西田宗千佳の
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東芝が考える「4K」「デザイン」「スマートTV」

~北米市場でのアプローチから日本の姿を探る~


 日本の各家電メーカーのテレビ事業の苦境が伝えられている。今年のCESには、その影響が色濃く見られるのは事実である。

 だがそれは「テレビ事業が赤字でもう価値がない」というシンプルな話とは大きく異なる。各社が各社なりに、「これからのテレビ」というビジネスに求められるものを模索している、というのが正確なところだろう。

 進化の軸は一つではない。4K対応もあれば、有機EL・Crystal LEDのような「パネルのジャンプアップ」もあるし、ネット対応を中心とした「スマートTV」という方向性もある。そしてその中には「タブレット」という商品の存在も見えてくる。

 東芝は、それらをどのように捉えているのだろうか? 分析してみると、「テレビ」というビジネスのもつ多様な姿がわかる。

 今回は、CESにおける北米市場向けの発表について、同社・デジタルプロダクツ&サービス社 デジタルプロダクツ&サービス第一事業部の本村裕史氏と、同・プロダクト&ソーシャルインターフェース部の片岡秀夫氏に話を聞いた。その内容からは、来るべき「日本のテレビ戦略」の姿も見えてくる。



■4Kの価値は“Blu-ray”で花開く、デザイン面で有機ELに注目

東芝・デジタルプロダクツ&サービス社 デジタルプロダクツ&サービス第一事業部の本村裕史氏

 価格下落によるコモディティ化と、新しいデバイス・利用モデルの登場による新世代の価値。

 今年のCESにおけるテレビは、2つの相反する状況に翻弄されているように見える。その中で東芝も悩んでいる。本村氏も、「価格ダウンの影響を受けている、筆頭の市場がアメリカ」と話す。

 では東芝はどうするのか? 展示されたのは、昨年末に日本でも発売された4Kテレビ「REGZA X3」をベースにした北米モデルと、パネル周囲が8mm程度しかない狭額縁デザインの「L7200」と「L6200」が中心だ。


東芝が北米で投入を予定している4K対応テレビ。「REGZA X3」をベースにしているが、デザインが狭額縁に変更されている会場では、4Kパネルを使ったグラスレス3Dのデモに人気が集まった

本村氏(以下敬称略):東芝というポジショニングで、次の時代をリードするテレビを提案する会社としては、やはり「4K」は重要です。来場者の皆様の注目も高いですね。実際、日本で昨年末に発売した「REGZA X3」は非常に好調で、生産した商品をお客様にお届けするのが精一杯。まだバックオーダーも抱えている状況です。

 4Kというと、「コンテンツがなくてオーバースペックでは」という話になりがちだ。だが、状況は変わりはじめている。

本村:我々も世に出してみて、こうやって展示してみて、本当にいろんなことがわかってきました。

 まず、想像以上に多かったのがB2Bの引き合いです。たくさんの情報を出せるということが評価されています。PCを繋ぎたい、というニーズが非常に多い。「写真」も同様ですね。2Kの時とはまったく違うレベルで、反響があります。プリントアウトする前に、あのディスプレイで編集とカラコレをしたい、という方もいらっしゃいます。

 もちろん、本丸は映像です。4Kの映像も当然重要なんですが、「4Kのソースがないと価値がない」というのは、実はかなり的外れな指摘だったんだな、と感じ始めているんですよ。

 映画は、現在4Kのカメラで撮影されるものが中心になっています。上映も4K。3D以上に、4Kで流れているものが増えています。それがパッケージになる時に2Kの解像度に落ちて出てくるわけです。

 これがですね、我々が使っている超解像を通して4Kのパネルに表示すると、かなり「4K」に戻るんです。見比べてみるとわかるのですが、2Kで撮影して2Kのままパッケージ化されたものと、4K以上で撮影して2Kでパッケージ化し、再度(超解像で)4Kに戻したものとでは、全然画質が違います。エンジニアの話では、超解像の際に折り返し時に発生するノイズがかなり重要な情報として使われているため、4K化する際の再現度がかなり良くなるのでは、ということなのですが。

 もちろん、日本の地デジが4Kできれいになる、とは、ちょっと言い難いです。ですが、ブルーレイのパッケージにおいては、4Kの価値、4Kテレビはかなり威力を発揮するのだな、ということが分かってきています。

