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8月の試験放送に向け、8K SHVが進化。シート型有機EL 8Kディスプレイ/8K HDR

 日本放送協会(NHK)は、東京・世田谷区にあるNHK放送技術研究所を一般公開する「技研公開2016」を5月26日から5月29日まで実施。入場は無料。公開に先立って24日、マスコミ向けの先行公開が行なわれた。ここでは、8月に迫ったNHKによる8Kスーパーハイビジョン試験放送に向けて、それを実現するための技術や、設備などに関する展示をレポートする。

NHK放送技術研究所

 総務省のロードマップでは、2016年にBSを使った4K/8K試験放送をNHKらが開始することが定められており、NHKが8月1日、NexTV-Fが12月1日より衛星のBS 17ch(12.03436GHz)を利用して実施することが決まっている。2018年には実用放送、そして2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けた本格普及へとつなげるために、より高品質なフルスペック8Kスーパーハイビジョン(8K SHV)の実現に向けた研究開発が進んでいる。

シート型の8K SHVディスプレイ

 会場にはいくつかの8K SHV用ディスプレイが展示されているが、中でも注目は初公開となる130型のシート型ディスプレイ。SHVの普及に向けては、薄くて軽い、大画面シート型ディスプレイも重要となる事から、開発が進められている。

シート型の8K SHVディスプレイ。4Kディスプレイ×4枚を組み合わせているため、画面内に黒枠がある

 試作機は有機ELを使ったもので、LG製の65型4Kディスプレイを4枚、タイル状に組み合わせて8Kディスプレイとしている。NHKとアストロデザインは、駆動回路やインターフェイスなどを開発した。薄さは約1mmで、7,680×4,320ドットの8K映像を60fpsで表示している。有機ELを使っているため、バックライトが不要で薄く作る事ができ、家の中への搬入が容易にできるとする。

薄さは約1mm

 なお、薄型ではあるが、ガラスパネルを使っているため曲げたり、折り畳みはできない。この展示とは別に、フィルムを使って曲げられるディスプレイの実現に向けた、技術開発も実施。

 大画面化に有利な塗布型で、フィルム基板に適した低温形成ができる塗布型酸化物TFTの形成技術。通常の有機EL素子とは逆の構造にして、酸素や水分の影響を受けにくい材料を使い、長寿命化が期待できる「逆構造有機EL素子」、高画質化と長寿命化を両立する発光時間の制御技術などが紹介されている。

フィルム上に形成した塗布型酸化物トランジスタ
左画通常の有機EL、右が逆構造有機EL素子。酸素や水分に触れた状態でも、右側は劣化していない

8K SHVでもHDR

 Ultra HD Blu-rayや映像配信で4KのHDR(ハイダイナミックレンジ)映像が話題だが、8K SHVでもHDRの導入が予定されている。そこで、放送に適したHDRテレビ方式として、ハイブリッド・ログ・ガンマ(HLG)がNHKとBBCによって共同開発された。

HLG対応の8K SHV HDRディスプレイ。NHKとシャープが共同開発した

 従来のテレビ方式(SDR)との高い互換性を保ちつつ、明暗幅が格段に広い映像を扱えるようにしているのが特徴で、例えばHLGの放送をSDRのテレビに入力しても、極端に色が不自然に破綻する事がなく、新旧の受像機が入り交じるテレビ放送には最適だという。2015年7月に策定された国内標準規格ARIB STD-B67で主要なパラメータを規定。SHV放送の映像符号化方式や多重化方式の国内標準規格もHLG方式に対応している。

HLGの概要

 会場には、HLG方式に対応した高輝度・高コントラストな8Kディスプレイも展示。シャープと共同で開発したもの。なお、HLG対応のガンマカーブを導入するだけでも対応できる場合があるため、既存のHDR対応テレビも、アップデートなどでHLG対応になる可能性はあるという。

 また、HLG方式は、撮影側で光から電気信号への変換を規定するので、従来の番組制作と同様にビデオ信号を取り扱えるのが特徴。映像調整が容易で、複数カメラを切替える8K HDRライブ制作にも対応できるという。

HLG対応の8Kカメラを複数設置
現行のスイッチャーでHLGの映像を切り替え、生放送をイメージしたデモ。HLG HDRに対応したマスターモニタ(左側)で映像をチェックしている

