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密封で高鮮度、精度と撚りを追求。PCOCCに代わる異例づくめのケーブル導体「102 SSC」とは?
(2014/12/2 09:10)
2013年8月末に生産が終了、12月には販売も終了した古河電工の「PCOCC」。オーディオケーブルの導体などに多く使われていたため、オーディオ業界へのショックも大きいものがあった。それに代わる新たな導体として登場したのがFCMの「PC-Triple C」、そして今年の9月に新たに発表されたのが、オヤイデ電気が開発した「102 SSC」だ。
既に、これらの新しい導体を採用したケーブルの販売はスタートしている。オヤイデ電気の「102 SSC」については、「TUNAMI V2」や「EXPLORER V2」シリーズ、電源タップの「OCB-1 SX V2」など、多数のラインナップを展開しており、生産も急ピッチで進められているが、需要に対し供給が追いつかない状況だという。
この「102 SSC」、オヤイデ電気が企画・開発し、愛知県にある金属加工メーカー・三洲電線が導体加工などを担当、オヤイデ電気のケーブルに使われるという形になっている。
102 SSCの特徴は、「普遍的な銅母材を使用しながら、オーディオケーブル向けとして世界最高品質に仕上げた」こと。では、具体的に、どのように作られているのだろうか? また、「銅の結晶構造と粒界を綺麗に横に並べ、電流がスムーズに流れるようにした」というPC-Triple Cとはどのような違いがあるのだろうか? オヤイデ電気と三洲電線に話を伺った。
銅母材には国内精錬されたJIS 1011準拠のバージン銅を採用
多くのケーブルメーカーに導体として採用されていたものの、突如生産・販売の中止が発表されたPCOCC。これまで数々のオーディオケーブルを製造してきたオヤイデ電気も、その影響を大きく受けたメーカーの1つだ。
PCOCC供給停止発表後、同社は後継となる導体の登場を期待していたものの、具体的な動きが出てこなかったことから、自社開発に踏み切ることにしたという。ただ、新たな導体を開発するにあたって特殊な素材を用いることは、将来に渡って安定的な供給を図りたい同社にとって真っ先に避けるべきところ。「普遍的な銅母材を使用」したのはそのためだ。
とはいえ、単純に入手性の良い銅であればなんでもいいというわけではない。あくまでもオーディオケーブルに使用した際に、PCOCCに匹敵するか、超える性能を発揮できなければ、わざわざ導体から開発する意味はないと言っても過言ではない。そこで同社がコンセプトとして掲げたのは、オヤイデ電気の荒川氏いわく、「普遍的な材料を世界最高峰の技術と品質で生産する」というものだった。
母材には、日本工業規格「JIS C1011」に準拠した電子管用無酸素銅が使われているが、102 SSCでは、一般的に使われるリサイクル銅を含むものではなく、不純物の混入を極力避けられる国内で精錬された“バージン銅”を使っているという。リサイクル銅とバージン銅とで、特性は数値上変わることはないというが、高い品質が求められるオーディオ市場に向けた製品であることを考慮したという。
その銅母材は、国内大手伸銅メーカーで、伸線、つまり伸ばす作業が行なわれる。ただ、この段階はあくまで“荒引き線”だ。その際に、一般的な導体は8mmだが、102 SSCでは段階的に約0.9mmの細さまで伸銅され、通電アニール(焼きなまし)処理も行なわれる。後の細線化での、伸線工程を減らすためで、応力歪みを軽減し、銅の結晶構造の劣化も抑えられるとする。
伸ばしていくと、内部の不純物が表面に浮き出てくる。通常の伸銅では、酸洗浄でこれを除去するのだが、完全には除去しきれないそうだ。そこで、102 SSCでは、μm単位でピーリング、つまり、銅線の表層を削り取って、表層の不純物を完全に除去する。手間のかかるピーリング加工を電気用銅線で行なうのは、世界でも類がないそうだ。
常識外れの密封&高速発送で“鮮度”を維持
こうして出来上がった荒引き線を、さらに細くし、撚り線とする重要な加工を担当するのが、前述の通り国内有数の技術力を誇る三洲電線だ。
