【新製品レビュー】

重低音を追求する「SOLID BASS」イヤフォン最上位を聴く

-「CKS90」。迫力ある正統派音質。NCやヘッドフォンも


発売中

標準価格:12,600円

 幅広いイヤフォン/ヘッドフォンのラインナップを持つオーディオテクニカだが、その中でも個性的なシリーズとして、5,000円~1万円台前半の価格帯で展開している「SOLID BASS」という製品群が存在する。その名の通り、低音再生能力の高さを売りにした製品だ。

 これまでのラインナップは、カナル型(耳栓型)イヤフォンの「ATH-CKS70」(8,925円)と「ATH-CKS50」(5,040円)、ヘッドフォンの「ATH-WS70」(12,600円)、「ATH-WS50」(8,820円)の4モデルが存在している。

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 この「SOLID BASS」シリーズに、4月23日に注目の新製品が追加された。カナル型イヤフォンの上位モデル「ATH-CKS90」(12,600円)だ。

「ATH-CKS90」。左が限定カラーのレッド×ブラックモデル。右が通常のブラックモデル
 SOLID BASSシリーズの新モデルとしても気になるところだが、1万円前後の価格帯はカナル型イヤフォンの“激戦区”であり、そこに参戦するモデルとも表現できる。その音質はいかなるものか、下位モデルや他社の同価格帯モデルとの比較も含めて紹介したい。

 なお、カラーはブラックだが、初回限定でレッド×ブラックの限定カラーエディション「ATH-CKS90LTD」も用意する。価格は通常カラーと同じ。さらに、「CKS90」をベースにしたアクティブノイズキャンセリングイヤフォン「ATH-CKS90NC」(オープンプライス/実売13,000円前後)も用意されているので、併せて試聴した。



■ 重低音を生むデュアルチャンバーメカニズム

イヤーピースを外したところ。UFOのような円形がユニットハウジング。エンブレムが付いている部分が空気室
 まずは「ATH-CKS90」の外観から。最大の特徴は形状で、UFOのような円形の薄いハウジングと、短い円柱形の2つのハウジングが組み合わされている。そして、円形ハウジングからイヤーピースが角度を付けて突き出ている。

 薄い円形ハウジングの中にはダイナミック型のユニットが内包されている。その背後に接続された円柱形ハウジングは空気室となっており、これが豊富な低音を生み出す機構になっている。


CKS90の断面図。2つの空気室が設けられている
 空気室は下位モデルの「CKS70」から備わっている特徴だが、「CKS90」ではその数が1つから2つに増えている。空気室の下部がわずかに出っ張り、全体のサイズが大きくなっており、右の断面図を見るとわかるように、CKS90では空気室の内部が2つに分かれている。バスレフポートを介して2つの空気室が連結された構造になっており、低音再生能力をより向上させている。同社ではこれを「デュアルチャンバーメカニズム」と呼んでいる。

 また、ユニットも大口径化。下位モデルのCKS70/50は12.5mm径だったが、13mm径とすることで、パワフルながら繊細な表現も可能になったという。さらに、CKS70と並べるとよくわかるが、空気室が大型化した事などにより、ユニットハウジングと空気室の接続位置が変更されている。

左がCKS70、右がCKS90


 大型ユニットを採用したカナル型と言えば、ソニーの人気モデル「MDR-EX500SL」が13.5mmのユニットを採用している。価格は12,390円で、CKS90(12,600円)とほぼ同じ。EX500SLも低音に迫力のあるモデルなので、ライバルと言って良いだろう。EX500SLは、外耳道に対してユニットを垂直にする「バーティカル・イン・ザ・イヤー方式」を採用しているが、「CKS90」は垂直まではいかず、装着すると耳穴をユニットハウジングで蓋をするような形になる。

