レビュー
iTunes Match日本上陸。「いつでもどこでも」の安心感
革新か地味な進化か。いままでのiPhoneが少し便利に
(2014/5/9 11:24)
2014年5月2日、アップルが「iTunes Match」の日本国内でのサービスを開始した。iTunes Matchは、CDからリッピングした曲を含む音楽データをクラウドサービス「iCloudで」共有し、iPhoneやiPad、Mac/Windowsなど10台までの機器で共有できるというサービスだ。
iTunesのライブラリをクラウド化することで、様々なデバイスから自由にストリーミング再生したり、ダウンロードが可能になる。インターネットさえあれば、「いつでも、どこでも」自分の音楽ライブラリにアクセスできるので、例えば、「この前買ったCDの音源がコンピュータにはあるが、iPhoneに入っていない」という場合でも、オンラインのライブラリにアクセスし、再生(ストリーミング)/ダウンロードできる。
iTunes Matchは2011年に米国でスタート。Appleのエグゼクティブが日本でも2012年後半のサービス開始を明言したこともあり、大きな期待をあつめていたが、予告からさらに1年以上遅れ、なんとか国内でもスタートすることとなった。
年間登録料は3,980円で、利用にはiTunes 10.5.1以降を搭載したMacかWindowsパソコン、iOS 5.0.1以降を搭載したiPhone 3GS以降、iPod touch(第3世代以降)、iPadが必要。最大10台のデバイスまで対応し、コンピュータ、iPhone、iPod touch、iPad、Apple TVなどからライブラリ共有が可能だ。
実はあまり新しくない? 「iTunes Match」
iTunes Matchの特徴は、「CDからリッピングした曲を含む」、iTunesライブラリの管理楽曲をクラウドで管理し、10台までのデバイスで共有できるということ。重要なのは「CDからリッピングした曲を含む」という部分だ。
というのは、iTunes Storeの購入楽曲については、2012年の「iTunes 10.5」以降でiTunes StoreとiCloudの連携が強化され、iTunes Storeで買った曲を別のiPhoneやiPadなどのiOSデバイスでダウンロードしたり、ストリーミング再生する機能が順次追加されてきた。iTunes Matchは、そのクラウド連携機能がCDリッピング楽曲でも利用できるようになっただけ、ともいえる。
ただ、iTunes Matchがスタートしたことで、「パソコンのiTunesに入っているのに、iPhoneやiPod touchと同期していないから聴けない」という問題は、ほとんど解消できるようになるはずだ。
なお、クラウドを活用した音楽系サービスは、iTunes Store以外にも数多く存在している。「ロッカー型」や「クラウドロッカー」などと呼ばれ、Googleによる「Google Play Music」や、Amazonによる「Amazon MP3」(Amazon Cloud Player)でも、ストア購入楽曲の複数デバイス共有が可能で、米国においては自分でリッピングした楽曲も共有可能になっている。また、米国のAmazonに至っては、音楽CDを購入すると、クラウドロッカーにデジタルデータも共有される「オートリップ(AutoRip)」連携まで行なわれるなど、OTT(Over the top:Google、Apple、Amazonのように、ネットワークサービスとコンテンツ流通のエコシステムを形成する企業)において、クラウドロッカー型の音楽配信は、「当たり前」になりつつある。
今回のiTunes Matchも、iTunes Storeのクラウドロッカー機能強化の一環といえる。ただ、国内でCDリッピング曲のクラウド照合に対応したのはおそらく初で、さらにユーザー数も楽曲数も多いiTunes Storeでの対応だけに、音楽配信における大きな動きといえる。
もっとも、2014年5月現在、Macのラインナップに光学ドライブ搭載モデルはほとんど無いなど、若干時期を逸している感もある。もう少し早く国内展開して欲しかったとも思うが、まずはiTunes Matchを試してみよう。
設定は簡単だが、ライブラリの“マッチ”作業の進捗がわからないという課題
最初にパソコン(Windows/Mac)のiTunesからMatchの設定を行なう必要がある。iTunes Matchは、ユーザーのiTunesのライブラリとiTunes Storeの3,700万曲以上の楽曲データを照合し、マッチするものは「ユーザーが所有している」と判断、ユーザーのiCloud領域に共有する。利用前にこのiTunesライブラリとiTunes Storeのマッチ作業をWindows/MacのiTunesで行なうのだ。
