樋口真嗣の地獄の怪光線

第17回

黒い!! 眩しい!! 最高です!! 衝撃のT・ジョイ博多“ドルビーシネマ”をついに体験した

お待たせしました! ついに博多へやって参りましたよ!!

あまり起きてほしくないことが起きたりすることが多い世の中です。その煽りを食らって放送予定が変更になったり、配信が中止になったり、理不尽な事態になります。

でも、そういう時に、パッケージを持っていれば安心です。

もしかしたらパッケージを買うということは“いつでも自分が見たい時に見る最大の権利を手に入れる”ということに近いのかもしれない、なんて思うのは昭和の発想なのでしょうか。

アルフォンソ・キュアロン監督の大傑作映画「ローマ」も“最初に見るのは劇場で”と考え、昨年秋の東京国際映画祭で見ようとしたら、チケット瞬殺&満員札止めで見逃し地団駄。

配信が始まっても、お茶の間で見るのをグッとこらえて我慢して、やっと公開が始まった映画館で見て本当に良かったんです。けれど、パッケージが欲しくても元々配信のみだったから出ないんですよね、パッケージで。

Netflixオリジナル映画「ROMA」。一部のイオンシネマで上映中('19年4月18日現在)

もちろん、Netflixの誇るプレミアムプランに入れば4Kで見られます。他のコンテンツも魅惑の4Kでいっぱいです。まるでお菓子の国に行って「全部好きなだけ食べていいんだよ!」とでも言われているような、脳がとろけるほどのパラダイスなんです。

それでも、いつまでも自分の見たい時に好きなだけ見ることができるとは限らないのです。何かの事情……それは配信元の契約上の都合かもしれないし、もっと社会的な原因かもしれない。とにかく自分ではどうすることもできない事情で、ある日を境に見ることができなくなる可能性がないとは言い切れないのです。

だから我々はバイトして、金貯めて、汗水垂らして働いて、好きな映画やアニメやドラマやライブを好きなだけ録画するための機材を整えて、いつでも見ることができる環境を構築し続けてきたのです。4半世紀以上の人生を賭して。

いつ見るのか当てもないけど、ハイビジョンで放送されている大好きな映画やアニメやドラマやライブもハードディスクに録画するんです。もう一度見たかった映画も、見てないけどいつか見たいから一応録っておこうってなぐらいの映画も、クジラのように大口開けて片っ端から録画して、光ディスクにデータを転写するんです。

だって、いつ見ることができなくなってしまうか、わからないんだもん!!

……とはいえ。そんなこと言ったら“映画館に映画を見に行く”なんて行為はもっと自由度がないことかも知れません。でも、決められた時間、決められた場所でなければ体験できない特別な感じは、その体験をより深く豊かにするからやめられないとも思うのです。

そんな劇場体験を更に特別なものにしてくれるという最新システムが、九州は博多にオープンしたというではありませんか!(去年ですが)。

その名もドルビーシネマ。ドルビー研究所が満を持して放つ新次元のハイスペックシアター。まだ東京にはないので、博多に行くしかありませんでしょう。酒や食い物も美味いし!

ドルビーシネマに樋口真嗣降り立つ! そして始まる豪華3本ドルビーハシゴ!!

ドルビーシネマができた場所は、博多駅の真上にそびえるJR博多シティ9階にある東映系のシネコン「T・ジョイ博多」。最大席数のシアター9をドルビーシネマ専用劇場に改装したのです。

T・ジョイ博多のシアター9

劇場を訪れた時期はちょうど、こけら落としから上映されていた「ファンタステッィク・ビーストと黒い魔法使いの誕生」、'18年公開作品の中で最大の興収収入を記録した「ボヘミアン・ラプソディ」、そしてレディー・ガガ主演の「アリー/スター誕生」の3作がドルビーシネマフォーマットで上映されている最高のタイミングだったのです。

その代わり、朝から夕方までずっと映画館に閉じ込もる訳ですが、三鷹駅南口にあった名画座・三鷹オスカーに“3本立て600円”で通い詰めた私にとっては、なんの問題もございません。

シアターの入り口では、複数台のプロジェクターで投射された壁面映像“AVP”が来場者をお出迎えしてくれます。AVPといっても、エイリアンとプレデターが喧嘩する映画ではなくて“オーディオビジュアルパス(Audio Visual Path)”の略。上映作品にちなんだ映像が流れる、動くスタンディのようなものです。もしくは、パッケージのメニュー画面のようなもの、と言えばいいでしょうか。映像は作品に合わせて様々に作ることができるそうで、もう入り口から未来の映画館みたいでテンションが上がります。

シアター9の入り口。写真の奥にあるのが“AVP”
「ボヘミアン・ラプソディ」のAVP
投射に使われているプロジェクターは上に隠れてます

いざ、劇場内に入ると驚きます。もうとにかく“黒い”のです。暗いではなく、黒い。壁面も床も座席も、全部黒い。けれども、上映が始まると気付かされるのです。この黒さが如何に重要な要素であるかを。

