レビュー
今こそA級アナログアンプを味わう。Astell&Kern「AK PA10」ポータブルの音を劇的強化
2023年4月4日 08:00
「スマートフォン + 完全ワイヤレスイヤフォン(TWS)」の組み合わせは確かに便利だ。今では、並の有線イヤフォンを超える音質のTWSも登場しており、「昔はDAP + 有線イヤフォンを使っていたけど、最近ではスマホ + TWSばかり使っている」という人も少なくないだろう。
だが、TWSも日々使っていると「便利だけど、低音はDAP + 有線イヤフォンの方が凄かったな」とか「もっと良い音が聴きたいな」とか、「たまにはヘッドフォンで聴きたいけど、スマホにイヤフォン端子無いんだよな」とか、不満も出てくる。ならば、強力なアンプを搭載した最新DAPを買えばいいわけだが、「いや、数十万円するようなDAPをさらに買うのはちょっと……」という人も少なくないはずだ。
そんな時に救世主となってくれるのが、ポータブルヘッドフォンアンプだ。ちょっと前のDAPであっても、ポータブルヘッドフォンアンプを接続すれば、強力かつ高音質にイヤフォン/ヘッドフォンをドライブでき、音のグレードアップができる。Astell&Kernから3月24日に発売された「AK PA10」(89,980円)も、そんな“ポタアン”の新製品だ。
“ポータブルでもA級”という凄さ
AK PA10最大の注目ポイントは“ポータブルなのにA級アンプ”という点だ。
「A級って何?」という話だが、アンプにはA級とか、B級とか、AB級とか、D級とか、いろいろなクラス分けがある。D級は「クラスD」とか「デジタルアンプ」とも呼ばれているので、聞いたことがある人も多いだろう。
アンプは“入力された信号を増幅する機械”で、A級もD級もその点は同じ。アルファベットにだけ注目すると「A級が一番凄くて、BとかD級になるとイマイチ」みたいなイメージになりがちだが、そういうわけではなく、“トランジスタの動作点”をどこに置くか? という範囲の違いで、AとかBとかクラス分けをしている(D級は除く)。詳細は省くが、増幅素子の特性の中でも一番“美味しい”直線部分を使うのがA級、その手前の立ち上がり部分を使うのがB級……というようなクラス分けだ。
アイドリング電流の違いによって違いが出てくるため、車を運転する人には“エンジンのアイドリング時の回転数”をイメージすると近いだろう。一般的に「A級は信号の歪みが少ないが、効率は悪く、発熱が大きい」、「B級は歪みが少し増えるが、効率はA級より良い」などとされる。ちなみに、入力信号が小さい時はバイアスを上げ、大きい時には下げて効率を高めた、AB級(A級とB級のいいとこどり)というクラスもある。
とどのつまり、“求める音質と用途に合わせて使い分ける”わけだが、とにかく高音質を重視する場合は、波形の歪みが少ない“A級”が有利とされる。ある意味で“最もリッチなクラス”というわけだ。
しかし、A級は消費電力が大きく、発熱も大きくなるため、据え置きの高級オーディオアンプで使われる事が多い。逆に“熱くて持てない”とか“バッテリーがすぐ無くなる”などの欠点があるため、ポータブルアンプでの採用例は少ない。
しかし、AK PA10は音質を追求して、あえてその“茨の道”を選択したわけだ。
“ポータブルでA級アンプ”を実現するための工夫
“ポータブルでA級アンプ”を実現するための工夫が大きく2点ある。それが大容量バッテリーと、アルミ製の筐体だ。
消費電力が大きいのであれば、大容量のバッテリーを搭載すればいいわけで、AK PA10は4,200mAhのバッテリーを搭載している。さらに、バッテリーコントロールも徹底する事で、クラスAアンプながら最大約12時間(アンバランス接続時)の連続再生を実現している。
充電は底部のUSB-Cから行なうのだが、急速充電にも対応しており、フル充電の所要時間が通常4時間のところ、急速では3時間で完了する。ボリュームダイヤルの近くにLEDインジケーターを備えており、そのカラーでバッテリー残量を把握できる。
筐体は加工された八角柱型で、裏面には手でホールドしやすいようにスロープが設けられている。表面にはラバーパッドを備えており、DAPなどを上に乗せた時に滑らないようにしている。ゴムバンドも2本付属しているので、DAPと一体化できる。