 北米は、絶対的に“映画の国”ですから、4Kの良さをアピールし、フラッグシップとしてやっていきます。その価値は認めていただけると、はっきり自信を持っています。

 他方「高画質」という意味では、会場で来場者の注目を集めていたのは、サムスン電子・LG電子の展示した有機ELテレビである。筆者の率直な感想として、展示されていた機器はまだまだ製品のレベルになく、階調性・色再現性に問題のある状態(一言でいえば“コントラスト番長”な画質)と思った。だが、はっきり・くっきりとした、液晶とは異なる映像を、専門家以外の多くの人が「違う世代のもの」として、好ましく受け取っていたのもまた事実。そして、液晶テレビよりもさらに薄いデザインは、もっと多くの人にインパクトを与えていた。

 東芝は、有機ELをどうするのだろうか?

55型4Kのグラスレス3Dテレビ北米モデル。日本モデルとは異なりエッジライト型LEDを採用し、デザイン性を訴求

本村:率直にいって、有機ELは有望だと思います。もちろん、具体的な商品計画についてコメントできる段階ではありませんが。

 画質については、これまで我々はずっと「テレビの画質はパネルがすべてじゃない」と言い続けてきました。やっとみなさんにそれを理解いただいき、エンジン(処理用LSI)でテレビを語るのが普通になってきました。もちろん、新エンジン、4K2Kのエンジンの強化・開発を進めています。エンジン競争力では負けない自信があるので、積極的にこちらにもっていきたいです。有機ELでも、そのあたりは変わらないのではないでしょうか。

 やはり、ナローベゼル(狭額縁)も含め、ネクストジェネレーション感がありますよね。私にとっての究極のテレビは、枠もなにもない、画面だけがあるものです。それに一歩近づいたかな、と感じますね。

 そこで本村氏は、狭額縁モデルも含めた「テレビのデザイン」について、一つの見解を教えてくれた。

本村:まず、事実を正確にお伝えします。

 デザインに対してのニーズが、世界中でもっとも低いのは日本です。悲しいことだけれど。ハイスペックなデザインのモデルを作っても、高いと売れない。欧州・北米はデザインに対するニーズが非常に高いんです。高画質化と同等以上に期待が高いです。ですから、デザイントレンドは重要なことなんですよ。我々もデザインについてはトップグループについていきたいと思っていました。

 狭額縁タイプのデザインは、日本でも投入したいと思っています。新パネルを使い、ハイスペックモデルでもやっていきたいです。今のデザイントレンドは、これから確実に日本にもやってきます。正直なところ、3年前の額縁が太いテレビをみると、「うわ、古い」と思うようになってきています。日本人の僕でも古いな、と思うんですよ。接触する機会が増えると、それがトレンドになるということなのでしょう。


11日に日本で発表された、ZT3シリーズの47型「47ZT3」。42型モデルも用意される。発売日は1月18日。価格はオープンプライスで、店頭予想価格は「47ZT3」が31万円前後、「42ZT3」が23万円前後

 日本市場という意味で、1点、新製品の話もしておこう。11日に東芝は「REGZA ZT3」を日本で発表した。製品の詳しい特徴はニュース記事に譲るが、この製品からは、東芝が考えるテレビ戦略の特徴が見えてくる。

本村:要はZT3は、リーズナブルなタイムシフトマシン搭載テレビ。3Dや、録画映像のリアルタイムストリーミング機能はカットさせていただきましたが、2Dの画質軸では、「Z」のクオリティはそのままです。

 「4K」と「タイムシフトマシン」は、日本における2012年の、重要な方向性です。特にタイムシフトマシンは、CELLレグザの時に、自分が長く使ってみて「こんなすごい機能は他にない」と思ったんですが、100万円ではなかなか普及が難しい。ですから、安いタイムシフトマシンを作りたい、と思っていました。ZG2やレグザサーバーは、その一環なのですが、さらに シンプルなものとしたのがZT3です。

 これまで我々は、テレビに録画機能を入れてきましたよね? 初期にはハイエンドモデルにしか入っていませんでしたが、今はずっと広がっています。タイムシフトマシンもそういった存在になれば、と考えています。現在商品化の企画はないけれど、32インチのテレビにタイムシフトマシンが入っても構わない、と思っているんですよ。

 タイムシフトマシンは、日本のテレビにしかないものだ。同じエンジンを搭載したレグザを広げていくことで低価格化を推し進めているとはいうものの、各国に展開できる性質のものではない。また、4Kに代表される高付加価値モデルも、すべての人が購入するものではない。テレビの市場を牽引している「マスモデル」は、やはりシンプルで低価格なモデルであるのは厳然たる事実だ。

 シャープは自ら製造するメリットの大きい、60型以上の大型テレビにおいて、北米でプライスリーダーになっている。他方でソニーは、低価格モデルを重視せず、そこでの戦いをしないという選択をした。東芝は「低価格」をどうするのだろうか?

