本田雅一のAVTrends

濃さや趣味性に回帰するオーディオビジュアル

薄型TVバブルの終焉とAV趣味のサブカルチャー性

 このところメルマガ(MAGon)もあって、なかなか連載を進めることができていなかったが、少し間の空いた期間に感じたことを今回まとめておきたい。AVのTrendとはちょっと違う話になるが、オーディオやビジュアルだけでなく、様々な分野にも共通する話なので、少しお付き合い頂ければと思う。

 このテーマのきっかけは、実はニコニコ動画(niconico)を運営するドワンゴへの取材だった。この取材は東洋経済新報社から出版予定の「ニコニコ的。(仮題)」という電子版専用のミニ書籍のために行なったものだが、ここで「ニコ動には3,400万会員がいますが、会員が好きな分野はばらばらで、ひとつの分野に限ると凄く少ない人しか興味を持たない。しかし、小さくとも深く刺さるテーマなら、そこに集まる人達の情熱はとても高くなる」という趣旨の話がでてきた。

 このテーマから、取材はニコニコ的なビジネスの組み上げ方や、物事の捉え方などへとつながっていくのだが、取材を終えてみると、実は“ニコニコ的”な話というのは、決してもう若くはない僕らの世代(40代)や、あるいはAVという製品ジャンルの黎明期にもあったのだと気付かされたのだ。

愉快なものだからこそ、その対価を支払いたくなる

'99年発売のソニー「AIBO ERS-110」

 まだソニーのAIBOが実験的試作だった頃。ある展示会で外装もついていない犬形ロボットについて、AIBOの産みの親となる土井利忠氏に「これを何に使うのですか? 僕らはこのロボットから何が得られるのでしょう?」と質問すると「ソニーがコンシューマ製品で成功してきたのは、世の中や生活の役に立たない製品を作ってきたからですよ。コンシューマは役に立つものはお金を払おうとしません。でも娯楽性を得るためには、お気に入りの度合いに応じて製品にいくらでも投資をしてくれるんです」という答えが返ってきた。

 今から思い返しても、とても青臭い質問で他人に話をするのは恥ずかしいエピソードである。役立つ製品は文字通り、目的がハッキリしていて、その目的を達成するために必要な機能や性能があればいい。性能や機能が不足していれば競争になるが、どちらも充分となってしまうと、終わりのない価格競争へと入っていき、製品も進歩しなくなる。

 それに比べれば、エンターテインメント製品は、元より機能や性能ではなく、娯楽性という尺度の満足度に対して対価を支払っているのだから、きちんと価値を高めることに投資をし、作り手が拘って欲しいと思える製品を作れば、自ずと利益を生み出し、消費者もより良い製品を手にすることができる。

 もちろん、あらゆるケースで話がそう単純ではないことも確かだ。きっと「ソニーは今、少しぐらい高くても金を出してでも欲しい製品を作っているのか?」というツッコミも入るだろうが、もちろん、ここではソニーだけの話をしているわけではないが、少し例え話に引用しよう。

ソニー「VPL-VW1000ES」

 筆者のようにホームシアターを構築している僕の立場からすると、VPL-VW1000ESやBDZ-EX3000、TA-DA5800ESなどソニーの高級AV製品は、プライスタグを見失いそうになるぐらい、充分な魅力を備えていると思う。

 あるいは別の消費者層からは、これら高級AV製品が旧世代の、魅力もないのに値段だけが高い製品、と見えているかもしれない。いくら画質がいいからといって、映画を投影するプロジェクタに160万円を支払うのはバカげているという感覚は、ホームシアターに興味を持たない普通の人にとってごく当たり前の感覚だ。

 しかし、VPL-VW1000ESの映像に惚れた消費者にとっては違う。こんな製品が欲しい、いやこんな映像が発売されたら、なんとしてでも手に入れるのに……。そう考えてきた人にとって、160万円の価格はとても安い(時代や製品の構造が違うとはいえ、かつてホームプロジェクタのハイエンドは600~800万円もしていたことがある)。

