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オーディオ界注目の新素材「PC-Triple C」とは何か?

PCOCCに代わる銅素材。結晶を“叩く”鍛造に秘密

PC-Triple C

 オーディオ業界でケーブルなどにこれまで広く使われてきた「PCOCC」。それに代わる、新たな銅素材としてFCMが22日に発表したのが「PC-Triple C」(ピーシートリプルシー)だ。ケーブルだけでなく、内部配線材やスピーカーのボイスコイルなど、様々なAV機器での採用が想定されている、注目の素材であり、今後メーカーに供給され、春頃には採用ケーブルが販売される見込みだ。

 しかし、ケーブルに使われる素材がどのようなものなのか? 素材によって何が違うのか? 一般のユーザーにはあまり馴染みがないのが正直なところ。そこで、古河電気工業(以下古河電工)の関係会社で、「PC-Triple C」の開発・生産を担当するFCMの取締役 電気機能線材事業部管掌 事業改革推進担当 芥田泰夫氏と、「PC-Triple C」の総販売代理店となるプロモーションワークスの矢口正幸代表取締役社長に詳細を伺った。

そもそもPCOCCとは何か

 新素材「PC-Triple C」の話の前に、これまで広く活用されてきた「PCOCC」とは何か? を軽くおさらいしておこう。

 PCOCCは「Pure Cupper Ohno Continuous Casting Process」の略。「単結晶状高純度無酸素銅」と訳される事も多い。これまで製造してきた古河電工では、「一方向性凝固組織の特徴を持つ高純度銅線」と説明している。ちなみに途中に登場する“Ohno”とは、開発者の大野篤美教授の名前だ。

 通常、銅は細かな結晶が集まって構成されているが、特殊な鋳造を行なう事で、“単結晶”にしているのが特徴となる。これにより、信号が伝送される方向に結晶粒界(結晶と結晶の境目)が無く、導電特性が優れた、信号が流れやすい素材になる。結晶と結晶の境目が無いので、不純物が入り込みにくいというのも利点の1つだ。しかし、既報の通り、昨年の8月末に生産終了となり、12月末には販売も終了した。

FCMの取締役 電気機能線材事業部管掌 事業改革推進担当 芥田泰夫氏

 プロモーションワークスは、古河電工と特約店契約を結び、長年PCOCCを中心に、自社ブランドやOEM製品として各種ケーブルの開発、販売を行なってきた会社であり、矢口社長自身もケーブルの設計・開発などを担当。また、FCMの芥田氏も、古河電工でPCOCCの開発に携わってきた人物。言わば、PCOCCでタッグを組んでいた2人が、それに代わる新導体として開発したのが「PC-Triple C」と言える。

 矢口社長はTriple C開発について、「タフピッチ(純度約99.9%の銅)からスタートし、OFC(無酸素銅)やPCOCCなど、ケーブルの発展は、電子機器の発展そのものと言っても過言ではありません。ですから、PCOCCが無くなってしまうと、オーディオ製品の発展にも影響がある。生産・販売が終了した事で、業界の方々から“どうしたら良いのだろう”、“PCOCCに代わるものを考えてもらえないだろうか”と多くの相談があり、芥田さんに相談した」のがキッカケになったという。

使う“素材”と“加工”がポイント

 芥田氏によれば、「PC-Triple C」の特徴は大きく2つある。

 1つは、使用している素材だ。使われているのはOFC(無酸素銅/酸化物を含まない純度の高い銅)だが、通常のOFCではなく、独自の鋳造方法を用いて、不純物が付着した数ミクロン単位の極微な異物までも除去した古河電工の高純度無酸素銅を使っている。これはPCOCCで使われてた素材よりも、さらに純度が高いものだという。

 「世間一般で言われているOFCには大きな不純物が含まれている事がありますが、我々が使っているのはミクロン単位の異物を全部取り除いたOFCです。銅というのは、内部に異物があると、そこに他の不純物が付着してしまいます。それを取り除く事で、銅の結晶構造における純度をアップさせたものです。あえて不純物を入れて異物を付着させ、銅結晶の純度を上げるという方法もありますが、純度が上がったとしても、異物が結晶粒界に残っていてはならない、それを取り除かなければいけないというのが我々の基本的な考え方です」(矢口社長)。

 不純物が少ないと何が良いのか、芥田氏によれば、ケーブルで使う導体にするために、銅素材を引き伸ばす際に、より細く引き伸ばせるという。飴細工などを想像するとわかりやすいが、引き伸ばした際に、内部に異物が入っていると、そこで破断してしまう。つまり“細引きできる事 = 異物が少ない証拠”だという。「通常のOFCでは、0.05mm径くらいまでしか細引きできませんが、我々が使っているOFCでは、0.015mm程度まで引く事ができます」(芥田氏)。

 使っている素材に加え、もう1つの特徴が、特殊な加工方法である「定角連続移送鍛造法」を用いている事だ。

鍛造処理をする前の導体断面。結晶構造と粒界が電流の流れに対して縦方向に並んでおり、スムーズに流れない

 右の画像を見て欲しい。これは、鍛造処理をする前の銅の断面を撮影したものだ。縦方向に、模様が無数にあるが、これら1つ1つが銅の結晶。結晶が縦に並んで、全体が構成されているのがわかる。この結晶と結晶の境目が“結晶粒界”だ。例えば、左から右へと電流が流れるとして、結晶粒界があると、流れにくくなってしまう。また、前述のような異物が混入する“隙間”にもなる。それを無くすために“1つの結晶”にしてしまったのが従来の「PCOCC」なのは前述の通りだ。

 芥田氏によれば、「PC-Triple C」では、この縦方向に結晶が並んだ銅素材に、一定の角度と方向を持たせた状態で、50%まで小圧力で数万回連続鍛造するのが「定角連続移送鍛造法」だと言う。簡単に言えば、“小さな力で何度も叩く”わけだ。

鍵となる“定角連続移送鍛造法”とは?