本村:北米市場のみならず、日本含めての話ですが……。メーカーであるかぎり、我々は両方追っかけるべきだと思っています。ハイエンドモデルだけでいいのか、というとそうではない。結局、低価格モデルにも傘をかけていかないと。シェアを持った上での利益、というのが実情ですから。

 かといって、安い製品だけ作って生き残れるか? 日本企業が生き残るには、リーズナブルな製品ばかりでは、正直厳しいです。ですから「誰にも負けないハイスペック」と、「ニーズのある低価格」。二極化戦略をつきすすめないといけません。これは相反するものではないと考えています。

 もちろん、低価格化モデル、「安かろう・悪かろう」なモデルに東芝のバッジをつけるわけにはいかない。低価格なんだけどキラリと光る、そういうものを持ち続けないと、とは思います。

 では、その「キラリ」はなにか? そこはまだ明かされる時期にはないようだ。




■「ひとりひとりの機器」としてのタブレット、“ローカルフィット”が重要

 今回東芝はCESにて、テレビ以上に「タブレット」を重視する戦略をとった。もちろんその背景には、テレビとして初展示する製品が少なく、まったく新しくお披露目できるものとして、タブレットの方が用意しやすかった、という事情はあるだろう。だが、それ以上に、東芝側のリサーチの結果として、大きな伸びが期待できるという側面が大きいようだ。

東芝が新たに公開した、13型、5.1型、7.7型のタブレット。サイズによって用途・機能などのキャラクターは大きく異なるという。13型ではフルセグのチューナを内蔵し、パーソナルTV的な利用方法を狙う

本村:正直、まだiPadしか売れていない状況で、コアユーザーだけが使っている状況だとは思います。しかし、確実に一度使うと戻れない。いわゆるパソコンとは別の、新しい商品として、2012年には本格的な拡大が期待できます。

 実は、タブレットのビジネスを考えるために、2011年の春かな? そのくらいの時期に、需要調査を行なったんです。そこで奥様方を集めてグループインタビューを行なった時の様子が、もう衝撃的だったんですよ。タブレットにテレビやネットの映像を表示したら、とにかく画質に驚嘆の声が上がったんですよ! 「こんなにすごいなら欲しい!!」って。

 これがなぜ本村氏にとって衝撃だったのかについては、少し背景説明が必要だろう。この層は、テレビなどを選ぶ時に、もっとも画質に冷淡だ。それが、タブレットでは「キレイ」ということにはっきりと反応した。タブレットは確かに高画質化できるが、テレビほどクオリティが高いわけではない。「他にない高画質」が評価されたわけではなく、「板状のパーソナルデバイスで、テレビとしてまったく遜色のないクオリティの映像が見られるようになっている」ことが、彼女たちの心の琴線に触れたのだ。

本村:深く聞いてみると、「私専用のパソコン」、「私専用のテレビ」になるのがうれしい、と言われたんです。家庭にはすでにテレビやパソコンがありますが、彼女達専用のものはない。自分だけのパートナーツールができる、ということに大きな魅力を感じているようなのです。もちろんそこで、テレビが観られることは大切。要は、自分のものになるならかわいい、ということなんでしょう。

 タブレットの価格が下がっていくのは必然ですが、本当にひとり一台となれば、大きな市場性があります。

 中でも、注力するサイズは7インチ。有機ELのモデルです。日本ではやはり「テレビ」の機能が整ったところでやっていきたいです。

 私も片岡も、とにかくタブレットについては色んなアイデアを持っているんです。まだ言えませんけど(笑)。

 他方でタブレットについては、もうひとつはっきりとした方針がある、と本村氏は言う。

本村:ただタブレットは、使い方が地域によってまったく違うものになってきそうです。すなわち、商品としてもしっかりとしたローカルフィット(地域にあわせたカスタマイズ)をすべきなんです。

