藤本健のDigital Audio Laboratory
第656回:復刻音源/シンセや、初音ミクV4Xなどが「Music Park」に集結。梯郁太郎氏のATV始動
第656回:復刻音源/シンセや、初音ミクV4Xなどが「Music Park」に集結。梯郁太郎氏のATV始動
(2015/11/9 13:05)
11月7日~8日の2日間、東京・渋谷のベルサール渋谷ガーデン・イベントホールで「楽器フェア Presents Music Park 2015」(以下、Music Park)という楽器の展示会イベントが開催された。これは2年に一度行なわれる楽器の祭典「楽器フェア」の間の奇数年に開催されるミニ楽器フェアともいえるもので、今年からスタートした。
ギター関連を主としたイベントではあったが、デジタルエリアというフロアも用意され、楽器メーカー各社のデジタル系新製品がズラリと並んでいたので、最新状況を知る上ではいい機会となった。このデジタルエリアで展示されていた各社の製品をピックアップして紹介したい。
ローランド「Sound Canvas VA」や、人気USBオーディオの後継「UR22mkII」など
今回のMusic Parkでの目玉展示となったのは、ローランドが参考出品という形で展示したSound Canvas VAだ。これは1996年に同社が発売した大ヒットMIDI音源、SC-88Proを現代に蘇らせたというもの。
今年1月にiPad/iPhone用にSound Canvas for iOSというアプリを出していたが、そのエンジンをそのままPC用に持ってきたものだ。これはWindowsでもMacでも動作し、いずれもVSTまたはAudioUnitsのプラグインとして動作する形になっている。そのためDAWなどホストとなるソフトウェアがあることが前提となるが、これを見にMusic Parkを訪れる人も多かったようだ。昔、SC-88Proを趣味で使っていたという人が懐かしさで興味を示す一方で、現在もSC-88Proを業務で使っている人も少なくないからだ。
もっとも、多いのはカラオケのデータ入力用で、まさに現役の音源として使われているが、20年以上経過しているだけに、液晶が破損するなど機材の寿命も過ぎている。まだ中古の流通はあるものの、その数も減ってきているため、今回のソフトウェア化の意義は大きそうだ。まだ、発売時期や価格は決まっていないが、年内をメドにリリースしたいとしており、1~2万円の範囲の値付けが検討されているようだった。
同じローランドブースで人気を集めていたのは、先日発売されたばかりのミニシンセサイザ「Roland Boutique」シリーズ。これはSC-88Proよりもさらに古い1980年代前半に発売された同社のアナログ・シンセサイザをミニサイズで復刻させたというもの。JUPITER-8を復刻させた「JP-08」と、JX-3P+PG200を復刻させた「JX-03」、JUNO-106を復刻させた「JU-06」がある。
いずれも同じサイズのデザインの異なる音源だが、中にDSPが内蔵されており、同社のACBというアナログモデリング技術で、当時のサウンドを忠実に再現させるという構造になっている。キーボードは別売で、これを合体させて使ってもいいし、MIDIやUSBで外部機器と接続して使うこともできる仕様。いずれもオープン価格で実売は4~5万円となっているが、実は現在ほぼ入手不可能な状態。というのもローランドはRoland Boutiqueシリーズを限定生産としており、その初期ロットが既に完売してしまったからだ。今後、追加生産するのかローランドは明確にしていなかったが、楽器店ではまだ注文分が残っているようで、年末にかけて、もう少し製品が出てくる可能性もありそうだ。
同じミニ鍵盤の復刻版を出して、やはり現状ほぼ入手できない状態になっているのが9月に2機種、11月に2機種が発売されたばかりのヤマハ「reface」シリーズ。こちらは当時の特定の機種を正確に再現するというのとは少し異なるが、やはりデジタルでのモデリング技術などを使って、復刻しようというもの。具体的にはFM音源で世界的な大ヒットとなったDX7などDXシリーズを再現したreface DX、アナログシンセのCS-10などCSシリーズを再現するreface CS、CP80などエレピとして60~70代にヒットしたCPシリーズを再現するreface CP、そしてYC-10やYC-45DなどのコンボオルガンYCシリーズを制限するreface YCの4種類。コンパクトでありながら、懐かしいサウンドが楽しめたり、DXやCSでは、基本に立ち返ったシンセの音作りが楽しめるといったことから、大ヒット製品となっているようだ。
Steinbergブランドでは、ベストセラー・オーディオインターフェイスであるUR22の後継機種「UR22mkII」が展示されていた。UR22は16,000円程度で購入可能な2IN/2OUTのオーディオインターフェイスで、高性能なDAW、Cubase AI 8もバンドルされている。他社製品と比較しても、かなりコストパフォーマンスが高かったため、非常に売れ行きがよかったのだが、6機種あったURシリーズの中でUR22だけが唯一、クラス・コンプライアント対応でなかったため、iPadやiPhoneとの接続ができなかったが、それに対応したというのがUR22mkIIなのだ。
