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Blu-ray版「ラピュタ」と「山田くん」の映像に迫る

−2人のキーマンが語る「ノウハウ」と「試行錯誤」


左からパナソニックハリウッド研究所(PHL)の柏木吉一郎所次長、スタジオジブリの奥井敦映像部部長

 12月22日にいよいよBlu-rayで発売される、スタジオジブリのアニメ「天空の城ラピュタ」と「ホーホケキョ となりの山田くん」。ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパンから各7,140円で発売予定で、既に予約済みという人も多いだろう。

 BD化となると、最も気になるのは映像のクオリティ。先にリリースされた「風の谷のナウシカ」では、マスターフィルムに痛みがあったものの、それを丁寧なレストアや職人芸とも言えるエンコード作業で、公開当時のオリジナル性を尊重しつつ、最新のBD映像にまとめあげられたのは御存知の通りだ。

 今回の「ラピュタ」と「山田くん」をBD化するのも、「ポニョ」や「ナウシカ」のBDを手掛けてきたスタジオジブリの奥井敦映像部部長と、パナソニックハリウッド研究所(PHL)の柏木吉一郎所次長の2人。BD用の映像が完成したとの情報を得たので、さっそくどのような内容になっているのか、直撃した。




■「ラピュタ」のマスターフィルムの状態は!?

編集部:映像の話をお伺いする前に、まずBD化作品としてこの2作品が選ばれた理由を教えてください。基本的に今回も鈴木敏夫プロデューサーの意向と考えてよろしいのでしょうか?

ジブリ奥井敦映像部部長(以下敬称略):それが第一にありますね。ただ、現場としては、古い作品から早くBD化していきたいという気持ちがありましたので、そういう意味では希望通りになったとも言えます。「ナウシカ」や「ラピュタ」は、最初から手掛ける作品としてハードルが高いものがありましたが、その分やり甲斐もありました。実際にやってみると大変な作品でしたね。

編集部:5月に行なわれた「ナウシカ」BDの完成披露会の時には、まだ次の作品は決まっていないと伺いました。それから約半年後に、「ラピュタ」と「山田くん」の2作品同時のBD化と聞いて驚きました。スケジュール的には大変だったのではないですか?

奥井:仰る通りですが、「となりの山田くん」という作品を境に、実はジブリの作品制作の手法が変わっているんです。

編集部:確か、「山田くん」はジブリ初の、フルデジタル製作の作品でしたね。

奥井:ええ。ですので、マスターはデジタルデータで残してあります。それより前の作品は、オリジナルマスターがフィルムですので、フィルムからデジタルへ全て起こし直す作業が必要になります。デジタルの場合はその作業がいりませんので、フィルムと比べる比較的楽ですね。

 もし、フィルムの作品を2本同時にBD化と言う事でしたらこの期間では不可能でしたが、今回はデジタルとフィルムの2本だったのでなんとかなりました。ただ、柏木さんの所の作業はどちらの作品も、同じくらい手間がかかるので大変だったと思いますが(笑)。

編集部:「風の谷のナウシカ」は84年の作品、「ラピュタ」はその2年後、86年の作品です。「ナウシカ」の時はマスターフィルムのダメージが大きかったとお伺いしましたが、「ラピュタ」も同じような状態だったのでしょうか?

スタジオジブリの奥井敦映像部部長

奥井:フィルムの状態は「ナウシカ」よりは良かったんです。現在の映画では、劇場上映用の量産プリントを焼く場合、オリジナルネガから一度複製物を作った上で、そこから量産プリントをします。しかし、当時はアニメに限らず、邦画作品では、オリジナルネガからの量産プリントが普通に行なわれていました。そのため、「ナウシカ」のオリジナルネガの痛みがひどかったのは、以前お話した通りです。

 「ラピュタ」の場合は、一部の量産プリントを複製物から行なっていました。ただ、時間的制約から、オリジナルネガからのプリントも行なわれました。そのため、ダメージは「ナウシカ」と比べると少ないですが、ある程度は、覚悟していました。

編集部:退色など、色の変化は起こっていたのでしょうか?

奥井:まだ二十数年前の作品ですので、退色と言うレベルではそれほど進んでいません。保管の環境にもよりますが、幸いきちんと温度管理された場所で保管していましたので。

編集部:それでは、“当時の色味の再現”と言う面でも、ナウシカよりハードルは低かったのでしょうか?

