B&Wのヘッドフォン第1弾「P5」を聴いてみる
-スピーカーの雄が参入。デザイン&質感も魅力
802の使用イメージ |
Bowers & Wilkins(B&W)と言えば、800シリーズに代表される英国のスピーカーメーカーとして、オーディオマニアにはお馴染みの存在だ。
特に800シリーズは、大きなスピーカーの上に、“ちょんまげ”のように乗ったNautilusツイータや、黄色いケブラーコーンユニットなど、一目見たら忘れられないデザインインパクトで、同社を代表する存在。シャープな定位表現と、立体的な音場展開、色付けの少ないワイドレンジサウンドで、ハイエンドスピーカー界を牽引するメーカーと言える。既報の通り、4月からは新シリーズ「800 Diamond」が展開予定だ。
ピュアオーディオ以外にも、シアター用のサウンドバー「Panorama」や、iPod用スピーカーの「Zeppelin」、「Zeppelin mini」など、幅広いスピーカーを手掛けているが、意外にも存在しなかったのがイヤフォン/ヘッドフォンジャンルだ。
そんなB&Wが今回、「P5」というモデルでヘッドフォン市場に参入する。高級イヤフォン/ヘッドフォン市場が盛り上がりを見せる中、スピーカーメーカーの雄が投入する第1弾がどんな製品なのか、試用してみた。
■ レトロかつ現代的なデザイン
先ほど「市場参入」と書いたが、実はまだ発売日が決定していない。しかし、国内販売を担当するマランツ コンシューマー マーケティングによれば、製品自体は既に完成&量産されているが、パッケージのデザインを決めている段階との事で、それほど待たずに発売されそうである。
オーディオテクニカのATH-ES10(左)、ATH-ESW9(右) |
実物を目にして、まず感じるのはデザイン性の高さだ。ソニーの「MDR-CD900ST」のような、モニターヘッドフォンライクな薄型ハウジングと、ヘッドアームからユニットへ繋がるケーブルがむき出しになっている所などは、一昔前のスタジオモニターヘッドフォンを連想させるスパルタンな風貌だ。しかし、パーツが大きいモニターヘッドフォンとは異なり、ハウジングはコンパクトで、アームやケーブルも細身で、シャープな印象も併せ持っている。
デザイナーは、歴代の800シリーズや、サックスのような形状をした独創的なスピーカー「エンファシス」などをデザインしたモートン・ウォレン氏によるもの。コンセプトは「アビー・ロード・スタジオにあるような、“レトロだけれどクラシックな美しさ”を、現代のモバイルヘッドフォンに取り入れたもの」だという。
ハウジングは平らにする事もできる | これが使用時の形状。ケーブルは片出し | 重量は195g。金属パーツが多いが、見た目よりは軽い |
スーツや黒のコートなどと合わせても違和感が無い |
ポータブルヘッドフォンのレトロデザインと言うと、パナソニックの「RP-HTX7」を連想するが、どちらかというと女性に受けがいい「RP-HTX7」と比べ、「P5」はシルバーとブラックを基調とした男性向けというイメージ。スーツや黒のコートと合わせても違和感が無いだろう。
手にしてみると、ブラシ仕上げのアルミニウム・ロゴ・プレートや、ニュージーランドのシープスキン(羊革)を使ったイヤーパッド、ヘッドパッドなど、触れられる部分にプラスチックが一切使われておらず、非常に高級感があり、持ち上げただけで「普通のヘッドフォンとは違うぞ」と思わせる雰囲気を纏っている。
イヤーパッドの形状を見てわかるように、構造としてはオンイヤー型。耳の表側を、イヤーパッドでペタンと蓋をするような装着になる。ハウジングを薄くできるため、ポータブルヘッドフォンでは採用製品が多いが、耳を押さえつけるため、長時間使用していると耳が痛くなるなどの不満が出る機種もある。
「P5」の場合、デザイン性の高さから「装着感は二の次なのかな?」と勝手にイメージしていたのだが、実際に着けてみると驚くほど自然に耳にフィットする。開発にあたっては人間工学を追求したそうだが、ハウジングの角度が、耳の角度に非常にフットするため、特に微調整をしなくても、まるで吸着しているようにホールドされ、頭を振ってもズレない。側圧も標準的だ。ハウジングを支えるアームが片方しか無いのに不思議である。
装着イメージ | 耳にイヤーパッドで蓋をするようなオンイヤー型 | |
黒をバックにすると映えるデザインだ | ブラシ仕上げのアルミニウム・ロゴ・プレート | |
ハウジングを支えているのは片方のアームのみ | 長さ調節をしているところ |
形状記憶フォームが入っているイヤーパッド |
メガネをかけていると、頭部と耳の裏の間にメガネの“つる”が挟まり、オンイヤー型の長時間装着は裸眼の人より“弱い”。しかし、P5の場合は負担が少なく、1時間程度装着し続けてもまったく問題がなかった。
