麻倉怜士の大閻魔帳

第25回

モノを語るな、未来を語れ。麻倉怜士がCESで惹かれた“ニューコンセプト”

一年の計は元旦にあり、一年のエレキはCESにあり。年初恒例、CESが今年もラスベガスで大々的に開かれた。毎年ここから仕事初めという麻倉怜士氏によると、今年のCESはニューコンセプト目白押しだそうだ。CESで視るべきは、電気製品という殻ではなく、モノに込めるテクノロジーや、モノがもたらす新体験。オーディオ/ビジュアルを問わず、そういうメッセージをあちこちで受け取ったという。そのワクワク体験、たっぷりと語っていただこう。

「ソニーバッジのクルマが出てきたぞ!」と大いに話題になった、2020年のCES。注目の「VISION-S」は後ほどじっくり

――CESが今年も大々的に開かれましたね。イントロダクションとして、まずは今年のCESが全体的にどういう方向性を持っていたかを教えて下さい。

麻倉:ラスベガスで年初に開かれるCESですが、この5年間くらいは技術やイノベーションを新しくするというところをテーマにしています。2018年に「コンシューマー・エレクトロニクス・ショー」から単なる3文字の「CES」へ名称が変わったことにも表れていますが、一方で9月にベルリンで開かれるIFAは“製品主体+技術”という違いがこれまでもありました。

これまでCESは例えばクルマ、IoT、ベンチャーなど、テクノロジーと、イノベーションに力を入れてきており、AV関係においては、例えばソニーはテレビの全世界対応モデルをCESで、オーディオはIFAで発表していました。もちろん今年も製品発表はあったのですが、それより技術のリニューアル/イノベーションがオーディオビジュアルの世界でも相対的に凄く目立っていたと思います。今回のショー全体の目玉となったソニーのクルマ「VISION-S」もそういう流れのひとつで、新コンセプトを掲げて新分野へ出ていくといった動きも目立っていました。

今年は例年になくニューコンセプトのCESだった、テクノロジーショーとしての性質が凄く出てきた、そんな印象が残っています。ソニーの発表会にしても新製品が目立たなかった。正確に言うと、展示はされたものの、プレスカンファレンスに出てこなかったんです。

――プレスカンファレンスのステージはどれだけ長くとも1時間。1トピックに割く時間は長くて20分で、必然的に披露するネタが絞られます。今回のCESでは、そういう“わかりやすいネタ”が主役にはならなかった、という事ですね。

麻倉:その通り。これまでのように具体的な製品を取り上げて「テレビの新モデルが出ました!」と言うよりも「技術を使って何が出来るか。これまで出来なかったことをやろう、合理化しよう」そういう方向性が凄く強く出ていました。その意味でも、ソニーのブース設計やプレスカンファレンスにおける提示の仕方、ブース内のプレゼンテーションなどが、ひとつ大きな流れになったのではないかと私は見ます。

CEメーカーで言うと、ソニー/パナソニック/サムスン/LGなどが挙げられますが、このうち韓国勢は従来路線を踏襲した製品主体の派手なカンファレンス/プレゼンテーションでした。対してソニーは先述の通り、あくまでも製品ではなくコンセプトと技術主体。吉田社長は「技術を背景にクリエイティブな世界を切り拓き、感動へ至る」というパーパスを掲げていて、これに沿って見せていたという様にひとつ感じました。

実のところ、昨年のCESにおけるソニーはあまり(かなり?)よろしくなかったんです。何かと言うと、あらゆる発表・展示においてハリウッドが主役となっていて、まるでソニーはハリウッドのために技術開発をしているのかという様に見えました。米国西海岸のショーなので致し方ない部分もありますが、平井前CEOが掲げていた製品重視主義とはあまりにかけ離れていたので、この“ハリウッドのためのソニー”には強烈な違和感がありました。今年はそういうところがほとんどなく、ソニーが主体的に開発した技術が、ハリウッドやクルマを含めてどんなフィールドを活性化させるか、そんな提案がなされていて、とてもメイクセンスだったと思います。

2020年CESのテーマは「ニューコンセプト」。モノからコトへ提案が移り変わっているのが、大きなポイント。ソニーの吉田社長もこの点を強調しており、例えばPS5の発表もロゴだけで、モノは出てこなかった

「数年後にテレビはなくなる?」パナソニック渾身のVRグラス

麻倉:この様に今回のCESを振り返ると、これからのAV(+IoT)が大きく変わるという期待を抱かせるものが多数ありました。製品レベルで大きく変わるという訳ではないですが、技術レベルが変わるので、10年先にどんなものが出てくるのかが見えてきた。それが面白かったです。