 実用品には機能ごとの値頃感があるが、真に人の欲望や心地よさを満足させる製品やサービスに対しては、“コストパフォーマンス”という言葉は無意味ということでもある

BDZ-EX3000
TA-DA5800ES

原点を忘れるべからず

 筆者はとても多くの分野でジャーナリスト、あるいはコラムニストとして記事を書いてきたが、その中には趣味性が極めて重要な分野がとても多い。AVもそうであるし、個人向けパソコンもそう。カメラも該当するだろう。これらは今でこそ、個人向けデジタル商品の主流を占めているが、そもそもが”サブカルチャー的”なメインストリームからは逸脱した趣味だった。

 新しい分野を切り開く黎明期、性能も機能も使い勝手も不十分な製品は、しかし、その分野に取り憑かれた者たちに、猛烈な渇望感をもたらし、良い意味での妄想力が進歩を促した。くだんのソニーなどは、まさにそうだ。

 電機製品が生活を豊かに便利にしてくれ始めていた時代。エレクトロニクスの力を、まるまる娯楽のために使おうなんて、とっても贅沢な話だったはずだが、アナログ信号処理とメカトロニクスの力で、次々に新しいエンターテインメントを産みだし、ついにはホームエンターテインメントという産業分野までに発展した。

 特にテレビという、どの家庭にもあるお化け商品に、薄型・大型化と高精細化、それにデジタル化というトレンドがやってきて、大画面化とフルHDへのトレンドから、まるでAVという趣味がマス向けのカテゴリのように思えたほどだ。

 同じようにパソコンも、汎用コンピュータという目的が明確ではない、なんでもできるけれど、そのままでは何もできない商品が、インターネットへの接続とネットアプリケーションの発展というメガトレンドの中で、いつの間にか、誰もが当たり前に買う家庭向けデジタル製品のひとつとして捉えられるようになってきた。その中で趣味性は失われ、シンプルな道具として薄味になっていった感がある。

 ものが売れない時代と言われるが、なぜコンシューマは、これまでその製品を愛でてきたのか。少しぐらいなら高くとも、値差なんか気にせずに良いものが欲しいと思えたのか。今さらマス向けの製品をやめられるわけではないが、なぜみんなあれほど、その分野の製品を欲しがったのか、原点に立ち返るべきだろう。

 少しばかりコストをケチって残念な部分を残すぐらいなら、作り手自身が持っている“これが欲しい”、“こんなものを作りたい”という欲望を満たせる製品にすべきなのだ。たとえ完璧を狙った最上位製品が売れなかったとしても、そのコンセプトを引き継ぐ中位モデルを欲しがる人は少なくない。少なくとも、道具なんだからローエンドでいいや……という消費者以外には注目される。

マスしか見ていない製品やサービスは“イケてない”もの

 上記は“上位製品への憧れが下位モデルに与えるシャワー効果を最大に的な話”だが、それはあくまで取り組むべき最初のステップだ。趣味性の高い製品を作るなら、次の段階としてもっとユーザーニーズに肉薄せねばならない。

 昨今のAV製品は、そこの部分に欠けるようになり、結果として(進化しているようでいながら)魅力を失っている側面もあると思う。

 “ユーザーニーズ”というが、ユーザーニーズを幅広いユーザーアンケートから調査しても、あまり有益な情報は出てこない。たとえばブルーレイレコーダ。昨年前半まではテレビ買い換え需要に乗ってたくさん売れたブルーレイレコーダを、幅広い一般ユーザーが使う家電製品として調査を行なっても、出てくるニーズは既存機能の延長線上にしかない。

 もっと現実を見るならば、ブルーレイレコーダ、それもきちんと利益を出せる上位モデルを好んで買ってくれているお客さんには、アニメファンがとても多い。レコーダだけでなくブルーレイソフトも、その売上げを支えているのはアニメファンだ。一般的な映画の販売とは異なり、アニメのパッケージソフト売上げは、その多くがブルーレイだ。