 会場では実際にデモも実施。複数のHLG対応8Kカメラを設置し、それをHLG非対応の、既存のスイッチャーなどを使って切り替えながらライブ番組を作る手順を紹介。HLG対応カメラ、HLG対応のHDRマスターモニタなどを導入するだけで、コストを抑えながらHLGに対応できる事などがアピールされた。

 今後はHLG方式による高ダイナミックレンジ8K映像制作手法を確立し、8K放送のHDR番組制作に寄与していくという。

8K SHVのフルスペック化に向けた技術

 8K SHV放送の中でも、最上位フォーマットとされるのが「フルスペック8K」。解像度7,680×4,320ドット、フレームレート120fpsで、広色域、多階調(12bit)、HDRなどを満たすもので、8月の試験放送時は60fpsだが、将来的にはフルスペックでの放送が目標とされているほか、オリンピックなどのビッグイベントを将来に向けて120fpsで撮影しておくためにも、120fps対応の制作機器が開発されている。

8K SHV フルスペック化にむけた技術
3板式のフルスペック8K SHV対応のカメラ

 展示は、現行の制作システムとの互換性を考慮して開発した120fps対応の制作機器や、タイムコードを用いた制作イメージ。着脱可能なメモリーパックを用いた圧縮記録装置、4入力4出力信号スイッチャー、波形モニター、タイムコード分離装置、17型液晶ディスプレイなどで構成されている。

8K SHV 120fps対応の展示機材。圧縮記録機材も大幅に小型化された

 タイムコードは、60fpsの従来のタイムコードと互換性を持ちながら、フルスペック8Kの120fpsに対応するものとして、標準化に取り組んでいるもの。互換性があるため、既存の機器でも60fpsのコードとして読み取ることが可能。IP技術も用いて時刻を精密に合わせることができるPTP同期システムが採用されている。

 今後はフルスペック8K対応機器を開発し、制作環境の構築・検証を推進。120fps対応タイムコードのシステム導入とIP技術を用いた同期システムの実用検討が進められる。

8K SHV 120fps対応のタイムコード

実用的な8K SHVカメラに向けて

 実用的な8K SHVカメラの実現に向け、1枚の撮像素子でRGB 3,300万画素のフル解像度8K映像を撮影できる、持ち運びが容易なカメラシステムが開発された。

単板式で8K SHV撮影を可能にする1億3,300万画素の撮像素子

 カメラヘッドと光ケーブルで接続するコントロールユニット(CCU)で構成されており、カメラ部は単板式で光を3色に分けるプリズムが不要である事などで、従来の1/7以下に小型・軽量化(約6kg)。デバイスだけは既に開発されていた、1億3,300万画素の撮像素子を採用する事で、単板式で初めてフル解像度8Kの撮影が可能になった。また、撮像素子のサイズが35mmフィルムとほぼ同じであり、市販のデジタルカメラと同等のサイズなので、豊富な映画用・写真用レンズを使用可能。

左が単板式の8K SHVカメラ。右下が3板式。サイズが大幅に小さくなっている

 カメラヘッドには小型の光波長多重信号伝送装置も内蔵。ハイビジョン用のカメラケーブル1本で、100Gbpsのカメラ出力の映像信号を伝送できる。

 CCUは3U(高さ13.3cm)の小型サイズで、100Gbpsのリアルタイム映像処理が可能。レンズで生じる色収差(倍率色収差)の補正、HDR撮影への対応など、豊富な機能を備えているという。今後は、フルスペック8Kに向け、120fpsへの対応を目指すほか、さらなる小型化や画質改善も進めるとしている。

新開発のCCU。こちらも小さくなっており、屋外での撮影にも持ち出しやすいという

超解像技術による8K・4K映像符号化システム

 今後、8K対応受信機と、4K受信機が入り混じった環境になっていくと考えられるが、解像度の異なる映像の同時提供を目指し、高効率な圧縮伝送技術の研究も進められている。

研究の概要

 放送局では8K映像を制作。そこから、画像縮小した4K映像を作り、それを符号化して伝送する。その際、4Kの映像に放送局で超解像処理をかけ、どのフィルタを、映像内のどの部分にかけると、高画質な8K映像に戻せるかを解析しておく。