ビジュアル分野に関しては、近未来の映像に対するプレゼンテーションを、今年は2つ見ました。ひとつはパナソニックのVRグラスです。現状このジャンルは「VRなんて」という次元。今やっと盛り上がってきて、例えば旅行代理店のバーチャルツアーや、建築会社やインテリアショップのデザインプレゼンテーションなど、業務用のある分野で使われるようになってきたところ。ですが家庭をターゲットとしたエンタメで見ると、重い、大きい、画質が悪い(加えて音も悪い)という三重苦を背負っており、わざわざ自分で機材を買ってまで楽しもうという次元ではなく、会社の業務で使えと言うからいやいや使っているというレベルです。つまり「面白い」が“感動”の次元まで昇華できていないのです。

――安いものから高いものまで、私もそれなりの種類のVRグラスを観てきましたが、残念ながら映像体験として感動するものはひとつとしてありませんでした。

麻倉:その点パナソニックは将来を見ています。まもなくやって来るだろう5G時代になると高画質高音質のより大きなデータを高速でやり取り出来る様になるわけで、その中には8Kはもちろん、もっと大きな12K、16K、24K、32Kといった映像データだってあり得ることでしょう。そもそもなぜVRで画質が悪いのかというと、収録されている元の映像が360度全部合わせて4Kぐらいのデータだからです。VR映像は360度を常に視るわけではなく、視線を向けた視野角60度ほどしか視られません。つまり、4K映像の一部だけを常にトリミングしているという事になるわけです。これが映像ソース24Kくらいになると、視野角60度のトリミングでも4K/8Kくらいの映像が充分に確保できます。こうなればリアリティもうんと上がるでしょう。

VRの問題点はもうひとつ。視差を付けた左右独立映像を見せているので、立体感がしっかりとあるのは確かです。それなのに解像度が足りないため映像がボケボケで、頭が混乱するのです。現実の視界は解像度も高く立体感もある。対して今のVR映像は立体感しかない。この問題も先述の通り、ソースではなく視野映像の解像度が8KでVRが観られるならば解消されるはずです。

VR映像を楽しむには、画質以外に大きく重たい現状のVRグラスというデバイスも問題です。そこでパナソニックは「最終的にはサングラスにすればいいのではないか」という発想の提案をしてきました。その名も「VRグラス」。まず150gという重量が軽い。もう一声ほしいところですが、開発目標は100gくらいを設定しているようです。

パナソニックがVRグラスの試作機を発表。画質を中心としたビジュアル文化を長年牽引してきた同社だけあって、クオリティーの要求レベルが他社とは一線を画する次元

何よりも画質がものすごく良い。ソース解像度は11Kで、視野には2Kの映像が映ります。加えてHDRを入れたのも大きなポイントです。従来のVRグラスは、ボケてる/色がない/Dレンジが狭く黒浮き・白飛びする、という3要素が、画質を語る上で致命的でした。本製品ではHDRによってコントラストが飛躍的に高まり、生々しい映像になっています。さらに精細感についても、画素構造が視えない解像度にする工夫もなされています。

試作機の現段階で、重量は既に150g。製品化の暁には、もう一歩軽量化して出てくる予定とのこと

画質の要であるデバイスは、カナダ・コピンコーポレーションというメーカーのマイクロOLEDを採用しています。マイクロOLEDとは、従来の大型OLEDディスプレイの様にガラス板に有機ELを蒸着するのではなく、プロジェクターで使われるLCOSの様にシリコンウエハ上に超小型OLEDディスプレイを作るというもの。駆動回路と一体化した構造なため、動作がものすごく速い。そのため動きボケも心配ありません。音の面では、イヤフォンにTechnics「EAH-TZ700」でも使われた磁性流体ドライバーを採用しており、自然なキレの生々しい音が聞かれました。

VRでもARでもそうですが、これだけ画質・音質が向上すると、常にメガネをかけていても違和感がありません。開発にあたったパナソニックの小塚さんに話を聞きましたが「数年後にテレビはなくなる」という大胆発言が飛び出したりもしました。というのも、従来のテレビは空間の中で2次元を見ていたのに対して、こちらは空間そのものに入って3次元を観るわけです。こうなると当然映像文化も変わるはず。そんな期待がこもっているのでしょう。

肝心のコンテンツですが、今色んな分野でVRを使った作品作りがなされています。この辺がなかなか難しいところで、映画をはじめとした従来の映像作品は三人称の客観視点を平面に映し出していたところ、VRは視点が主観的になるので、ストーリーテリングの新しいノウハウが必要となります。100年前の映画人達がそうだった様に、今のVRは新しい文化のスタンダードを切り拓く挑戦が、ハード側にもソフト側にも、そして視聴者側にも必要なのです。そういう状況において本製品のような物が出てくると、本格的にVRを活用してより個人向けの映像を作ろうという話になってくると思います。