 もちろん、絶対的なユーザー数という意味でマジョリティかどうかはわからない。むしろ、割合としては少ないのかもしれないが、彼らの存在感は数以上のものがある。もっとも熱心に使っている人達なのだから、もっと大切にするべきなのだ。徐々に「アニメモード」のような、画質面でアニメをよりキレイに見るための仕掛けが盛り込まれているが、機能や使いやすさの面での進化は、実のところあまりない。

 これは筆者自身の反省でもあるのだが、ブルーレイソフトを熱心に買っている消費者にアニメファンが多いなら、彼らがなぜそんなに面白いと思っているのか、なぜ高画質で見たいと思うのか、実際に見るべきだと思う。同時にブルーレイレコーダの企画・開発担当者も、アニメファンがどんな使い方をしているのか、身をもって(単に作業としてだけでなく自分自身も楽しんで)アニメの録画・管理・再生を体感すべきなのだ。

 筆者自身は映画ファン、音楽ファンが行き過ぎて、どこで道を間違ったかこのような記事を書かせてもらうようになったが、ジャンルによる好き嫌いこそあれ、アニメも元々嫌いではなかった。少しずつ情報を集め、ブルーレイソフトを買ってみたり、録画予約、録画後のコンテンツ管理などをしてみると、それまでとは違った視点でレコーダの機能が見えてくる。

 実際にやってみるまでは、新作・再放送含め、これほど多くのアニメが深夜帯に放送されていることを真剣に考えたこともなかった。ネットや情報誌を見ながら整理し、予約重複なども考慮しながら管理するだけでも、なかなか骨が折れる。

 録画コンテンツが溜まってきたり、アニメ録画生活も数クールを経てくると、新作のチェックなどで従来とは違う切り口の予約検索もしたくなってくる。ツイッターでアニメタイトルのアドバイスをくれた方が、好きな声優が出ているアニメの自動録画機能が欲しいと話していた。筆者ならば、制作スタジオや制作に関わっている人といった視点で、予約検索をしたい。もちろん、そうした視点で録画番組をデータベース化してくれればなおいい。

 まったくのアニメ初心者である筆者が考えることなど、おそらくずっとこの不便な状態で使ってきたユーザーは、とっくの昔から考えていただろう。もっとも熱心に製品を使ってくれているだろうユーザー層の期待に応えられるのか。100%の完璧な機能でなかったとしても、常に改良を積み重ねながら、彼らの方向をきちんと見据え作ってれば、きっとそのブランドのファンとして応援してくれるようになるだろう。

趣味性を追求すべきなのはメディアも同じ

 もっとも、メーカーだけを批判すべき問題ではない。AVメーカーが幅広い消費者に対する訴求を強める一方で、AVオタク的な画質や音質に対する議論にシャイになってしまっては問題だ。

 AV Watchのような専門メディア、そして筆者のように様々なジャンルを跨がっているものの、すべて趣味性の高い記事ばかりを書いている。そんな立場の人たちが、一般のオーディエンスすべてを対象としてみて、濃さ(オタク度の、専門性の、趣味性の、なんでもいいが、どこまでこだわれるかの濃度)を失ってしまうようでは、そもそもの立ち位置を失う。

 どんなに取材を多くして広い知識や経験の中から記事を捻り出そうとも、そこから出るアウトプットの中身が薄ければ、もっと趣味性が高くその分野が好きな人が書いた「ピーン」とくるブログの方がはるかに熱心なファンが付いてくれる。もし、熱心なファンではなく、幅広い人達に訴求したいならYahoo! Japanなどのメガポータルの方が、ずっと読者数が多いのだから、そこに専門媒体や記者の活躍の場はない。

 さて、なぜこのようなことを書いているかと言えば、筆者自身の自己反省的な側面もある。テレビ事業の拡大とともに、やや“バブル”的に盛り上がった面は否定できない。ここで今一度、AVファンとしての原点に、自分自身も立ち返るべきなのだろう。

本田 雅一