藤本健のDigital Audio Laboratory
第1003回
2畳木製アトモスからノイマンUSBオーディオまで。InterBEEの注目機材
2023年11月27日 08:00
11月15日~17日の3日間、千葉県の幕張メッセで例年通り、音と映像と通信のプロフェッショナル展であるInter BEE 2023が開催された。
コロナ禍においては、出展社数も来場者数も激減し、イベント自体が消滅してしまうのでは……と心配したが、主催者である電子情報技術産業協会の発表によると、3日間に31,702名が来場。出展者数は1,005社にのぼり、団体・出展小間数は1,704を数え、来場者・出展者ともにコロナ前の8割程度まで回復した。
実際の展示エリアもHall 1~6まで使われ、コロナ禍前と同等の規模まで戻っていて、中もだいぶ賑わっていた。個人的にも、1年で一番知人と多く合うことができるイベントなので、ここまで回復してくれたのは嬉しい限り。もちろん、オンライン会議システムの発展と普及により、従来はできなかったことが可能になったのはとてもいいことだとは思うが、最新情報や最新動向を探る場としては、リアルイベントのメリットは大きいし、ある程度の規模では残っていて欲しいものだと実感した。
かなり独断と偏見に満ちたセレクトにはなるが、今回は今年のInter BEEで気になった機材やソフト、サービスについて紹介していこう。
前方向の収音性能がスゴイ。DOTTERELのガンマイク
最初に取り上げるのは、ニュージーランドのメーカー・DOTTERELが開発するガンマイク「Konos microphone system」だ。国内価格は583,000円。
見た目は普通のガンマイクのように見えるが、まったくの別モノ。直方体の形状の4つの面にはそれぞれ20個ずつのマイクカプセルが装着されていて、計80個が入っている。
これによって得られた音を別モジュールでデジタル処理した上で、3つの出力をする形になっている。その3つとは、「ガンマイクとして向けた前の音」「前方以外の音」「前方向だけの音」のそれぞれ。特に調整する項目もない機材だが、とにかく“前方向の音”を捉える威力がスゴイ。以下のビデオを見るとそのすごさが伝わるだろう。
ドローンはプロペラ音が酷く、音の収録は不可能と言われていたが、この技術を使えばマイクで音を拾うことが可能になりそう。もっとも、このビデオで使っているのは製品としてのKonos microphone systemそのものではなく、ドローンに乗せるために軽量化した特殊仕様とのことだが技術は同じ。ここまでデジタル処理が進化すれば、ドローンを使った災害時の救助システムなど、さまざまな分野で活用が見込めそうだ。
2畳スペースで手軽にアトモス? 「OTOMA」
個人的にこれがウチにあったら、すごく楽しそうと思ったのが奈良の企業・NMG studioが開発した「OTOMA」というシステムだ。
筆者が座っている下記写真を見れば一目瞭然。木製のフレームに7+4=11個のスピーカーが埋め込まれており、これとサブウーファーとセットで使うことでDolby Atmosの環境ができる。
さまざまなところで話題になるDolby Atmosだがスタジオにせよ自宅にせよ、再生システムを構築するのは容易ではない。大きな場所が必要となるし、どうしても部屋の形状に合わせたスピーカー設置となるため、理想的な空間にはなかなかできない。そうした中、このOTOMAなら直径1,450mm、高さ1,610mmというサイズであるため2畳分のスペースがあれば設置することができる。
それぞれのサテライトスピーカーは4cmのウーファーを使っており、この空間的にみても十分なパワーを出せる。椅子も木製でこの椅子も含めて設計されているという。観賞用としての利用はもちろん、7.1.4chの音源作品を作るクリエーターにとっても良さそうな製品だ。
価格的にはオーディオアンプ込みで100万円程度で、受注生産で1つ1つ手作りとのことだった。配線もフレームに埋め込まれているので、届いた木材を組み立てれば理想のDolby Atmos環境が作れるようだ。
発売間近の超低遅延オーディオ伝送システム「ELL Lite」
おととし、昨年のInterBEEでも展示していて、今年1月には取材にも行ったミハル通信の超低遅延オーディオ伝送システム「ELL Lite」がいよいよ発売間近ということで、会場にはELL Liteを用いたリモートライブセッションが行なわれていた。
