小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第610回:偉大なエコシステムの第一歩? Surface RTを検証
“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”
第610回:偉大なエコシステムの第一歩? Surface RTを検証
AV的には良好なディスプレイとレスポンス
(2013/4/10 10:30)
5カ月遅れの発売
昨年10月、米国ではWindows 8発売と同時期に、Microsoftとしては初の「PC本体」とも言える「Surface RT」が発売された。日本ではそれからおよそ5カ月遅れて、3月15日より販売が開始されている。
Surface RTに関しては、すでに多くの記事が出ており今さら説明も不要かと思うが、簡単に言えば“Windows 8のModern UIのところだけが動く、10インチタブレット”である。Windows 8そのものではなく、Windows RTというOSが搭載されており、従来のWindowsアプリケーションは動かない。
しかし価格が32GBモデルが49,800円と、5万円を切ること、作りがなかなかいいことなどから、低迷するPCの売り上げに貢献するのではないかと、マーケット市場からの注目度は高い。一般的なWindows 8マシンではないため、既存メーカーのビジネスをジャマせず、呼び水になるのではないかという期待だ。
もっともSurfaceには普通のWindows 8がインストールされたSurface Proというモデルもあり、すでに米国では販売されている。日本での投入時期は未定で、市場と各メーカーの動きを見ながら投入、という事になりそうだ。
すでに市場に投入されて半月あまりが経過するが、AV的に見て、あるいはビジネス用途から見てSurface RTはどうなのか、というのをここで検証してみたい。
リファレンスらしい作りの良さ
Surface RTの特徴は、“制限ありだがその代わり安い”と思っている人も多いだろう。だがフルのWindows 8搭載タブレットでも、実売で5万円を切るモデルもいくつか出始めている。さらにこれがWindows RT搭載唯一のマシンというわけではなく、ASUSがWindows RTでさらに低価格のマシンを発売している。
つまりWindows 8系列のタブレットとしては最安というわけではないが、OSを提供するマイクロソフト純正のハードウェアだということで、一つのリファレンスモデルであると考えるのが妥当だろう。
本体は10.6型(1,366×768ドット)のタブレット状で、側面は後部に向かってテーパーがかかっている。ボディはマグネシウム合金で、エッジがちょっと立ってることもあり、手に持つと意外にずっしりした感じがある。重量は675gで、600gを切るものが主流のWindows 8タブレットの中では、若干重いほうだろう。
CPUはクアッド コアのNVIDIA Tegra 3、RAMは2GB。RAM容量は平均的だが、CPUはWindows 8タブレットの大半がAtom Z2760を採用しているのに対して、これがどれぐらいパフォーマンスに影響するのかが気になるところだ。なおWindows RTには、パフォーマンスを測定する「Windows エクスペリエンス インデックス」の機能が搭載されていないため、数値での客観的な比較が難しい。
ボタン類は少なく、右肩に電源ボタン、左横に音量ボリュームがあるのみ。画面中央下に、スタート画面に戻るWindowsボタンがあるが、これはタッチ式で物理スイッチではない。ちなみにボリュームの下とWindowsボタンの同時押しで、画面キャプチャが撮れるようになっている。
右下には電源を接続する端子がある。これは磁石で端子がくっつくようになっているが、端子が多くて長いこと、また磁力が若干弱いことから、近づけただけでピタッとくっつくような感じではない。あれ、ここか? こうか? みたいな手探りが必要である。
これは側面がややテーパーがかかっているために、端子を真横に付けるのではなく、多少後ろから前に向かってくっつけるという動作が、人間の印象とうまく合致しないからだろう。ちなみに電源端子は上下逆にくっつけても動作する。
同じく右側には、フルサイズのUSB Aタイプ端子がある。このあたりがiPadやAndroidタブレットと違う点で、ドライバがあれば一般的なUSB機器が使えるだけでなく、スマホやモバイルルータなどの外部デバイスに対して、電源供給ができる。内蔵バッテリ容量は公開されていないが、バッテリ駆動時間は約8時間となっているので、それなりの容量はあると考えていいだろう。
同じく右側にはHDビデオ出力端子があり、別売の「HDデジタルAVアダプター」(3,980円)を介してHDMIの外部出力に対応する。デフォルトでは「複製」に設定されているようだが、チャームのデバイス-セカンドスクリーンから、従来のWindows同様、「拡張」や「セカンドスクリーンのみ」などが選択できる。
