藤本健のDigital Audio Laboratory
「けものエフェクター」も登場。本格派~異色の音モノがMaker Faireに集結
2017年8月7日 13:38
オライリー・ジャパンが主催するDIYのイベント「Maker Faire Tokyo 2017」が8月5日と6日の2日間、東京ビッグサイトで今年も開催。ロボット関連やドローン関連、また電子デバイス系、教育関連と、様々なテーマで展示が行なわれていた中、「ミュージック&サウンドゾーン」に音系のブースが集まっていた。
昨年に続き、今年も目新しいネタがいろいろとあったので、このミュージック&サウンドゾーンを中心に気になったものを紹介していこう。
製品化に期待の本格機材を、個人や学生らが開発
最初に紹介するのは、東京電機大学の4年生、森口祥多さんと、メーカーのエンジニア永澤拓さんの2人を中心に活動するDigiLogというチーム。ここでは、さまざまなシンセサイザ系楽器を開発しており、現在、14,000円程度で予約販売中というのが、OCTA Shieldというもの。まずは、以下のビデオをご覧いただきたい。
これは、8つのノブを持つデジタル音源で、ソフトウェアを入れ替えることによってドラムマシンになったり、シンセサイザになったりするというユニークな機材。これはSTマイクロのNUCLEO-F446REという1,800円程度のマイコンボードの上に、DigiLogが開発したノブやオーディオ入出力などを取り付けている。
ソフトウェア自体はSoundPackとして無料で公開されており、開発途上のものも含め10種類以上がある。このビデオではシンセサイザとして動くものとドラムマシンとして動くものを接続して同期させていたのだ。近日中には、NUCLEOとOCTA Shieldを一体化させてコンパクトにしたOCTAをクラウドファンディングなどの形で製品化していく予定だという。
ほかにもEnterpriseという鍵盤付きシンセサイザ、〇×△というOCTAのミニ版や、DELTAというグルーブボックス、また鍵盤付きシンセサイザのDIGILOGUEといったものを開発中とのことで、このクォリティーの高さに驚いたところだ。卒業後は会社化した上で、よりしっかりとしたビジネスにするという森口さん、世界を相手に戦えるメーカーが誕生しそうだ。
続いても、やはり大学生10人ほどで研究開発を進めていくsigboostというチーム。ここは、プログラマブルなハードウェア楽器を作るというプロジェクトを行なっているのだが、なかなか興味深いシステムになっていた。このときは開発リーダーである青木海さん、ソフトウェア系の開発を担当する野崎悦さんが説明を行なっていたのだが、簡単にいうとMAXで作ったプログラムを小さなハードウェアで動かすことができ、しかも低レイテンシーで実現できるのだという。
手順としては、まずMAXでソフトウェア音源やエフェクトなどを作り、そのプログラムを保存する。そして保存したプログラムをサーバーへ送ると自動的にコンパイルされ、ダウンロードできるという。それをmicroSDにコピーした上で、この小さなsigboostというハードウェアに挿し込むと読み取った上で動作する。
このsigboostの中にはザイリンクスのFPGAなどが入っていたZYBOというボードを中心に構成しているとのことだ。sigboostは、もともとIPAの2015年の「未踏事業」において「音楽・マルチメディア用ビジュアルプログラミング言語からHDLへの高位合成ツールの開発」として採択されたもの。それをさらに開発を進めてきているそうだが、今後はビジネス化も見据えていきたいというが、こちらも製品化すれば、世界的な注目を集めそうだ。
3つ目はRYO ISHIZAKIさんが8bit CPUのマイコン、Arduino Unoを開発したデジタルシンセサイザ、VRA8-Pxというもの。非力なマイコンでありながらも、3音パラフォニック・シンセサイザとなっており、オシレーター、フィルター、エンベロープジェネレータ、などで構成される、まさに限界にチャレンジした音源となっている。
MIDIで外部から信号を入力すれば動作するほか、ここにはDACが搭載されていないのもユニークなポイント。Arudino Unoの端子に抵抗とコンデンサを接続するだけで音を出している。簡単にいえば、1bitオーディオで実現させているのだ。スケッチやソースはフリーで公開されているので、これを見ることで誰でも作ることができるようだ。
ディストーション用のLSIを個人が自作できる!?