ソニーのMDR-EX500SL耳穴に対してユニットが垂直になる

左がCKS90、右がEX500SL
 2モデルの装着感を比べてみると、ハウジング形状がシンプルなEX500SLの方が、「耳に何かを入れている感」は少なく、快適。CKS90はユニットハウジングが耳穴周囲に触れるため、接触感は大きい。その代わり、ホールド性能が高く、イヤーピース耳穴に挿入すると、その状態からほとんど動かない。頭を動かしても抜けそうな気配は無く、深い挿入が維持される。この傾向は下位モデルも同様で、耳穴とイヤーピースの隙間を開けないことで高い低音再生能力を生む「SOLID BASS」シリーズの特徴と言っても良いだろう。挿入感は確かにあるが、ガッチリホールドされるので嫌な感じは受けず、不思議な安心感がある。


2ポジションポスト

 なお、細かい特徴としてCKS90のノズル部分には2本の切れ込みがある。これは、装着するイヤーピースを短めに固定するか、長めに固定するかを選択できる「2ポジションポスト」という機構で、ユーザーの耳の形や装着感の好みに合わせて、2つの取り付け位置を選択できるというもの。

 イヤーピースはXS、S、M、Lサイズを用意している。インピーダンスは16Ω。ケーブルは1.2mのY型となっている。



■ ワイドレンジサウンドと重低音

 試聴には基本的にiPhone 3GSや第5世代iPod nanoを使用。iPhone 3GSとオンキヨーのデジタルトランスポート「ND-S1」、DAC内蔵ヘッドフォンアンプ「DR.DAC 2」を組み合せての試聴もしている。

 まずは下位モデルのCKS70とCKS90を比較。「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best OF My Love」を再生しつつ、付け替えてみると違いは歴然。CKS90の方がレンジが一回り広く、高域、低音共に制約が外れたように見通しが良くなる。

 両モデルとも、イヤフォンとは思えないほど量感のある低音が押し寄せるサウンドなのだが、CKS70はその低音に中高域が押され、マスキングされてしまい、女性ヴォーカルではモコモコした抜けの悪さを感じる。CKS90は低音の迫力がありつつも、その音が中高域を覆い隠さず、中高域は中高域で気持ちよく突き抜ける。同時に、高音が広がる余韻もよくわかるようになり、歌っている場所が狭い個室から、広いホールに変わったような変化が味わえる。

 低音自体のクオリティも大幅にアップしている。「Best OF My Love」の1分過ぎから入るアコースティックベースの「ブゥーン」という低音が極めて重く、耳に響くというより、胸を圧迫する。なかなかイヤフォンでは味わえない低域だ。また、これだけ強い低域が入ってきても、パーカッションの細かい音やヴォーカルのサ行の細かな描写が埋もれない。低音に重心を置きつつも、他の音も漏らさない絶妙なバランスは流石シリーズ最上位モデルと言えるだろう。

 耳が痛いほどボリュームを上げると、流石に低音が全てを覆っていくが、逆の意味でボリュームをそこまで上げなくても十分な低域が楽しめるモデルと言える。真面目にワイドレンジのサウンド再生を追求した後で、あくまで音作りのスパイスとして低域を力強くした、という印象を受けた。

左がCKS90、右がEX500SL
 ここでソニーの「EX500SL」に切り替えると、音場がもう一回り広くなり、高域の透明度が若干アップする。一方、このイヤフォンも低音の量感が豊富なタイプだが、CKS90と比べるとかなり大人しく感じられる。「Best OF My Love」では、アコースティックベースがヴォーカルの背面下部に引っ込み、音楽を下支えする“裏方”にまわり、ヴォーカルの歌声に注意が向く。

 対するCKS90は、ベースの迫力と低音の動きにまず圧倒され、その最中でもヴォーカルがしっかり聴き取れる……という音作りだ。

 次に、低音チェック用に使っているジャズ「Kenny Barron Trio/The Moment」から「Fragile」を再生し、ルーファス・リードのベースをチェック。EX500SLは「グィーン」、「ヴォーン」という弦が緩んだような低音だが、CKS90で再生すると「ゴーン」と、沈み込みが一段深くなる。地面の底から響いて来るような凄みのある低音だ。