奥井:ハードルの高さは変わらないですね(笑)。オリジナルネガからプリントする際は、カット毎に補正を加えた上でプリントし、その仕上がりをチェックします。当時の補正データも残っていましたが、そのデータをそのままデジタルデータに適用しても、なかなか上手くいきません。そのため、オリジナルネガをスキャンし、データ化した後、もう一度補正をやりなおしています。

編集部:今回も宮崎監督らが色味をチェックして……という流れですか?

奥井:そうですね。今回もある程度作業を進めた後で、試写室でチェックしてもらいました。ただ、「ナウシカ」の時はオリジナルネガをスキャン、データ化した後に、色調整をするという作業自体が初めての試みでしたので、試行錯誤をしながらの作業でした。その時に得られた経験を活かしながら「ラピュタ」は作業ができましたので、「ナウシカ」と比べるとスムーズでした。


短時間だが2作品のBD映像を観る事もできた。「ラピュタ」ではパズーの家のレンガや、鉱山の岩肌など、描きこまれた背景の情報量の多さに驚かされる。「山田くん」も、独特の質感を持った映像が見事にBD化されていた

編集部:色再現の指標としては、今回も公開当時の映像というコンセプトなのでしょうか? 「ナウシカ」の時はオリジナルを尊重し、キズなども大きなものだけ修正し、“画面の揺れ”などもオリジナルを尊重するというものでしたが。

奥井:そうですね。そうしたコンセプトはラピュタでも、これからも同じです。

編集部:マスターフィルムのスキャン解像度などを教えてください。

奥井:スキャンは6Kの解像度で行ない、それを4Kでファイリングし、そのデータを使ってレストア(ゴミやキズの修正)や色調整を行なっています。そこからHDの解像度にダウンコンバートし、柏木さんの方に渡すという流れです。

編集部:「ラピュタ」という作品だからこそ、これまでの作品と違う処理をした部分などはありますか?

奥井:「ラピュタ」には“冒険活劇”という側面がありますので、画の見せ方としてメリハリをつけるという方向性にしています。

編集部:フィルムマスターの作品ですと、グレイン(フィルムの粒状感)の処理も重要になってきそうですね。

奥井:実は今お話ししたように、メリハリをつけた映像にしたために、グレインが余計に目立ってしまいました。「ナウシカ」と比べても、かなりグレインがキツく出てしまったんです。そこで、データを柏木さんにお渡しする時に、そうしたグレインを低減してくれるようにお願いをしました。




■映像を甘くせずに、グレインだけを抑える

PHLの柏木吉一郎所次長

PHL 柏木吉一郎所次長(以下敬称略):奥井さんからデータを頂く時に、そのデータをジブリさんの試写室でチェックさせていただきました。いつもジブリさんがチェックしているのと同じ環境で観させていただき、“その映像を家庭のテレビなどで再現する”事が、ジブリ作品をBD化する上で目指すべき、重要なポイントのひとつと考えているからです。

 その時の映像は、コントラストが効いたものに仕上がっていたのですが、奥井さんが仰ったように、かなり凄まじいグレインが乗っていました。このままではちょっとまずいなと感じていましたが、奥井さんからも“ナウシカと同等か、それよりも控えめになるよう、かなり強めに(グレインを)処理して欲しい”と要望がありました。

 グレインはキツかったですが、色味は素晴らしい出来栄えだったので、これを私のところで、ちゃんとまとめないといけないなと言うプレッシャーを感じましたね。

編集部:単純にグレインを強く低減すると、映像全体が甘くなるという問題が起きそうですが?

柏木:既存のノイズリデューサーを使うと、仰る通り“甘く”なってしまいます。そうならないように、「崖の上のポニョ」の時に開発した映像処理ツール“ポニョフィルター”を活用し、甘くならないように、色など絵柄の情報量は落とさないようにしながら、ランダムなノイズであるグレインだけを低減するような処理をしました。ここが一番苦労したポイントですね。ひょっとしたら、エンコード作業そのものより苦労したかもしれません。

編集部:「ラピュタ」はスピーディーなアクションシーンが多い作品でもあります。エンコード時に気をつけたポイントなどはありますか?

