麻倉怜士の大閻魔帳

第24回

~finalイヤフォンから8K OLEDまで。果たして1位は!?~ 麻倉怜士のデジタルトップテン2019 後編

麻倉怜士の大閻魔帳、2019年のラスト1ページは、恒例のデジタルトップテン・上位5位(+α)。ビジュアル分野が並んだ前編に対して、後編はオーディオ分野からのエントリーがゾロゾロ。音の世界というのは、どうやらまだまだ広く深く続いているらしい。いずれ劣らぬスゴい音達が究極の音楽世界を目指してしのぎを削る中で、今年のトップトピックを勝ち取ったのは究極の……!?

桒形亜樹子「ルイ・クープラン: クラヴサン曲集」

番外編:桒形亜樹子「ルイ・クープラン: クラヴサン曲集」

麻倉:トップテンの後編はまず番外編からお話しましょう。取り上げるのは桒形亜樹子さんが演奏するチェンバロ作品「ルイ・クープラン: クラヴサン曲集」です。最近WAV 352.8kHz/24bit、DSD 11.2MHz他というフォーマットでリリースされた超高音質音源で、録音はヤンソンスの話でも名前が出た、元NHKの深田晃さん。

一般的な録音エンジニアはホールに着くと、まずパチンと手を叩いたりしてホールトーンの癖などの音響確認をします。これはオーディオルームでもよくやる事ですが、深田さんはそれをやらず、代わりに空間を数分ほど一瞥するだけです。つまり目視で内装の材質やサイズなどを確認して、まるで音を目で見る様に音響を想像・シミュレートするんです。

――目視で音響空間を脳内シミュレーションとは……職人技ですね。

麻倉:一般的にソロ楽器の録音において、最近の音源はディープな音が多い様に感じます。何かと言うと、会場の響きをしっかり収録して豊かなホールトーンの中に演奏を据える、というやり方です。これはどちらかというと響きが主体となりますが、その反面プレーヤーはどこか響きの奥に置かれるという印象を受けることもしばしば。イマイチな音源では、まるでお風呂の中で演奏しているようになっていたりさえします。

ですが深田さんは違います。直接音がはっきりと出ていながら、なおかつ響きが周りに出ており、響きと直接音がどちらもたいへんクリアーなのです。世間的に見て、響きも直接音も両方立っているという録音はなかなかないですが、深田さんはこの直/間のバランスが素晴らしく、間接音的な響きが凄く出つつ、直接音的なディテールがしっかりあるのが大きな特徴です。例えば藤田真央「passage パッセージ - ショパン:ピアノ・ソナタ第3番」。チャイコフスキー国際コンクール2位で注目を浴びた若きピアニストの演奏で、ホールトーンは豊かだけれど決して過剰ではなく、鍵盤感が実に明瞭です。

今回の音源は、木組みの街並みが世界的に有名なフランス東部の街・コルマールの、ウンターリンデン美術館で収録しました。ここはそれほどホールトーンが多いわけではないですが、録音ではしっかりと響きが入っており、なおかつ楽器の直接音が実に明瞭です。

――Dolby Atmosなどのイマーシブサウンドを使って、直接音と間接音を両立させている録音の例というのはいくつか見られます。例えばUNAMASの沢口さんや、WOWOWの入交さんによるイマーシブサウンドの音源は、この連載で過去に取り上げましたね。ですがそれを2chステレオでやってのけるとは。世の中には凄い人というのが居るものです。

余談ですが、ストラスブールの南にあるコルマール、花と運河の美しい街並みは「美女と野獣」「ハウルの動く城」「ご注文はうさぎですか?」といったアニメ・漫画の舞台として知られています。フランスとドイツが混在するアルザスの文化が色濃く残る街だそうで、僕も是非訪れてみたいです。夏にはジャズフェスティバルが開かれるらしいので、先生、IFA後にでも如何ですか?

麻倉:ぜひ、行きたい!!

――行きましょう行きましょう! っと、話が少し逸れたので戻して。この演奏は場所だけでなく楽器そのものも特徴的なんですよね。

麻倉:そうなんですよ。先日のインターナショナルオーディオショウではたまたま桒形さんとご一緒して、その流れで私のイベントにも参加してもらったんです。その時の話によると、演奏で使ったチェンバロは近年カナダ産の弦に張り替えたとのこと。なんでも大学の教授が趣味で作ったものらしく、音色が良いと評判を呼んで世界中からオーダーが殺到しているのだとか。これがまた凄くクリアではっきりとした音が出る弦なのですが、オーディオと同じで弦の張りたては音が硬いそうです。張ってから3年くらい経つと馴染んでくる、らしいですよ。

桒形さんの話では、同じ楽器による最近の録音を聴いたところ、なかなか調子が良さそうだったと。「今が録り時」ということで、収録に挑んだのがこの音源だそうです。ただし資金の問題は重く、今回は制作費をクラウドファンディングで募ったと話していました。いやはや、なかなか現代的な取り組みです。

インターナショナルオーディオショウでの一幕。たまたま居合わせた桒形さんが麻倉氏の講演に飛び入り参加し、制作秘話を語った

時代はアクティブスピーカーだ! 第5位:ソニー「SA-Z1」

――ではトップテンに戻りましょう、第5位は何を選びましたか?