1UハーフラックサイズのELL LiteはIP伝送でオーディオを超低遅延で送れるともに、4K映像の伝送も可能というもの。いうならば、ヤマハSYNCROOMのハードウェア版といったところか。
SYNCROOMが公衆インターネットを使って接続するのに対し、ELL Liteは公衆網に出ず1:1、もしくは複数拠点での接続を可能にするのが特徴。デモではNTT東日本のNGNであるフレッツ光を使っていたが、幕張の会場とミハル通信本社がある鎌倉間(距離は約50km)でのセッションを実現していた。その時の演奏を撮影したのが以下のビデオだ。
8弦ギターを演奏しているのは、以前にも取材をしているミハル通信の取締役 技術統括本部長でプロのギタリストでもある尾花毅氏。鎌倉で演奏しているのはフルート奏者の笛吹かなさん。見てのとおり、まったく違和感のない演奏が行なわれている。
ここではELL Liteとマイクやスピーカーとの接続にはDanteが使われており、双方においてNEUTRIKのAD/DAとミキサーを経由しているそうだ。最大64chのオーディオ伝送が可能だが、ここではステレオ2chのみ。往復で15msecのレイテンシーがあるが、さらにもう少し詰めることも可能という。
冗長性を持たせるために2回線を使うこともが可能だそうだが、ここでは1回線のみでの実現している。最終日の終了時に尾花氏に聞いたところ、3日で18回のセッションを行なったが、その際1回だけパケットロスが起きて5秒程度音切れが生じたという。
安全のためにはバックアップ回線が必要になるが、そのコストをどう考えるか。ちなみに、ELL Liteは価格的にはペアで300万円程度とのことだ。
ステレオ録音もできるAustrian AudioのUSBマイク
続いては、オーストリアのマイク、ヘッドフォンメーカー・Austrian Audioが参考出品していたUSBマイク「MiCreator Studio」だ。
Austrian Audioとしては「オーディオインターフェイス機能付きマイク」とのことだったが、確かに普通のUSBマイクとはいろいろな面で異なる。
左側がメインとなる製品のMiCreator Studioで、右側はオプション扱いのMiCreator Satellite。それぞれ国内価格が33,000円程度、11,000円程度になるとのこと。MiCreator Studio単体だとUSB Type-C端子を通じて最大SPL=130dBで録音可能なコンデンサマイクとなっていて、3.5mmのヘッドフォンジャックからモニターできるようになっている。
が、取り換え可能なフロントパネルを取り外すと端子類が現れ、3.5mmケーブルでMiCreator Satelliteと接続することでステレオレコーディングが可能になる。
一方、Satelliteの3.5mm端子も4極となっているので、MiCreator Studioと接続するだけでなく、直接スマホと接続することで外部マイクとしても利用できる。
Neumannから33万円のUSBオーディオ「MT 48」
ドイツの老舗マイクメーカーであるNeumannが展示していたのが、国内価格330,000円というUSBオーディオインターフェイス「MT 48」だ。
金色のボディと赤いNeumannのロゴだけで高級で高音質な気がしてしまうが、なぜ究極のアナログメーカーであるNeumannがデジタルのオーディオインターフェイスなのか? とも思うところ。
実はNeumann自体、現在はSennheiserのいち部門となっており、そのSennheiserに昨年、Merging Technologiesが買収されたことが背景にある。そのMergingが出していたオーディオインターフェイス「Anubis」がNeumann仕様になってリリースされたのがMT 48というわけ。
ご存じのとおりMergingは、“最高峰のDAW”ともいわれるPyramixのメーカー。その技術をたっぷり注いで作ったのがAnubisであり、それをUSB接続可能にするととに、ADAT接続もできるようにしたのがMT 48なのだ。
MT 48は32in/16outという仕様となっており、USB、ADATのほかにLAN端子を用いたAES67対応のAoIPにも対応している。また、内部DSPによるEQやコンプレッサはPyramixのシステムを持ってきたもので、音質においても抜群な仕様となっているようだ。
イマーシブ空間の音をバイノーラルに畳み込むプラグイン