これはイヤーパッドが肉厚で、押さえつける力を和らげてくれるためだ。イヤーパッドの中には形状記憶フォームがたっぷり入っており、耳の外周をソフトに押さえ、中央にフォームは無く、再生音を邪魔しない擬似的なカップ型ハウジングのようになっている。肌に触れるシープスキンの触り心地もシットリとしているが、嫌味がない。
指で軽く押すだけで容易に形が変わる | 肉厚なイヤーパッドを採用している | イヤーパッドを装備しているところ |
ハウジングを平らにする事もでき、付属のポーチに収納し、カバンの隙間にめる事も可能だ。ハウジングの金属プレートは硬いが、カバンの中に硬い金属があると、ガリッと傷が付く可能性もある。デザインの良いヘッドフォンなので、目立つ部分に傷がつくと精神的ダメージも大きいと思われるので、ポーチは常に携帯するようにしたい。
ともあれ、ヘッドフォン第1弾ともなると、装着感や可搬性の面で不満が出そうなものだが、見事にこの2つを両立させており、念入りに研究を重ねた末に商品化された事を伺わせる。
■ 特徴的なケーブル交換機構
機構的に面白いのは、ケーブルの着脱機能だ。着脱できるヘッドフォン自体は珍しくないが、市場では堅牢性やメンテナンス性が求められるモニターヘッドフォンに多く、ポータブルヘッドフォンでの採用は珍しい。
また、その着脱方法がユニークだ。通常はハウジングの根元にステレオミニやキャノンプラグなどが付いている事が多いが、P5はジャックがハウジング内部に隠れている。左ハウジングのイヤーパッドを外すと、バッフル面に溝が作られ、そこにケーブルがはめ込まれている。接続プラグもその先に埋め込まれ、ステレオミニミニ(2.5mm径)ジャックが採用されている。このジャックから外すと、ケーブル全体が抜ける仕組み。ジャックをハウジング内に隠す事で、スマートな外観を維持している。
また、イヤーパッドとバッフル面がマグネットで固定するようになっているのも珍しい。そのため、通常のヘッドフォンと比べ、パッドの取り外しが楽だ。
バッフル面に設けられた、イヤーパッド接続用の突起 | マグネットで吸着している | イヤーパッドを外したところ。左側を通っているのがケーブル。右上が内部接続しているステレオミニミニ端子 |
ステレオミニミニ端子はシーソーのようになっており、後部を押し込むと、ジャック側が浮き上がる仕組み。また、端子部はバッフルから少し盛り上がるが、イヤーパッド側にそれを考慮した溝が設けられており、左ハウジングだけ厚くなる事を防いでいる。
イヤーパッドの上部に端子の厚みを吸収するための溝が作られている | ステレオミニミニ端子は、後部を押し込むとケーブルが抜きやすいように持ち上がる | ケーブルが外に出る部分。端子を内蔵する事で、スッキリとした外観になっている |
ケーブルは、ポータブルヘッドフォンの定番である1.2mより若干長いが、これはハウジング内蔵を前提としたもので、内蔵すると丁度1.2mとなる。標準でiPod/iPhone用のコントローラー&マイク付ケーブルも付属し、iPod/iPhoneユーザーはこちらに交換できる。対応するiPodは第3世代のiPod shuffle、第4、5世代のiPod nano、iPod classic、第2世代のiPod touch、iPhone 3GS。ボリュームコントロールに加え、中央を1度押し込むと再生/停止、iPhone 3GSの場合はマイクも内蔵しているので通話/終話が可能。2回押し込むと曲送り、3回では曲戻しとなる。標準プラグへの変換アダプタや、ソフトクロスのキャリングポーチも同梱する。
ケーブルの両端。左がステレオミニ、右がステレオミニミニ | 手前が標準のケーブル、奥がリモコン&マイク付ケーブル | マイクを内蔵したリモコン部 |
■ 屋外利用にマッチする再生音
ユニットは40mm径で、マイラー振動板を採用。インピーダンスは26Ω、再生周波数帯域は10Hz~20kHz。推奨アンプ出力は50mWとなっている。今回はポータブルヘッドフォンという事で、基本はiPhone 3GSや第5世代iPod nanoを使って試聴した。
ハウジング自体は薄型だが、イヤーパッドを装着すると厚みのあるサウンドになる |
ただ、中低域の響きも豊富で、芳醇に膨らむ反面、最低音はそれほど沈まない。ルーファス・リードのベースは大型ヘッドフォンで再生すると「ヴォーン」という中低域を通り越して「ズゥーン」、「ゴーン」という井戸の底を覗き込むような低い音が含まれているが、そこまでは再生されない。豊富な中低域の解像度も若干甘めで、弦の動きや、低域でうねる音の動きはやや見えにくい。
