匠のサウンド百景

オーディオ機器として“音楽が楽しめるかどうか”をチェックする3曲 by D&M 澤田氏

 匠のサウンド百景とは?

オーディオ/ビジュアル機器を手がけるメーカーや業界の人達も、1人の音楽ファン! そんな“中の人達”に、個人的に気に入っている音楽、試聴などで業務にも活用しているソフトを紹介してもらいます。

 D+Mシニアサウンドマネージャーの澤田龍一です。ご紹介するディスクは、音質検討の最後に、製品として楽しめるものかどうかを確認するために使用するディスクの中から選びました(※編集部注:澤田氏は長年マランツのサウンドマネージャーとして活躍された)。

RAMMSTEIN/REISE,REISE

 音質検討の過程では、音の物差しとして解りやすい音源を使用します。いわゆるテスト音源ですね。それは一種類ではなく、小編成、大編成、アコースティック録音、打ち込み系、近接録音、オープンフィールドなど、いろいろな種類があります。

 それらを使って回路の適否、部品の選択、構造の検討、ワイヤリングなどの判断を行ないますが、検討する製品のカテゴリーやグレードに関わらず、基本的には同じテスト音源を使います。

 より高い解像度と明瞭度、より広いサウンドステージと明確な定位、適切な音像、より実在感のある音の密度とトランジェントなどを追求し、それらの要素が要求に達してほぼ出来上がったあと、最後にオーディオ機器として音楽が楽しめるかどうかをチェックします。

 これには必ずしも優秀録音とは限らず、いろいろなジャンルのものの中から気分で選んでいます。いくら音質の各要素のスコアが高くても、いろんな意味でバランスを欠いた音楽を楽しめないものは、製品として不適格だからです。問題があると判断すれば調整を加えて仕上げます。これは経験に基づくもので、なかなか説明は難しいですね。この作業は一人で行なうので、弊社のエンジニアでも知らない人が多いと思います。今回ご紹介する楽曲は、まずオーディオシーンでかかることのない曲で驚かれるかも知れませんが、私が個人的に心惹かれるものです。

今回取り上げる楽曲

・LOS(RAMMSTEIN/REISE,REISE)
 CD:UNIVERSAL B0003693-02

・江城子:A Riverside Town(Song Zuying:宋祖英/Epics of Love:愛的史詩)
 SACDハイブリッド:Stockfisch Records SFR 357.9014.2

・E.Satie Gnossienne No.1(宮沢明子/心をこめて1:With All My Heart 1)
 CD:ROSE PLANET RPLA18101

RAMMSTEIN/LOS(Tr.3)

 私の学生時代、つまり1970年代はプログレッシブロックに傾倒していました。この曲は、私と仲のよいオランダのHiFiレコード会社 “STS Digital”のバランスエンジニアである“Fritz de With”が教えてくれたもので、「お互い還暦を過ぎたら耳のために爆音で聴く時間は制限しようね」というコメント付きでした。

 東独出身のRAMMSTEINの音楽はヘビメタに属するものでありアブナイ題材の曲も多く、コンサートでの危険行為や猥褻表現で逮捕されたりもしています。今回取り上げたアルバム 「RAISE, RISE」は2004年のリリースで、日航機墜落事故を意識したもので、初期のCDにはトラック1のスタートから巻き戻すと、隠しトラックに事故機のボイスレコーダーの音が記録されていて物議をかもしたそうですが、音楽そのものは優れていて何度もグラミー賞候補になっているほどです。 Tr.3のLOSという曲名はLESSという意味で、抑圧された憤懣の噴出を案外冷静に自己分析できる、なかなかよく計算された構造の曲だと思います。

宋祖英/江城子:A Riverside Town(Tr.7)

 ドイツのHiFi音楽レーベル “Stockfish Records” は、早くからSACDに取り組んできたレコード会社の一つです。音がきれいなことに加えてB&Wドイツの責任者と仲がよく、その関係もあって、私はここのディスクを音質検討やプロモーションによく使います。

Song Zuying:宋祖英/Epics of Love:愛的史詩

 ご紹介するのは、同レーベルとしては珍しい中国録音で、2011年に中国国営ラジオコンサートホールで収録されたSACDマルチチャンネル/2チャンネル/CDのハイブリッド盤。

 民族歌手の宋祖英が中国交響楽団をバックに、優雅で叙事詩的な愛をうたっているものです。Tr.7の「江城子」は蘇軾の有名な詩で、苦労多くして早く死んだ妻を老いた蘇軾が悼む詩です。曲もさることながら陳道明の吟謡が味わい深いですね。私は実のところ西洋歌曲よりもこういう曲に惹かれます。

宮沢明子/E.Satie Gnossienne No.1(Tr.1)

 私が日本マランツに入社して3年後、親会社がアメリカのスーパースコープからオランダのフィリップスに変わりました。フィリップスは当時ポリグラムという音楽部門を持っていて、グラモフォン、デッカ、フィリップスなど代表的なクラシックレーベルからジャズ、ポピュラーまで、多くのレーベルを傘下においていました。

宮沢明子/心をこめて1:With All My Heart 1

 そのおかげで録音制作現場との交流が始まり、Hi-Fi再生機器メーカーにとっての原音とは何かということについて、いろいろと経験することができました。特に日本フォノグラムの録音部長であった福井末憲氏とプロデューサーであった西脇義訓氏に多くを教わりました。

 その後、独立されたお二人が始められたN&Fによって、宮沢明子さんの実に18年ぶりとなる録音が2014年に行なわれました。三鷹市芸術文化センター風のホールで、モニター機材として私が調整したマランツのアンプとB&Wのスピーカーが使われています。

 マイクロフォンセッティングはフィリップス方式がメインで、ピアノ近接マイクが僅かに加えられてピアノの実在感を確かなものにしています。録音システムは極めてシンプルで、各マイクロフォン出力をアナログミキシングした後でA/DでDSD変換し、これをD/DでCD-DAに変換してマランツのCD-Rで録音したものです。いわゆるハイレゾレコーダーによる録音ではありません。編集作業で特別な要求がない限り、アナログミキシングで完成した音を、最初からCD-DAで録音するのがもっとも自然です。このCDはタイトルそのままに”心をこめた”演奏が、ホールの現場の空気の中でしっとりと心に響きます。

D+M シニアサウンドマネージャーの澤田龍一氏

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REISE,REISE
宮沢明子
心をこめて1
With All My Heart 1

澤田 龍一