第469回:iPad版TENORI-ONなど、ヤマハ新アプリを試す
~8つのアプリが登場。Network MIDIの活用法も ~
VOCALOIDのiPad版であるiVOCALOIDやVocaloWriterなど、すでにヤマハはiPad/iPhone版のアプリをいくつか出していたが、先日iPad/iPhoneアプリを一気に8種類リリースして、攻勢をかけてきた。いずれもCoreMIDIに対応しており、外部のMIDI機器とのやりとりが可能になっているのだが、注目したいのがWiFi経由でMIDI信号のやりとりを可能にするNetwork MIDIにも対応していること。
先週もコルグのiELECTRIBEがNetwork MIDIに対応していることを紹介したが、ヤマハのアプリもNetwork MIDI対応したことで、Network MIDIの重要性が高まってきている。そこで、今回はヤマハの新アプリを紹介するとともに、Network MIDIの活用法についても考えてみることにしよう。
■ TENORI-ONをiPad/iPhoneアプリで再現
既報のとおり、6月20日にヤマハはiPad/iPhone関連製品をいろいろ発表したのだが、中でも目玉製品となったのがTENORI-ONのiPad/iPhone版であるTNR-iだ。ご存知のとおり、TENORI-ONはヤマハとメディアアーティストの岩井俊雄によるコレボレーションで開発された電子楽器。16×16のLEDボタンを操作することで、まったく楽器が弾けない人、音楽知識がまったくない人でも視覚的に、また直感的に演奏ができ、作曲ができてしまうというものだ。
2007年にイギリスで先行リリースされた後、2008年5月に121,000円の価格で発売され、世界的にも大きな話題となった。さらに2009年12月には低価格版のTNR-Oが実売価格7万円で発売されており、もちろん両機種とも現在でも販売されている現行製品。そのTENORI-ONをヤマハ自らがiPad版として2,300円で出してしまったのだ。もちろん、TNR-iはソフトウェアなので、値段を単純比較すべきものではないかもしれないが、自ら首を絞めることにならないのか、ちょっと心配になってしまうほど。というのも、TNR-iはTENORI-ONの機能を忠実に再現しており、ほとんどすべての機能が使えてしまうのだ。
TENORI-ONのiPad/iPhone版であるTNR-i | 本家TENORI-ON | 低価格版のTNR-O |
発表会で流されたビデオで岩井氏も「ヤマハからiPad版の話を持ちかけられたときは、反対だった」と話している。やはり指でプチプチと押していくあの入力の操作感や、デザイン性などが失われてしまうことに納得がいかなかったようだ。ただ、TENORI-ONでは実現できなかったネットワーク経由のセッション機能をiPad/iPhoneなら実現できる、ということでしぶしぶ承知したい、といった旨の話をしていた。もっとも、iPad用やPCソフトウェアとして、ヤマハ以外のところからTENORI-ON風なアプリケーションが続々と出ているので、指をくわえて見ているわけにもいかなかったのかもしれない。
筆者自身、TENORI-ONユーザーではないが、以前の発表会であったり店頭で触った際、確かにプチっと押す感触やそれによる光り方はなんともいえないものがあった。iPadで使うと確かにそこは失われているが、機能面では、まったく同じようなのだ。
システム構成の説明図 |
TNR-iというかTENORI-ONについて、システム構成の観点から簡単に紹介すると、これは16のレイヤーを組み合わせた音源となっている。
レイヤーによって役割が少し異なり、01~07はScoreモードといってもっとも基本となるもので、楽譜の1小節に音符を書き込むような感覚で使うものだ。また08~11がRandomモードといって、LEDボタンをタッチし続けて発音ポイントをセットすると、そのLEDボタン上で発音/発光が繰り返されるというもの。さらに、12と13がDrawモードで、描くようにボタンを連続的に指でなぞったりした演奏動作を一定時間記憶し、記憶した通りに光と音を繰返し再生する。14が、ボールがバウンドするように光が底辺にぶつかるたびに発音するBounceモード、15がLEDボタンをタッチしたままにすると、徐々に音と光が変化していくPushモード、そして16がLEDボタンをタッチしている間、繰り返し発音するSoloモードとなっている。
これらをレイヤーとして組み合わせて音楽を作り上げていくのだ。この16枚のレイヤーを組み合わせたものがブロックとなっており、このブロックに演奏パターンを構築できる。そして計16個のブロックを好きなタイミングで切り替えていくことで、さまざまな演奏パターンを実現できるようになっているのだ。