ギターとベースで使うディストーションを自作LSIで実現したいという従来の常識からは信じられない活動をしていたのは、アナジックスの森山誠二郎さん。ディストーションを作ること自体は、別に目新しいことでもないが、それを個人で開発設計したLSIで実現しているのだ。これはMakeLSI:という金沢大学の先生が旗揚げしたプロジェクトで、まさに個人でLSIを設計、製作できるようにしたもの。FPGAでもASICでもなく、独自設計のLSIとのことで、北九州学研都市共同研究開発センターにあるクリーンルームで製造したという。
会場ブースでは中身むき出しのLSIに各種配線を行なった基板を展示していたが、ディストーションなので、構造的にはかなり単純。オペアンプと抵抗、コンデンサなどアナログ部品だけで構成されているそうだが、学術研究用ということで、このときは無料で作れたという。
将来的には自分専用のLSIを数万円で作れるようになると話をしていたが、その背景には1つから生産可能なシステムがあることと、1つのLSIに複数の機能を載せて、複数の人が共同で1つのチップを作ること、そして開発ツールもすべてフリーウェアを組み合わせて行なっているからだそうだ。実際、このディストーションも、下の写真の図面の右上1/4だけを使っていて、ほかの3/4とはまったく関係ないものなのだとか。個人とは無関係と思っていたLSI開発が手軽にできる時代がやってきているようだ
6つの独立したピックアップで弦ごとに音を拾い、6パラで出力できるギター、Parallelcasterを開発したのは、大坂友美さん。
デザイン仕事の傍ら電子工作や金工で楽器を個人で制作しているという大坂さんが作ったこのギターは各弦用に独立したピックアップを搭載し、それに伴いボリュームも出力も6つあるという不思議な構成。
当初は市販のピックアップを改造するなど試作を繰り返していたが、最新作では音質向上や、各弦のクロストークをなくすため、ピックアップも自作。秋葉原でコイルを入手し、そこに磁石を取り付けて作っているとのこと。ここでは、6つ別々に出力した信号をPCに送り、それぞれ別のエフェクト処理をする形にしているが、アイディア次第でさまざまな演奏ができそうだ。
テスラコイルという機材を2つ並べて実演していたのは、つくば科学の菊池秀人さん。このテスラコイルとは高周波と1万ボルト以上の高電圧で人工的に稲妻を発生させる装置。
この稲妻を高速にオン/オフを繰り返すことで音を発生されているとのことで音程を作り出しているとのことだが、実際に実現をしてもらったので、そのビデオをご覧いただきたい。
PC側でMIDIシーケンサを動かしてMIDI信号を専用コントローラーに送るとともに、それらを2つのテスラコイルへ送ることで二重奏を行なっているのだ。もちろん、高電圧で危険なため、鳥かごの中に収められており、触れることは厳禁となっていたが、なかなか面白いデモとなっていた。
ヤマハFM音源チップ搭載ボードや、Smart Keyboard
スイッチサイエンスのブースで両日20個ずつ先行発売されたが、それぞれ5分で完売したというのは、ヤマハのFM音源チップ、YMF825を搭載した小さなボードYMF825Board。これは不思議な楽器ウダーの開発者・演奏者としても著名なウダデンシの宇田道信さんが、ヤマハとともに開発したもので、今後3,240円で発売していくという音源。もともと中国の家電向けに出荷されている4オペレータ16音でDAC、アンプ内蔵のチップをMAKE市場向けに出すというものだが、昔のFM音源自体を知る世代から絶賛されており、しばらくは品薄状態が続きそうだ。
そのYMF825Boardの共同開発者でもある長谷部雅彦さんが水引孝至さんとともに出展していたのが、奇楽堂というブース。この奇楽堂は昨年も取材していたが、MIDIで演奏できるマジックフルートがタッチセンサーで演奏できる形でバージョンアップ。そしてこの中には長谷部さん開発のタッチセンサー基板が入っているのだが、その基板を利用した世界最小のタッチ式MIDIキーボードが5,000円で発売されて、こちらも即完売になっていた。
一方、水引さん開発の機材はiPhoneアプリシンセとしても著名なDXiをRaspberry Piに移植するとともに、液晶パネルやアルゴリズムを表示させる7セグLEDなどとセットにしたシステム、Raspberry Op.4。実際にデモしてもらった様子も撮影した。
もうひとつヤマハ関連でいうと、本業で鍵盤の機構設計をしているという高橋裕史さんが展示していたSmart Keyboardというもの。会社が半公認の形でYAMAHAロゴも入っているSmart Key Boardはマットな質感の弾き心地のいいミニ鍵盤のMIDIキーボードで、音源を内蔵している。
この音源は学研のポケットミクなどにも採用されているヤマハの音源チップ、NSX-1で、内蔵スピーカーからGM音源でさまざまな音色が鳴る一方で、Bluetooth MIDIでも飛ばせるようになっている。さらにオマケ機能として4トラックのシーケンス機能も装備しており、ボタン操作で、レコーディング、再生もできるようになっている。
「けものエフェクター」を使うと“トキ”のような音痴で歌える!?
