藤本健のDigital Audio Laboratory
第725回
Raspberry Pi 3で簡単にDTMできる? DAW「Tracktion Waveform」で音を出す
2017年6月5日 12:29
イギリス生まれの小さなコンピュータ、Raspberry Pi(ラズペリーパイ)。5,000円程度で買える手のひらサイズの小さなコンピュータでありながらも、インターネット接続が可能で、オフィス系のアプリも一通り使うことができるなど、かなりのパワーを持ったシステムだ。
個人的には初代Raspberry Piを2014年に買って少し使っただけだったが、その後ハードウェア自体もRaspberry Pi 2、さらにはRaspberry Pi 3と機能・性能的にも進化してきている。最近ではRaspberry Piを用いたハイレゾオーディオ再生といったことも話題になっている一方で、Raspberry PiをDTMに使うユーザーも時々見かけていた。そんな中、先日Windows/Mac用のDAWの一つ、「Tracktion Waveform」がRaspberry Piに対応したという情報を得て、気になっていた。対象機種がRaspberry Pi 2およびRaspberry Pi 3とのことだったので、改めにRaspberry Pi 3を購入して、本当に使えるものなのか、試してみた。
Raspberry Pi 3を簡単にDTMで使える?
電子工作や電子楽器などを含む、あらゆる“自作”のものが展示されるイベント「Maker Faire」などに行くと、よく見かけるのがArduinoとRaspberry Pi。ロボットの心臓部にあったり、各種機器の制御部に存在しているが、Arduinoのほうは工作とプログラミングが前提となるため、スキルがないと使うのはなかなか難しい。一方のRaspberry Piのほうは、基本的にはインターネット上にある各種プログラムをインストールすれば使える機材であるため、われわれアマチュアユーザーにとってもハードルは低くなる。
実際、Raspberry Piでソフトウェア音源を動かして、小さなシンセサイザとして使っているケースも見てはいたが、やり方について聞いてみると、その環境を再現するには、コンパイルが必要であるなど、ちょっと一筋縄ではいかないようで、断念していた。
ところが、先日、国内でも正式発売された米TracktionのDAWソフト「Waveform」は、Windows、Macはもちろんのこと、Linux=Ubuntu、さらにはRaspberry Piまでサポートしているというのだから、これはチェックしてみたくなる。Tracktionは、この連載においてもちょうど10年前にTracktion 3というバージョンを取り上げたことがあったが、ここで取り上げるWaveformはTracktion 8にあたるバージョンで、今回から名称をWaveformと改められた。
Tracktionは、以前からUbuntuには積極的に取り組んできており、Tracktion 5でベータ対応、Tracktion 6から正式対応していた。そして、今回のWaveformで初めてRaspberry Piにも対応したのだ。その対応機種としてはRaspberry Pi 2とRaspberry Pi 3となっているため、筆者が持っている2014年購入の初代Raspberry Piは対象外。5,000円程度の安い機材ではあるので、プラスチックケース付きのモデルを一つ購入してみた。
詳しくない方のために簡単に説明すると、Raspberry Pi 3は、クレジットカードサイズの基板の上に、CPU、メモリ、グラフィックス、オーディオ、USB、LAN、Wi-Fi、Bruetoothなどの機能を一通り備えた小さなPC。HDD/SSDなどのストレージは備わっていないため、microSDを入れて使う形になっている。電源はmicroUSB端子から供給し、ビデオ出力用にはHDMI端子が搭載されているので、これを接続するとともに、USBにマウスおよびキーボードを接続すれば、まさにPCとして使えるようになる価格からは信じられないほどの機能・性能を持った機材なのだ。
CPUはWindowsやMacのマシンが採用するIntelのものではなく、スマホが採用しているARMのもの。といっても、64bit クワッドコアARM Cortex-A53というものなので、それなりにパワフルなはずではあるが、ほんとにDAWが動くほどのものなのかは、ちょっと心配にもなるところ。なので、これがまともに使えるか、ソフトウェア音源やエフェクトがホントに動くか確かめている価値はありそうだ。