そもそもオヤイデ電気と三洲電線が出会うきっかけとなったのは、オヤイデ電気の代表取締役である村山氏が、2011年頃に見つけた円筒構造のケーブル。中央が空っぽで、外周にだけ導体があるという特殊な構造のケーブルで、その精度の高さに驚いた村山氏が、探し当てた開発元が三洲電線だった……というわけだ。
「海外製品は断線率が高いのですが、これは品質管理の問題です。対して、日本が世界に誇れるのは品質管理と加工精度。新しい導体を作るにあたり、我々としてはそこからアプローチするのが正しいのではないか考えた」。村山氏がそう決めたのも、高い技術力をもつ三洲電線と巡りあったからこそ、と言えるだろう。
一方、依頼を受けた三洲電線は、かつては水飴や糸こんにゃくを作っていたという創業80年の老舗金属加工メーカーだ。同社専務取締役の鈴木与志成氏によれば、一貫して「技術にこだわってやってきた」会社だ。しかし、いかに安く仕入れ、いかに安く仕上げるかが業界の基本的な考え方であり、同業他社には「そんなにこだわって意味があるのかと、鼻で笑われる」事も多かったという。
技術力や品質の高さを買われ、軍事用通信機器やスーパーコンピューター用の配線材を納入するも、その“こだわり”があまり評価されてこなかった同社に、“手間をかけて高精度で最高品質なものを作って欲しい”という、他社とは真逆の依頼をしたのがオヤイデ電気だ。発注の規模も、オーディオケーブル市場では非常に多い数トンというボリューム。鈴木氏が「技術を高く評価してもらえて恐悦至極」と語り、「オヤイデ電気さんという“伯楽”が現れた」と、名馬を見抜いた中国の名人に例えるほど、今回の出来事は偶然と驚きに満ちていたようだ。
話を製造工程に戻そう。出来上がった荒引き線は、速やかに密封して2日以内に三洲電線に出荷される。ほぼ裸の状態で保管され、2週間程度おいてから発送される一般的な荒引き線とはまったく異なり、三洲電線も「前例がない」と驚くこだわりぶりだ。厳重に密封し、素早く出荷するのは、信号が流れる銅線の表面を、ピーリング加工で綺麗にしても、時間が経過すると酸化してしまうためだ。そうならないよう、できる限り「鮮度の高い状態」を保つ。このあたりからも、オヤイデ電気の品質に対するこだわりが見えてくる。
外径誤差はMIL規格すら凌駕する±0.5μm以下
三洲電線では、約0.9mmの荒引き線を、撚り線を行なうために、0.12mmや0.18mmなど所定の太さまで段階的に伸線していく。アニーリングは伸線工程の間で2回に渡って行ない、銅線の歪みを徹底的に排除する。これらの伸線工程においても、三洲電線でなければ不可能な技術がいくつも盛り込まれているという。
ちなみに、先ほどから登場している“アニーリング”の工程も、一般に行なわれる焼鈍炉でのアニーリングではなく、102 SSCでは電気を通すことでクリーンなアニーリングができるという「通電アニーリング」を採用している。一般のアニーリングで生じやすい素線表面への煤の付着を徹底的に防止できるのが特徴。この工程も、電流値や電圧や時間を何十回と試行し、最適な設定値を算出。素線の太さによっても設定値を変えているそうだ。
三洲電線で行なわれる、荒引き線の伸線。その特徴の1つが、ダイヤモンドダイスだ。荒引き線は、小さな穴が開けられたダイスというパーツに通して、細く伸ばしていく事になるのだが、このダイスには硬いダイヤモンドが使われる。そのダイヤに、現在入手が困難な天然ダイヤを使っている。
一般的には人工ダイヤが使われる事が多いが、細かなダイヤを固めて作る人工ダイヤは、見た目ではわからないほどのレベルではあるが、表面が荒い。それを使って伸線をすると、表面に微細な凹凸が出来てしまうのだ。
102 SSCでは、1μmサイズのダイヤモンドパウダーによって極限まで滑らかに磨かれた、天然ダイヤのダイスを用いることで、伸線した後の銅線表面の平滑度を向上させている。この1μmサイズというパウダーの小ささもこだわりのポイント。滑らかなダイスで伸線された結果は、マイクロスコープによる導体表面写真を見比べれば一目瞭然だ。ちなみにこのマイクロスコープも、102 SSCの精度検証のために新たに導入したという。
伸線していった時の銅線の“太さの誤差”も、102 SSCがこだわるポイントだ。JIS C1011の標準許容誤差は±8μmだが、それを圧倒的に下回る±1μmに設定されている。しかしながら、三洲電線で技術面を担当している佐藤義弘氏によれば、「実質は±0.5μm以下に収まっている」という。これは驚異的な精度だが、今後生産を続けていく中で練度が進むことにより、さらなる誤差低下も目指せると話す。