B2Bの様にお金が絡み「これで視たほうがわかりやすい」とハッキリしているところは、画質が悪かろうがVRが使われていました。でもやっぱり一般民生用となると、その次元ではダメなんです。

――そこの壁に切り込もうと思うと、やっぱりパナソニックやソニー、あるいはシャープや東芝といった日本メーカーの力が必要です。“画質”というのは人間の感性に訴えかけるもの。数字ではなく表現として画質を理解できる、開発できる力を持つ人達が作らないと、VRが継続的な文化の次元に進むことは出来ないでしょうね。

麻倉:日本メーカーの新しい方向は、大量生産では決してありません。その方向で勝負して、テレビは中国・韓国に敗北してしまった過去があります。人のココロをわしづかみにする究極は、コストダウンが目的の大量生産からは生まれないのです。その意味においても、新しい映像ギアが日本で生まれるというのが素晴らしいこと。画質マインド/クオリティマインドがあるからこそ、使ってみたいと思わせるものが出てくる。その意味で日本メーカーの切り口がありました。

浮かんでは沈むを繰り返してきたVRでしたが、パナソニックの場合は長年に渡ってテレビの画質をひたすらに突き詰めてきた人が作っています。「画質が悪いと許さないゾ」という人達なので、中国や韓国のITメーカーとは違い、元々のクオリティーに対するこだわりの強い人達です。そういう名手達が手掛けてこそ、ここまでのものが出来上がる。これは質にこだわるCEメーカーのパナソニックならではの物で、完成した暁には映像文化も変わってくるのではないかと感じさせます。

ソニーの「視線認識型ライトフィールドディスプレイ」

麻倉:近未来の映像に対するプレゼンテーション、2つ目はソニーの「視線認識型ライトフィールドディスプレイ」です。要するにアイトラッキングディスプレイで、概要を言うとセンサーで常に視聴者の目を認識しておき、そこへ向けてすべての情報を集めるという画面です。これを何に使うか、答えは裸眼3D。VRと同じく、ビジュアル文化における従来の評価は「ダメ」と言われていたジャンルでした。

3Dは例えばメガネが邪魔だとか、画質の面では垂直方向の解像度が半分になるとかというネガティブ要素があり、何度かブームが来たものの、尽く定着せずに過ぎ去っていたという過去があります。3Dの究極は裸眼3D、ですが毎年のNHK技研公開を見ていても、待てど暮らせど進展しない。このペースで商品化するのはとても無理でしょう。それはNHK技研以外の開発でも同様で、どれを見てもやはり不自然でした。

原因のひとつは解像度が低いこと。もうひとつは視野角が固定されていることです。ただでさえ低品質な3D画質なのに、スイートスポットが極端に狭い。そのため視点をちょっとずらすだけで二重像になってしまっていました。画質の観点で語るならばこれは破綻です。

「視線認識型ライトフィールドディスプレイ」

――二重像を抑えるために狭いスイートスポットで頭を固定する、それならVRグラスの方がまだマシではないか……。そんな考えさえ浮かびます。

麻倉:この様に従来の3Dはダメになる理由がハッキリしていました。その点17型液晶を垂直方向から裸眼で見る本製品はスゴいですよ。

まず視点をトラッキングしているので、どこから何を見ても大丈夫です。デモ映像はモーションキャプチャーのCGを使った、小人がダンスをしているコンテンツ。ダンススクールを上から見ている印象で、前から見ると前の景色が、上から見ると俯瞰の景色が見えます。視聴者の目に光を集中させるので、従来のものと比べて解像感が高く、立体感もありました。立体映像というとやはり「スターウォーズ」シリーズのレイア姫が連想されますが、あの様に被写体が画面から飛び出すのではなく、画面の向こう側に奥行きがある感じです。

実際の用途としてはVRコンテンツやCADなどの立体コンテンツ制作を想定しているそう。今回出てきた画面のサイズは17型でしたが、これは展示を見据えたもので、開発にあたってサイズはあまり関係ないそうです。

また、今回は画面周囲を囲うことで光の入り込みを防いでいましたが、これも技術的な解決ができれば大画面化につながる見込みです。

このアイトラッキングディスプレイ、従来は研究所が開発していましたが、今はテレビブランド「BRAVIA」の部隊に開発が移管されており、B2Bもやりますが、目標はあくまでBRAVIAとしては将来のテレビ。同社からはそろそろコレ向けの映画コンテンツを制作するという話も聞かれました。

――こちらもVRと同様に、100年前の映画人達の如く新しい文化のスタンダードを切り拓く挑戦が、ハード・ソフト・視聴者の三者に要求されているのでしょう。成功するかは未知数ですが、新しい映像文化の可能性として、その行く末を見守りたいです。