麻倉:第5位はソニーがIFAで発表したニアフィールドリスニング用ハイエンドアクティブスピーカー「SA-Z1」です。

IFA前にアクティブスピーカーブランドのジェネレック本社へ行った関係もありますが、今年はこのジャンルを見直すことが多かったように思います。これまで日本のハイエンドオーディオ市場では、アクティブスピーカーの肩身が狭かった。アクティブではスピーカーにアンプモジュールを内蔵するので、アンプとドライバーの距離が縮まり、また小電流でネットワーク動作を行なうなど音は良いはずなのに、です。

なぜかと言うと、オーディオショップから見るとアンプが売れない、ユーザーから見るとアンプとの組み合わせを楽しめないんですね。こういった趣味としての視点で見るとアクティブスピーカーはいささか窮屈で、居場所を獲得し辛かったわけです。

ニアフィールドリスニング用高音質アクティブスピーカー「SA-Z1」

――ですが従来デメリットと見なされてきたこの様な特徴は、見方を変えると「スピーカーとアンプを別で用意する必要がない」という利点にもなるわけで、人によっては「組み合わせ要素が減る分だけ購入時に考えることがシンプルになる」「両者が同一筐体なので価格的にも比較的お手軽になる」「アンプの置き場所が不要でスッキリとしたインテリアプランを立てられる」といったメリットに映りますよね。

麻倉:実際問題として、音楽の楽しみはお部屋で腰を据える重厚なものから、いつでもどこでも聴けるより手軽なものに変遷しています。そうなった時に、生活の中に入り込むスピーカーというものは絶対に必要なのです。音楽を聴くソース環境も、物理メディアからストリーミングサービスなどへと劇的に変わってきています。Amazon Musicがハイレゾ音源の配信を初めたこともあり、いつでもどこでも良い音で聴ける状況になってきているのです。

そのような社会状況において、本機の様なアクティブスピーカーはミニマルなインテリアに絶妙にマッチします。その上で音が良ければとても気持ち良い気分になれる。ニアフィールドリスニング向けの小型で音の良いアクティブスピーカーというのは、いわば時代が求めたオーディオ機器のスタイルと言えるわけです。

音のインプレッションはIFAリポートの後編でお伝えした通り、高級ヘッドフォンによるリスニングを意識したかのような、精緻で細部表現に長けたもの。面白いのは先述のジェネレックと本機は音の性格が対照的ということで、あちらはホワッと浮き上がるような自然さで、浮力が付いたように出てきます。いわば、アナログ的なナチュラルサウンドです。

対してこちらは直接音が凄く、身体に浴びるように精緻な音が出ます。どちらもクオリティは高いですが、こちらはデジタルの粋を集めた音を出す、と言えるでしょう。これはどちらが良い/悪いというのではなく、音楽の好みに合わせてお好きなスタイルを自由に選べば良い。アクティブスピーカーというジャンルにおいてその選択肢が現れた事は、これからのオーディオを占う上で非常に重要な事なのです。

音質2倍、トラブルも2倍。潮&麻倉、魂のアナログ盤 第4位:小川理子「BALLUCHION」78rpm LP

麻倉:第4位に移りましょう、取り上げるのはUAレコード「BALLUCHION」の78回転LPです。この78回転という挑戦ですが、実は元々今年の秋に出そうと計画していました。ですが諸々の事情でスケジュールが遅れており、現在のところは来年1月のリリースを見込んでいます。

小川理子「BALLUCHION」78rpm LP(デザインは製作中のものです。製品版では変更される場合があります)

――僕が最初に音を聴いたのは、確か6月でしたっけ。早稲田大学で夏と冬の年2回、DSDによるデジタルオーディオをテーマにした「1ビット研究会」というものが開かれていますが、そこで披露されたテスト盤が初試聴だったと記憶しています。

麻倉:この78回転、何が凄いかと言うと、とてもシンプルに“音が良い”のです。アナログレコードは回転数が多いほど線速度が速くなり、単位時間あたりの情報量が増えます。例えば一般的な33回転とEPシングルに多い45回転とでは、後者のほうがDレンジやF特が伸びて音が良くなるのです。

