“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

第574回:モトクロスが飛び出す! スポーツで定着する米国3D放送

~ESPN 3Dの「X Games」3D放送の裏側に密着~


■エクストリームスポーツの祭典「X Games」開幕

 米国ロサンゼルスにて6月27日から7月1日まで、エクストリームスポーツの祭典「X Games」が開催された。スポーツ専門の放送局・ESPNが主催する一大イベントである。

 会場となっている地域は、ロサンゼルスの中でもダウンタウンに位置する“LA Live”と呼ばれる一帯。屋内イベントホールとしてはLAで最大級のコンサートホール「Staples Center」を中心に、コンベンションセンター、ホテルなどが集まっている。

 ここに様々なコースを設営し、モトクロス、スケートボード、BMXなどを使った競技が行なわれる。夏はロスで、冬はウインタースポーツを中心にアスペンでと、年2回のイベントだ。


会場となっているLA Live

 当然この模様はESPNが放送するのだが、これまでの放送は2Dがメインで、3D放送は一部の競技に限られていた。だが今回のイベントからほぼすべての競技を、3D専用チャンネル「ESPN 3D」で放映する。これに合わせ、撮影、制作スタイルも3Dがメインとなった。

 今回はこの放送システムを取材する機会を得たので、実際の撮影の模様や、放送された3D番組を見た体験から、3D生放送のあり方を考えてみたい。




■2D放送並みのコストで3Dを

X Games総合プロデューサーのPhil Orlins氏

 まずは今回のX Games総合プロデューサーであるPhil Orlins氏に、今回の3D放送システムのポイントを伺った。

 今回の3D放送チームは、映画監督であるジェームズ・キャメロンの3D制作チーム、Cameron Pace Group(以下CPG)と協業している。彼らの培った3D技術に大いに頼るところはあるが、彼らが開発した2Dと3Dを同時に撮影する「Shadow D」の技術は使っていないという。なぜならば、今回の3D放送では、2Dを同時に撮影するためのコストと手間を削減しているからだ。


Cameron Pace Groupのバンが2チームで放送をサポート

 いくら米国でも、3D放送自体が市民権を得ているわけではなく、まだ一部の富裕層のものである。従って多くの人は2D放送で見ているわけだが、今回のシステムは、3Dカメラのうち、左側の映像をそのまま2D放送に使っている。カメラマンらも、現場で3Dの映像をモニターしながら撮影しているわけではなく、あくまでも左側のカメラで2Dを撮るつもりで撮影している。

 左のカメラに対して右のカメラは自動的に連携するので、2Dを撮っているつもりでも、結果的には3Dの映像が大型トレーラまで光ファイバーで伝送される。それをCameron Pace Groupのスタッフが、3D映像のコンバージェンスなどを一括でコントロールしている。

 このような工夫により、カメラマンの負担も減らしつつ、2Dと3Dのコンテンツを両方いっぺんに作っているというわけだ。

 今回のシステムで使用した3Dカメラは、約30台。2Dのカメラも17台使用しているという。飛行船からの空撮やロングショットの場合は、無理に3Dで撮影しても効果が薄いので、割り切って2Dで撮影するという。

 全体では2チームに分かれており、モータースポーツを担当するチームと、スケードボードやBMXなどエンジンを使わない競技担当のチームが、交互に放送を担当する。

 スポーツにおける3D映像のメリットは、動きのリアリティだ。ESPN 3Dは720/60pで放送を行なっているが、これはやはり解像度よりもフレームレートを優先した結果である。実際に3D放送を視聴したが、解像度の少なさはあまり気にならず、スピード感や3Dによるリアリティの方を強く感じる。


近づいてワイドで撮影するのが迫力のポイント

 特にX Gamesの場合、EPSN自身が主催しているため、カメラ配置なども自由だ。スポーツリーグが権利を握っているものは、テレビカメラが選手の近くに行けないため、どうしても遠くから狙うしかないが、自分らで競技をコントロールできるため、思い切った実験的なカメラ配置に挑戦している。

 ポイントは、選手の近くで、ワイドで撮るということだ。特にエクストリームスポーツでは、遠くから手前に迫ってくるようなものが多く、3D放送には非常に向いたコンテンツだ。しかも米国ではスポーツ観戦がメジャーな娯楽であり、エクストリームスポーツへの理解もあるところは、日本と大きく違うところだ。




■合理的な3Dカメラ

 会場内で使われていた3Dカメラも、実際に拝見した。ESPNはあくまでも生放送主体なので、カメラに対する考え方も、いわゆる映像制作、すなわち一旦収録してあとで編集でコンテンツを組み上げていくような方法論とは考え方がかなり違う。

 3Dカメラはどうしても高価で大型になりがちだが、そこをうまく割り切っている。3Dのハンドヘルドカメラとしては、すでに1ボディ2レンズタイプのカメラも製品として存在するが、その多くはカムコーダである。カムコーダというのは、カメラに記録部分が付いているものなので、生放送では記録部分が無駄だ。