麻倉:これまでのテレビは画面サイズや解像度など数字の増加による右肩上がりで、スペック的、量的な拡大に邁進してきました。そんな2次元テレビは8Kで一つの完成形へ到達したわけですが、そうなると今度はこのタイミングで、パーソナルなVRグラスの世界、あるいはメガネの無い立体ディスプレイのイノベーションという高品位な世界が出てきたわけです。

もちろんプラットフォームやビジネスモデルも絡む話なのですぐの実用化とはならないでしょうが、それでも10年後くらいを考えると「あの時にああいうものが試作で出てきたから今があるんだ」というターニングポイントになる、そういう時期なのではないかと私は見ています。

VRに関しても数年前に脚光を浴びた後、盛り下がりました。3Dもそうで、2010年くらいに3Dブームが到来した後で盛り下がっています。その意味では人を楽しませる、コンテンツ的な必然性があり、でも技術が追いついていないというところがあるのでしょう。時間が経つと技術も追いついてきて、そうなるとより深掘りをする方向へと進むことが期待されます。

カーブドディスプレイが復活

麻倉:VRと裸眼3Dは未来のビジュアル・イノベーションでしたが、今度はほんの少し先の映像製品技術を見てみましょう。トピックはズバリ“カーブドディスプレイ復活”。LGディスプレイが来年OLEDをカーブドにするべく、新技術を開発しています。

――カーブドディスプレイは、2013年に彗星の如く現れて一気にテレビ業界を席巻するトレンドとなりましたが、ポール・グレイ氏を筆頭とするディスプレイサーチ社でも早々に「一過性のブームで終わる」という見解が出され、事実3年もするとほとんど新規製品を見なくなりました。民生品だと、今ではPC用ゲーミングモニターで細々と作られているだけですね。

麻倉:これもVRや3Dと同じ文脈で、カーブドディスプレイの失敗には理由があるんです。何かと言うと、コンテンツによって必然性の有無が異なるということ。つまり、映画はカーブドだと没入感が高まりますが(IMAXシアターなどは超特大のカーブドスクリーン)、ニュースをカーブドで見る必要は無いというわけです。

加えて現行製品がPCモニターだけというのが示す通り、カーブドは光が一点に集中するパーソナルディスプレイ向きの形状なんです。一人で観るには良いですが、複数人で観るには視野角を広く取れるフラットの方が良いのは間違いありません。

そこでLGディスプレイは考えた、曲面を固定化させず、欲しい時だけ曲げてしまおうと。つまりベンダブル、可変式カーブドディスプレイ。これはメイクセンスしているでしょう。特に大画面化した時の湾曲効果は大きい。ただしそれは没入型コンテンツに限っての話ですが。

OLEDは巻取りディスプレイや折りたたみスマホが出てきたので、一時的に湾曲させるくらいはどうってことありません。LGディスプレイが今提案していて、テレビとしての製品化は来年以降を見込んでいます。見る環境やシチュエーション、コンテンツなどに合わせて、フラットもカーブもどっちも使えるので、高級テレビの新しい付加価値としてこれは結構ウケそうです。出展された試作機はフラットと曲率1000Rのどちらかを選ぶという仕様でしたが、将来は曲率も無段階でボリューム調整出来ればいいですね。更にLGのOLEDはディスプレイから音が出る「Crystal Sound OLED」技術を持っていますが、画面が曲がれば音の集中度も高まるので、音的な効果もあるでしょう。

というわけで、新時代に向けて提案しているものは、実は結構昔から技術や発想が出ていたりするという話でした。以前のものを取り入れて脱皮をするというのが、今年は結構あったと思います。

曲がるOLEDディスプレイの話ではもうひとつ、LGディスプレイが未来の旅客機内装を提案していた。上級クラスの快適化がここ数年で一気に進んでいるが、同社の提案は “内壁全部OLED化”。映像で昼夜を疑似再現することによって長距離フライトでの生活リズムを極力保て、時差ボケを抑えることが期待できる

麻倉:映像デバイスという観点では、今回は実にバラエティ豊かでした。それどころか、色んなディスプレイデバイスが出てきて何が何だか分からなくなってきている様にさえ感じることも。ここでは各デバイスの状況を確認してみましょう。

まず2000年頃は液晶orプラズマがブラウン管に代わる主役の座を争っていて、そこへある時から白色OLEDが出てきました。今は何があるかというと、液晶、白色OLED、印刷式RGB OLED、マイクロLED、ミニLED、レーザーテレビなどなど。

――ミニLED?? 聞き慣れないデバイスですが、どんなものですか?