柏木:映像圧縮フォーマットはMPEG-4 AVCを採用していまして、これには従来のMPEG方式でのGOPと似た符号化構造があります。GOPの構造は、I→B→B→P→B→B→P・・・を繰り返すのが一般的で、過去に符号化したフレーム(IやP)を参照して符号化するフレーム(B)が存在します。その参照するフレームでの動き予測に費やす演算量を、「ナウシカ」の時よりも増やす事で、「ラピュタ」の動きにちゃんとついていけるようにしています。

編集部:特に苦労したシーンや、注目して欲しいシーンなどはありますか?

柏木:そうですね……、いや、やはり特定の場面ではなく、全部注目して欲しいですね(笑)。



■ジブリ初のデジタル制作作品をBD化

奥井氏

編集部:「となりの山田くん」についてもお伺いします。デジタル制作の第1弾という事ですが、作品自体はどのような形で残っているのですか?

奥井:16bit階調で、全カット、各シーケンスの連番ファイルの形で残っています。簡単に言うと、制作が完了して、フィルムにレコーディングする直前の状態だと思っていただければ。

 そこから例えばビデオのデータを作る時は、カット毎のデータを編集順に並べたロール単位のデータを新たに作り、それをもとにビデオ用のHDマスターを作る……という形になります。

編集部:デジタル制作初期の作品ですが、制作時はどのくらいの解像度で作られていたのでしょう?

奥井:解像度は4Kのシネマフォーマットのハーフ、つまり2K相当で、実際は1,828×988画素で制作しています。

編集部:そうなると、BDのフルHD(横が1,920画素)にする場合は、アップスケールする必要が出てくるわけですね。その作業は奥井さんの方で行なわれたのですか?

奥井:最初はアップスケールした状態で柏木さんにお渡ししようと思っていたのですが、ちょっと問題がありまして、結果的に柏木さんの方で処理していただきました。

柏木:恐らく微妙なサイズでのアップスケールだったからだと思うのですが、市販のツールを使ってアップスケールしてみたところ、少し歪みが出てしまったんですね。そこで、急遽、私のところでアップスケーラを開発しまして、それを用いてフルHDへ変換しています。


柏木氏

編集部:ポニョフィルターに続き、“山田くんアップスケーラー”の登場ですか(笑)

柏木:そうですね。でも、そんな名前は付けていないんですが(笑)。

編集部:「山田くん」の場合はデジタル制作の作品ですので、「ナウシカ」や「ラピュタ」のような色味の問題は起きなかったと考えていいのでしょうか?

奥井:ほぼ無いと思っていただいて構いません。ただ、「山田くん」の場合、フルデジタルの最初の作品ですので、当時は制作環境が固まっておらず、手探りでやっていた部分もありました。“シネオン”と言うシステムを導入していて、当時はそこに付属していたモニターで色味をチェックしていたと思います。

 そこで、念のために、「山田くん」のデータを、現在ジブリで使っているプレビューシステムをrec709(HDマスターの基準)に調整した上で、高畑監督にもチェックしてもらい、色味に問題が無い事を確認しています。

編集部:その次は柏木さんの作業になるわけですが、「山田くん」はなんと言っても、鉛筆や水彩で描いたような独特の映像が特徴です。普通のアニメと比べて、気をつけた点はありますか?

柏木:色がしっかりついているわけではないので、気をつけて処理をしないと、解像度が落ちたような、味気のない、“ズルッ”とした感じの画になりがちなんです。そこをとにかく注意しました。

 「ポニョ」の時に“ポニョフィルタ”を開発しましたが、あれは、ジブリさんが映像のチェックを行なう試写環境で、映画館と同様のプロジェクタを使っていらっしゃるので、その環境でちょうど良く見えるように仕上げられた映像データを、そのまま家庭用のフラットテレビで表示すると、画が“固く”なってしまうという問題があり、画を“甘く”せずに、その“固さ”を“柔らかく”するために開発したと言う経緯があります。

 「山田くん」も同様なのですが、「ポニョ」の時のフィルタでそのまま処理すれば良いと言うものではありません。作品によってやはり画の特性が違いますので、「山田くん」用に調整した処理で、Blu-ray向けとして目指す画質のマスター映像にした上で、次の圧縮工程では、この作品特有の微妙な色の変化や細やかな絵柄など、マスター映像を忠実に再現するよう気を使いました。

編集部:そのあたりを注意しないと、映像が甘くなり過ぎてしまうのでしょうか?

