藤本健のDigital Audio Laboratory

第727回

NHKの8K放送で始まる「22.2chサラウンド」はどうやって作る? 仕組みを聞いた

 NHKは、'16年8月からBSで8Kスーパーハイビジョンの試験放送を行なっている。この中の多くの番組では、映像が高精細なだけでなく、音声も22.2chを使ったサラウンド放送になっているのも特徴だ。

 5.1chや7.1chのスピーカーだって、なかなか設置が難しい日本の家庭において22.2chを設置するなんて、ちょっと非現実的にも思うところだが、2018年12月からは4K/8K実用放送がスタートし、その中で22.2chを組み合わせた番組も用意されることが決まっている。この22.2chとはどんなもので、どうやって利用するのだろうか。NHKの放送技術研究所に行って、テレビ方式研究部 上級研究員の小野一穂氏に、改めて基本的なところから話をうかがってきた。

NHK放送技術研究所 テレビ方式研究部 上級研究員の小野一穂氏

なぜ22.2というチャンネル数に決まった?

――日本の一般家庭においては5.1chや7.1chだって、まだまだという気がしますが、22.2chという途方もなく感じる多いチャンネルを持つ規格は、どのような背景から生まれてきたのでしょうか?

小野:22.2chが生まれたキッカケは8K(スーパーハイビジョン)の放送にマッチしたサラウンドはどのようなものなのか、という議論の中から誕生しました。議論においては20世紀の終わりくらいから始まっていて、スピーカーの配置をどうすればいいかなど、さまざまな実験を繰り返してきました。

小野一穂氏

 まずは水平面に何個のスピーカーを置くのが最適なのかとの実験では45度ずつに設置するのがいいだろうという結論はすぐに出て、これで8chとなります。また垂直方向においても45度の高さの位置にやはり8ch分配置するのがよさそうだ、となったのです。さらに45度上げたところは真上なので、これを入れると8ch + 8ch + 1ch = 17chとなるわけです。では残りの5chはどうだったのかというと、やはりテレビの画面との組み合わせですから、画面の中の定位が非常に重要になります。そこで、これを安定させるためにLとCの間に1つ、CとRの間にも1つ置きました。さらに前方のみ下の位置に3つ置いて、これで22ch。それにサブウーファを2つで、計22.2chというわけです。

――この22.2chはNHKで生み出し、いまは国際規格になっているんですよね?

小野:その通りです。NHKの内部で仕様がほぼ固まったのは2005年ごろのことです。その後、いろいろな準備、調整をした上でITU-R勧告BS.2051「番組制作における高度音響システム」において、チャンネル配置の1つとして標準化されています。また国内規格としても電波産業会(ARIB:Association of Radio Industries and Businesses)によりARIB STD-B59「三次元マルチチャンネル音響方式スタジオ規格」として標準化されています。この22.2chという数はかなり多く見えますが、これ以上増やしても違いがわからないけれど、減らすと違いがわかるという、最高の音を実現するための最低のスピーカー配置であるというものなのです。

NHK放送技術研究所内の一室。テスト用のため22.2chよりも多い数のスピーカーが並ぶ

――22.2chのスピーカーセットを家庭に設置するというのはなかなか現実的に思えませんが、一方で5.1chや7.1chなどもう少し普及しているサラウンドもあります。こうしたものと22.2chの互換性というのはどうなっているのですか?

小野:放送という面においては22.2chとサイマルで2chおよび5.1chも行なうので、5.1chの場合はそれを使っていただくのがいいのですが、「22.2chは既存のマルチチャンネル音響方式と後方互換性を要する」と定義されていますので、7.1chなどへの変換は容易に行なえるようになっています。それをどのように変換するかは機器メーカーが行なうのですが、考え方としてはチャンネルベースでの配分ですから、割合を決めていくだけですね。

 一方で、確かに22.2chを日本のご家庭に設置するのは大変ではありますが、いまの技術ではバーチャルサラウンドを利用し、前方のスピーカーからの音で立体音響を実現できるようになっています。ここの研究所においても、これまでさまざまな実験を行なってきました。当初はディスプレイの上下左右にスピーカーを設置していましたが、現在は上下だけで十分な効果を発揮できるようになっています。もちろん、スピーカーだけでなく、22.2chをヘッドフォンで再生するという手法もあり、この場合も頭部伝達係数を畳み込むことで、立体的に聴こえるわけです。

ディスプレイ上下のスピーカーだけで22.2chを再生する仕組み
再生装置からスピーカーへHDMIで出力

こちらは従来型のディスプレイを上下左右で囲む形のスピーカー

――22.2ch、まだかなり未来のものという印象もありますが、すでに試験放送は行なわれていて、実用放送も来年には始まるのですよね? この試験放送、やろうと思えば家庭で体験することもできるのですか?

小野:残念ながら、22.2chの放送を聴くことができるハードウェアがまだ製品として発売されていないため、いま家庭で聴くのはできません。一方、全国のNHK放送局には8Kの映像と22.2chのサラウンドを視聴できる設備を設置しており、みなさまに御覧いただけるように開放しております。もっとも局によっては置く場所の制限からチャンネル数を絞っているところもあるので、行く前に問い合わせていただくのがいいかもしれません。東京ならば、NHKホール前のふれあいホールに設置してどなたでも体験していただけます。また、ここ世田谷にある放送技術研究所でも入り口入ってすぐのところにリビングシアターを用意しており、体験いただけます。やや駅から遠いのですが、近隣の方がよく来られているようですね。

東京・世田谷区の砧にあるNHK技術研究所内に設置されている8Kリビングシアター
壁や天井にスピーカーが埋め込まれている

――22.2chにマッチする放送内容というと、どんなものになるのですか?