場内のシートも黒い
座席横の階段も黒い
壁面もこの通り黒い

これがプロジェクター映像なのか? 黒い! 眩しい! とんでもないコントラストだ

上映が始まりました。CM予告が終わると、まず始めに3分程度のデモンストレーションリールが流れます。

真っ黒の画面にダブルDのドルビーマークが浮かび上がり、向き合ったDの字が近づき重なり白い丸になります。真っ白な丸。そしてナレーション。「皆さんが見ているこの色は本当の黒ではありません」。すると、黒いと思っていた闇がさらにズン! と黒く沈み込み「これが本当の黒です」と。

完全な闇が、スクリーンに再現されたではありませんか。そしてその中心には、光源のように眩しく光る白い丸が。衝撃です。プロジェクターで上映しているとは思えないぐらいのコントラストです。

これぞハイダイナミックレンジ。とんでもない再現です。劇場の内装が驚くほど黒に統一されていたおかげで、映写によって発生する光の乱反射が極限まで抑えられています。こうなると、この劇場で白い服で鑑賞することすら罪な気がします。それぐらい凄い。

もちろん、乱反射だけじゃないんです。ドルビーシネマ専用の、ものすごいレーザープロジェクターのスタック投射による“コントラスト比100万:1”とか、単位がもはや男子小学生の口喧嘩レベルじゃないかと呆れるぐらいの超スゴいスペックのテクノロジーとか、フレームごとに埋め込まれたメタデータで環境に合わせて適正化するとかもあるけど、あまりにも専門的すぎて俺には解説不可能。これはもう実際に見ないとわからない。残念ながらこの衝撃を正確に伝える言葉を私は探し出せないです。すまん!

最高です。最高すぎます。博多まで来てよかった!!

そして本編。3D上映の「ファンタスティック・ビースト」の、もう呆れ果てるほどの物量をぶっ込んだクリーチャーぞろぞろ勢揃い&パリを舞台に闇と光の魔法合戦には、ディティールの密度に圧倒。「アリー/スター誕生」のステージに降り注ぐスポットライトの光芒と、ドルビーアトモスで包み込まれた空間を切り裂く歌声の鮮烈さ。そして言わずもがなの「ボヘミアン・ラプソディ」の苦しさを乗り越えてやってくるライブ・エイドの幸福感。ブライアン・メイのギターリフの響きが美しすぎて……

ボヘミアン・ラプソディ
(c)2018 Twentieth Century Fox

最高です。最高すぎます。博多まで来てよかった!!

太宰府八ちゃんラーメンや、吉塚のうなぎや、かろのうろんを我慢した甲斐のあった体験ですよ! 俺的には。もちろん帰りの飛行機を遅らせて、夜の博多を満喫して東京に帰りますけども!

博多の人が羨ましい! もっと博多が近かったらいいのに! 俺も博多に引っ越したい! という願いが違う形で天に届きまして。26日にはさいたまの「MOVIXさいたま」、夏には大阪梅田の「梅田ブルク7」、そして秋には有楽町の「丸の内ピカデリー」にドルビーシネマが導入されますよ!

IMAXや4DXにMX4D、スクリーンXに加えてドルビーシネマ。映画を映画館で楽しむ上でちょっとだけ贅沢したら、すごい体験が味わえる選択肢がこんなに増えてきたなんていい時代です。これらがまた後で他の方法では絶対に体験できない、その時だけの体験というのも儚いけどいいものです。

映画が本来持っていた魅力の1つだけども、ビデオをはじめとする2次利用の進化によって曖昧になってきた“記憶にしか残らない体験”が、最新技術によって形を変えて蘇ってきたのです。

ドルビーシネマ用の編集制作設備が日本に無い。誰か、誰か入れてください

こうなると羨ましいのは、ドルビーシネマで上映できる映画を作れる人たちですよ、もう!

全ての映画をこの劇場でかければこの品質になるわけではなくて、ドルビーシネマの場合は、その規格に合わせた条件でグレーディングできないと上映することはできないのです。そしてその恐るべきダイナミックレンジのプロジェクターを備えた編集制作設備は、残念ながら日本国内にはありません。

誰か、誰か入れてください……!!

最後に1つだけ気になったことがあります。我々が海外の映画を見る上で、どうしても切っても切れない間柄のアレ。“日本語字幕”です。

映像が、表現も伝達方法も含めてこれだけ進化しているなか、字幕ってこれでいいのでしょうか? ただ読めればいいのでしょうか? もう少し映像に対してちゃんとデリカシーを持ってアプローチしないとといけないんじゃないか? なんて、モヤモヤと思い始めました。

次回はそんな事を。

樋口真嗣

1965年生まれ、東京都出身。特技監督・映画監督。'84年「ゴジラ」で映画界入り。平成ガメラシリーズでは特技監督を務める。監督作品は「ローレライ」、「日本沈没」、「のぼうの城」、実写版「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」など。2016年公開の「シン・ゴジラ」では監督と特技監督を務め、第40回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。