藤本健のDigital Audio Laboratory
第1004回
PCレスのワンオペ配信に超便利! 1080p×3ch同時配信・録画の「LiveShell W」を導入した
2023年12月11日 09:13
筆者が作曲家の多田彰文氏とで「DTMステーションPlus!」というネット配信番組をスタートさせて、ちょうど10年。当初はUstreamの番組としてスタートし、その後、ニコニコ生放送へと切り替え、さらにAbemaTV FLESH! との2元配信を経て、今はニコニコ生放送とYouTube Liveの同時配信という形で行なっている。
その間、配信システムもいろいろと模索し、いくつかのシステムを使ってきたが、2016年にセレボの「LiveShell X」を入手。以来、これが便利すぎて7年間も使ってきた。
が、先日のInterBEEで後継機となる「LiveShell W」なるものが1年前に出ていることを知り、さっそく導入してみた。番組にとっては、ややオーバースペックな面もあったが、非常に強力な配信機であり、音周りもUSBオーディオに対応するなど、とてもよくできた機材だったので紹介してみたい。
導入の背景
DTMステーションPlus! の配信システムについては、昨年の第937回、第938回の記事で紹介しているので、そちらも参照していただきたいが、10年前にスタートした時点ではMac miniにWirecastというソフトを使っていた。
今なら無料で高性能・高機能なOBSを使うところだが、当時はWirecastしか知らずに、それを使っていた。ただ、パソコンを使って配信していると、どうしても事故が起こりがち。途中でフリーズしてしまったり、熱暴走してしまったり、何かの拍子に落ちてしまったり……と、どうにも信用できない。
実際、配信中に事故が起こったことも何度かあった。さらにニコニコ生放送とYouTubeの同時配信のように2つ同時に配信するとなるとエンコードのための負荷が飛躍的に大きくなり、どうしてもシステムが不安定になりがちだった。そこで導入したのが、セレボのLiveShell Xだった。
小さなマシンにもかかわらず、これ単体で配信できるのでパソコンいらず。しかも同時に3つまでの配信ができ、マイクロSDに録画もでき、しかもほとんど熱もでない非常に優秀なマシンで愛用してきた。
事実、導入して以来、一度もLiveShell Xが原因で配信が止まったことはなく、非常に優秀なマシンとして働いてくれた。LANケーブルが抜けたとか、回線の大元が故障したなどのトラブルで配信事故が起こったことはあったものの、LiveShell X自体に非があったわけではない。
ただし、使っている中で、いくつかの不満は出てきていた。
その一つが配信に関する制限事項だ。
LiveShell Xは同時に3つまで配信が可能で、録画をする場合は1配信とカウントされる。そして、その3つの合計が150Mpx/s以下に収めること、という上限が設けられていた。
1chだけの配信であれば1080/60pでの配信が可能だが、3つ同時の場合は1080/30p、もしくは720/30pにしないといけない。エンコーダーエンジンのパワーの限界があるため、解像度やフレームレートを落とさないと厳しかったのだ。
当初は720/30pでの配信を行なっていたが、せっかくフルHD対応のカメラやビデオミキサーがあるのに、配信機がボトルネックとなってしまうのも悔しいところ。そこでその後、LiveShell Xをもう1台導入し、ビデオミキサーから来たHDMIの信号を分配器で2つに分けて、2台のLiveShell Xに送り、なんとか1080/30pでの配信を行なっていた。
ただ、この分配器がよく壊れてトラブルの元にもなっていた。安い分配器を買ったのが悪いのだとは思うが、結構頻繁に壊れる。そのため常にバックアップ用として2台の分配器を持っていたが、それでも事故が起きたタイミングで交換するしか手段がなく、問題になっていた。
そうした中、InterBEEで知ったLiveShell Wはこれらの問題を1台で解決できるだけでなく、USBオーディオに対応していたり、オーディオミキサー機能なども大きく性能向上しているなど、魅力が多い。LiveShell Xが壊れたわけではないが、そろそろ新機種にしてみるのもいいのでは? と導入してみた。
先日12月5日の第230回目の配信日に使って配信したYouTube Liveが下記の動画だ。
実は、事前に準備する余裕もなく、本番当日に開封して、番組がスタートする2時間前に初めて操作してセッティングしたのだが、とても簡単に、そしてトラブルなく、さらに従来より高画質で配信することができた。
LiveShell Wとはどんなものか?