ローランドの社内クラブ(同好会)であるR-MONO Labは今年も参加し、数多くの作品を展示していた。いくつかを紹介すると、まずは人の顔をカメラでとらえた上で、顔の位置と表情を読み取ってMIDIに変換するという「顔MIDIコントローラー」。以下のビデオをご覧いただきたい。
これはビデオ情報をアマゾンのAWSを使ったサービスであるAmazon Rekognitionへ送り、戻ってきた情報を元にMIDIのコントロールチェンジ情報に変換してベースマシンのAIRA TB-3に送って鳴らしているのだ。当然、大きな遅延はあるし、使えば使うほど開発担当者個人に課金されるとのことだが、ちょっとバカバカしい感じが面白いシステムだった。
「けものフレンズ」が大好きすぎる方が開発したというのが、その名も「けものエフェクター」。けものフレンズのキャラクター、トキが音痴であることから作られたトキヴォーカルというモードでは、誰が歌ってもトキのように音痴になる。またボスヴォイスというモードでは、(登場キャラクターの)ボスっぽい声になるとのこと。けものフレンズは、商用でなければ二次創作OKという形になっているので、思う存分楽しんで作っていたようだ。
さらにコルグの真空管、Nutubeを使って作ったというすごいエフェクターがTapTubeというもの。真空管は振動させると、その振動を拾っいマイクロフォニックという雑音を発生させる特性を持っている。それをそのまま利用し、演奏中に叩くとワウがかかるという機材となっている。この中にはディストーションとワウが入っているが、それらエフェクトとは完全に独立する形でNutubeが置かれており、基本的にはNutubeを通すだけの回路になっているのだが、結構いい感じで演奏ができるようになっていた。
そのほかにも、昨年も展示していたRaspberry Piを使ったSynth-Sennin Synthsizer S3-6Rのバージョン3や30年前のローランドのドラムマシン、Dr.Rhythm DR-55をMIDI化するキットなど、いろいろなものが展示されていた。
最後に紹介するのは、R-MONO Labの別働部隊(?)として活動しているWOSK。今回、WOSKではTC-1という、トリガーをUSB-MIDIとして出力する機材を展示。
このまま発売してもよさそうな完成度の高さだったが、叩けばすぐにUSB-MIDI信号が出てソフト音源などを鳴らせるというもの。ここでは赤い缶にピエゾ素子を取り付けたもので演奏できるようにしていたほか、ドラム練習パッドにヤマハの市販のセンサーを取り付けたものも同様に叩けるようになっていた。
以上、Maker Faire Tokyo 2017で見つけた作品を紹介した。アマチュアユーザーが楽器メーカーを作ろうという動き、楽器メーカーの社員が個人活動としてユニークな楽器を開発して展示する動きなど、さまざまな動きがあり、いずれもクォリティーの高いものばかりとなっていた。みんなに共通するのは、楽器、音楽が好きという思いで、みんな楽しそうにしていたこと。こうして日本で作られた楽器が世界で使われるようになっていくとしたら、面白い未来が広がっていきそうだ。