操作自体はシンプルで、Windows/MacのiTunesからiTunes Matchを契約(年間3,980円)すると、ライセンス文書が出たあとに、3ステップのマッチ(楽曲照合)作業が始まる。この作業が終われば、Windows/MacのiTunesに取り込んだ多くの楽曲を、iCloudを経由して、10台までのiOSデバイスやApple TVで共有できるiTunes Matchの世界に触れることができるようになる。
ただし、iTunes Matchの準備の前に確認しておきたいことが3つある。
(1)iTunes Matchの楽曲上限は25,000曲(iTunes Store購入楽曲を除く)
(2)iTunesの対応ファイル形式は、MP3、AAC、AIFF、WAV、Apple Loesslessなど
(FLACやDSDは読み込めない)
(3)iTunes Matchの楽曲マッチング終了には時間がかかる
(1)の楽曲上限が25,000曲以上という点。音楽ファンで、iTunesで全楽曲管理している人は、この上限に引っかかってしまう人もいるだろう。25,000以上のiTunesライブラリを有している人は、1.「iTunesに登録してある曲を減らす」、2.「別途iTunes Match用ライブラリを作成する」といった作業が必要になる。
(2)のiTunes Match(iTunes)の対応ファイル形式がAAC、MP3、AppleLossless、WAV、AIFFという点については、これらのファイル形式を主に使っている人であれば問題にはならない。
ただし、FLACやDSDなどのiTunes非対応のファイル形式の曲については、iTunesライブラリに登録できないため、iTunes MatchのためにAACなどに変換する必要がある。
筆者も、数年前からCDリッピングやハイレゾダウンロード曲は基本的にFLACに統一している。そのため、最近買った/リッピングした楽曲の多くがiTunesにそのまま登録できず、iTunes Matchにもアップロードできない。そのため、再生頻度の高い曲だけ変換して登録した。
(3)については、機能/仕様面の制限ではない。しかし、サービス開始直後に多くの人がこの問題に“ハマった“のを見かけた。iTunes Matchは、手持ちのCDリッピング楽曲を、iTunes Storeのデータと照合(マッチ)し、同じものであればiCloudで“所有している”と判断。10台までのデバイスでの共有を可能にする。
しかし、このマッチ作業にかなりの時間がかかるのだ。
5月1日のサービス開始以来、1万曲以上のデータを登録し、数時間で完結したという人もいるが、「ゴールデンウィーク期間中を費やしても終わらなかった」という人も多数見受けられた。
データのマッチには、ライブラリ情報を集める「ステップ1」、iTunes Store上で配信楽曲とのマッチングを行なう「ステップ2」、アートワークや残りの曲をアップロードする「ステップ3」の3ステップを要すのだが、特にこのステップ2で、「〇〇曲中〇〇曲をスキャンしました」と出たまま止まってしまうことが多いようだ。
一応曲数は表示されるものの、あと「何時間」、「何分」といったプログレスバー表示は無い。また、特定の曲で数時間進行が止まっているようなのだが、どの曲で止まっているのかわからないので対処できない。そのためユーザー側でできることは、「一旦停止して再度マッチングを行なう」 or 「ひたすら待つ」だけだ。
筆者も1万曲弱のライブラリでマッチを試みたが、一向に終わりそうもないので、とりあえずiTunesの登録局を500曲強に減らしてマッチを行なった。2時間程度待っていても終わらないので、そのまま寝てしまったが、朝起きたらマッチが完了していた。
この作業さえ終われば、難しいことはないのだが、マッチに時間がかかることだけは、覚悟しておいて欲しい。
ダウンロード/ストリーミングでも共通の操作性
iTunesでの登録が終わったあとは、iCloud経由で各iOSデバイスの[ミュージック]アプリから、ストリーミング/ダウンロード再生が可能になる。同一のApple IDを利用することで、最大10台までのiPhoneやMac、Apple TVなどで共有できる。
今回はiPhone 5sを中心にテストしたが、iPhone 5sでもiPad 2でも、[設定]-[iTunes & App Store]から[iTunes Match]をオンにすると、iTunes Matchの楽曲に[ミュージック]アプリからアクセス可能になる。