 かといって、地域毎に違うハードウエアを作る時代ではありません。昔のテレビと違って、グローバルで、ハードウェアは同じものになりますが、ソフト・機能は地域の味付けをしっかりしたものにせねばなりません。だから、日本では「レグザタブレット」ですが、同じタブレットでも海外では別のブランドになるわけです。

 ただ、多くの付加価値はテレビとタブレット、両方あってできることなんです。この点は、僕自身の悩みでもあります。同じ場にあればこんな凄いことができるんだ、という点を、どう一般層に気づいていただくか。

 やはりそこでは、流通にバックアップしていただき、提案型の売り方をしていきたいと考えています。いろんな機器をいっしょに使えば、こんな素晴らしい世界があるんだ、ということを伝えていかなくてはなりません。

 もうちょっとはっきり言うと……。地デジ移行のバブルの時は、ハードスペックだけで終わったんです。店頭でも、説明が不要で手離れが良い製品が喜ばれました。ですが、これからは接客の中でどのようなベネフィットを説明して、価値を提案できるかが重要になります。ハードだけをポン、と売ってもお客様にとっての価値は上がらない。ハードだけの商売は終わっていて、流通側も価値の提案をいかに行なうかが生き残りのカギだと、はっきり認識しはじめています。

 タブレットで地域性が大切、という点については、グローバルで1モデルを販売する、アップルなどとは異なる戦略だ。

 顧客にとっての価値の提案、という意味では、テレビの新しい潮流である「スマートTV」に関しても同様だ。スマートTVの姿はいまだはっきりと定まったものではないが、本村氏は次のように断言する。

本村:スマートTV、という言葉だけだと、正直なんの意味もないですよ。スマートフォンのようにアイコンが並んだ画面がある、というだけでは。問題は、いかにベネフィットを提供するか。どういう便利さが生まれ、新しい生活ができるか、ということが本質であるはず。

 となると、当然かなりのローカルフィットが必要になります。ここはタブレットと同じですね。日本ではタイムシフトマシンが刺さるけれど、アメリカではそうではない。グローバルでハードは同じでも、地域の味付けをしっかりしていく。だから、その部分で片岡が担当する部隊は、非常に大切なんです。



■劇的な速度のEPGをタブレット。操作性とメタデータが変えるテレビの価値

プロダクト&ソーシャルインターフェース部の片岡秀夫氏

 本村氏が「大切」という、片岡氏が担当する部隊は、簡単にいえばアプリを担当している。「RZタグラー」などに代表される「Appsコネクト」がそれだが、北米市場向けに発表・展示したものはそれらとはまったく異なる。すでに述べたように、同じテレビ・同じタブレットというハードウエアを使うものであっても「ローカルフィット」をしなければならないからだ。

 では、東芝が選んだのはなんなのか? それは「電子番組表(EPG)」だ。

 え? それだけ? と思われるかも知れない。だが、今回東芝がタブレットとテレビの連携で実現したEPGは、ちょっといままでのイメージとは異なる。

 とりあえず、以下のムービーを見ていただこう。これは、タブレット上で「メディアガイドApp」を使い、EPGを操作している画面だ。まるで羽が生えたかのように、大量のEPG情報がスクロールしていく。片岡氏も、「合い言葉は『1秒で動く』。とにかく高速に動くよう、工夫を重ねました」と話す。

【メディアガイドAppの操作画面】

 スクロールなどの反応がとにかく高速であることに注目して欲しい。対応機種はAndroidタブレット。東芝のタブレットに限定されたアプリではない。iOS向けは「検討中」だという。

番組を探していくと、同じものにVODがあるか否かまで表示され、ワンタッチで視聴ができる

 このEPGの対象になるのは、日本でいう地上波の放送だけではない。100を優に超えるケーブルTVのチャンネルが含まれる。各番組を選択した場合には、出演者・スタッフ・次の放送回などの情報はもちろん、ビデオオンデマンド(VOD)で配信されているエピソードに関する情報までが出てくる。


EPGからは各番組の情報が見れる。番組の詳細や出演者情報などは、メタデータの形で埋め込まれており、様々な形で活用される詳細情報表示。下にある四角いボックスが「情報ソケット」と呼ばれる機能で、メタデータ内にある出演者情報などを統合的に表示する。そこからさらにタップして、深い情報へ入っていくことも可能。将来的には、情報ソケットの中に一般のウェブサイトの情報も組み込めるという。状況によってコンテンツが変わる形は「サンダーバード2号から発想した」(片岡氏)ものだとか