驚くのは高域の明瞭さだ。これだけ中低域が元気が良いにも関わらず、それに埋もれて高域がこもったり、付帯音がまとわりつかず、爽やかだ。厳密に聞くとわずかに抑えられた感はあるが、抜けの良さは十分で、ベースの低域がうねる中でも、ケニー・バロンの甘いピアノの高域がしっかりと聴き取れる。音楽の美味しい所をキッチリ描写するという印象だ。中低域と高域の主張が強いので、メリハリの効いた音楽とよく合う。パンクロックの「Sum 41/NoReason」や、クラシックの「展覧会の絵」(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)から「バーバ・ヤーガの小屋」のような、低音が強く、ドラマチックな楽曲が良くマッチする。
他にも、古めの録音のJAZZや、ピアノの伴奏のみの女性ヴォーカルなど、中域が重要な楽曲にはよく合う。「手嶌葵/The Rose」などは非常に雰囲気良く再生してくれた。また、高域が強く、サ行がキツ目の楽曲(坂本真綾/トライアングラーなど)を再生すると、高域が若干抑えられたキャラクターとバランスが取れ、刺激音が減って聴きやすくなる。
B&Wのスピーカーのサウンド傾向に慣れたオーディオマニアが聴くと、若干イメージが違うと感じるだろう。ただ、静かな室内で試聴していると上記のように感じるが、そのまま屋外の道路脇を歩いたり、電車内など、屋外で使用すると、メリハリの効いたサウンドデザインにより、周囲がうるさくても音楽の大切な部分が確実に味わえるバランスになっている事に気付く。安全性を考慮して、装着時に外部の音がそこそこ聞こえるように作られているとの事で、そうした外部音の侵入も加味した上でのチューニングと言えるだろう。
ハウジングが薄いため、音場は狭めで、頭内定位は強い。楽器の音像の分離面は、ポータブルヘッドフォンの範疇を超えるものではない。密閉型の大型モデルやオープンエアのように広大な音場が展開する製品とは異なり、再生される音が一緒になって直接耳に届く印象だ。このあたりはポータブル型であるため、可搬性とのトレードオフで仕方の無い部分だろう。
再生機を変え、iPhone 3GSをオンキヨーのデジタルトランスポート「ND-S1」に設置、DAC内蔵ヘッドフォンアンプ「DR.DAC 2」と繋ぎ、据え置きシステムでドライブしてみた。ドライブ能力が上がると、フォーカスが甘めだった低域の情報量が増え、アコースティックベースの弦の動きも見えるようになる。一方で、音場表現にあまり変化は無い。低音の情報量が増えると、より細かい描写を聴きたくなり、無意識にボリュームを上げてしまう。すると、音場表現がさらに狭くなるのでバランスが難しいところだ。
オンイヤー型ながら密着度が高いため、音漏れは少ない。静かな室内でパンクロック(Sum 41/NoReason)をちょっと大きめのボリュームで再生している人の横に座ると、かすかに「シャンシャン」と高域が聴こえる程度。走行中の電車内であれば、隣の席の人もあまり気にならないレベルだろう。
■ デザイン性や質感の高さが最大の魅力
音質のキャラクターをまとめると、分析的なモニターサウンドとは異なり、中低域重視の“迫力サウンド”、悪く言うと“ドンシャリ型”だ。ロックやポップスは楽しく、ノリ良く再生してくれる。素の音をそのまま出すというよりも“美音”を得意とするイメージだ。
そのため、ひたすらワイドレンジ&色付けの無いサウンドを追求するハイエンドユーザーが求める方向性とは若干異なる。しかし、こういう方向性を好む人もおり、ピュア派の人も「たまにはこんなドラマチックな音で聴きたいね」と思わせてくれる魅力を持っている。
また、質感も重視したデザイン性の高さは、唯一無二の魅力だ。最近ではヘッドフォンがファッションアイテムの1つとなっているが、「こんな服に合わせたい」、「こんな部屋に置きたい」と想像させてくれるだけのヘッドフォンは、そうそうあるものではない。大人の男性が、さりげなく使いこなすと一番“映えそう”なアイテムだ。デザインだけでは終わらない装着感の良さやサウンドも持ち合わせていると言える。参入第1弾の製品として、インパクトは十分だ。
気になるのは45,000円という価格。B&Wの製品だという事や、使われているパーツの質の高さなどを考えると頷ける価格ではあるが、ヘッドフォンの価格としては、かなり踏ん切りが必要な値段である。再生音のみに注目すると、価格からすると正直もうひと頑張り欲しいところでなので、デザイン性や質感の高さという、"モノ”としての魅力をどれくらい感じるかにかかってくるだろう。なお、製品発表時は「モバイル用Hi-Fiヘッドフォンである事」が強くアピールされており、今後も「室内用Hi-Fiヘッドフォン」などの登場にも期待が膨らむ。ともあれ、人気スピーカーメーカーの参入により、市場のさらなる盛り上がりは必至だろう。
[AV Watch編集部山崎健太郎 ]