 高音から低音まで、バランスの良い再生を重視するピュアオーディオ的な観点からすると、おそらくEX500SLの方が優等生的なサウンドと言えるだろう。しかし、“好み”や“心地良さ”を加味すると甲乙付けがたい。CKS90は音楽の美味しい部分をガンガン強くアピールしてくれるため、「この音はこの音で好きだなぁ」と迷ってしまう。

 トランス(DJ Tiesto)や、パンクロック(Sum 41/NoReason)などを再生すると、頭を揺さぶるような低音と、エレキギターの突き抜ける高音が同居した、迫力満点のサウンドが楽しめる。「けいおん!」のエンディング「Don't say "lazy"」は、全体の音が軽めでベースラインが弱く、ガチャガチャした音に聞こえがちなバランスなのだが、CKS90で再生すると、ベースラインが力強く描写され、個々の音にコントラストがついて、分離が良くなり、非常に聴きやすくなる。ロックやメタルなど、激しい楽曲を得意とするイヤフォンであるのは間違いない。同時に、高域の抜けの良さや、レンジの広さも確保しているため、低音ばかりで飽きてしまったり、長時間聴いていると息苦しさを感じるような事もない。独創的だが基本も忘れないモデルと表現できるだろう。


■ ノイズキャンセルモデルも用意

 CKS90のノイズキャンセルモデル「ATH-CKS90NC」は、価格はオープンプライスで、実売は13,000円前後と、アクティブノイズキャンセルモデルでありながらCKS90(12,600円)との価格差を抑えているのが特徴だ。

 CKS90をベースにしているので、イヤフォン部のデザインはほぼ同じ。違いはエンブレムがシルバーになった程度だ。空気室のサイズアップも同様なのだが、実はここに大きな違いがある。CKS90で追加された下部の空気室が、CKS90NCではノイズキャンセル(以下NC)用の集音マイクを内蔵する部屋になっている。そのため、底面を見ると音を取り込む小さな穴が空いている。

左がATH-CKS90NC。CKS90(右)と並べると形状はほぼ同じ裏返したところ。形状は同じだが、CKS90NCの空気室の底に穴が空いているのがわかる空気室のサイズを比較。左がCKS90NC、右がCKS90。サイズは同じなのだが、下部の空気室には集音マイクが入っている

CKS90NCの断面図。CKS90で下部の空気室だった部分にマイクを内蔵している
 つまりCKS90NCの空気室は1つで、CKS90より少ない事になる。ドライバユニットのサイズなどは共通。ケーブルの途中にNCユニットを備え、電源は単4電池1本。電池寿命は約50時間となっている。ケーブルはY型で1.2m。0.5mの延長ケーブルも付属する。

 空気室が減った事で低音が弱くなる心配があるが、比較してみると思ったほど量感に違いは無い。厳密に聴き比べるとNCモデルの方が低音の解像感が若干甘く、音圧もやや減退する傾向にあるが、基本的な音のバランスはCKS90とソックリだ。なお、上記はNC機能OFFの時の音質で、NC機能を切っても音が出るスルー機構を備えている。

 NC機能をONにしても音質の変化が小さい。音場が若干狭まり、低域の解像感も甘めになるが、屋外で使っている際には、ほとんど違いを感じないレベルだ。


ケーブル途中のNCユニット単4電池1本で動作する

 NCレベルは最大-22dB。電車の中で試用すると、走行中の「ゴー」という車体の断続的な反響音は綺麗に消え、モーターの高い駆動音のみがわずかに残る程度。ホールド性の高さは前述の通りなので、パッシブノイズキャンセル能力がそもそも高く、「それでも消せない騒音をNC機能で排除する」という印象だ。NC回路はアナログ式だという。NCユニット部には、外部の音をスルーで聴くためのモニタースイッチも用意。電車のアナウンスを聞く時に便利だ。