小野:音楽コンテンツもあるし、野球・サッカー・相撲などのスポーツなどもサラウンドが大きな効果を発揮してくれますが、それにとどまりません。昨年はNHKとルーブル美術館が共同で8K番組を制作し、話題になりましたが、ここでも22.2chでの放送を行なっています。こうすることで、まるでルーブル美術館に来ているような雰囲気を味わうことができるのです。同様に高画質・高音質によって、まさにそこにいるかのような疑似体験ができるというのが大きな魅力でもあるのです。そのため、ねぶた祭のような日本のお祭りであったり、花火であったり、またリオのカーニバルなど、実際その場に行ったような感覚で視聴することができます。

22.2chの収録方法。ワンポイントマイクでも録れる?

――ところで、その22.2chをどのように収録しているのかというのが気になるところです。先日の「技研公開2017」では、ウニのような外観の22.2ch用ワンポイントマイクが展示されていましたが、あんなマイクを使って普段収録されているのですか?

5月のNHK技研公開で展示された22.2chワンポイントマイク

小野:先日はワンポイントマイクを1つの例として展示しましたが、やはり普通はマルチで録るのが基本です。たとえばホールでオーケストラなどを録るのであればメインマイクとともに、各楽器ごとに置くスポットマイク、さらにアンビエンスマイクを何か所に設置します。とくに22.2chであれば上下方向があるので、アンビエンスマイクも上と下に設置していきます。こうして入ってきた音をエンジニアが2chにするのか、5.1chにするのか、22.2chにするのかで、音を割り振ってミックスしていくわけです。

 でも、どこの録音でもこうしたマルチマイクが実現できるというわけではありません。たとえば以前のロンドンオリンピックのような場合は、カメラ席の横にしかスペースがなかったりしました。こういったスペースで22.2chを収録する場合に、このワンポイントマイクをつかうわけです。その意味ではワンポイントマイクは、いざというときのためのものですね。

――それなりに指向性の高いマイクを集めて作っているのだと思いますが、マイクの指向性だけで音の位置を決めていくのはなかなか難しそうですよね。

小野:マイクはかなり指向性の高いものを選んで使っていますが、それだけでは厳しいので、ここではビームフォーミングという手法を活用しています。ビームフォーミングはもともと電波をある方向に向けて集中的に発射する技術ですが、それを反対に収音に用いるわけです。ビームフォーミング処理をするために、このマイク群に加えてプロセッサを組み合わせています。

22.2chワンポイントマイクの仕組み

――ところで22.2chのうちの0.2chは重低音を表すものですが、なぜ0.1ではなく、0.2つまり2chあるのでしょうか? よく重低音には指向性がないので、サブウーファはどこに設置してもいいということを聴きますが、それであれば22.1chでもいいように思うのですが……。

小野:ここに関しては、音のマスキングとかラウドネスなどのように正確で細かな科学的実験を行なった結果が出ているわけではないんです。ただ、「0.1chよりも左右に配置した0.2chのほうが音の広がりを感じる」という報告がある程度なされているために、0.2chにしています。

――マルチマイクセッティングであれば、ワンポイントマイクであれ、22.2chを収音した場合、実際の放送用の音にするまでには音の加工というものもあると思いますが、その辺はどのようになっていますか?

小野:エンジニアが三次元パンナーや三次元リバーブなどを用いた音作りをしています。三次元リバーブはインパルスレスポンス(IR)を用いるコンボリューションリバーブを用いており、そのIRはスタジアムの音やNHKホールの音などで収録したものを用いています。このリバーブをスタジオや中継車内に置いているので、すぐに使えるようになっているのです。また22.2ch対応エフェクトというわけではありませんが、EQなど、従来からあるものをうまく組み合わせながら使ったりもしています。

――この22.2chの音、リニアPCMでそのまま伝送すると膨大なデータ容量になってしまいますので、放送においては圧縮をしていると思うのですが、どんなコーデックを用いて、どのくらいのビットレートになっているのでしょうか?

小野:そうですね、8Kのスーパーハイビジョンの放送では100Mbps弱の伝送容量が確保されていますが、音単独でいうと1.4Mbps程度が確保されています。ここに合わせてMPEG-4 AACでの圧縮がされています。

――この22.2chを実用放送について、どのようにすれば視聴可能になるのかを教えてください。

小野:現在はBSの17chで試験放送を行なっていますが、実用放送では、BSの新しいチャンネルに移ります。また現在は右回りの電波、右旋円偏波を使っていますが、新しいチャンネルでは左回りの左旋円偏波を用いることになるため、これに対応した受信アンテナも必要となり、既にメーカーから販売開始されています。その上で、8K/22.2chに対応したチューナとそれに対応したアンプやスピーカーなども必要です。

 今後は、ここで試作してきたような前方に設置したスピーカーで立体的に音が聴こえるような機器も登場してくると思うし、さらに小型化したものも出てくるのではないかと思います。ぜひ多くの方に22.2chの良さを楽しんでいただければと思っております。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto