樋口真嗣の地獄の怪光線

第42回

舞台は整った!TOHOスタジオから邦画アトモス総攻撃が始まるぜ!

お待たせしました。日本初のDolby Vision/Atmos、そしてIMAX 12ch対応スタジオが、TOHOスタジオ内に完成しましたよ!

さて、ボンヤリしてたら、あっという間に2026年です。

もはやSF小説の時代設定みたいな年号で全くしっくりきませんし、思ったような未来じゃないのも納得がいきませんが、受け入れるしかありません。

それでもちょっとずつ未来にはなってきていますな。

去年の年の瀬に東宝スタジオの中のポストプロダクションセンターにやっとドルビーシネマとアトモスが導入されました。映画の音響面のフィニッシュワークを行なうダビングステージだけでなく、試写室も一新です。

東京・成城のTOHOスタジオ内にある「ポストプロダクションセンター」

というか今まで導入されていなかったのが不思議なぐらいですが、こういう最新技術は毎年更新できるものでもないし、そもそも劇場での上映環境が整わない限り、製作環境を充実させても上映できないのだから意味はない、という事で、偉大なる空に輝く日比谷の星にして大東宝様の方針としてはまずは劇場を揃えて作る言うんはそれからやろ?ということで繁華街に陣取るシネコンにアトモス対応の劇場を揃えることがまず第一、それにこの手のリッチな上映環境であれば洋画の独壇場でした。その当時は! そんな贅沢な絵や音を邦画の分際で高望みとは百万年早いわ! と遠回しに言われたようなものでした。

そんな訳で映画制作拠点としては国内最先端を走ってきた東宝スタジオに、ワーナー・ブラザーススタジオの全面協力、チャールズ・M・ソルター・アソシエイツの音響設計を得て最先端の7.1chのドルビーサラウンドダビングステージができたのが2010年。

一方で初のドルビーアトモスに対応したディズニーアニメ『メリダとおそろしの森』の公開が2012年ですからリニューアルするには時期尚早であります。

そんな時期に手を挙げたのが、意外やデジタル技術導入に積極的だった東映でした。

その当時系列館でアトモス対応の劇場をひとつもないにも関わらず、大泉撮影所のデジタルセンターのダビングステージをドルビーアトモス対応に改装、押井守監督の『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦』がアトモス音響で仕上げられたのが2015年。それでももう十年前の事で如何にインフラを新しくするのが難しいか、と言う事であります。

それもコロナ禍以降に映画界を襲ったパラダイムシフト……劇場用アニメが爆発的なヒットを放つのと裏腹に、脚本家や俳優組合のストライキの影響で洋画に以前のような勢いが無くなってしまい、それまでは洋画のビッグタイトルがひしめき合っていたシネコンのラージフォーマット――IMAXやドルビーシネマ、4DXといった追加料金を払ってより濃密な体験が可能になった劇場が、今や国産のアニメで占められ活況を呈しているではありませんか。

それを見越してなのか、国内でドルビーアトモスやIMAXフォーマットが作れる環境が増え始めているのです。

ほとんどの配信プラットフォームもドルビーアトモス規格に準拠しているし、私の『新幹線大爆破』もドルビーアトモス・ホームで仕上げましたが、それをそのまま映画館様には転用できないので映画用のダビングステージで再度調整することになりました。

ちょうどその頃、東宝のプロダクションセンターではアトモス対応のための改修工事をやっていたので使えず、その年の始め(2025年初頭)に東宝よりも早くアトモス対応設備での稼働が始まった調布のKADOKAWAスタジオで劇場用の最終調整を行なったのです。

劇場用の最終調整を行なう樋口監督(KADOKAWAスタジオ)
KADOKAWAスタジオで調整されたドルビーアトモス・シネマ版『新幹線大爆破』は、2025年5月18日に仙台で行なわれた特別上映会、10月15日に池袋で行なわれた1日限定上映会で使われました。上映会に参加出来た方は超ラッキー!!

東宝を入れて、映画用のアトモスが仕上げられるダビングステージは東映、KADOKAWA、そして洋画の日本語吹き替え版やアニメを主に手掛けるグロービジョン。

この国を拠点にして映画を作る身としては嬉しい限りです。そんな時流の流れで遂に最後の巨人、偉大なる空に輝く日比谷の星にして大東宝様が動いたのであります。

TOHOスタジオの完成披露目会には、樋口監督(写真中央)も出席

年末に執り行なわれた報道陣を集めたお披露目では水谷豊さんが『相棒』のセットで右京さんの扮装でご挨拶する映像が流れます。

自身の監督作『轢き逃げ 最高の最悪な日』が日本映画初のドルビーシネマだった縁での登場ですが、流石にその映像はドルビーシネマ仕様ではなかったようです。得意の紅茶注ぎがトップスピーカーからセンターに偏位したらよかったのにね。

他にも内外の大作を小出しにしてデモンストレーションをやるんですが、中でも細田守監督の『果てしなきスカーレット』の死者の国に落ちてからメインタイトルまでのフッテージが凄かったです。

初見が上野の国立博物館の講演会用のホールでの完成披露だったので比べてはいけないほどの環境の差でしたが、ひとつひとつの音源の出どころが綺麗に分離しながら圧倒的な音圧で刺さりながら押し寄せてくる異界の音場、今一度アトモスの環境で全編を見直したいと思えるほどのアトモス力(りょく)が堪能できました。

ここまで来るのに10年以上の時間がかかったけど、それでもまだドルビーアトモスを超える音響再生フォーマットが登場していないのは良いのか悪いのか、以前のような競争の上で進化していく時代ではなくなったのかもしれません。

樋口真嗣

1965年生まれ、東京都出身。特技監督・映画監督。'84年「ゴジラ」で映画界入り。平成ガメラシリーズでは特技監督を務める。監督作品は「ローレライ」、「日本沈没」、「のぼうの城」、実写版「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」など。2016年公開の「シン・ゴジラ」では監督と特技監督を務め、第40回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。