 放送された4K映像を、4K受信機はそのまま受け取り、4Kテレビの場合はそのまま表示するが、8K受信機の場合、4K映像と共に、放送局から補助情報を受取るようにする。

 この補助情報は、放送局で解析しておいた「どの部分に、どのフィルタをかけると最適な8K映像に戻せるか」という内容で、その情報をもとに、受信機側で超解像処理をかけて8K映像を作り、表示する。従来のスケーラブル符号化と比べて、小さな補助情報のみで高解像度の映像を超解像生成できるため、高圧縮が可能という。

 ハードウエアへ実装するため超解像処理や、最良の超解像処理を決める最適化処理の演算手法を工夫。受信機への搭載を想定し、超解像処理は単純な回路を繰り返し配置した構成とし、集積回路化も容易にしているとする。

伝送した4K映像を、最適な設定で8Kに戻すデモの様子

SHVをCATVやIP、地上波で伝送

 8K・4KのSHV衛星放送をケーブルテレビで家庭に届けるための研究も進められている。国内外の標準規格に準拠した複数搬送波伝送方式を使い、衛星放送の8K信号をケーブルテレビで再放送するもの。

 8K映像を3chに分割して伝送する事で、既存のケーブルテレビ伝送路での再送信が可能になるという。展示では、試験放送で採用されるMMT、TLV形式の8K信号を実際のケーブルテレビ局で衛星受信し、再放送し、展示会場で復調・合成して再生した。

CATV回線を使って、8K SHVの伝送デモ

 さらに、KDDIと共同で、KDDIの最大10Gbps光回線を使い、8Kの多チャンネル伝送を行なう実験も実施。NHK放送技術研究所から10チャンネル同時に送信した8K信号を、NHKが開発した受信機で安定的に受信できるというデモを行なっている。

 伝送している8K映像は、衛星放送される際と同様の100Mbps程度のレート。それを10ch用意しており、リモコンで、ザッピングするように切り替えられる。なお、家庭内に10Gbpsの回線を敷くのは困難であるため、リモコンで選んだチャンネルのみを受信する形になっている。リモコン操作によって選んだチャンネルの情報が、家庭内の回線末端装置に伝送され、選択したチャンネルの映像を受信するという流れ。

チャンネル切り替えのデモ
家庭内での流れ

 地上波によるスーパーハイビジョン放送の実現に向けて、現行の地上デジタル放送よりも周波数利用効率が高い放送方式も開発されている。

地上波によるスーパーハイビジョン放送のイメージ展示

 新しい信号構造は、ガードバンドとガードインターバルなどを最小限にまで削減。周波数利用効率を高めている。さらに、長い符号長でも、並列処理などにより効率的な復号が可能なLDPC符号を採用。地上デジタル放送で使用している畳込み符号よりも誤り訂正の性能を大幅に向上させている。

8K SHVの番組制作で、ヘリコプターからの中継や、広いスポーツスタジアムでの中継などを実現するため、マイクロ波やミリ波を使ったFPUも開発されている

8K SHVはホログラムメモリーに保存

 8K SHVは大容量のデータとなるが、それを長期保存する技術として高密度ホログラムメモリーの研究が、日立製作所、日立エルジーデータストレージと共同で進んでいる。

ホログラムメモリードライブ

 13cm径のフォトポリマーでできた媒体(最大2TB)に、レーザーを用いて記録。レーザーや光学部品、ディスク媒体をひとつの筐体のホログラムメモリードライブとすることで、安定した記録・再生を可能にしているという。

フォトポリマーでできた媒体
実際に記録・再生しているところ

 フォトポリマー材料は一度データを書き込むと50年以上の長期保存が期待できる事から、アーカイブ用途での使用を想定。振動や記録媒体の温度変化・体積変化などで光学的なひずみが発生するため、ひずみを補償するように参照光の波面を制御することで、正確なデータ再生を実現したという。

 記録密度はレーザー光の波長の二乗に反比例。これまで、緑色(波長532nm)のレーザー光が使われていたが、今回の展示では青紫色(波長405nm)レーザー光と、これに対応した材料の記録媒体を使い、記録密度を向上させている。

(山崎健太郎)