プロモーションワークスの矢口正幸代表取締役社長

 一度に強い力で叩くと、当然ながら結晶はグシャッと潰れてしまう。しかし、試行錯誤の末に導き出した力のかけ方&回数で叩く事で、結晶構造が横に“寝る”カタチになる。こうする事で、結晶粒界に阻害されず、信号が流れやすくなるというわけだ。

 また、細く引き伸ばす際にも、良い影響があると芥田氏は言う。「例えば鉄などを引き伸ばすと、ある程度の細さになると、表面がボコボコになります。これは内部の結晶粒が飛び出してしまうためです。そうすると、細引きはできません。こうならないように、叩いて結晶を横にできるのではないかというアイデアが浮かび、ある機械に細工をして、叩いてみる事にしました。どの程度まで叩けばいいのか、やり過ぎると潰れてしまうので、試行錯誤しながらその加減を探っていきました」という。

鍛造処理をする前の導体断面
一定方向に連続鍛造していく事で、結晶と粒界が横方向に伸延されているのがわかる
50%(Sq比)まで鍛造した後の断面。結晶構造と粒界が細分化され、横方向に綺麗に並んでいるのがわかる。この状態になると電流がスムーズに流れるという
伸線後の導体断面。結晶同士が融着し、連続した結晶のように変化しているのがわかる

 定角連続移送鍛造法を用いた銅の結晶粒界は、言わばパイ生地が層になった「ミルフィーユ」のような状態だ。ここからさらにケーブル細線へ伸延加工を施し、使用される導体の太さにより、特定の温度、時間管理により焼鈍(アニール処理)される。この工程により、銅結晶の結晶同士が融着。連続した結晶へと変化していく。矢口社長はこれを「言わばバームクーヘンのような状態」と表現する。

 このような状態になる事で、単結晶のPCOCCと理論上は変わらないほどの導電特性を実現できるとする。1.3mm径のアニール材の状態で、導電率は101.5 IACS%。純度は99.996%以上だ。

PC-Triple CにはPCOCCを超える利点も

 ここまでは、PCOCCに匹敵する導電特性を実現するための工夫だ。だが、矢口社長はPCOCCを超える“PC-Triple Cならではの利点”もあるという。

 「PCOCCの単結晶と、PC-Triple Cの構造は違いますが、長手方向に信号が流れる能力としては同程度と考えています。一方で、PCOCCのような単結晶の場合、“ケーブル自体の振動”を吸収する余地が、導体に無いという問題があります。そのため、PCOCCはハイ上がりの音だと言われてきました。しかし、PC-Triple Cには、融着しても結晶粒界は存在しているため、導体の震動を結晶粒界が吸収してくれるという考え方もあります」(矢口社長)。

 つまり、PCOCCよりも、PC-Triple Cは、導体自体の音が素直なサウンドである可能性があるわけだ。

 「PCOCCでは、例えば中央の導体に6Nを使い、外側にPCOCCを巻いて2層にしたケーブルを作り、中低域を真ん中の6Nで通し、高い音を表皮効果を使ってPCOCCで通す事で、ワイドレンジな音を出すといった、ケーブル設計のテクニックがあります。そういったケーブル設計時の使いこなしも、PC-Triple Cでは変わってくるでしょう。とはいえ、PC-Triple Cがどのような音なのかは、オーディオファンの皆さんに判断して欲しいと考えています。電気的な事だけで語れないのが、ケーブルの面白いところですから」。

気になるコストは?

 これまでオーディオ界で活用されてきた単結晶のPCOCCは、「炉を回せば、誰もが作れる」というものではなく、匠の技とも言える、鋳造の技術が必要だという。新しいPC-Triple Cにも、もちろん矢口社長と芥田氏の長年の経験やアイデア、技が活かされているが、それが“鋳造”ではなく、鋳造の後の“鍛造”の段階に変わったのが大きなポイントと言えそうだ。

 実際、芥田氏によれば、「量産化技術が確立すれば、安定して生産しやすい技術ではある」という。そのため、新たに登場する素材ではあるが、PCOCCよりも飛び抜けて高価という事にはならず、「PCOCCよりも少し高価になる程度」(矢口社長)と見込まれている。

 「これまでPCOCCを提供していたメーカー様に、新たにPC-Triple Cを使っていただくだけでなく、これを機に、新たなメーカー様にも使っていただきたいですね。我々としては広く門戸を開いて、PC-Triple Cでオーディオの発展に貢献していきたいと考えています」(矢口社長)。

 (協力:FCM・プロモーションワークス)

(山崎健太郎)