――同じ時間でより長い距離の溝を使う訳ですから、その分情報量が増えるわけですね。デジタルで言うと、単位時間あたりのサンプリング数が増えて音が滑らかになる、という効果と同じです。加えてアナログの場合はより細かい振動も正確に刻めるようになり、結果として高音の質も上がります。

麻倉:これと同じ理屈で、33回転と78回転なら回転数が2.15倍違うので、F特もDレンジもおよそ2倍良くなる、という理屈です。

良いことづくめに見える78回転LPですが、大きなウィークポイントがふたつあります。ひとつは同じ盤のサイズで収録できる時間が短くなる、ということ。単位時間あたりの線速度が上がるという事は、同じ時間を記録するのにより長い溝を要するという事でもあります。LPサイズで言うと、33回転と78回転では倍以上の線速度差があるので、有効記録時間は半分以下。BALLUCHIONの場合は片面1曲、両面合わせてもA面「Oh lady be good」・B面「Smile」の2曲しか入りませんでした。

実用上ではこれも確かに問題ですが、私にとってそれより大きかったのは“トラブルも2倍”ということ(苦笑)。とくに厳しいのがセンタリング、つまり偏心の問題です。溝の微細な振動を針で物理的に読み取って微弱な電気信号に変えるという原理上、アナログレコードは極めて繊細なメディアです。偏心についてもJISで規格化されていますが、78回転を制作する場合はJIS規格よりはるかに厳しい精度が要求されます。数値で言うと0.0%、つまり全く無しでないといけません。もし少しでも偏心があるとどうなるかと言うと、音がピヨヨヨ~ンとグラついてしまうのです。実際にこのトラブルが出てしまい、BALLUCHONはカッティングスタジオで3回、東洋化成で更に数回やり直ししました。

その他線速度が速いと盤の反りも問題になります。ですが、再生時の針圧は33回転環境と同じで問題ありません。テスト盤の試聴イベントは既に何度も開いていますが、少なくとも針圧で問題になったことはありませんでした。

それで肝心の音はどうかと言うと、これをかけるとほぼ例外なく、演奏後に拍手喝采を受けます。先日も中国・広州のオーディオフェアでテスト盤をかけてきたのですが、演奏が終わると皆一様に驚いた様子で、自然と拍手が沸き起こりました。

オーディオ的な観点で言うとF特の伸び、過渡特性が凄く良くなります。例えばトップシンバルの音の立ち上がりは、78回転の方が断然上に伸びます。アコースティックベースの低音のキレ感も新鮮で、リズミカルに立ち上がり、なおかつリズミカルにエネルギーが放射される感じがします。そういうところのキレや弾力性、リズミックな部分が格段に良くなるのです。加えてピアノの鍵盤の立ち方、剛性感がものすごく垂直に上がる。それまでだとちょっと角度がついた斜めだったのが、78回転は垂直でものすごく急に立ち上がって急に収束するイメージです。

一般的な感覚で言うと、CDから真面目に作られた33回転LPにメディアを変えると凄く音が良くなります。でも33回転で満足してはイケマセン、33回転で聴けない音が78回転にはあるのです。少しでも早くに皆様へお届けするべく、1月にまず小川さんのBALLUCHONをリリース出来るよう制作を進めております。更に3月までには、情家さんの「ETRANNE」も78回転化の予定です。BALLUCHONはPyramix環境によるデジタルレコーディングのアナログメディアですが、ETRANNEはスチューダー「A800」を使った76cmアナログテープマスターを使ったアナログメディア。こんなオーディオ的視点も我々UAレコードの特徴です。他にも色々と面白い仕掛けとコダワリを詰め込んで作っているので、凄く音が良くなるはずです。乞うご期待!

インターナショナルオーディオショウでテスト盤を披露する様子。実はこれ、桒形さん飛び入りのすぐ後の出来事

イヤフォンが到達したハイエンドオーディオの境地 第3位:final「A8000」

――続いていきましょう、第3位は何でしょうか。

麻倉:第3位はfinalブランドのイヤフォン「A8000」です。先日発売されたばかりの新作ですが、こんな上質な、ハイエンドな、粒子が細かい、なおかつ生命力に満ち溢れたイヤフォンサウンドは聴いたことがないです。これまで大小様々なメーカーのイヤフォンを聴いてきた私ですが、これはちょっと次元が違う、明らかにハイエンドな音がします。

