフトの他のシーンや、テストパターンなども視聴したが、「Z9Dの画質特徴」は概ね紹介できたと思う。

 HDR映像というと、どうしても高輝度表現力に目が行きがちだが、Z9Dはそれだけでなく、「あらゆる輝度レンジの映像表現においても高精度な階調再現性」と、「明暗に依存しない安定した正確な彩度表現」が行なえている。

 そして、CES2016で見た時に感動した「液晶なのに自発光のように見える」という感覚が、夢ではなかったことも再確認できた。液晶テレビのみならず、薄型テレビの画質表現力を一段先に進化させたBRAVIA Z9D。その実力を是非体験してみて欲しい。

トライゼット西川善司

大画面映像機器評論家兼テクニカルジャーナリスト。大画面マニアで映画マニア。3Dグラフィックスのアーキテクチャや3Dゲームのテクノロジーを常に追い続け、映像機器については技術視点から高画質の秘密を読み解く。3D立体視支持者。ブログはこちら