Sennheiserブースで展示されていたのが、ドイツ・デュッセルドフルのソフトウェアメーカー・DEAR REALITYのプラグイン「DEAR VR MONITOR」。2014年設立のDEAR REALITYも2019年にSennheiser傘下にはいっており、今回国内初お披露目となった。
DEAR VR MONITORという名称からも想像できる通り、これはイマーシブ空間の音をヘッドフォンのバイノーラルに畳み込んでモニターできるようにするプラグイン。
同社では空間オーディオ技術を得意としてさまざまなソフトウェアを展開してきたが、その技術を使ってステレオから7.1.4ch、さらには9.1.6chといった音もヘッドフォンでリアルにモニタリングできるようにしたものとなっている。
単にチャンネル数を指定するだけでなく、ミックスルームを5つのメニューから選択できるとともに、リスニング環境としてリビングルームなのかキッチンなのか、クルマの中なのか、さらにはクラブ、スタジアム、ライブ会場などを指定することで聴こえ方をリアルにシミュレーションできるようになっている。
HRTFについては個人にマッチしたものに対応していないようだが、ヘッドフォンに関してはSennheiser製に限らず数多くの選択肢が用意されており、それを選ぶことで最適化されるという。
なお、このソフト自体は日本法人であるゼンハイザージャパンが扱っているわけではなく、DEAR REALITYサイトから直接ダウンロード購入する仕組み。サポートもDEAR REALITYとの直接やりとりになるとのことだが、日本クリエイターへ訴求すべく本国担当者が来日してアピールしていた。
超コンパクトな32bitフロート対応レコーダー「DR-10L Pro」
ティアックブースで展示していたのは、今夏に発売したTASCAMブランドの32bitフロート対応レコーダー「DR-10L Pro」だ。
TASCAMからは「Portacapture x6」、「Portacapture x8」というマルチトラックの32bitフロートレコーダーも出ているが、DR-10L Proはモノラル録音で小型のピンマイクレコーダーという位置づけ。サイズ的には53×21.4×50.7mm(幅×奥行き×高さ)で単4電池×2込みで65gというコンパクトなサイズを実現。リチウム電池であれば24.5時間の長時間録音が可能だ。
Portacaptureシリーズと同様、ハイゲインADCとローゲインADCの2つを組み合わせるデュアルADコンバーターを用いて32bitフロート録音をするという仕組み。記録媒体は、microSDカード。
よくできていると感じるのは、長時間録音時においても20秒ごとに録音データを保存しているという点。つまり、もし途中で電池切れを起こすなどしてもそれまでの音はしっかり記録できているというわけ。
価格はメーカー直販で26,950円(税込)と手ごろ。録音したデータからノイズを除去するためのソフトとしてiZotope RX Elementsもバンドルされている。
コルグのLive ExtremeがVRに進化! VR×ハイレゾが加速!?
最後に取り上げるのは、コルグのライブ配信システム「Live Extreme」とVRの連携について。
これまでもこの連載で何度も取り上げてきた通り、コルグでは高音質配信システムであるLive Extremeというサービスを展開しているが、11月14日に新たにVR MODEと提携して、新サービスをスタートさせた。
VR MODEは2020年5月からVR180度 3D立体視映像を配信するサービスを展開しており、これまでもさまざまなライブコンサートやスポーツ中継、イベント配信などを行なっていたが、今回両社が提携したことで、3D立体視映像の配信においてハイレゾサウンドを利用できるようになった。その第一弾として、ASKAのライブ配信がスタートしている。
この配信では、iPhone/AndroidのスマートフォンにVRレンズを取り付けたり、Meta Quest 2などのヘッドマウントディスプレイを用いて2眼で視聴することもできる。またスマホを動かしたり傾けたりスワイプすることで1眼でも視聴できるようになっている。
一方、48kHz/24bitロスレス(ステレオ)で再生できるようになっている。今後こうしたコンテンツを増やしていくとのことで、VRとハイレゾの組み合わせが加速していきそうだ。
Inter BEE 2023では、ほかにも膨大な機器、製品、サービスが展示されていたが、その中のごく一部を切り出してみた。今後、ここで取り上げた機材などをさらに深堀できれば、と思っている。