iPhone 5sのミュージックを開き、アルバム/アーティストなどの楽曲リストからiTunes Match楽曲を探すと、曲名の右に[雲]のアイコンが表示されている。これはiPhone 5sのストレージにダウンロードされていないが、iCloudからストリーミング再生できることを示すアイコンで、楽曲をタップするとストリーミング再生が始まる。また、雲のアイコン部をタップするとiPhoneへの楽曲ダウンロードが開始される。
ストリーミングとダウンロードのいずれも256kbpsのAAC形式。ダウンロードの場合、iTunesに登録した際のファイル形式がMP3やApple Losslessであろうとも、iCloud経由でiPhoneにダウンロードしたものは256kbps AACとなる。
なお、[雲]が表示されるのは基本的に無線LAN環境。3G/LTE接続の場合は雲が表示されず、ダウンロードした曲のみが表示される。iPhoneの[設定]-[iTunes & App Store]-「モバイルデータ通信」をオンにすると、3GやLTE接続時も雲が表示され、ストリーミング再生できるが、なるべく控えた方がいいだろう。
というのも、常にストリーミングで音楽再生すると、通信帯域をかなり使ってしまうから。楽曲のストリーミングは256kbpsだが、多くのケータイキャリアの場合、月の通信容量はほぼ7GBに制限されており、これを超えると通信帯域に制限がかけられる。通信量は気にしないという人以外は、モバイルデータ通信を[オフ]にしておいたほうがいい。
ストリーミング/ダウンロードのいずれでも、操作方法は全く同じ。機能としてクラウドからの再生でもローカル楽曲の再生も、シームレスに統合されているためほとんど違いは感じない。音質についても大きな差は感じられない。
若干ながらストリーミング/ダウンロードの違いが出るのが、操作レスポンスだ。楽曲再生中にスキップを行なうと、ダウンロード楽曲は瞬時に次の曲に飛ぶが、ストリーミングでは1~2秒程度待たされることがあった。
ストリーミングでも、再生開始の10秒後ぐらいスキップ操作を行なうと、データのバッファリングが終わっているためか、瞬時に次の曲に飛ぶ。しかし、連続してスキップを行なうとやはり若干もたつく感がある。
もっとも、違いを感じるのはそれぐらいで、あとはクラウドの曲かiPhone上の曲かを意識することはない。とにかく、インターネット接続環境さえあれば、自分が所有する曲にいつでもどこでもアクセスして、再生/ダウンロードできるというのはとても魅力的だ。
また、Apple TVもiTunes Matchに対応。iTunesのライブラリ楽曲に自由にアクセス可能となる。ただし、Apple TVの場合は本体メモリへのダウンロードはできず、ストリーミング再生のみとなる。
iTunes Matchを使って、過去の低品質楽曲をiTunes Plus相当に
以上がiTunes Matchの基本機能だが、過去にCDリッピングした楽曲をクラウド経由でアップグレードできるというのも魅力の一つだ。例えば、昔リッピングした128kbps以下のMP3を、iTunes Plus相当の256kbps AACに置き換えられるのだ。
昔リッピングした128kbpsのMP3ファイルを例に解説しよう。iTunesに登録されている楽曲は、当然128kbpsのMP3で、その楽曲をもとにiTunes Matchを行なっている。iTunesとiPhoneを接続して、USBケーブル経由などで同期を行なえば、当然iPhoneにもMP3楽曲が転送される。ただし、iCloud経由でiPhoneに楽曲をダウンロードする場合は、iTunes Storeの楽曲と同じファイル形式、つまり256kbpsのAAC楽曲になる。
つまりパソコンでは128bkpsでリッピングした場合でも、iPhoneやその他のiOSデバイスでは256bkpsのAACファイルがダウンロードできる。この仕組みを応用し、パソコンの楽曲も一旦MP3楽曲を削除し、iCloudからダウンロードすると256kbpsのAACに置き換えられる。この作業を行なうことで、過去に構築した楽曲ライブラリを面倒なリッピング作業などなしに、iTunes Store楽曲相当にアップグレードできる。これもiTunes Matchの利点のひとつといえるだろう。
ただし、削除する際にiCloudの楽曲まで削除しないように注意したい。また、iTunes Storeにない楽曲もあるし、時折アルバム内の一部の楽曲のみiTunes Storeに無く、ライブラリの置き換えができないものもあるので、慎重に作業を行なって欲しい。