麻倉:これは一般的なLEDバックライトよりも高密度なバックライトを搭載する液晶テレビのことです。詳細は後ほど。

まず白色OLEDの最新トピックですが、前回のIFAでLGディスプレイのスイート内公開をしていた48型が商品化され、ソニーとLGから発売されたことが挙げられます。これまで大画面向けのOLEDは最小サイズが55型だったのですが、オーバー50型はそれなりに設置スペースが必要で、パーソナルな大画面はもうワンサイズ小さいものが欲しいところでした。

またOLEDは高級機ということもあって、リビングルームに1台という立ち位置のデバイスでした。48型の商品化によって、パーソナル大画面にOLEDが入り込む足がかりとなることが業界では期待されています。今度はもう一歩踏み込んで、“1部屋1台”を目指したいところです。

IFAの時も言ったことですが、8Kの開発を進めると4Kが小型になるというのは注目すべきポイントでしょう。今8K OLEDは88型が出ています。これを4分割して、単純計算で4Kパネルにすると44型に。次は77型8Kが出てくる予定ですが、同様の計算で4Kならば38型くらいのパネルになります。8K OLEDはもう一歩小さい65型も考えられていて、これを4分割するとおよそ32型の4K OLEDが一丁上がり、という算段です。こんな感じで、8Kの進展は4Kのコンパクト化を惹起するのです。

――30型台まで小さくなると、パーソナルユース向けのモデルが一気に出てくる予感がしますね。32型ならばテレビだけでなくPCモニターでの採用も増えそうです。

麻倉:一方でJOLEDは32型の印刷式RGB OLEDを出しました。従来はテストラインでの試作だったのですが、今回は石川県の能美事業所へ新たに設置した、27型と32型が取れる量産ラインです。ワンサイズ小さいですが、EIZOの21.6型OLED「Foris NOVA」はJOLED製パネルを使用しており、素晴らしい大人の絵を出しています。これが更に大きくなることが期待されますね。こういった感じで、大画面ファミリーユースだけでなく、大画面パーソナルユースもOLEDで脚光を浴びるのではないかと期待をしています。

印刷式RGB OLEDの量産が期待されているJOLEDが、32型4Kパネルの量産をスタート。これによって同社のラインナップは、21.6型/27型/32型の3モデルに拡がった。中型テレビにもいよいよOLEDがやって来るか

次はマイクロLEDを見てみましょう、これについては閻魔帳でも何度もリポートしています。デバイスの特徴としてはブロック状にユニットを積み上げるので、画面サイズやアスペクト比が自由自在というところでしょう。ソニー/サムスン/LGに加えて、今年は中国の康佳(コンカ)も参入してきました。

さほど大きなトピックがあるわけではないですが、この分野で画質世界一はソニーのCrystal LED「CLEDIS」。コレを使った映画撮影用のバーチャルスタジオがソニー・ピクチャーズで稼働しています。手前は実景で、大スクリーンにスタジオの風景を映すことでバーチャルスタジオ化するというもので、カメラをパンするとスクリーンの風景も変わる。そういうところまで景色を予め全部撮っておいて、上部のセンサーでカメラ位置をトラッキングし、リアルタイムレンダリングするという、裸眼3Dでやっていることの特大画面版です。

ソニーのCrystal LED「CLEDIS」を使った映画撮影用のバーチャルスタジオ

このCLEDIS、画質は飛び抜けて良いですが、4Kで1億3,000万円と値段もいいところがネックなんです。LEDの実装スパンがあるためなかなか小型化出来ないという課題も抱えていて、これを狭める新型を開発中だとか。その際にもっと安くなれば、直視型特大スクリーンという夢もご家庭へ……!? そんな夢を抱かせるデバイスです。

マイクロLEDディスプレイのフロントランナー、ソニー「CLEDIS」。画質も価格もずば抜けて高い製品だが、開発中の新型でサイズとコストを抑えることが出来れば、もっと活躍の幅が広がりそう

麻倉:先ほど疑問に挙がっていたミニLEDについて、少し解説しましょう。

ソニーのバックライトマスタードライブが先鞭をつけた高密度LEDバックライト液晶がその正体で、今回は4万個のLEDを使ったものが出てきました。要するにLEDをたくさん使ってローカルディミングのバックライト制御をより細かく分割しましょう、という単純な発想で、もちろんやればやるほど画質は良くなります。

TCLは2万5千個、長虹(チャンホン)は5千個のLEDを使用したものを展示していました。ミニLEDレベルだと、そのままLEDで絵を出すには粗すぎる(フルHDでさえ108万画素が必要で、現状のミニLEDでは3桁足りない)ので、あくまでバックライト用途です。これがもう1段階小さなマイクロLEDレベルまで来られたら、1画素としてのサイズになります。