というわけで、実際、LiveShell Wとはどんなものなのか、紹介してみよう。
まず、外回りから見ていこう。そもそもLiveShell Wのパッケージがハンドキャリーケースとなっており、このケースに入れて持ち歩けるのがいい。LiveShell Xでは大きなACアダプタが必須だったが、LiveShell WのほうはUSB-Cからの電源供給で動作するので手軽だ。
並べてみるとLiveShell Xの1.2倍程度と大きくなっているが、こちらはバッテリーがないため、その分軽く感じる。ただし、LiveShell Xの場合、このバッテリーがあるためもし電源が抜けても、落ちずに動作するというフォールトトレランスな面があった。これを補うためにLiveShell WのほうはMain、Subと2つのUSB-Cの端子があり、どちらからの電源供給でも動作する形になっている。
一方、最大の特徴として打ち出しているのは、HDMIの入力が2系統あり、その切り替えやPinP表示、クロマキー合成などができ、まさにワンオペでの配信を可能にしているという点。リアにINPUT 1とINPUT 2という2つのHDMIがあり、ここに入力する形だ。
また、その隣にはHDMIのOUT PUTと書かれた端子もある。これはLiveShell Xにはなかったが、現在配信中の映像をそのままモニターできるようにするもの。YouTube Liveやニコニコ生放送などの配信画面でモニターしようとすると、どうしても5秒とか10秒、場合によっては1分以上のレイテンシーがあるため、確認しづらい。しかし、配信中の画面をリアルタイムに見れるのは非常に安心なところだ。
その配信に関する操作は、本体で行えるほか、LiveShell Studioというブラウザ上で扱うコントローラ画面で行なうというのがポイント。
LiveShell Xでもブラウザ上で使うDashboardというものを使っていたが、仕組みや機能が大きく変わっている模様。Dashboardは、セレボのクラウドに接続して使う形だったのに対し、LiveShell StudioはLiveShell W自身がWebサーバーとなっているため、同じLAN内であればインターネット接続の有無にかかわらず使えるようになっている。
LiveShell Xでどんなことができる?
LiveShell W本体を操作すると、そのLAN内のIPアドレスが表示されるとともに、IDとPASSWORDも表示されるので、ここにアクセスすると、LiveShell Studioの画面が現れる。UI的にもかなり使いやすものとなっているのだが、簡単にその概要を紹介しよう。
まず左側に映っている2つの画面が入力で、右側の大きい画面が出力。前述のOUT PUT端子から出るものと、この右側の画面は基本同じなので、小さい画面でよければこのLiveShell Studioのものでも十分役立つ。
2つのHDMIの入力切替ができるほか、PinPを使うことで2つの画面を同時に出すことが可能。さらに左右の画面分割や、クロマキーを使っての合成も可能になっている。PinPの場合、内側の画面の位置を自由に設定できるし、その大きさも自在に変更できる。
クロマキーについてはまだ試していないが、どの色で抜くのか、誤差範囲を何%にするのかの設定も可能だ。
そしてテロップが入れられるのも便利なところ。LiveShell W内に日本語、英語含めさまざまなフォントが搭載されていて、それらを指定できるほか、背景や縁取りに関する指定もできるようになっている。
オーディオ系の機能
大きな特徴になっているのが、オーディオ系の機能。LiveShell XではHDMIのオーディオ入力と、3.5mmのアナログ入力の2つをミックスする形になっていたが、LiveShell Wでももっとミキシングコンソール的なものになっている。
リアパネルの中央には3.5mmのライン入力とマイク入力があったが、これがアナログ入力となっており、一番左のフェーダーでゲインの調整をしたり、必要に応じてAGC=オートゲインコントロールをONにすることも可能。その設定をした上で、右側のオーディオミキサーへと入ってくるのだが、そのアナログ入力に相当するのがアナログ。さらにHDMI 1、HDMI 2はそれぞれのHDMIに入ってきたオーディオ信号だ。
USB INがあるのもユニークなところ。LiveShell WのフロントにあるUSB-A端子、またはリアのUSB-A端子に、USBクラスコンプライアントなオーディオデバイスを接続すると、ここから入力できるようになっている。たとえばヤマハのAG03mkIIと接続すれば、これがそのまま使える格好なので、かなり便利に利用できる。