ミドルエンドの音、というのは割とありふれていて、それなりに手に入れることが出来るんですけれど、音の世界においてハイエンドはちょっと違うんです。何が違うかを米国スピーカー市場で言うと、例えば出てくる音の粒子の細かさ、音の軌跡の曲面性、階調感の細かさ、生以上の演出性がある。ハイエンドの音とはこういった形容が出来ます。A8000にはそれに近い形容が可能です。従来各社が頑張ってきた水準をヒョイと越えてしまう。下から頑張って上に行くのではなく、生の音から来ている様な感じがします。

苦節5年、今のfinalの全てを注ぎ込んだイヤフォン「A8000」。これからのオーディオのトレンドはどうやらタイムドメイン、つまり時間的に微細な表現を突き詰めることになりそうな予感がする

――そこはfinalブランドとして最も力を入れて研究開発をした部分なんだそうです。近年のイヤフォンは例えば「低音が強い」とか「ヴォーカルの艶」みたいなアピールポイントを持ったモデルが多かったですが、同社の研究によるとこれらはだいたい音圧周波数特性をいじることで操作できるらしいんですね。でもって、これらはエンジニアリングよりユーザーの好みを追いかけるマーケティングの色合いが強い。A8000の開発目標は「音圧や周波数特性の操作では実現できない音」だったと、細尾社長は話しています。それが時間応答の良さに由来する「トランスペアレントな音」、だそうです。

実のところA8000って、モノとしては3年ほど前の時点で既にだいたい完成していたそうです。でも出来上がったイヤフォンの出音を裏付けるだけの理論的な説明がどうしても出来ない、そこの究明に3年もかけた、と発表会で明かしていました。そうして研究を重ねるうちに行き着いた答えが“振動板の素材は内部損失が高くて音速の速い物が良い”という、オーディオの常識として昔っから語られている結論だったんですって。

要するに「振動板は入力信号に敏感に反応しつつ、入力が止まったらすぐに振動を止めてね」という事なんですけれど、そういう特性が最も良さそうなのが本製品の大きなトピックである純ベリリウムドライバーだったんです。細尾社長は「研究による音速重視の結論で、決してマーケティング的な結果ではない」と念押ししていました。

麻倉:ベリリウムはオーディオドライバーとして昔から有名な素材ですが、従来は別素材のフィルムにベリリウムを蒸着させて作っていたため、基本はフィルムに使った素材の物性が出ていました。しかし今回は純ベリリウムドライバー。音的にも全く違います。

具体例を挙げましょう。情家さんの「チーク・トゥ・チーク」では音の表面の磨き方が凄く良くて、ところどころトゲがあり、なおかつそれが光っている。そういう細かいところがキチンと出ています。例えばブラシの立ち方、ベースのキレ、山本剛のピアノの細やかな表情感など。演奏の目線で見ると山本剛のピアノというのは凄く上手くて、1音1音に表情が付いていると同時にフレージングに抑揚感があり、そこから光彩感が出てくるんです。そういう山本剛の持っているワン・アンド・オンリーのピアニズムが、このイヤフォンでは凄く出てきます。

ヴォーカルに耳を向けると、麗しさ、上質さを感じます。単にクリーミーにキレイにするのではなく、リアリティを持ちながら粒立ちを上質にしている。そこに綿密な感じを受けるのです。音楽が持っているウキウキ感、生命感が表現されており、音が練られていて鮮度が高い、あるいは階調感があるとかいう物理的なところに加えて、音楽の愉しさや生命感がよく出てきました。

クラシック音源としてモーツァルトのクラリネットトリオを聴きましたが、こちらは音場感が凄く良いです。カナル型のイヤフォンなので前方音場はなかなか出てこないですが、鳴りが不自然ではない感じで、頭内定位より少し耳に近いところに定位します。この“音場感が良い”というのはまず、音場の中における音像がハッキリ見えているということ。音場の横への広がりや、手前への響き感や奥行き感という距離感が出ていること。それからもうひとつ、重心が低いことを意味します。情家さんもそうですが、重心が低いので安定していて、そこに様々な音が乗る。安定的な音の構図になっているのです。

グスターボ・ヒメノ/ルクセンブルク・フィル「マーラー4番」は、冒頭のハンドベルが音場の深くから出て、そこから響きが全体に広がる。これも素晴らしかったです。音場の透明感が凄く高いのも聴きどころで、質感の麗しさ、ヌケの良さもある。それと同時に音像の具体感が良いので、空気が澄んでいて、その中に各パートが確実に存在します。更にもうひとつ、この演奏はチェロが風のような低音で良かったです。ゴツゴツしておらず、低い風が爽やかに吹いてくる様な感じがする。ピチカートも素晴らしくて、弦を弾く直接的な撥音感と鋭い音が、綺麗な音場の中に滑らかに拡がってゆく、そんな拡散感がたいへんよく出ていました。