「A級アンプなので熱くなるのでは?」と心配していたのだが、1時間ほど音楽を楽しんだ状態で筐体に触れても、ちょっと温かい“人肌”程度で、「熱くて持てない」みたいな事にはならない。手触りが良く、高級感のあるアルミ製筐体が、放熱機構としても効果を発揮している証拠だ。この程度であれば、温度上昇を気にせず使えるだろう。
入出力端子は上部に搭載。4.4mm 5極バランス、3.5mm 3極アンバランスのそれぞれに、入力端子と出力端子を備えている。なお、3.5mm入力時は3.5mm出力のみ、4.4mm入力時は4.4mm出力のみとなる。
ノイズや電磁波がオーディオブロックに影響を与えないよう、独自のシールド缶技術を使ってアンバランス回路とバランス回路を物理的に分離する設計も採用。
独自のアナログボリュームを備え、オーディオブロックごとに電源ICを分けて搭載したり、DC-DC電源の干渉リップルノイズ(電源投入時に発生する波紋状のノイズ)を排除するなど、ノイズも低減している。
手頃なDAPが、ハイエンドDAPに生まれ変わる
細かい話が続いたが、とにかくAK PA10の効果を試してみよう。
DAPとして「A&norma SR25 MKII」(実売約9万円)を用意。AK×Campfire Audioコラボイヤフォン「PATHFINDER」をアンバランスで接続して、まずはAK PA10を使わず、A&norma SR25 MKII直接の音を聴いてみる。
A&norma SR25 MKIIはミドルクラスのDAPとして非常に完成度の高い製品で、コンパクトながらワイドレンジかつ、色付けの無い音を聴かせてくれる。イヤフォンの駆動力も高く、「イーグルス/ホテル・カリフォルニア」を聴くと、冒頭のベースがしっかりと深く沈み、さらに音圧豊かに迫ってくる。それでいて、中高域のクリアさは維持されており、エレキギターの鳴きや、ドン・ヘンリーの鋭い歌声も伸びやかに広がっていく。
しばらく聴いてから、付属のアンバランスケーブルでA&norma SR25 MKIIとAK PA10を接続。PATHFINDERで聴いてみると、冒頭のベースが「ズーン」とさらに深く沈み、音圧もよりパワフルに迫ってくる。体の芯に響くような力強い低域により、音楽がよりドラマチックに、“美味しく”聴ける。このグッと味わいが深くなったサウンドは、据え置きのピュアオーディオA級アンプを聴いた時とイメージが似ている。
低域が深く、パワフルになった事で、それが音楽全体のガッシリ支えてくれており、音場が安定したようにも聴こえる。実売10万円を切るA&norma SR25 MKIIだが、AK PA10を組み合わせる事で、数十万円のハイエンドDAPを使っているような感覚が味わえる。試しに実売約30万円のDAP「A&ultima SP2000T」と聴き比べてみたが、駆動力や低域の深さといった面ではかなり肉薄していて驚かされる。
イヤフォンのPATHFINDERでこれだけ違うので、ヘッドフォンではもっと違いが出そうだ。試しに、手持ちのヘッドフォンの中でも鳴らしにくいフォステクスの平面駆動型「RPKIT50」(インピーダンス50Ω)をアンバランス接続で聴いてみると、まさに激変、笑ってしまうほど違う。
A&norma SR25 MKII直接接続ではフルボリュームに近いところまで上げなければ、低域がしっかり鳴らない。また、その状態でも、駆動力が足らないのか、音場はやや狭く、音圧も弱い。
だが、A&norma SR25 MKII + AK PA10の組み合わせで、SR25 MKIIをフルボリュームで接続すると、AK PA10側のボリュームを少し回すだけで、まるでRPKIT50が目覚めたように朗々と鳴り始める。AK PA10がローゲイン設定でも、ボリューム半分まで回す必要も無く、ベース、ギター、ボーカルが勢いよく張り出してくる。
特に凄いのが、途中のギターソロ。うねるような鋭いギターサウンドが、AK PA10でドライブすると、力強くこちらに襲いかかってきて、音に撃ち抜かれたような気持ちよさがある。パワフルなだけでなく、ギターの弦の細かな動きが見えるほどの解像感を兼ね備えており、まさにA級アンプの醍醐味といった音だ。
ミドルクラスDAPの音質強化としてAK PA10を使っているわけだが、よりハイクラスなDAPと組み合わせるとどうだろうか? 前述の「A&ultima SP2000T」とAK PA10をアンバランス接続して聴いてみた。