これは、20年前から銀メッキ線の製作を手がけ、伸線装置にレーザー外径測定器取り付ける事で、0.1μm単位の精度測定を行なってきた同社ならではのノウハウ。米国国防総省の物資調達基準であるMIL規格では、この許容誤差が±2.5μm(ASTM規格準拠)とされていることからも、102 SSCの精度がいかに高いかがわかる。
安定した多くの信号を流せる真円を実現した「3E撚り構造」
こうして作られた素線は、いよいよ撚り線加工に入る。ここでも、三洲電線独自の新技術が用いられた。それが「3E撚り構造」というもの。3種類の太さの異なる素線を、上手く組み合わせていく事で、ケーブルの断面が真円に限りなく近い形状になると同時に、導体と導体の隙間を少なくし、密度も向上できる。
一般的な撚り線では、撚り線を極力丸く仕上げるために、外側から圧縮する加工方法が使われる。しかし、3E撚り構造ではそういった圧縮をしない、「一括丸撚り線導体」となっているのが特徴の1つ。また、通常は同一の太さの素線をまとめるため、断面か必ず六角形になってしまうが、3E撚り構造は、3種類の太さのを一定の法則に当てはめて配置する事で、崩れにくい真円を実現している。
太さの異なる素線を組み合わせる事、撚り方に特徴がある事が「3E撚り構造」のミソだが、もう1つ重要なのは、前述した“太さの誤差が少ない素線”を使っている事だ。理論的に真円になるよう撚り合わせても、太さがマチマチであれば、うまく円にならずに崩れてしまう。逆に言えば、三洲電線の技術力があるから可能な撚り線と言えるだろう。
圧縮しないことによる一番のメリットは、表面に傷が付かないことだ。圧縮すると、断面形状としては比較的簡単に真円に近づけることはできるが、銅線同士が密着するため、互いの表面に傷が付いてしまう。ところが、圧縮していない3E撚り構造では、そのようなことがない。伸線時に多大なコストをかけて凹凸を減らしてきた努力が、そのまま活かされるわけだ。
また、真円に近くなるということは、ケーブル加工時に被覆を薄くしたり、シールド線との距離を等間隔に保って安定した信号を流せることを意味する。さらに密度が高まるということは、信号が通る銅線の表面積が多くなることを意味する。つまり、ケーブルとして合理的なサイズ、構造にしやすく、多くの信号が安定して流れやすい……ということになる。
つまり、銅母材にバージン銅を用いるというこだわりはあるものの、「銅自体にフォーカスを当てるというよりも、加工技術にフォーカスを当てて、尋常じゃないコストをかけて」、高品質で付加価値の高い製品としているのが、102 SSCなのだと村山氏は胸を張る。
技術革新はまだ途中。より良い撚りの開発も
オヤイデ電気から、採用ケーブルが続々と登場している102 SSC。気になるのは今後の展開だ。102 SSCは、まだここから進化し続けるのだろうか。三洲電線の佐藤氏は、「当然精度を上げることは目指しますが、いつ出荷するものでも品質を一定にして、もちろん不良の無いものにすることが一番。今はそれを標準的な作業フローとして、できるようにする土台を作り上げている段階」と語る。一方で、「日々マイクロスコープを覗いていると、そこから見えてくる新しい気付きがある」とも語り、次に目指すべきところは見えてきているようだ。
同社鈴木氏は、これまで周囲から自社の技術が評価されなかったつらい経験を振り返りつつ、「技術を追求してきたことがオヤイデ電気さんによってようやく報われ、他社に一歩先んじることができたと思う。しかし、技術革新はまだ途中の段階。精度も、より良い撚りの開発も進めていきたい」と意気込む。
オヤイデ電気の村山氏は、「ここ数年、コスト競争で“より安く”という方向になっていたが、そうやって技術を否定してきたところは、より安い海外製品の台頭などで、結局立ち行かなくなっている。日本として誇るべきところは、やはり技術ではないか」と、102 SSCの根幹とも言える“物作り”の重要性を改めて指摘した。
PCOCCの終了で、かえって盛り上がってきたとも言えるオーディオケーブル市場。PC-Triple Cも含め、こうした新しいケーブル導体が市場にどのように広がり、オーディオ業界の活性化に寄与していくかも注目したいところだ。
(協力:小柳出電気商会)