昨年のヘッドフォン「D8000」に続いて素晴らしいサウンドです、まだまだ研究開発が続いているそうなので、今後もたいへん期待したいです。

音楽家が聴こえるCD 第2位:MQA-CD

麻倉:第2位はMQA-CDです。MQAについてはこの連載でももう何度も取り上げており、ここ数年のオーディオ業界における最大クラスの技術革新と言ってよいでしょう。

――英国Meridian Audioの創業者であるボブ・スチュアート氏が開発した高音質オーディオフォーマット、およびその符号化技術ですね。大きな特徴は「Music Origami」と呼ばれる符号化技術によって、可聴外帯域のデータを畳み込むこと。それとMQAが「時間軸解像度の向上」と表現するデジタルフィルタリング技術「De-Blur(デ・ブラー)フィルター」によって音の滲みを取り、より精細な音表現を可能としたことです。時間軸信号の補完・修正は音源制作時に使用したA/Dコンバータにまで遡るため、MQAエンコーディングには制作環境の機材情報などが必要。それ故に名前を「Master Quality Authenticated(マスター品質保証)」と呼ぶわけです。

これらを組み合わせることでMQAはハイレゾレベルのデジタル音源データをCDサイズにまで小さくできて、なおかつ一般的なハイレゾPCM音源よりも滲みの少ない、澄み切った音を出すことに成功しています。

麻倉:こういった特徴を上手く活用したのがMQA-CDです。その可能性に早くから注目をしていたUNAMASや2Lといった高音質にこだわりを持つレーベルがまずMQA-CDを採用し、昨年にはユニバーサルミュージックが名盤100タイトルを一挙リリースしたことで、オーディオ業界で大きな注目を集めました。

では今年はと言うと、ユニバーサルに続いてワーナーミュージックがMQA-CDに参入し、大手レコード会社のサポートがグンと広がりました。両社のMQA-CDは高音質素材を使った“UHQCD”を採用し、レーベル面も音質が向上すると言われている緑色の“音匠仕様”という、高音質3点セットの「ハイレゾCD」シリーズとして展開されています。店頭で見られる一覧カタログもそっくりで、実はユニバーサルとワーナーでお互いに乗り入れしているんです。

ワーナーのリリースタイトルから、シャルル・ミュンシュ/パリ管弦楽団の「ブラームス:交響曲第1番」を、CD盤と聴き比べてみましょう。2011年リマスター音源を使用しており、CDの時点で既に高い水準の演奏を聴かせています。

フランスでやるドイツ物は、アルザス出身のミュンシュを体現していると感じます。演奏は70年代の、コンセルバトワールから解体されてパリ管が発足した頃のもので、オーケストラの人たちも凄く燃えているんです。例えばテンポが遅くとも緊張感が途切れない、小さな音でも爆発力がある、クレッシェンドの盛り上がりは単に音が大きくなるだけではなく、音楽的な体積が大きくなる。こういったところがCDでもしっかりとわかります。

ところがMQAになると全然違う。まずレンジ感が広がって、弦の倍音が凄く出てきました。特筆すべきは音場の見渡し感。CDでも無いではないですが、どちらかと言うとCDは木管/金管/弦といったパートの固まりが鳴る感じがします。それがMQAは更に細分化され、弦の中でも何人居て、各楽器の混声が聴こえる。

この分離感はオケのサウンドを感じる上でとても重要です。例えばフルートの音、オーボエの音が個々にある中で、木管がかたまって演奏する、つまりアンサンブルをすると、そこで新しい音が出てくるのです。CDの場合、アンサンブルで出来上がった最終的な音が聞こえてきますが、MQAではその前段階の、フルート/クラリネット/オーボエ/ファゴットというところが合成して、新しいサウンドになる、その様子が判ります。しかも奏者が奏でる楽器はそれぞれ違い、いろんな倍音を出していて、それがオケのサウンドになるわけです。CDでは聞こえてこなかったこの前段部分が、MQAでは凄く聞こえてくる。こういったアンサンブルはオーケストラを聴く醍醐味と言えるでしょう。

MQA-CD新規参入、ワーナーミュージック・ジャパンのリリースタイトルをズラリ。ミュンシュ/パリ管から中森明菜まで、ラインナップの幅はかなり広い
今回のMQA-CD企画に携わった、ワーナーミュージック・ジャパンの通島和伸さん

――隣で試聴させてもらいましたが、凄く音楽的な音がすると感じます。学生の吹奏楽でもそうですが、今の解説の様な“パートによる音の合成”という部分は、演奏者としては神経を尖らせるところなんです。「演奏を形作るのにどうやってパートの音をまとめるか」50人、100人の楽団皆がそんな事を考えて演奏する。プロ・アマのレベルを問わず、それが本物の音楽家による合奏です。