医療用カメラを縦横に組み合わせた3Dカメラ

 ESPNが採用している3Dカメラの大半は、CPGが開発した3Dリグに2台のカメラヘッドを搭載するというスタイルだった。一番小型のものは、ソニーの医療用カメラとして使われている「PMW-10MD」を2台、縦横に組み合わせたものだ。

 このカメラはExmor CMOSの3板式で、Cマウントのレンズを装着する。確かにカメラ部は軽量だが、カメラヘッドの後ろに電源ユニットも含めた本体があるので、これを2台分ラックに組んで移動する必要がある。軽量なのでカメラマンは気軽に動けるものの、ケーブルの長さに限界がある。


カメラ自体はかなりハンディ2台の本体はキャリーに搭載

 もう一つ同じようなカメラでは、ジブ(小型の手動クレーン)の先に東芝の産業用カメラ「IK-HD1H」を使った小型システムも1つだけあった。こちらもカメラヘッドと本体が分離するタイプで、やはりCマウントである。

 メインで使われているのは、ソニーの「HDC-P1」を2台リグで並列に組んだシステム。マルチパーパスカメラという位置づけのカメラユニットで、2/3インチの一般的なビデオレンズを装着する。

小型ジブに搭載されていた東芝の産業用カメラを使った3Dカメラ主力はHDC-P1をCPGのリグで組み合わせたもの伝送部まで含めるとかなり複雑なシステム

 普通に三脚に載せるものもあれば、大型のリグに載せたり、なんとショルダータイプとして使っている競技もあった。重量もかなりあるが、そのあたりはアメリカ人特有の力づく方式である。

 モトクロス会場のジャンプ台には、ソニーの民生機「HDR-TD10」が固定で2台取り付けられていた。ただこれはリモートでカラーコントロールができないので、これだけちょっと色が合わないが、ポジション的になかなかオイシイ位置である。

この重量を担ぐとは恐るべき体力モトクロスのジャンプ台に固定で設置されていたHDR-TD10

 スローモーション用のハイスピードカメラも、筆者が確認しただけで少なくとも3セットが導入されていた。1,280×720ドットで最高5,350コマ/秒撮影の「Phantom V642」、1,280×720ドットで最高6,900コマ/秒の「Phantom V12.1」、1,280×720ドットで最高700コマ/秒の朋栄「Flash Eye VFC-7000」である。ただ数が少ないので、競技ごとに撮影場所を移動していた。大型ボディのため、移動は結構大変そうだ。

Phantom V642を使った3DスローモーションシステムPhantom V12.1を使ったシステムFlash Eye VFC-7000を使ったシステム

 ただ実際の放送では、ハイスピードカメラだけでなく、それ以外のカメラの映像もスローモーションでリプレイしていた。60p放送なので、1/2程度の速度ならそこそこスムーズに見える。

 これらのカメラからの映像は、すべて光ファイバーに変換されて、CPGのOB Van(放送中継車)に引き込まれる。CPGのリグは電動によるリモートでカメラ位置を動かし、コンバージョン調整が可能だが、ここでは電動では大まかな位置合わせに使用するのみで、画像処理プロセッサを使って3Dのコンバージェンス調整、すなわち左右の映像の離れ具合、傾き、高さのズレなどをリアルタイムで補正する。

 補正する技術者は3Dメガネを使用せず、二重映像を裸眼で見ている。この方がズレ具合がよく確認できるのだという。ここからカメラの色調整を行なうCCUに渡され、その後3Dの立体感を専門に管理する3D Grapherのところへ送られる。ここで初めて、3Dグラスをかけて立体感を確認するわけだ。

3Dのコンバージェンスはリアルタイムで補正3D Grapherが立体感の全体的な整合性を判断
3D放送のスイッチングを行なうOBバン内。スイッチャーはソニーの3D対応「MVS8000X」

 主な仕事は、カメラ映像を切り替えた時に極端にステレオ感が違わないか、奥行きに矛盾がないかといった整合性をとる事である。おかしいところがあればここから先ほどの3D調整スタッフにインカムで連絡し、修正を行なう。

 ここでのポイントも、極端な手順の省力化だ。普通は3D Grapherが自分で映像を切り替えながら、整合性の問題点を事前に探すところだが、ここではもうある程度のところまでを調整したら、あとはリハーサルと本番OAの映像をモニターしながら、少しずつ直して行く。OA前に完全にしておくのではなく、やりながら徐々に良くなって行けばいいという考え方だ。

 毎回毎回「アバター」クラスのものを作るわけではないから、と力を抜く事で、コストも大幅に下げられる。




■どこでどんな絵を撮るか

 カメラ配置にもいろいろ工夫がある。小型のジブは沢山あるが、Hot Wheelsという競技で使用されたクレーンが最大で、90フィート(約27m)ある。これに積まれているのは、HDC-P1を2台使った3Dリグだ。

 Staple Centerでは数々のモトクロス競技が行なわれているが、天井には360度旋回できるクレーンが配置されている。クレーン自体も回るが、吊られているカメラ自身もリモートで回転できる。