ちなみに、各レイヤーでは256の音色が選択できるようになっている。これはTENORI-ON独自配列で、GMやXGといった配列ではないのだが、マルチティンバー音源となっており、外部からもコントロールすることが可能だ。そう、TRN-iはCoreMIDI対応となっているので、例によってCamera Connection Kit経由で外部のUSB-MIDI機器と接続して鳴らすことができるのだ。さらに、TNR-iと同時にCoreMIDIに対応するiPad/iPhone用のMIDIインターフェイス、i-MX1という機材も出しているので、これを使って各MIDI機器と接続することも可能になっている。
各レイヤーでは256の音色から選択 | iPad/iPhone用のMIDIインターフェイス「i-MX1」 |
ところで、岩井氏がOKを出したネットワークを介してのセッション機能だが、これはiOS4.1で搭載されたGame Centerを利用する形になっている。知人同士で接続できるほか、まったく知らない人でも、同じタイミングでセッション相手を探している人がいれば、接続される形になっているようだが、残念ながら見つけることができず、試すことはできなかった。
ネットワーク経由のセッション機能は、Game Centerを利用 | セッション相手の検索画面 |
■ Keyboard Arp & Drum Padなど様々なアプリも
ヤマハはTNR-iと同じタイミングでほかにも7つのiPad用アプリを出している。このうち3つはヤマハのシンセサイザ、MOTIF用なのでMOTIFユーザー以外はほとんど使い道がないわけだが、「Keyboard Arp & Drum Pad」や「Faders & XY Pad」はヤマハ製品ユーザーに限定されないなかなか面白いアプリなので、紹介してみよう。いずれも内部に音源を持っておらず、外部機器を操作するためのコントローラとなっている。
アプリケーション名 | 対応機種 | 価格 |
---|---|---|
Faders | iPad/iPhone 3GS/iPhone 4/ 第3、4世代iPod touch | 無料 |
Faders & XY Pad | iPad | 450円 |
Keyboard Arp & Drum Pad | iPad | 450円 |
Voice Editor Essential ヤマハシンセサイザー専用 (MOTIF XF、MOTIF XS、 MOTIF-RACK XS、MOX、S90XS/70XS) | iPad | 450円 |
Multi Editor Essential (MOTIF XF、MOTIF XS、 MOTIF-RACK XS、MOX、S90XS/70XS) | iPad | 450円 |
Performance Editor Essential ヤマハシンセサイザー専用 (MOTIF XF、MOTIF XS、MOX、S90XS/70XS) | iPad | 450円 |
Set List Organizer | iPad | 450円 |
TNR-i | iPad/iPhone 4/第4世代iPod touch | 2,300円 |
Keyboard Arp & Drum Pad |
まずKeyboard Arp & Drum PadはMIDI音源に接続してキーボードやアルペジエーター機能で演奏したり、ドラムパッドを叩いて演奏しようというもの。リアル音源との接続であれば前述のi-MX1を使うというのが手だが、やはり多いのはPCと接続してソフトシンセを鳴らすというシチュエーションではないだろうか? DTMで打ち込みを行なう際、MIDIキーボードやドラムパッドがあると便利だが、持っていないという人も少なくないだろう。そんなときに、このアプリがうまく活用できるのだ。
もちろん、CoreMIDIを介して接続することもできるが、その場合にはPC側にもMIDIインターフェイスが必要になる。そこで非常に便利なのがNetwork MIDIの活用だ。Network MIDIを一言でいえば、MIDIケーブルの代わりにLANを使ってMIDI信号のやりとりをする規格。Appleが2005年にMac OS 10.4(Tiger)をリリースした際に搭載したもので、その後のMacOSにもOSの標準機能として搭載されている。
基本的な使い方は以前の記事を参考にしていただきたいのだが、簡単に紹介しておこう。まずユーティリティであるAudio MIDI設定を起動し、MIDIスタジオにおいてネットワークを開く。すると、MIDIネットワーク設定という画面が出てくるが、ここでは同じLAN上にあるMacやiPadなどが認識されるようになる。ここで、接続相手であるiPadを選んで「接続」ボタンをクリックすればOKなのだ。この後は、各アプリケーションからは、MIDIポートのひとつとして、接続したiPadが見えるので、通常のMIDI機器と同様にやりとりができるというわけだ。
Audio MIDI設定を起動し、MIDIスタジオにおいてネットワークを開く | MIDIネットワーク設定で、接続相手のiPadを選ぶ |