 これらのEPGデータは、Roviが提供する「Rovi TotalGuide」というサービスのものを利用している。テレビ自体には、Roviがテレビ向けに実装した機能が使われているのだが、タブレット用のアプリは、Roviからのラインセンスに基づき、東芝が独自に開発したものだ。

片岡:EPGから始める、というのは戦略的に考えた結果です。アメリカ市場の場合、ケーブルTV対応が重要である関係から、EPGの部分を「テレビ」の機能として握れていませんでした。ですから、そこに使いやすい機能がない「飢餓感」があったのです。

 スマートTVの定義はまだ定まっていません。他社のように「アプリをテレビに入れる」というのもひとつの答えであり、アプローチ戦略としてありでしょう。

 しかし、ユーザー視点の流れで見ると、ほんとうにそうか? と思うのです。現在のユーザーは、リモコンでのEPGですら使いこなしていません。逆にいえば、使いこなせないようなUIしかSTBになかったんです。アメリカ市場では、十字キーでEPGを移動する、という操作ですら面倒でやってくれません。多くの人が「現在番組」情報くらいしか見ないのです。テレビにアプリを搭載したとして、EPG操作の何十倍・何百倍のステップがある「遠隔操作」を作り、どうするのか? と。また、チャンネルだけでなく、番組情報や追加コンテンツは、その上に重畳してひろがっていきます。それをまた選択させる。 私としてはありえない考え方です。タブレットでさえ情報量は増えるのに、リモコン操作で情報呼び出しにキーを10回以上押すなんて、完全にありえないですよ。

 ですから、そこでの操作を手早くシンプルにすべきなんです。その具現化の一番先頭にあるのが「メディアガイドApp」です。

 確かに、その速度感は圧倒的だ。100チャンネル以上のEPGデータとなると、量は小さなものではない。テレビの上でも、もちろんそれなりの速度で動作し、みやすい形は実現できているのだが、タブレットという家電機器の中でもパワフルなハードウエアの上で、しかもかなりの工夫をした上で動かしているから、快適さは今までのEPGとも隔絶している。実際、一般の来場者がデモを体験する場を観察してみたが、あまりの速さに笑いながら体験する人の姿が見られたのが、強く印象に残った。

 この仕組みには、ひとつ重要な点がある。別にテレビの側には、ケーブルTVのチューナ機能が搭載されているわけではない、ということだ。ケーブルTVの場合には、日本と同じじように、契約時にセットトップボックス(STB)が渡され、それをテレビの外部入力(今ならばHDMI)につなぐ。コントロールには当然STBの機能とリモコンが使われる。そうすると、EPGの操作性はなかなか向上しない。

 今回東芝は、テレビ側にリモコン信号を発する「IRブラスター」を組み込み、テレビ上のEPGやタブレットのEPGから操作が行なえるようにした。IRブラスターは統合リモコンなどでお馴染みのもの。そのため、タブレットを高機能なリモコンにするアプリも用意されている。

多機能リモコンとしてタブレットを活用することも可能。これだけなら珍しくないが、マクロ機能や4つの機器を同時に操作できる機能など、特に北米市場のニーズに合わせた細かな工夫がなされている

 EPGをネットから取得し、機器の上で最適な形で見せ、外部に接続された機器をコントロールする……。このやり方、どこかでみたことはないだろうか? 実は、同社がDVDレコーダ「RDシリーズ」以来使ってきた、インターネット経由によるEPG「iEPG」と「スカパー! 連動」に非常に近いのである。

片岡:発想そのものは、日本のレコーダで行なったものと変わりありません。今回はそれをタブレットにしたところが違うと言えます。こういうことができたのは、日本でのノウハウがあったことが大きいです。特に独自のサーバーの構成には、日本でのノウハウが生かされています。こういうものには、コストパフォーマンスが非常に大切なんですよ。お客様から直接対価をいただくわけではありませんから。

 このアプリでは、東芝が独自に作ったサーバーにRoviからのデータを蓄積し、処理した上で利用しています。タブレットからは東芝のサーバーにアクセスしているわけです。実際、自社サーバーにデータを受け取って利用させるライセンス形態を、今回のためにRovi側に認めさせました。