いずれにせよこれは中国メーカーの戦略で、何故かと言うと新世代デバイスとされるOLEDは先行メーカーが強すぎて、今からやっても追いつけないからなんです。だったらOLEDをすっ飛ばして次のデバイスをやってやろう、ということで、LEDの微細化で新アプリケーションを用意した、という経緯です。

「ミニLED」の正体は、高密度LEDバックライト搭載の液晶テレビ。数千~数万個のLEDを使ったバックライトを、近頃の業界ではこう呼んで新ジャンルとしている
ミニLEDは液晶デバイスの生産が盛んな中国本土系のメーカーが力を入れている分野。康佳や長虹などのブースで、盛んにアピールされていた。液晶テレビにおける高画質化の切り札として期待されていた、2枚液晶のデュアルセル方式では、二重像をはじめとする問題が指摘されているので、液晶がこれからも生き残る道はミニLEDなのかもしれない

麻倉:デバイスバラエティというと、レーザーテレビの画質向上に驚きました。中国ハイセンスが展開していたレーザーテレビは、原理的に言うと光源にレーザーを使ったプロジェクターです。明るいところはどうしても光が足りないので、これまではダメ画質の代表格の様な存在でした。従来製品が画質評価に至らなかったのは単色(青+蛍光体)/2色(赤と青)のレーザー光源だったため。それが今回の展示では3原色レーザーを使用し、格段に色再現力が高まっていました。このレベルならば日本市場にも挑戦できるかと思います。

このジャンル、実はエプソンが同様の製品を出しているんです。エプソンの光源はLEDで、従来はB2B用途を見据えた展開でしたが、昨年にはB2C用途もリリースしています。中国は超大画面が好きですから、ハイセンスはプロジェクターと言うよりも超大画面テレビとしてブランディングを仕掛けています。これらのポイントは超短焦点プロジェクター。スクリーンは無くても良いレベルで、設置に場所を取らないので、プロジェクター普及の障害がありません。なのでうまく使えば容易に大画面を普及させられるでしょう。画質をここまで上げてきたのが、何よりも大きな評価ポイント。日本ならばシアター用スクリーンという切り口が妥当ではないでしょうか。

この様にいろいろな種類のディスプレイを今年は見かけましたが、デバイスにバラエティが出てきたのがビジュアル分野における今回のCESの総括というところでしょう。

ハイセンスは大画面テレビのソリューションとして、短焦点プロジェクターを使った「レーザーテレビ」を長年提案している。今回は3原色レーザー光源を採用することで大幅なクオリティーアップを遂げた
レーザーテレビはプロジェクターなので、設置環境に合わせて75型も100型も自由自在。日本ブランドではエプソンなどが同様の製品を展開しており、リーズナブルな大画面の普及に一役買うことが期待される

――やはり質が上がってきた、というところは大きいですね。決して安くはない買い物ですから、誰だって低質なものは使いたくありませんもの。

麻倉:「理論的には出来るはず」というところでモノはありましたが、「何よこの画質は」とズッコケるのが今まででした。それが数年経って改良を積み重ねることで、実用品としてかなりのレベルになってきた。まだまだ色んな可能性があることを感じさせます。

ビジュアル分野でひとつオマケとして、サムスン「SEROテレビ」も紹介しましょう。何かと言うとSNSアプリ「TikTok」をミラーリングして、大画面で見るもの。TikTokは基本的にスマホアプリなので、UIはタテ画面で開発されています。これをテレビでミラーリング表示すると両サイドが黒帯になってしまい、無駄なスペースが多く見栄えとしてもよろしくありません。

そこでこのSEROテレビ。スマホをタテにするとテレビが自動で90度ピボット回転します。映画を映すと自動で横アスペクトに。

――褒め言葉として、実に“おバカ”でいいですね。

麻倉:テレビの使い方はあるレベルまでクオリティードメインで進んできたわけで、次はテレビの多機能化です。過去にギャラリーテレビや壁紙テレビなどを提案してきた同社ですが、これもその一種で若者向けのアピールでしょう。TikTokのチャットはまだしも、Instagramとかならばまだあり得るかもしれません。この、今の若者が使っているスマホツールを大画面で観るという提案、「どうなの?」みたいなところはありますが(苦笑)。何はともあれ、今後の展開を見ていきたいです。

縦長画面のスマホを横長画面のテレビにミラーリングするとよく見られる、両サイドの無駄にだだっ広い黒帯エリア。そこでサムスンは考えた
ミラーリング元のアスペクト比に合わせて、自動でピボットする「SEROテレビ」。家族が集まるリビングの大画面でこの機能をどれだけ使うかは疑問だが、中型サイズをワイヤレスミラーリングと組み合わせると、一人暮らしの若者ユースなどにニーズはありそう