そんなところを聴こうと思った時、CD(の音)は“パートとして合成された音”がスタート地点で、その上でオケの音が出る。つまり音楽家一人ひとりは潰れてしまいます。対してMQAはその一歩手前、各楽器・各奏者の音がまずパートとして合成されます。楽団は一人の音楽家が集まっているというのがスタート地点になる、それがものすごく明快に判るんです。やはりMQAの特徴である空間の厚さの違いでしょう。音楽を大切にすればするほど、ここの違いは魂の次元で違いを見せてくるはずです。

麻倉:良いこと言うね。そう、音色の幅が大きく変わってくる、当然、音楽そのものの幅や懐の深さも違う。これはMQAにおいて重要な要素ですね。そういった様子はドナルド・フェイゲン「I.G.Y」でも確認できます。

アルバム「The Nightfly」は、オーディオファイラーの間ではあまりにも有名な“耳タコ音源”。天下の名盤として、ありとあらゆるフォーマットで出ていますが、今回は比較として2017年リリースのSHM-CD盤も聴きました。多くの人にリファレンスとして親しまれ続けているだけあり、この時点で「何か文句ある?」と言わんばかりのサウンド。そもそも元がとてもクリアで、オーディオ的な品位の高さ、クオリティの高さが感じられます。音楽的にも、ドナルド・フェイゲンの持ち味とコーラスとの対比感が出ていて、透明感もある。「コレで良いじゃないか!」と言いたくなるところです。

でもやっぱりMQAは出音が全然違うんですね。SHMは確かにキレイですが、部分部分の集合体が最終的な音になっていて、マルチチャンネルを集めた感じが判る。対してMQAは追求するところが、楽器から出る、声から出るという様にもっと深くにあって、ある部分というよりも音の原点から出てくると言う感じがします。

まず違うのは、音がとてもクリアで、解像度が高いということ。細かいところまで見えると言うよりも、音のエネルギー感・エモーション感の、粒子のサイズが違います。MQA盤から見ると、SHM盤は粒子がちょっと大きい。それはそれで良いんですが、MQAは音の粒立ちが細かく、なおかつ一粒一粒が独自のエネルギーを持っています。例えばトランペットの音などは、SHMで聴くと横に流れる感じ。MQAはフラットに切れるのではなく、音の表面が凸凹のテクスチャを持っていて、その粒子がとても細かく、なおかつ響きのエネルギーを持っている様子です。

フィーチャーをしている訳ではありませんが、縁の下の力持ちとしてギターのオブリガートもリアルで良いですね。その点で言うとリズムの切れ方も正確です。MQAは時間軸解像度が高いという特徴がありますが、それが音にそのまま表れるというだけでなく、音のキレにくる。つまり時間が正確に刻まれているという事がよく判るんです。SHMもSACDも、それぞれのキャラクターを持った音がしますが、でもやっぱりMQAはそういうのとは次元が違う、音楽の細かな本質が出てくる様に感じます。

――聴き比べてみると、MQA盤にはドナルド・フェイゲンのヴォーカルに明らかな色気があります。冒頭のシンバルを一発叩いた音ひとつを取っても、そこに艶めかしさがあり、音楽が凄く印象的でドラマチックに聴こえます。

麻倉:あとエレピのアルペジオも良いですね、色気があってゾクゾクくる感じです。“色気”というのはMQAにおけるひとつのキーワードでしょう。言い換えると音色が増える。従来はモノクロームの単色だったのが、赤や緑の色が付いて音色が増えるんです。特にドナルド・フェイゲンの様に元々色気で迫る曲は、より色濃くなるイメージです。

一方先発のユニバーサルはと言うと、昨年から数えて200タイトルが既にリリース済み。ナット・キング・コール、コニー・フランシス、パット・ペイジ、イヴ・モンタンなど、10月・11月に予定していたポピュラー音楽編は1月へリリースが延期していますが、9月には小田正和率いるオフコースの15タイトルと、イージーリスニング編が登場しました。

そのラインナップはと言うと、ポール・モーリア、マントヴァーニ、サム・テイラー、ビリーボーン、アルフレッド・ハウゼなど。イギリス、フランス、ドイツ、アメリカなど、世界中から集めたアナログ時代におけるイージーリスニングの名盤です。実はこれ、今から6年前に出た「ラブサウンズプレゼンツ」シリーズをMQA化したもの。アルバムタイトルも曲目も同じで、今回のものは352kHz/24bitの音源を折りたたんでいます。