全長27mの巨大クレーンカメラ立ち上がるとこの高さ360度旋回できるクレーンカメラ

【クレーン撮影の模様】

 さらに地上には、リモートで自由に動くロボティックカメラが設置されていた。通りを挟んだテント内で、専門チームがこれを制御している。コントロールボードにはジョイスティックとレバー、ダイヤルがあり、これで自由自在にカメラの方向を動かしている。競技に合わせてかなりのスピード、まさに人が見上げているかのような自由な動きが特徴だ。

【ロボットカメラの動作とコントロールの様子】
ワイヤーで移動するFlyCam

 リモートで動くカメラの中でもっともダイナミックなのが、FlyCamである。Big Airと呼ばれる高さ24mから滑り降りるコースの上空にワイヤーを張り渡し、そこをカメラが高速で移動する。

 コントロールは2人がかりだ。ジョイスティックで操作しているのは、ワイヤー上でのカメラの前後移動。その後ろでは、リールを使ってカメラのパンとチルトを操作している。右手に持った黒いコントローラで、ズームとフォーカスを操作する。ただかなりワイドで撮影しているので、フォーカスはほとんどパンフォーカスに近い。


【フライカムの動作と操作の様子】

 どちらのリモートカメラも、制御者は会場が目視で見えない場所からコントロールしているのが印象的だった。

 GoProに代表される小型カメラは、あらゆる場所に付けられている。トータルでは150台以上が導入されているという。選手のヘルメットはもちろん、Hot Wheels用の車にも前方、後方、室内に付けられている。

 ラリーカーはさらに多く、いろいろなバリエーションで取り付けられていた。また横一列に20台ぐらいのGoProを並べて、タイムスライス撮影を行なっているクルーの姿も。GoPro以外にも、「Replay XD1080」というカメラを取り付けられたものも1つだけあった。

選手のヘルメットのGoProラリーカーはあらゆる場所に装着Replay XD1080も1つだけ発見

 また、車の天井には円形のカメラも取り付けられていた。これは吸盤などで貼り付けているわけではなく、車の天井に穴を開けて取り付けていた。内部にケーブルを引き込んで、ワイヤレスで伝送するためだ。GoProは映像出力がないので、メモリーカードに記録しておいて、あとで編集して使うための素材だが、天井のカメラは生放送で使用する。

車の天井に設置されたライブカメラ天井に穴を開けて内側にケーブルを引き込む

 また1台だけ、「Nano Rig」と呼ばれる超小型の3Dカメラが取り付けてあった。これはジェームズ・キャメロンが深海撮影での最高記録を達成するために開発されたカメラだそうである。

 ワイヤレス伝送するものは、車の後の方のトランスミッターに接続され、屋根のアンテナから送信される。これはBroadcast Sports Inc(BSI)のシステムを使っており、受信用のバンが2台、高いアンテナを掲げている。

深海撮影用に開発されたNano Rigも使用BSIのトランスミッターを車内に搭載専用バン2台のアンテナで受信する


■総論

 日本では6月30日から「アメイジング・スパイダーマン」が公開された。もちろん3D上映。アメリカでは7月1日からの公開なので、日本の公開が世界で一番早いそうだ。春夏の子ども向けアニメ映画作品も、最近はすっかり3Dバージョンもあるのが当たり前となってきている。

 一方、テレビ放送ではスカパー! が3D専門チャンネルを立ち上げ、CATVではケイ・オプティコムとケイ・キャットが3D専門チャンネルを立ち上げている。スポーツや映画だけでなく、紀行番組など独自の番組制作も始まってきているようだ。

 米国では、スポーツ全般を押さえるESPNが3D放送のリーダーとして業界を引っぱっている。ある意味無尽蔵にスポーツコンテンツを持つという強みに加えて、2Dの番組制作予算で3Dと2Dの生放送番組両方を制作する方法論を、このX Gamesで開拓した。他方で米国の衛星チャンネル「ディレクTV」は、コンテンツ不足を理由に3D専門チャンネルの24時間放送を断念するというニュースも入ってきており、抱えるコンテンツ数で明暗が分かれた結果になりそうだ。

 ESPN 3Dの主な視聴者像は、若くて収入に余裕のある層だ。米国において2Dのテレビはもはや正常な利益を出すものではなく、BestBuyに行けば日曜セールで47型が299ドルという製品もある。60型でもメーカーを選ばなければ499~599ドル程度だ。

 しかし3D放送対応モデルはまだハイエンドモデルに限られるため、2,000ドル以上はする。それだけのテレビを買う余裕のある層、さらに新しい技術に寛容な層のためのものだ。

 ただ、きちんとそれらがマーケティングできているということは、一定の層に対して定着する道筋が見えてきたという事でもある。技術的には今後色々な方式が登場するだろうが、いったん3D放送サービスを契約しているユーザーは、新しい方式にどんどん乗り換えていくというサイクルができていく。

 面白い絵が撮れるエクストリームスポーツは、3D技術と親和性が高い。こういう自社でキラーコンテンツを持つところが、ESPNが3D放送を成功させているポイントだと言える。

(2012年 7月 4日)

= 小寺信良 = テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチボックス」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。

[Reported by 小寺信良]