Waveformをインストール。サポートOSに注意
Raspberry Pi 3を使うためには、まずはmicroSDにOSをインストールした上で、Raspberry Pi 3に挿入してから電源を入れて起動する必要がある。そのmicroSDへのインストール自体はWindowsやMacから行なえる。具体的には、Raspberry Piのサイトに行って、OSのイメージファイルをダウンロードした上でDDというツールを用いてmicroSDにコピーすればいいのだ。Raspberry Piの公式OSであるRASPBIANをダウンロードした上で、DD for windowsというフリーウェアを用いて、16GBのmicroSDカードに書き込んでみた。
これをRaspberry Pi 3にセットして電源を入れてみると、ほとんど迷うこともなく、OSが起動してくれた。LANケーブルを接続してみると、Webへのアクセスなどもできるので、さっそくTracktionサイトに行って、Raspberry Pi用のWaveformをダウンロードしてみた。
ちなみに、Waveformはフリーウェアではないため、購入が必要。Waveform(実売価格12,800円)、Waveform Plus(同18,900円)、Waveform UltiMATE(同24,800円)と3つのグレードが存在するが、Raspberry Piで使うことだけが目的であれば、一番下のWaveformで十分。というのも3つのグレードの違いはプラグインに何が付くかの差でありDAW自体は同じ。そしてPlusやUltiMATEにバンドルされるプラグインは現時点ではRaspberry Piに非対応であるため、どれを購入してもRaspberry Piで利用できるのはDAW本体のみだからだ。ちなみに、1つ購入すれば、それをWindows、Macで使用すると同時にRaspberry Piでも利用可能となっている。
さっそくTracktionサイトからRaspberry Pi版のWaveformのインストーラをダウロードして、インストーラーを起動。すると、なぜか「Failed to install file」というエラーが表示されて、インストールできなかった。Tracktionサイトを見てもインストール方法などはまったく記載されていないし、いろいろ検索しても、ほとんど情報がなく、行き詰ってしまった。が、改めてWaveformの動作条件を見てみると、ハードウェアはRaspberry Pi 2またはRaspberry Pi 3であると同時に、サポートOSとしてUbuntu MATE 16.04と書かれている。つまり、RASPBIANではいけなかったのだ。
先ほどのRaspberry Piサイトをよく見てみると、公式OSであるRASPBIANと、インストーラのNOOBSを使う方法のほかにサードパーティーOSとしてUbuntu MATE、Snappy Ubuntu Core、さらにはWindows 10 IOT Coreといったものまで用意されており、いずれも無料で入手できるようになっている。そこで、先ほどのRASPBIANは一旦なかったことにして、改めてDD for Windowsを用いてmicroSDカードにUbuntu MATEをセットして起動した。
RASPBIANと比較すると、かなりインテリジェントなOSになっており、起動時に日本語設定などもほぼ自動で行なってくれるので、なかなか快適。Ubuntu MATEの基本的設定方法などはWebを検索するといっぱい出ているので、そちらに譲るが、ここでは再度、Waveformのダウンロード、インストールのところからいこう。
今度は、インストーラを起動するとエラーもなく、スムーズに進み、なんの問題もなく終わった。メニューを見ると「サウンドとビデオ」の中に「Waveform8」というものが入っているので、どうやら成功したようだ。
このWaveformを選択すると起動し、オーソライズのためにTracktionのIDとパスワードを入力すると、無事に認証された。
見た感じはWindowsで使うのとまったく変わりないようだ。まずは音が出るか試してみようと、ちょっと使ってみたのだが、どうもうまくいかない。オーディオデバイスの設定をしていないから当たり前かなとSettingsメニューからAudio Devicesをチェックしてみると、まずAudio device typeはALSAになっているのでOK。