ワーナーは88kHzや176kHzなどがありますが、ユニバーサルは全て352kHzで統一されています。ワーナーでアナログ音源から起こしたハイレゾマスターは192kHz/24bitの PCM。理想はもちろんアナログマスターからのダイレクト変換ですが、大元のアナログマスターはおいそれとは触れないくらいの貴重品、とのこと。この辺に見られるレコード会社ごとの方向性の違いも興味深いところです。

イージーリスニング編から、ポール・モーリア「恋は水色」を聴いてみましょう。マジックのテーマ曲として「オリーブの首飾り」が今でも有名なポール・モーリアですが、私の印象ではリズムがすごく良い。ゆったりとした長いメロディに対して、リズムは金管で刻むのが大きな特徴で、これはバロックから古典派にかけての時代は楽器の機構が未熟な時代の音の使い方です。例えばベートーヴェンの交響曲第7番第4楽章など、金管にはほとんどメロディが無く合いの手を入れるだけ。ポール・モーリアはこれに似ています。マルセイユ音楽院を主席で出ていることもあり、察するに相当なクラシックの素養があったのでしょう。

――改めて聴いてみると、演歌や歌謡曲のバックオケを思わせるリズムの刻み方です。こういうところから日本の歌謡曲はこの音楽を勉強していったのかな、と感じました。

麻倉:それはあるかもしれませんね。フランスのイージーリスニングが日本で大ヒットしたのは70年代ですが、当時のアイドルポップスが確かにそうでした。

恋は水色からは、編曲の妙、楽器使いの妙を感じます。音楽的にはホ短調→ホ長調→ホ短調と流れるのですが、このシンプルな転調も上手く使っていて、調による音色の違いが楽器編成の違いでも出てきます。ポイントは色んな楽器が持ち味を活かしてメロディを奏しているところ。それから和声的な重奏感がどう出てくるかというところ。これらははじめから演出してあるので、CDでも基本的な音楽的・和声的構造などは“わかる”んです。ですがMQAではその“わかる”の度合いが更に深くなります。分析的にも深くなり、サウンド的にも気持ち良くなる感じがします。

CDでは全体に金属調があって硬いところがあるのですが、MQAはしなやかに柔らかくなって、温かいラブサウンドで包まれる感じがします。最初の弦のオブリガートを聴いても、CDの場合は華麗な感じなのに対して、MQAではしとやかな感じでひっそりと出てくるといった違いがあり、中でもチェンバロの立ち方や質感が良いですね。発音原理上チェンバロは絶対にこんな大きな音は出ない(それ故に音量操作ができて音量も出るピアノに取って代わられていった)から、収録か編集かで音量を操作しているはず。それでもチェンバロらしい典雅な、古風な感じ、ちょっとした寂しさを視聴者にもたらします。チェンバロが出るパートはマイナーな場面で、メジャーな場面は弦が主体になる。そういう違い、編曲の妙みたいなところが、MQAだと対比感でよく出てくるんです。

背後でやっているタンバリンもMQAならよくわかるし、主題の2奏目に出るオーボエも実に豊かです(ここでオーボエを持ってくるのもポール・モーリアの凄いところ)。オーボエは楽器的にそもそも哀愁を帯びた音色なので、そういう意味でホ短調に合う、でもやっぱり輝き感もある。あと弦のブリリアントさは素晴らしく、特に立つ感じがします。CDではちょっと金属調で耳につくんですが、そういうところがMQAではしなやかになって、弦の麗しさが凄く出てきました。そこに加わるハープのアルペジオもよくわかります。

一番素晴らしいと感じたのは、メロディを追想する中間の場面です。右のチェロがメロディを弾き、左の弦がオブリガードで絡む、この左右の対比がMQAで聴くとゾクゾクする。ステレオ効果を最大限活かした録音であり、編曲であり、曲調であるのがこの演奏です。MQAでその魅力が更に倍増していました。この様にMQAで過去の名盤を出すということは「今に伝えるオリジナルの音楽性」というところがあるわけです。アナログで、CDで、SACDで、様々な楽曲が様々なメディアでリリースされている楽曲ですが、オリジナルの音楽性、はつらつとした感じがMQAでもう一度蘇った。今MQAで過去の名作が出るそんな意義を、特にポール・モーリアでは感じました。

もうひとつ、MQAでは「演奏会で聴いているような空気感がある」と最近、感じています。ビックロでウイルヘルム・フルトヴェングラーとアンドリス・ネルソンスのMQA-CDのイベントをしましたが、その時の感想ツイートを紹介しましょう。俳優の丸井大福さん(イヤフォンおじさん)は「いやぁー、凄かった! 演奏会で鑑賞したくらいの充足感と心地良い疲労感。素晴らしい演奏がMQAによって更に磨きが掛かり生命力が宿った様でした」と書かれたんですけど、それに対して私は「MQAだから演奏会をその場で、その空気の中で聴いているような心地好い疲労が得られるのではないでしょうか。時間軸が演奏会と同じだから。リニアPCMでは感じない素敵な疲労感はまさにMQAだからか」と返事しました。このへんは来年の研究テーマですね。

画質ラバーの夢、8K OLEDテレビの顕現 第1位:LG「88Z9PJA」

――2019年のカウントダウンもいよいよあとひとつです。今年の大トリ、第1位は何でしょうか?