 このアプリは、レグザAppsConnectの、ひとつの到達型である、といえるかもしれません。なにしろ、手元に放送に関するすべての情報がくるわけですから。開発の中では、スピードにかなりこだわってチューニングしています。「一秒を切れ!」といって、日本とアメリカの開発拠点で戦いながら、説得して開発しました。

 「手元にすべての情報が来る」というコメントの裏には、ネット配信や情報コンテンツのあり方に関する、片岡氏の強い疑問が存在している。

片岡:VODがあるとして、毎週の新着番組をきちんと把握できるでしょうか? ユーザーがやりたいのは「VOD番組を探す」ことではなく、 本当に探したかったのはコンテンツそのもののはずです。

 Roviのデータでは、VODまでの横断検索ができるのが利点です。EPGの上にコンテンツドリブンなメタデータがあるため、そういったことができます。EPG上から番組が、放送とVODを透過的にまとめた形で検索できるのです。また、出演者やスタッフの情報も検索できます。テレビの前でタブレットやスマートフォンを使う最大の理由は、「この人誰だっけ?」という検索。そのための導線が確保できるわけです。

番組やコンテンツを検索しているところ

 こうやって情報は多くなっていくのですが、そのことにより、日常的に触れる情報量が増えては意味がありません。操作のための最短距離を作るために、入り口はむしろ「絞る」ことが重要です。お気に入り番組やチャンネルを登録して「絞る」ことで、 手順は最小化、キー操作も最小化。これは私がRDシリーズ以来、一貫して貫いているポリシーです。最小化のためにショートカットなどを用意するので、クセがあると言われることもありますが……。

 今回の展示では、放送局関係者も見学に来てくれています。彼らが一様に言うのが「放送局にとって大事だ」という点です。彼らは本質的に、いい番組を作ろうと努力しています。しかし皮肉なことに、見る方が飽和しちゃったんです。テレビの中にも、外にも情報が増えすぎました。がんばればがんばるほど、おなかいっぱいになって探してくれなくなるんです。だから「YouTubeで探せばいいや」ということになり、自らの首を絞めてしまったのです。

 膨大なチャンネル群の1社であり、みんな埋もれています。そのことについて、放送局の立場ではあきらめていた節があるのですが、我々が試みたアプローチを使うことで、解決が図れるのではないか、と言うわけです。

 すなわちこういうことだ。

 ネットからリッチなメタデータを持ったEPG情報を取得し、タブレットで高速に操作する。そこで日常的に使うチャンネル情報はうまく入り口で絞り込み、日常の操作は最小化・最速化する。そうすることで、リッチなメタデータを「番組を発見する」、「番組を楽しむ」ためのツールとして使えるようにする……。これが、東芝が「テレビとタブレットをセットで使って『スマート化』する」中で狙ったことなのである。

片岡:「テレビを観る」という行為の中で、多チャンネル化はあたりまえになりました。そこで必要なものの準備は終わっている、と思うメーカーが多いようですが、そうではないのです。

 これは、アメリカだけの話ではありません。「面倒くさくしたくない」、「楽に簡単に使いたい」という気持ちには、アメリカ人も日本人も違いはないはずです。その上でのコンテンツや操作方法については、ローカルフィットが必要ですが。

 現状できているのは、まだ「フェーズ1」、とっかかりにすぎません。まだまだやるべきことは沢山あります。他方で、日本でこれが実現できず、アメリカの方が、一足飛びに先に行きました。

 これは、EPGが置かれた状況が原因ですね。日本では、ARIBの規格で定められた地デジのEPGがあるので、EPGそのものについての「飢餓感」、「危機感」がなくなっています。ある程度おなかが満たされているので、「もう十分」という感じになって、新しいことへ取り組もうとするエネルギーが足りないんです。アメリカには、ちょうどメタデータのあるRoviがありましたから、かなりのところまで新しいことができました。

 日本でもアプローチの方法はおもいついているのですが、詳細については、今はご容赦ください。

(2012年 1月 13日)


= 西田宗千佳 = 1971 年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、PCfan、DIME、日経トレンディなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「メイドインジャパンとiPad、どこが違う?世界で勝てるデジタル家電」(朝日新聞出版)、「知らないとヤバイ!クラウドとプラットフォームでいま何が起きているのか?」(徳間書店、神尾寿氏との共著)、「美学vs.実利『チーム久夛良木』対任天堂の総力戦15年史」(講談社)などがある。

[Reported by 西田宗千佳]