iPad側はとくに設定する必要はなく、単純にNetwork MIDI対応のアプリを起動して使うだけ。ヤマハのアプリの場合は、CoreMIDI対応にするか、Network MIDI対応にするかを選択する形になっている。Keyboard Arp & Drum Padでは、オプションのメニューを見ると「MIDI Type」という項目がある。cableがCoreMIDI、wirelessがNetwork MIDIを意味しているので、後者を選択すればいいのだ。この状態で、iPad側のキーボードを弾くと、Mac上で起動したソフトシンセを鳴らすことができる。
また、「ARP ON/OFF」ボタンをオンにして、各種設定を行なうことで、さまざまなアルペジオプレイが可能になるのだ。アルペジオパターンはあらかじめ数多く用意されているので、それだけでも存分に楽しむことができる。また、こうしたキーボード画面とは別にドラムパッド画面も用意されている。こちらも鍵盤画面と同様にiPadを叩けばソフトシンセが鳴る形になっている。WiFi経由なのでどうしてもレイテンシーが発生してしまうのは仕方ないところではあるが、使い勝手は非常にいい。ただし、GarageBandのように叩く強さによってベロシティーが変わる機能はないようだった。
Network MIDIを意味する「wireless」を選択 | アルペジオパターンはあらかじめ数多く用意されている | ドラムパッド画面も |
このKeyboard Arp & Drum Padが演奏そのものに対応するアプリであるのに対し、Faders & XY Padはコントロールチェンジを司るアプリだ。基本的に8本のフェーダーを使って音源の各音色のボリュームやパン、モジュレーション、またはカットオフ、レゾナンス……といったパラメータをコントロールするものだ。何を設定するかはメニューから選択できるようになっており、「1~8chのボリューム」、「9~16chのカットオフ」というように8本分をセットで設定できるほか、1つ1つに役割を設定することも可能となっている。
Faders & XY Pad | ボリューム/カットオフなどを8本分セットで設定 | 各チャンネル個別での設定も |
またXYパッドが用意されており、8本のフェーダーをXYパッドで操作することも可能。この場合、各フェーダーをの動きをX軸、Y軸のどちらに割り振るかなどの設定もできるようになっている。このようなフェーダーの画面を見ると、ついコントロールサーフェイスのような気がしてしまい、「これはMackie Contorol互換なのかな? 」などと最初考えてしまったが、これはあくまでもMIDIのパラメータそのものを出すアプリであって、ここから直接MIDI音源へコントロールチェンジ信号を出すので、特に何の設定もいらないわけだ。このFaders & XY Padも先ほどのKeyboard Arp & Drum Padと同様にCoreMIDIで出力できるほか、Network MIDIでMacと接続して使うこともできるようになっている。
8本のフェーダーをXYパッドで操作 | CoreMIDI出力のほか、Network MIDIでMacと接続して使うことも可能 |
■ Windowsユーザーも使える?
さて、このNetwork MIDIの話を読んで、「Windowsでは使えないのか?」と思った人も少なくないだろう。残念ながらこのプロトコル自体Mac OSの規格であるため、本来はWindowsで使うことはできない。とはいえ、普通のLANで流す信号であるから、Windowsでも使えるよにしようと考える人はいるようで、そのためのソフトがフリーウェアで存在していた。それがrtpMIDIというもので、これを起動させるとMacのAudio MIDI設定そっくりの画面が現れる。
このrtpMIDI自体はアプリケーションというよりもドライバとなっているため、一度設定してしまえば、あとはいつでもrtpMIDIを通じてiPadとWindowsをNetwork MIDI接続することができるのだ。その場合、Windowsのアプリケーションでどう利用するのかというと、これも単純でわかりやすい。そう、単にひとつのMIDIポートとして見えるだけなので、ほかのMIDI機器と同じように扱うことができるのだ。
紹介したKeyboard Arp & Drum PadやFaders & XY Padはもちろんのこと、コルグのiELECTRIBEもWindowsから同期させることができた。ほかにも、Network MIDIに対応したアプリはいろいろと出てきているようなので、rtpMIDIはWindowsユーザーでiPadを使っている人にとっては重要なツールとなりそうだ。
Windows対応ソフトのrtpMIDI | ひとつのMIDIポートとして見え、ほかのMIDI機器と同じように扱えた |