左右の上部にあるのが、ステレオスピーカーだ。タブレットの中には左右の下側にスピーカーを備えるものも多いが、これだと両手で持ったときに手でスピーカーを塞いでしまう。だが上であればその心配がないので、ビデオの鑑賞などには向いているだろう。
ディスプレイは10.6インチの16:9、1,366×768ドットの液晶。「ClearType HDディスプレイ」と説明されているが、それがどういう基準を表わしているのかは不明だ。
またマイクは本体上部にステレオマイクが付いているが、S/Nが悪く、あまり性能は期待できない。マイクの外部端子がないが、昨今のスマホ用マイク付きイヤホンを使えば、そちらのマイクが使える。
背面にはSurfaceの特徴である、自立用のスタンドがある。左側の溝に指を入れて広げるというスタイルだ。必要な許諾ロゴ類はすべてこのスタンドの内側にプリントされており、閉じたときのスタイルを非常にシンプルなものにしている。
底部にはキーボード用の接続端子がある。現在はタッチスタイルの「Touch Cover」(9,980円)と、物理キーボードを採用した「Type Cover」(10,980円)の2タイプがある。底部の磁石はかなり強力で、キーボード側を持っても本体が外れることはない。
グラフィックス性能は優秀
ではAV的な機能を見ていこう。基本的なWindows 8の操作性としては、既に昨年11月に東芝「dynabook R822」でチェックしている。ただあの頃よりもアプリが出そろってきたこと、今回はWindows RTというOSの違い、またCPUの違いもある。
音楽再生に関しては、標準アプリを使うぶんには同じだ。スピーカーも特筆すべき部分はなく、タブレット内蔵スピーカーとしては平均的なクオリティである。ただ現状サブスクリプション型音楽配信サービスのアプリが何もないので、新しい音楽との出会いは少ないだろう。
前面と背面にはカメラがあり、「720p HD LifeCam」と表記されている。基本的にはチャットや動画配信向けのスペックなのだろうが、静止画も撮影できる。ただし解像度は最高で1Mピクセル。画角は35mm換算で40mm程度ではないかと思われる。前後のカメラ性能は同じのようだ。
動画に関しては、16:9/720pでの撮影が可能だが、16:10/800pという謎の解像度による設定もある。簡単にドリーショットを撮影してみたが、MPEG-4 AVC/H.264、8bitのMain Profile、フレームレート30fps弱、ビットレートはおよそ8Mbpsであった。
敢えてエンコードの難しい絵柄で撮影してみてはいるわけだが、動きのある撮影では画質の破綻が激しい。やはり固定した上でチャットなどに使うカメラだと言えそうだ。
huluにていくつか映画を鑑賞してみたが、ディスプレイがなかなか綺麗で、引っかかりもなくかなり楽しめた。反射は若干気になるが、バックライト輝度も十分に上がる。お借りしている個体では白がやや青い傾向があるが、コントロールパネルの「色の調整」でカラーバランスの調整が可能だ。全体のトーンとしては変な偏りのない、バランスの取れた表示である。
撮影映像ファイルに関しては、MP4、MOV、H.264のHDファイルを再生してみたが、標準搭載の「ビデオ」アプリで問題なく再生された。このあたりはグラフィックス側のパフォーマンスなので、 NVIDIA Tegra 3搭載の恩恵が大きいものと思われる。
動画編集に関しては、いかんせんアプリストアで提供されるものしかインストールできないため、選択肢が少ない。その中でも良さそうなのが、MAGIXの「Movie Edit Touch」というアプリであった。基本機能は無償だが、プロジェクトの保存などフル機能を使うには450円の支払いが必要となる。
以前キヤノン「EOS 5D Mark III」で撮影したMOVファイルを編集してみたが、ALLイントラフレームのかなり特殊なフォーマットにも関わらず、問題なく編集できた。ただ、通常のカット編集ならなんとかコマ落ちしながら再生できるが、トランジションエフェクトをかけた部分では停止してしまう。
CPUがAtom Z2760/1.8GHzのLenovo「ThinkPad Tablet 2」で同様の編集をしてみたところ、コマは落ちるもののエフェクト部分も問題なく再生されたので、このあたりがCPUパフォーマンスの差、という事になるだろう。
ビジネス用途にはどうか
Windows RTは、スタートメニューにあるアプリしか使えないと聞いていたので、てっきり「デスクトップ」画面はないものだと思っていたのだが、RTでもデスクトップ画面には行ける。ただ普通のWindowsアプリは動かないので、基本的にはExplorerでファイルの操作をしたり、Modern UIでは操作できないコントロールパネルの設定をしたりといった使い方になる。またプリインストールのInternet ExplorerとOfficeはデスクトップモードで動作するので、マルチウィンドウによる操作が可能だ。
タッチ式の「Touch Cover」と、タイプ式の、2つの専用キーボードとの組み合わせでしばらく原稿を書いてみたが、Wordによるテキスト執筆にはまったく支障のないレスポンスだ。Modern UIのアプリでは高機能なテキストエディタがまだ登場していないので、今この段階でWordが使えるのは大きい。