 通勤通学時に活躍しそうなモデルだが、前述のように挿入感はわりとあるイヤフォンなので、例えば海外に向かう飛行機の中や、勉強&仕事中の集中力アップなどで、何時間も装着し続けるという使い方だと耳に負担がかかるかもしれない。付属のイヤーピースを小さめのものに変更するなど、工夫した方が良いだろう。


■ ついでにヘッドフォンもチェック

 SOLID BASSシリーズにはヘッドフォンも用意されている。「ATH-WS70」(12,600円)と「ATH-WS50」(8,820円)の2モデルだ。どちらもヘッドフォンとしては低価格ながら、イヤフォンモデルと同様に迫力の低音が楽しめる。中でも「WS70」はCKS90とよく似た、ワイドレンジかつ低音に力のある音作りが特徴。発売されたのは昨年の12月だが、ネットの通販サイトなどでは7,000円を切る店もあり、人気モデルとなっている。

 デザインはブラックを基調としたソリッドなフォルムで、ハウジングのヘアライン加工が高級感を醸し出している。ハウジングは薄めで、平らにする事もできるため、バッグの隙間にも収納しやすい。

ATH-WS70

 装着感は側圧が強めで、シッカリと左右からホールドされる。ここまで強固なホールド感は最近のヘッドフォンでは珍しい。ここもSOLID BASSシリーズ“らしさ”と言えるだろう。密閉度が高いため、音漏れも少なく、かなりのボリュームでロックを聴いていても、隣の席の人間に気付かれない。電車内などでも安心して使えるだろう。

 音の傾向としてはCKS90と同様にワイドレンジ。「Best OF My Love」を再生すると、ギターの音、ヴォーカル、アコースティックベースの付帯音が少なく、音の1つ1つの輪郭が明瞭。広い音場に描きわけられた個々の音像がしっかり定位し、それらがくっついたり、曖昧になる事がない。実に正統派なサウンドで驚かされる。

 低音はさすがのヘッドフォンクオリティで、CKS90を含め、ダイナミック型のイヤフォンではなかなか太刀打ちできない世界に突入している。量感の豊富さはイヤフォンでも再現できるが、膨らんだ倍音の中の描写もクッキリと聴きとれるのはヘッドフォンならでは。アコースティックベースの「ヴォーン」と膨らんだ音の中に、「ブルン」、「ゴリン」といった弦の動きがしっかりと含まれている。

 SOLID BASSと同様に、低音再生に特化したモデルとしてソニーの「XBシリーズ」があるが、そのヘッドフォン上位モデル「MDR-XB700」と比べると、低域の量感はWS70の方が少ないが、解像感やタイトな締りという意味でWS70に軍配があがる。XBはある意味“やり過ぎ”な低音が特徴なシリーズなので、SOLID BASSの方が多くの人にオススメできるバランスだ。


  低音の迫力を特徴としながらも、ワイドレンジや高域の抜けの良さなど、ヘッドフォン/イヤフォンの基本はしっかりカバーするというのがSOLID BASSシリーズの特徴と言えるだろう。ピュアな再生音を追求するマニア層にとっては、名称だけを見ると「低音が派手なシリーズ」という印象を受け、悪くいうと“イロモノ”的に受け取られるかもしれないが、一度試聴して欲しい本格派なサウンドに仕上がっている。

 個人的な好みを持ち出すと「もう少し低音の量を下げてくれるとニュートラルな音に……」などと考える瞬間もあるが、それではSOLID BASSシリーズの意味がないだろう。このヘッドフォン/イヤフォンでなければ味わえない音があるというのは大きな魅力であり、ロックなどを力強く再生したいという人には最適なモデルと言える。また、ニュートラルなイヤフォン/ヘッドフォンを既に持っているという人が、再生する音楽や気分に合わせて、こうした個性あるモデルを追加する事で、楽しみが広がる事もあるだろう。


(2010年 4月 28日)