これも驚きだ。A&ultima SP2000Tから直接ドライブしている時は「これで十分じゃない?」と思っていたのだが、AK PA10を接続すると、さらに低域が一段深くなり、音場も拡大する。駆動力に余裕が出たためか、低域だけでなく、中高域の描写もより見やすくなる。PATHFINDERでも違いを感じるが、RPKIT50ではより違いがわかりやすい。
確かに“音の純度”という面では、DAPにイヤフォン/ヘッドフォンを直接接続した方が優れているのだが、それ以上に、AK PA10を使うと“強力なアンプでドライバーをキッチリ制動することの重要さ”がわかる。その証拠に、AK PA10でドライブすると音のキレが良くなり、ジャズを聴いていると、無意識に体が動いてしまうようになる。
キレの良さは、静かな空間から「ズバッ」と鋭く音が立ち上がるだけでなく、「スッ」と音が消える時もハイスピードでなければ実現できない。アンプがドライバーを制動しきれずに、振動板がフラフラ動くとキレの悪い音になる。いかに振動板をキッチリと動かせるかが、“キレの良さ”となって現れているわけだ。
バランス接続でさらに進化するサウンド
ここまではアンバランス接続で聴いていたが、AK PA10はバランス入出力に対応している。さらなる高みを目指すために、これも聴いてみよう。
A&ultima SP2000T + AK PA10 + PATHFINDERのアンバランス接続でしばらく聴いた後で、同じ組み合わせで接続をすべてバランス接続に切り替えてみる。
「ダイアナ・クラール/月とてもなく」で比較すると、バランスでは音が広がる空間自体が少し広くなる。左右だけでなく、ピアノやベースの響きが広がっていく奥方向にも空間が拡大する。その結果、音像の奥の空間にも意識が向くようになるため、音像自体の立体感もアップする。
また、明らかに低域の分解能もアップしている。この曲では、アコースティックベースが量感たっぷりに押し寄せてくるのだが、弦をつまびいた時に、「ブリン」「バチン」というような鋭くて硬い音が混ざる瞬間がある。バランス駆動で聴くと、豊かな低域がグワッと押し寄せる中にあっても、この細かい音がよりハッキリと聴こえる。よりしっかりと駆動できるようになった事で、音の情報量が増えたのかもしれない。これはやはりバランス駆動で聴かないともったいないだろう。
なお、短い10cmの3.5mmアンバランスケーブルは付属しているのだが、4.4mmのバランスケーブルは付属していないので、ユーザーが用意する必要がある。AK PA10を買うようなユーザーは、バランス接続を使う事が多いと思うので、欲を言えばバランスケーブルも付属して欲しかったところだ。
音の変化を楽しんでみる
ここまでで十分満足度できる音が出ているAK PA10だが、この音をさらに“自分好み”調整できる。左側面を見ると「CURRENT」「GAIN」、そして「CROSSFEED」という3つのスライドスイッチが搭載されている。
ゲイン(GAIN)は説明不要だろう。出力を変更するゲインコントロールで、接続するヘッドフォンやIEMに合わせて2段階調整ができ、ローゲイン設定での出力はアンバランス2.1Vrms、バランス4.2Vrms(無負荷)、ハイゲインではアンバランス3.1Vrms、バランスは6.2Vrms(無負荷)という強力な出力が可能だ。
カレント(CURRENT)は、クラスAアンプのカレント(電流)を3段階設定でコントロールするというもの。デフォルトは「Low」で、「Mid」は+50mA、「High」は+100mAになるそうだ。切り替えてみると、これが非常に面白い。
先程の「ダイアナ・クラール/月とてもなく」で、ベースが乱舞しているシーンを聴きながらLow → Mid → Highとスライドさせていくに従って、低域の沈み込みがより深く、力強くなる。言葉にすると「ズンズン」が「ズシンズシン」になるイメージだ。
うれしいのは、変化するからといって低域が不必要に膨らんだりせず、タイトさは維持されている。迫力だけが少しずつパワーアップしていくイメージだ。好みにもよると思うが、A級っぽさというか、アナログアンプっぽさが増すイメージなので、個人的には“High”が気に入った。組み合わせるイヤフォン/ヘッドフォンの描写が淡白な場合も、“High”にした方がいいかもしれない。