もうひとつの注意点は、Apple LosslessやWAVといった、256kbps AACよりも高品位な楽曲をiTunesに登録している場合、削除してiCloud経由でダウンロードすると、ライブラリの曲がAACになってしまう。iTunes Store配信形式よりも高品位なライブラリを構築している人にとっては、iCloud経由のフォーマット変換のメリットは無い。
さほど革新的でもないが、“こなれた”サービス
iTunes Matchは、過去に多くのCDリッピングを行なっていた人や、現在もCDレンタルや音楽CDを多く購入し、iTunesで楽曲を管理している人にとって、間違いなく便利なサービスといえる。とにかく「マッチの時間」だけは改善して欲しいが、それ以外の点においては、すでに海外の実績もあり、わかりやすく、使いやすいサービスに仕上がっている。
iTunes/iCloudライブラリとミュージックアプリがしっかり融合しており、ダウンロード/ストリーミングを意識せずに、自分のライブラリをいつでも/どこでもアクセスできるという体験は、数年前から考えれば夢のような環境だ。マッチ時間という課題を除けば、iTunesを使っている多くの音楽ファンにおすすめできるサービスだし、3,980円/年という価格も、現時点ではリーズナブルだと思う。
個人的な要望をいえば、最近購入する楽曲はハイレゾが中心で、CDもFLAC形式でリッピングしている。そのため、これらの曲でiTunes Matchの恩恵を受けられないのが残念だ。iPhoneでFLACを直接再生できなくてもいいので、iTunesに取り込んで、Matchの対象にしてもらえるとありがたいのだが……。
サービス全体の印象についても触れておこう。2011年のiTunes Match発表当時は、非常に“革新的”で“未来的”と感じていた。だが、2014年に日本で始まってみると、わりと“普通”で“こなれた”サービスという印象なのだ。
最近は、海外ではSpotify、日本でもMusic Unlimitedやレコチョク the BESTのほか、KKBOXなど通信キャリア系も定額制音楽配信を行なっており、様々なデバイスで大量の楽曲に自由にアクセスできるサービスはさほど目新しくない。また、2012年のiTunes 10.5/11以降、iTunes Matchで対応したCDリッピング楽曲以外のiTunes Store購入曲は、クラウドロッカー対応が実現されており、Matchの使用感もそれらと共通のため、サービスとしての新鮮さ、革新性は別段感じない。
使用感は「いままでどおり」だけど、ほぼ全ライブラリがクラウド化できるので「確実に便利」になる、というのがiTunes Matchの良さであり魅力だと思う。
おまけ:iTunes Matchを使ったあとに、ハイレゾ配信について思うこと
余談だが、iTunes Matchに触れることで、改めてiTunes Storeというサービスの完成度の高さや魅力も痛感した。
ハイレゾブームもあり、最近は筆者もハイレゾ音楽配信サービスを中心に楽曲を購入することが多い。しかし、それらの配信サービスの大半で、「ダウンロード回数制限」や「購入後一定期間が過ぎると再ダウンロード出来ない」などの制限が設けられている。
ハイレゾはファイルサイズも大きく、より多くの通信帯域を使うため、制限があることは自体は、頭では理解できる。ただ、iTunesの使い勝手の良さ、クラウドロッカーならではの「いつでも、どこでも」感に慣れると、その他サービスの使い勝手に不満を覚えてしまう。特に購入後1カ月など、一定期間以降は再ダウンロード出来ないというのはかなりストレスを感じる。
翻って、iTunes Store/Matchには、「ライブラリに常にアクセスできる」という安心感があり、それが所有感にもつながっている。トータルの楽曲管理のしやすさ、わかりやすさは、iTunes Storeの大きな魅力と感じる。
もちろん、ハイレゾ配信サービスには「楽曲の品質」という本質的な価値がある。ただ、楽曲の品質とともに、利便性、安心感という面でも進化を望みたいところだ。
また、iTunes Storeにおけるハイレゾ配信対応の噂も出ており、期待したいところだが、AAC 256kbpsとハイレゾでは帯域への負荷、サーバーへの負荷などが桁外れに違ってくる。6月に開催される開発者イベント「WWDC」でも、iTunes関連アップデートが噂されているが、果たしてこうした課題にAppleは応えるのことはできるのだろうか……