麻倉:では発表しましょう、第1位はLGの8K OLEDテレビ「88Z9PJA」です。飽くなき画質への追求において、8KとOLEDという究極の組み合わせがついに出た、という点はやはり見逃せません。本年のトップトピックに推すのに、これ以上の理由は不要でしょう。

LGの8K OLEDテレビ「88Z9PJA」

裏話をすると、これを出す時にLGは色々と考えたそうです。何かと言うと、8Kチューナーがスケジュールに間に合わない。正確に言うと、技術的に不可能ではないですが、8Kチューナーを内蔵するとターゲットにしていた価格で収められなかったんです。8Kチューナー無しで出すべきか、内蔵チューナーの開発を待つべきか。かなり悩ましい選択ですが、LGの答えは「今出した方が良い」。と言うのも“OLEDのLG”というブランドには賞味期限があることを、皆理解していたんですね。日本ブランドが8K OLEDを出してから製品投入しても、勝負としては厳しい。ならば日本ブランドが出す前に自社製品を出すべきじゃないか。1番初めに出すことに意味があるという意見に推されて、市場投入にゴーサインが出ました。

本製品の良さは、8Kの画素の細かさとコントラストの関係にあります。画素が増えれば階調が増える、そのためにコントラストがものすごく必要で、ここでしっかりとしたコントラストを画素単位で持てるOLEDの良さが活きてくるのです。きっちりとしたコントラストが取れるのであれば、そこに色と階調が付いてくるので、その意味でOLEDは8Kの理想として市場から要求される、というわけです。それがたとえ、チューナー無しだったとしても。

実際のところ、シャープの比較的低価格な8Kテレビ「BW1」シリーズも、8Kチューナーは付いておらず、その分かなり安くなっているのが大きな特徴です。こういった価格と需要の関連性は非常に大きく、将来に渡って使えるのであれば、ある程度価格が安くなった時が買い時だと言えるわけです。市場を見渡してみると、8Kチューナー内蔵製品はまだかなり高いですが、例えばチューナーなしの8Kエントリーモデル「BW1」は、60型モデルが店頭価格35万円ほど。ハッキリ言って1年前では考えられない価格です。

確かにこれでは買って直ぐにBS 8Kを視聴することは出来ませんが、チューナーは外部接続で後から足せますし、BW1は元々後から8KチューナーをHDMI接続するよう設計されています。チューナーなしならばここまで安くなる訳で、一般的に高嶺の花だった8Kだって実は結構手を出しやすいんです。

そもそもテレビの使用サイクルは10年単位で考えるべきでしょう。ひとつ絶対に言えるのは「4Kテレビでネイティブ8Kは絶対に観られない」という事。たとえチューナーが無くとも、8Kディスプレイのテレビを買っておけば、将来的にチューナーを足すことで8Kは観られます。もちろん4Kならば今すぐ楽しめます。更に4Kに対しては、8Kテレビはアップコンバート機能が活きるんです。これは2Kの時にもあった話で、チューナー搭載前の4Kは「究極の2Kテレビ」として君臨していましたし、昨年サムスンが海外投入した“8K入力不可の”8Kテレビは「究極の4K画質」と宣言をしています。

――近年のNHK技研公開を見る限り、この後すぐに16Kだとか立体テレビだとかへ行くことは、まずあり得ません。つまり当分の間8Kの世の中が続くわけで、それを考えると、長く使える事はテレビにとってとても重要です。

麻倉:こういった理由から、今8Kチューナー非搭載の8Kテレビを買うことは、非合理的選択では決してありません。今すぐ8Kの恩恵を受けられる上に、長く使えるという意味でも、市場性は充分にあると言えるでしょう。もし迷っている人が居るならば、素晴らしい8Kワールドの扉を思い切って開いてほしい。画質文化の豊かさを知る者として、そう深く願います。付け加えますと、私の想定ではいよいよ1月にHDMI 2.1が正式に発表される見通しですね。これで8Kもケーブル1本で伝送できるようになるはずです。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表

天野透