このLiveShell Wのミキサーが、LiveShell Xと比較して各段によくなっているのは、dB表示となっている点。
従来のLiveShell Xだと、0~63という妙な数字設定となっていて、入力信号をそのままのレベルで送るには+52に設定するという、なんとも変わったもので使いづらかったが、その点は大きく改善している。
可能であれば入力レベルもメーター表示してほしかったが、とにかく分かりやすくなったのはありがたい。
なお、HDMI入力の下にあるAFVというスイッチはAudio Follow Videoの略で、HDMIの映像スイッチングと連動して音声のミュートを制御するという機能。切り替える際にクロスフェードしてくれるのもありがたいところだ。
一方、右のMASTERは配信に送り出す最終マスターボリューム。これは右側にある出力画面のさらに右にレベルメーター表示されるので、これを見ながら調整することもできるようになっている。
そして、その右にあるUSB OUTは、先ほどのUSB-Aに接続したUSBデバイスのオーディオ出力レベルを調整するためのもの。
ただし、マニュアルを見ると、一部の機器では対応しないとあり、実際AG03mkIIでも反応しなかったし、DTMステーションPlus! の番組中に使ったZOOMのオーディオインターフェイス、AMS2でも反応しなかった。反応しないとはいえ、固定レベルで音は出たので、そこは手元で調整すればいいだろう。
実際に配信している方ならよくお分かりのとおり、ここで最終配信の音がモニターできるのは非常に便利。先ほどの最終画面も同様だが、リアル入力から見ると1秒程度のレイテンシーはあるが、ここでチェックできれば事故のない配信ができるようになる。
そして最終的な配信のビットレートなどを決めるのがエンコードタブ。
映像ビットレートやフレームレート、キーフレーム間隔、H.264プロファイルの設定などができるようになっている。そう、LiveShell Xの場合、録画を含めた3つの出力先ごとにエンコードする形になっていたのに対し、LiveShell Wは3つとも共通になっている、というのがミソ。
これによって、エンコードにかかる処理を1つに集約できるから3chとも高解像度・高ビットレートでも問題なく配信できるというわけだ。もっとも、高ビットレートにする場合、回線速度に問題がないことを十分確認する必要はあるわけだが。
なお、配信先の設定においてはRTMP URLとストリームキーを設定する方式。この辺はこれまで通りの方法で設定でき、しかも複数の設定を記録することもできるので、複数の配信を行なうユーザーの場合、かなり便利に利用できそうだ。
ミキサーなしで簡易配信。最終段でオーディオチェックができるのも◎
このように、かなり多くの機能を持ったLiveShell Wであり、ワンオペの配信者にとっては非常に便利に使えそうだが、われわれDTMステーションPlus! での利用に限っていくと、ややオーバースペックな面もあった。
というのも、DTMステーションPlus! は出演者である筆者と多田氏のほか、カメラワークやビデオミキサーの切り替え、オーディオミキサーの調整などを行なってくれるスタッフとの3人での運営。RolandのVR-4HDという、結構な機能を持ったビデオミキサーを持っていて、ここで映像は作ってしまう。
またオーディオのほうも12ch入力を持つポータブルミキサーを使っているので、LiveShell Wに入る前の時点で、映像も音も出来上がっている。そのためHDMI入力は1系統でいいし、音もHDMIでやってくるので0dB(そのまま送り出せばいいだけ)なので、前述の立派になったミキサー機能も実際には使わない。
それでもいざというときには、ビデオミキサーなしでの簡易配信が可能なわけだし、普段の運用でも最終段でのオーディオチェックができるのもうれしいところ。そして何より高画質・高ビットレートで配信できるようになったのは大きな効果だった。
なお、ワンオペで操作する場合、いちいちLiveShell Studioで画面切り替えや音量調整などをするのは面倒なので、別売のLiveShell ControlPadというリモコンを使う手段も用意されている。
これはUSBーA端子を使うのでフロントかリアか、USBミキサーと接続してないほうの端子に接続すればOK。実はHID対応なので、このリモコンでなくても普通のUSBキーボードなどでも利用可能で、必要に応じて機能をアサインできるようになっている。
まだ1回しか使っていないので、分からないこと、慣れていないこともありそうだが、今後、DTMステーションPlus! では、このLiveShell Wを活用していこうと思っている。