ただ個人的には普段の日本語入力にATOKを使っているので、これがインストールできないのは不便である。Windows RT用のATOKは、今のところ出る予定はないようだ。またChromeやFirefoxといったブラウザもインストールできないので、既存のWindows環境と合わせることができない。
キーボードとしてのTouch Coverは、最初は手元を見ないと位置がよくわからなかったが、いったんホームポジションが決まれば、ブラインドタッチでの入力に支障はない。キー幅が通常のキーボードと同じだからだろう。ただ国内の一般量販店では、JISキーボードしか入手できない。筆者は普段英語キーボードしか使わないので、そこが難点となる。
この手のタッチ式キーボードは、昨年ソニーがXperia Tablet S用として、すでに製品化している。しかしソニーのは欲張って10キーまで付けてしまったためにキー幅が狭く、とても普通のキーボードのようには打てなかった。入力装置としては、明らかにTouch Coverの方が優れている。
一方Type Coverのほうは、薄くても物理キーボードであるぶん、使い勝手はさらに上がる。ただ自分でも意外だが、どうしてもこちらでなければタイピングは無理、という感じでもない。
長文を打つ場合は、物理的に沈むキーボードのほうが疲れは少ないと思うが、Surface RTでそんなに長文を打つ必然性があるかという、デバイスとしての役割分担もある。メールの返信やコミュニケーション程度であれば、タッチカバーでも十分こなせるだろう。このあたりは感覚的な問題も大きいと思うので、実際に触って入力してみて考えるといい。
両方に共通の難点を挙げるならば、パームレストが付いたキーボードに加え、さらにスタンド分の奥行きもあるので、タイピング状態は結構な奥行きが必要になる。実測で25.3mm必要なので、画面は10型しかないのに、奥行きだけは17型クラスのノートPCぐらい必要なわけだ。おそらく新幹線や飛行機の座席テーブルには、全体が乗らないだろう。手前が少しはみ出してもいいというなら結構だが、タイピングはやりづらくなる。
逆にメリットとしては、キーボード接続が無線ではなく端子接続なので、飛行機内でも航空法に触れることなく使える。最近は飛行機も機体によっては無線の使用を許可するものもでてきているが、どの便に乗っても咎められることはない。
デスクトップ側での操作は、基本的にはマウスとキーボードによる操作が基本なので、キーボードカバーに付いたタッチパネルとマウスボタンは便利だ。また市販の静電式タッチペンも使えるので、ファイル操作など込み入った作業をやる場合は、指よりも有用である。
総論
価格的にもサイズ的にも近いということで、Surface RTはiPadと比較されることが多いようだ。しかし両者は製品としての方向性がかなり異なる。iPadはスマートフォンであるiPhoneのiOSを拡張していったものであり、Surface RTはPC向けWindows 8を限定していったもの、と考えられる。
多くのレビューでは、Windows RTにはまだアプリが少なく、その代わりにOfficeが搭載されている事で、Surface RTはビジネス向け、iPadはホビー向けと評価されている。だが個人的には、逆の感想を持った。現実問題として、Officeさえ乗っていれば仕事になるという人は、もうそんなに居ないのではないか。
Windows 8や同RTでは、Google系のサービスへの対応が不十分だ。そもそも十分な機能を持つGmailクライアントもないし、標準のカレンダーアプリはGoogleカレンダーに対応できない。
それも含めてMSワールドへ乗り換えてください、ということかもしれないが、乗り換えるにはそれに相当するサービスがなく、しかもスマートフォンとのアプリ互換性やデータ共有も不自由だ。現状のワークフローを引き継げないのであれば、ビジネスでは使うのは難しい。
逆にiPadのほうが、アプリの豊富さ故にほぼ何でもできるようになっており、ビジネスで使って不自由はない。もちろん、モバイルでの用途に限った話である。
ハードウェアとしてのSurface RTにはなんの問題もなく、むしろキーボードカバーも含めて良くできた機器だと思う。ネックはすべて、Modern UIで使えるアプリの少なさだ。ここに競争が起こらない限り、いつまでもエコシステムは回り始めない。
まだ始まって5カ月でこのような評価は早計かもしれないが、開発者への無料サポートや有料アプリの料率優遇など、他のプラットフォームに比べて大胆かつ魅力ある環境を提供しないと、いくらWindowsの名前を冠しても「そう言えばあったあったそんなの」的に終了、という可能性もある。いやWindowsならばすぐにアプリなど充実するだろうと考えていたら、一向にイノベーションが起こらないので逆にこっちがびっくり、という状況なのである。
Surface RTの市場投入が、いい方向の呼び水として機能することを期待したい。