柏木:“甘くなる”という言葉は近いのですが……、ちょっと違いますね。MPEGは空間方向と時間方向の絵柄の相関を使ってデータ量を圧縮するのですが、その相関が強くなり過ぎると、例えば、起伏の浅い絵柄や微小な細かな動きなどは平滑化されて、“ヌルヌル”とした質感の映像になってしまいがちなんです。

編集部:「山田くん」という作品が持つ、本来の“質感”と、違うものになってしまうというイメージですか?

柏木:そうですね。ですので、実際のエンコード作業を開始してみて、あの独特の質感が思ったように出ず、設定をやり直して……という事もありました。一般的なアニメと比べると、「山田くん」はよりセンシティブで、“質感”や“雰囲気”が重要な作品だと感じました。

編集部:質感と言う面では、例えばキャラクターや背景の外側にある、白い紙のような部分の質感を出すのが難しそうですよね。

柏木:そのあたりにも注意しましたね。最初のエンコード設定では、そこが弱くなってしまったんです。ですので、エンコード前のマスタリングした際の質感と同じになるよう、設定を突き詰めていきました。

編集部:このぐらいの微妙な質感ですと、表示するデバイスによっても、見え方は大きく変わりそうです。

柏木:ええ。ですので、エンコードした映像を確認する暗室に、プラズマ、液晶、プロジェクタを、何種類か設置しまして、それらの機器で質感がちゃんと再現できているか、確認しながら進めました。



■気になる“次のBD”は?

編集部:新しい作品である「ポニョ」、初期のデジタル制作の「山田くん」、そして古い作品である「ナウシカ」、「ラピュタ」と、新旧問わず、節目と言いますか、特徴的な作品をBD化してきた事になると思います。残る作品のBD化において、“作業フロー”的なものは完成したのでしょうか?

柏木:大きな流れとしてはそうですね。作品を重ねることでだんだんこなれてきて、経験を活かして効率が上がるというのはあると思います。

 ただ、作品ごとに特徴や気をつけるべきところは違いますので、前とまったく同じように、機械的にやれば良いと言うわけではありません。毎回違った苦労がありますし、そこが面白いところでもあります。

奥井:旧作に関して言えば、ネガの状態は作品ごとに違いますからね。アニメは実写と違い、決まった条件で撮影しているのでネガのバラつきは少ないはずなんですが、古い作品には少なからずともあります。それを吸収する必要も出てきますね。

編集部:最後にお伺いしたいのですが、奥井さんが次に“BD化に挑戦したい”作品と言うと、どの作品になりますか?

奥井:そうですねぇ……。いえ、“挑戦したい”と言うよりも、全部やらなきゃいけませんから(笑)。

編集部:仰る通りですね(笑)。今後のBD化にも期待しております。今日はありがとうございました。

 



■ケースにも“進化”が

「ラピュタ」と「山田くん」のケースを発見

 「ナウシカ」、「ラピュタ」と、比較的古いフィルムの作品を優先してBD化していく、ジブリのBDラインナップ展開は、より良い映像を楽しみたい我々ユーザーにとっても嬉しい“順序”と言えるだろう。BD化作品を重ねる事でノウハウを蓄積し、作品ごとに“オリジナルの尊重”と“BDクオリティ”の両立を追求する試行錯誤は、今後も継続されそうだ。

 なお、インタビューの場で発見した「ラピュタ」と「山田くん」のケースにも、ノウハウの積み重ねによる“進化”を感じる事ができたので、最後に紹介したい。

 以下に、「ナウシカ」、「ラピュタ」、「山田くん」と、ケースの写真を3枚並べてみた。「ナウシカ」のケースはディスクが入る側が左側にあるのに対し、「ラピュタ」と「山田くん」は右側に変更され、冊子などが入る部分が左側になっているのがわかる。


ナウシカのケース。左側にディスクが入る(写真ではあえてディスクは外している) 「ラピュタ」のケース。ディスクは右側 「山田くん」のケース。こちらもディスクは右側。そしてディスクを支える突起部分の大きさを、ナウシカと見比べて欲しい

 「ナウシカ」のBDでは、レビューでも触れたが、右手でケースを支え、左手で開くと、左側に勢いがついて、ケースを開くと同時にディスクが落ちる事が多かった。「ラピュタ」と「山田くん」はその声を反映し、ディスクを右側に変更すると共に、左下にあるディスクをホールドする部分も、「ナウシカ」と比べて大きくなっているのがわかる。また、磁石を埋め込み、閉じたケースが開きにくくする工夫も施されていた。



(2010年 11月 17日)

[ AV Watch編集部 山崎健太郎]