OutputとInputが「Playback/recording through the PulseAudio Sound server」となっている。すでにUbuntu MATEとして音が出るのは確認できているので、この設定でいいはず……と思ったのだが、どうにもダメ。手当たり次第、ほかの設定も試してみたがうまくいかないのだ。もっとも、DTMをする上でRaspberry Piの標準オーディオ機能に頼るつもりはないので、ここでオーディオインターフェイスを接続してみることにした。
USBクラスコンプライアントなデバイスであれば認識するだろうと、とりあえず手元にあったSteinbergのUR22mkIIを接続してみると、USBバスパワーでUR22mkIIのランプが点灯したので、うまく動いてくれているように見える。この状態で、改めてWaveformのSettingsの画面で見ると、UR22mkIIが認識されているので、入出力ともにこれを選択してTestボタンをクリックすると、しっかり音が鳴る。
ただ、画面をよく見ると、右上に雷マークがチラチラと表示される。これは何だろうと思って検索してみると、どうやら電力不足が原因とのこと。そこでUR22mkIIに別途USB電源で電力供給してやると、雷マークは表示されず、安定して動作するようになった。
FM音源を再生。MIDIキーボードも試した
MIDIトラックにFM音源をセットして、マウスでキーボードをクリックしてみると、ちゃんとシンセとして音が出て演奏できることを確認。確かにDAWとして動いているようだ。
さらにオーディオトラックを作成してギターを録音してみると、こっちもバッチリ。これに、ディレイやコーラス、EQなどのエフェクトをセットしてみると、ギターを弾いた音にエフェクトがかかった状態でリアルタイムにモニターできる。想像していた以上に、しっかりしており、Windowsで使っているのとまったく同じ感覚で利用できる。
ここでデモ曲をダウンロードして再生してみると、確かに鳴るのだけれど、プチプチと途切れてしまう。CPUメーターも振り切れているので、これはオーディオバッファサイズの問題だろうと、デフォルトの512サンプルから最大の6,144サンプルに変更してみると、今度はうまく再生できた。やはり、IntelのCore i7などと比較すると非力なCPUであるため、仕方ないところなのだろう。
次に試してみたのがMIDIキーボード。これも手元にあったUSBクラスコンプライアントなデバイスであるコルグのnanoKEY2を接続してみると、すぐに自動で認識された。ここでWaveformのSettingsのMIDI Devicesを確認するとnanoKEY2が見えるので、これをEnableにした上で、先ほどのFM音源をセットしたトラックの入力として設定してみると、MIDIキーボードを弾けば、まさにシンセサイザとして音が出る。トラック一つだけであれば、バッファサイズを最小の16サンプルにしても鳴らすことができた。ただ、音数を増やしていくと、多少無理もあるようなので64サンプルくらいに設定すると余裕も出てきそうな感じ。これなら十分実用範囲内といっていいだろう。
ここで、なぜかうまくいかなかったのがMIDIトラックへのデータ入力。筆者の操作方法にミスがあった可能性が高い気はするのだが、nanoKEY2からのリアルタイムレコーディングがうまくいかず、ピアノロール画面でペンツールを使ってもうまく入力ができないのだ。デモデータのMIDIトラックを開くと、そのMIDIノートは修正可能なのだが、やはり新規ノートが入力できなかった。一方で、オーディオのレコーディング自体はまったく問題なくできたので、記録そのものができないというわけではなさそうなのだが……。
もう一つうまくいかなかったのが日本語化。Waveformは、各種メニューが英語表示されているほか、ポップアップでの機能説明も英語で表示されるのだが、これを日本語にすることもできる。この際、言語として日本語を選択する一方で、フォントを日本語フォントに変更する必要があるのだが、その日本語フォントが見つけられなかった。Ubuntu MATEのデフォルトのままでは入っていないのかなと思って、別途いくつかフォントをインストールしてみたのだが、どうもWaveformのフォント選択一覧の中に表示されない。
この辺はもしかしたらバグである可能性もあるので、今後のアップデートで問題が解消されるのかもしれないが、まずは、Raspberry PiでDAWが動き、ここでソフトシンセを使うことができ、リアルタイムでエフェクトを使えることが分かっただけでも大きな収穫ではあった。Linux用のVSTプラグインというものも存在しているようなので、これらもRaspberry Pi上で動くのかもしれないが、まだこの辺も試せていないが、今後もいろいろとテストしてみようと思っている。