クロスフィード(CROSSFEED)は、ポータブルオーディオの弱点である頭内定位を解消するための機能だ。左右のチャンネルが明確に分離したヘッドフォンは、スピーカーと違って左チャンネルからの音が右耳に入ったりはしないのだが、クロスフィード・スイッチをONにすると、片方のチャンネルのオリジナル信号の一部をミックスし、その信号を時間差で反対側のチャンネルに送り込む。こうすることで、スピーカーを聴いている時のような“クロスフィード”を意図的に発生させるわけだ。
効果はかなりあり、「月とてもなく」を聴きながらONにすると、自分の頭の中の、中心部分に重なるように存在していたボーカルの音像が、ふわっと広がる。定位が甘くなるというよりも、“近いなぁと感じてて意識が集中しがちだったボーカルの音像を、あまり意識しない音になる”感覚だ。
長時間ヘッドフォン/イヤフォンを聴いていると、聴き疲れするのは頭内定位の影響もあると言われているが、クロスフィードをONにすると、それが和らぐので、BGM的にずっと聴いているような時にONにすると恩恵が大きいだろう。
ONにしても、音が明確に劣化したり、いじったような不自然な音にならないのもポイントが高い。
ポータブルDACアンプとも比較してみる
AKシリーズと言えば、最近はUSB接続のコンパクトなDACアンプ「AK HC3」(アンバランス出力)、「AK HC2」(バランス出力)が人気だ。スマホと接続するだけで、高音質なDACを通してアナログ変換した音を、手のひらサイズとは思えないサウンドで出力してくれる。これも一種の“ポタアン”だ。気軽に購入できるため、ポータブルオーディオ入門機としても注目されている。
使いやすいので、個人的にも愛用しているのだが“スマホ + ポータブルDACアンプ”と“A&norma SR25 MKII + AK PA10”のサウンドがどのくらい違うのかも気になる。
という事で聴き比べてみたのだが、これもなかなか衝撃的だ。AK HC3、AK HC2のどちらもサイズから想像できないほど高い駆動力を持っており、RPKIT50でも迫力ある低音が体験できる。音もクリアで情報量も多い。ぶっちゃけ「これで十分じゃね?」という実力を備えている。
だが、A&norma SR25 MKII + AK PA10に繋ぎ変えると、「月とてもなく」のベースが今までの「ズンズン」から「ズゴンズゴン」と圧倒的に深く沈み、その響きが広がる空間もより広大。そして中央のボーカルの生々しさも大きくアップし、切り替えた主観にドキッとして耳を奪われてしまう。
そりゃまあ価格もサイズもまるで違うのでAK PA10が良いのは当たり前ではあるのだが、まさに“格の違い”を見せつけられる。逆に言えば、AK HC3/HC2で有線ポータブルオーディオに興味を持った人は、DAP + AK PA10にステップアップすると感動するだろう。
最後に“スマホ + AK HC3/HC2 + AK PA10”という組み合わせも試してみたのだが、これでも音のパワーアップは実感できる。さすがに“A&norma SR25 MKII + AK PA10”の方が音は良いのだが、低域の迫力アップや、音場の拡大は十分実感できた。ケーブルの長さ的に持ち運ぶには適さない組み合わせになるが、机の上で使う時などはこれもアリだろう。
「グッとくる」部分が多いポタアン
本格的なポータブルアンプ自体、久しぶりの新製品。なおかつA級アンプを採用し、カレント(電流)設定機能も設けるなど、AK PA10はかなりマニアックな製品だ。それゆえ、「俺達はアナログアンプにも、これだけこだわるオーディオメーカーなんだぜ」というAstell&Kernのメッセージも強く感じられる。使っていると「グッとくる」部分が多い製品だ。
TWSの高機能化・高音質化競争も一段落した感があり、“引き出しに眠っている有線イヤフォンを久しぶりに活躍させたいな”と考えている人も多いだろう。そんな時にAK PA10は“目覚めさせると同時に、強力に進化させるアンプ”として活躍しそうだ。
また、アンバランスとバランスを切り替えたり、側面スイッチで音の変化を体験していると、こうした行為自体が非常に楽しい。機器をあれこれ組み合わせて、自分の理想のサウンドを追求する。“ポータブルオーディオの面白さ”を再確認するという意味でも、良いポタアンだ。
(協力:アユート)