イマーシブオーディオで重要な展示をした「Dolby Atmosミュージック」

麻倉:ビジュアルの話が続きましたが、ここからはオーディオの話をしましょう。取り上げる話題はイマーシブオーディオ。ここ数年はビジュアル分野で様々な提案がされていますが、オーディオも実は新しくなっていて、その急先鋒がイマーシブオーディオの本格化です。今回最重要なのは、Dolby Atmosミュージックでした。

Atmosと言えば映画におけるイマーシブサウンドの規格というイメージが強かったですが、これを音楽に使ってみると実は凄く良い。映画「ロケットマン」のAtmosが良好で、そこにユニバーサルミュージックが目をつけ、ジャイルズ・マーティンがビートルズのSgt. Pepper’s Lonely Hearts Club BandのAtmosを手掛けてアメリカで上映したところ、観客が皆泣いて出てきた、とかいう話があったそうです。

これを受けてユニバーサルは数千タイトルをAtmosとして制作。この流れにワーナーなども追随しています。レコード会社にとってこの流れは旧譜の活性化につながり、それは巡り巡って新譜を制作する基礎体力にもなるのです。

――イマーシブオーディオの音楽における効果は、閻魔帳でもやりましたね。mic沢口さん率いるUNAMASの「The Art of Fugue」で、音場と音像が高度に両立し、バッハの音楽が現代技術によって再解釈・再構築された、という話でした。

麻倉:音楽におけるイマーシブオーディオの問題はデリバリー手段が無かったこと。ですが昨年末にAmazon Music HDが乗ってきて、6,000タイトルの一挙配信を開始しました。会場でもデモをしていましたが、機材はデノンのアンプ。最もお手軽な方法は24,980円のEcho Studioでしょう。ファイルフォーマットはFLACではないですが、スペックとしては96kHz/24bitまでに対応しています。

音楽におけるイマーシブというと、ソニーが開発した360 Reality Audioも見逃せません。こちらもすでにAmazon Music HDで1,000タイトルがリリースされていますが、問題はAtmosと違ってハードが間に合っていないこと。従来はスマホでの再生に加えて、ラジカセタイプの一体型スピーカーというデバイスがあり、今回の展示では昨年よりも確実にクオリティーが上昇していました。

この360 Reality Audio、ソニーのクルマ「VISION-S」で環境がインストールされていました。17個のスピーカーを導入し、そのマネジメントや調整もバッチリ。カーオーディオはクルマに合わせて音響空間を完全にカスタマイズ出来るため、360 Reality Audioと車載との相性は凄く良いです。

フォーマットを問わず、音源は元々マルチトラックで録られています。それをどう配置するかで、旧譜もイマーシブにすることは可能なのです。これはひとつ、新しい楽しみ方でしょう。よく知っていた曲が装いも新たになると、もっと面白い。そういう体験に、新しいオーディオが出てきたと感じます。

3D化の波はビジュアルだけでなくオーディオにも。ドルビーブースではAtmosフォーマットを使った音楽のデモ環境を披露し、イマーシブサウンドとの親和性の高さをアピールした

麻倉:同じ様な文脈でいくと、ビクター「EXOFIELD(エクソフィールド)」も注目です。頭部伝達関数(HRTF)を測定してユーザーに合った音場を作る技術で、従来は2chヘッドフォンだったのが、今回は7.1.4のイマーシブサウンド対応になっていました。その効果はテキメンで、音の広がりもさることながら、音の明瞭度が上がっています。

今回のポイントは頭部伝達関数の測定を大幅に簡略化したこと。HRTFの算出方法ですが、たとえはソニーの360 Reality Audioはスマホで耳の形を撮り、ジェネレックは動画で上半身を撮ってクラウドで演算します。ではEXOFIELDはと言うと、新方式は音のデータベースでマッチング処理をするんです。

これまでの測定では、まずユーザーが東京のビクタースタジオへ出向き、耳に超小型マイクを入れ、前面のスピーカーからパチパチというパルス音を出して、耳の中の音と音響特性を録っていました。対して新方式はヘッドフォンにマイクを内蔵。採集データとデータベースを照らし合わせて、近似値をあてます。このユーザー自身で測定ができるというのが大きなポイントで、物理的にビクタースタジオへ行く必要はありません。

――従来は測定とヘッドフォン込みで90万円という価格はもちろん、わざわざ東京へ来るというのが同システム導入における非常に大きなハードルでした。これはかなりハードルが下がったと言えそうです。

麻倉:演算に使うデータベースについては、ビクター社員を中心とした数百人のデータがライブラリとなっているそうです。しかも単なるマッチングだけではなく、関数の合成演算をして精度を高めていると。実際に聴いてみると、前方定位はあまり出ないものの、横と後ろがくると感じました。

製品としてはヘッドフォンとアンプ・専用DSPのセットで、想定使用シーンは映画や音楽など。これもイマーシブのパーソナル化です。今のところAmazon Music HDには対応していないですが、今後は音楽の立体化に対応してくることでしょう。

従来は音も映像も2次元だったのが、今回のCESではいよいよ3次元へ、映像の空間化、音の空間化という、空間再現の世界に足を踏み入れたと感じさせました。フレームの中で再現されていた映像が飛び出してきて、同時に音も生の音場そのものに自分が入ってゆく。絵も音も空間性をどう再現するかという次元に入ってきたわけです。これはまさにニューコンセプト。いよいよ立体の世界がやってくるか、期待して止みません。

ソニーのクルマ「VISION-S」

――先程チラリとソニーのクルマ「VISION-S」の話が出ましたね。今回のCESを通して一番の注目トピックはコレだったと思うのですが、先生はどう見ましたか?

麻倉:2020のCESを語るならば、やはりVISION-Sを取り上げないわけにはいかないでしょう。事前情報全くなし。ソニーブースのプレスカンファレンスステージが今回は扇型にかなりせり出していたので、何か変だとは思いましたが、最後の最後でクルマが出てきて皆びっくり仰天です。しかもそのクルマが凄くスタイリッシュでカッコいい。

このクルマ、ソニーのデザインをマグナ・シュタイヤがワンオフで生産したものです。ソニーから何十人も出張って、本番1週間前に完成。それをすぐに日本へ持ってきて、絵と音を調整。ギリギリのスケジュールでバックアップもナシという、なかなか綱渡りな展示だった模様です。

――車体の製造を担当したマグナ・シュタイヤ社ですが、クルマに詳しい方ならばピンと来た人も居るかも知れません。オーストリア・グラーツに工場を構え、コダワリのクルマをワンオフや少量で委託生産すること得意とする企業です。有名な車種としてはメルセデス・ベンツ「Gクラス」やプジョー「RCZ」等が挙げられ、近年ではトヨタ「スープラ」/BMW「Z4」の生産を担当していることでも知られています。

今回のCESの華「VISION-S」
車内に入って目を引くのが、ズラリと並んだディスプレイ。後席のエンターテイメントはもちろん、センターコンソールの車両制御や運転席のメーターパネル、サイドミラーに至るまで、デジタルで表示・制御される

麻倉:注意すべきは今回クルマを作ったからと言って、ソニーがマグナと組んで、自動車メーカーとして生産販売に乗り出す訳では決してない、ということ。では何故クルマなどという複雑で生産が難しいものを出してきたのでしょうか?

ここでまず押さえておきたいのが、ソニーは世界一のイメジセンサー生産などで知られるセンサーメーカーという事実です。加えて同社は車室空間のエンターテイメントシステム開発・訴求も見据えていて、360 Reality Audioもそのひとつに位置付けられています。

カーシェアリングをはじめとするMaaS(Mobility as a Service)が世界中で注目を浴びる現代、ソニーでは「モバイルからモビリティーへ」を掲げています。ですがデバイスだけを生産していては判らないことも多い。移動の世界でソニーは何が出来るか。“走る実験室”をクルマというパッケージとして実際に作ることで、どんな問題があり、どう開発を進めるかが見えてくる。それをセンサーやパーツ、あるいはシステムやソリューションなどの製品にフィードバックして、従来の延長ではない、新しい切り口のセンサーやエンターテイメントの使い方を発見して、いちはやくクルマメーカーに提案するのがミッションなのです。

ソニーはセンサーやエンターテイメント、デジタル処理の分野でクルマと関わりの深い企業でもあるため、思い切ってクルマそのものを“走る実験室”として造ってみた、というのが今回の経緯だという。パーツやパッケージングはもちろん、ウォークマンの高音質化音声処理や画像解析によるスチルカメラの被写体追尾能力向上など、ここで得られた知見は極めて多様な製品へフィードバックされることだろう

という事で、やってみたら大評判。記者会見でも注目の的でしたし、一般公開の時でも常に最も人集りができていました。それもそのはず、VISION-Sにはセンサー、エンターテイメントシステム、オーディオ、ネットワークなど、ソニーの一番良いところが集まっているんです。従来バラバラに発展してきた各部門がひとつになってシステムを形作る、これは実にソニー的な切り口でしょう。

加えてもうひとつ、車室内空間に対する考え方もこれで見えてきました。空間価値も同社におけるひとつのキーワードで、先述の通り360 Reality Audioとの相性はバツグン。ソニーは音も映像も空間価値を大切にしてゆく、そういう方向性をしっかりと見せてくれた展示だったと感じます。

いうわけで、まさにニューコンセプトのCESはたいへん面白かったです。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表

天野透