このほか、インターネット配信などに利用できる「ループバック機能」にも対応したこと以外はUR22と同じスペックだが、UR22mkIIリリースのタイミングでiPad用の無料DAW、Cubasis LEがリリースされたのもポイント。これは単体ではデモ版としてしか動作しないアプリだが、UR22mkIIをはじめとするURシリーズと接続すると使えるようになる。6,000円のDAWアプリであるCubasisと比較すると、44.1kHz/16bitのフォーマットに限定されたり、同時録音可能なトラック数が2つに制限されているなど、機能は抑えられているが、初心者がとりあえず始めるのには十分しぎる環境といえそうだ。
コルグが展示とデモを行なっていたのは、DTM系製品ではなく「Liverpool」という定価8万円のキーボード。イギリスのユニオンジャックがデザインされたこのキーボードは、“レノン&マッカートニー”(あえて、Beatlesと記載されていないのは、権利上の問題なのかも知れない)の楽曲100曲が収められているというターゲットを完全に絞り込んだスピーカー内蔵のミニ鍵盤のキーボード。内部には16トラックのシーケンサが搭載されており、たとえば「Let It Be」、「Lady Madonna」、「Yesterday」、「A Hard Day's Night」といった曲を選ぶと、それらを再生できる。
パートごとにミュートしたり、ソロにしたり、音量を調整するといったことができるほか、もちろんテンポを変更して鳴らした上で、自分の好きなパートをキーボードで演奏することが可能。またスタイルモードというものも設けられており、原曲とは違ったコードを弾いてもそれに追従し、イントロ、フィル、エンディングなども簡単に演奏できるのも楽しそうだ。
初音ミクV4Xのベータ版や、Megpoid V4、アナログシンセ関連の展示も
クリプトン・フューチャー・メディアは'16年上半期の発売を予定している「初音ミクV4X」のベータ版を展示。これはVOCALOID4エンジンを使用する初音ミクだが、すでに発売されている巡音ルカV4Xの仕様を基本的に踏襲するもの。目玉はE.V.E.C.という歌声を拡張するための機能群をクリプトンが独自に追加している点で、VOICE COLORという声の表現を変える機能や子音拡張という子音を長くする機能が追加される点だ。
ただ、「巡音ルカV4Xは機能が豊富すぎてわかりにくい」というユーザーからの声が上がっていたことを踏まえて、VOICE COLORのバリエーションを厳選する一方、子音拡張については、少し改良して子音のアタック部分を強調できる機能が搭載されるという。ただ、初音ミクV4Xの前に、年末発売予定の鏡音リン・レンの開発を急いでいるところで、こちらはリンで3ライブラリ、レンで3ライブラリとなり、それぞれのPowerのみにE.V.E.C.のVOICE COLORが搭載されるとのこと。また、初の英語ライブラリも登場する予定となっている。
このVOCALOID4関連では、インターネット社も11月5日に発売されたばかりのMegpoid V4を展示していた。2009年に初期バージョンが発売されて以降、VOCALOIDの進化に合わせて新バージョンを出してきたが、これが3世代目。今回のMegpoid V4は全部で10種類のライブラリに分化し、曲調によって好きなライブラリが選べるようになっている。また、VOCALOID 4で対応したライブラリ間をモーフィングさせることが可能なクロスシンセシス機能を利用することで、異なるライブラリを組み合わせながら歌わせることができるのも面白いところだ。基本的には従来の歌声のトーンを踏襲しているが、V4では音のつながりがより滑らかになっているとのこと。具体的には母音からダ行、バ行、ラ行へとつながる歌詞においてキレイにつながるそうだ。
アナログのシンセサイザ関連製品もいくつか出ていた。まずはエムアイセブンジャパンが展示していたTom Oberheimのシンセサイザ「Two Voice Pro Synthesizer」だ。昔のシンセサイザに詳しい方ならOberheimと聞いて、「あれだ! 」と思う方も多いと思うが、厳密にいうと、昔あったOberheim Electronicsは以前にGibson傘下に入り、消えてしまった。しかし、同社の創設者であり、設計者でもあるTom Oberheim氏が自らの手で新しい会社を設立し、1974年当時にあったSEMを復刻させたものを以前から販売していた。
今回発表されたTwo Voice Pro SynthesizerはそのSEMを2つ搭載するとともに、シーケンサやMIDI機能などと統合させた2音ポリフォニックのシンセサイザ。アフタータッチ機能を備えた鍵盤を装備しているのが特徴であり、2音ポリで弾いたり、1音はシーケンサ、もう1音はキーボードで演奏するといったことも可能になっている。Tom Oberheim氏自身、80歳を目前に控える中、「これが最後の作品になるだろう」と話しているとのこと。おそらく世界で限定100台程度の生産となるが、価格は45万円前後で、国内では12月に発売する見通しだ。
一方、日本のアナログシンセメーカーとして世界的にもファンが多いREONも数多くの小型モジュラーシンセを出品。その中で、参考出品として初お披露目されたのが、4chのアナログのステップシーケンサだ。最大で96ステップまで組むことができる、このシーケンサはCV/GATE端子を通じて、REON製はもちろん各社のアナログシンセサイザと接続できるほか、ポリフォニックモードにすると、MIDIを使って外部MIDI音源もコントロールできるというものになっている。まだ試作であり、名前も、発売時期も決まっていないが、おそらく価格的には4~5万円になるだろう、とのことだった。
ソフトシンセでは、フランスのUVIが出展し、10月末に発売されたばかりの新製品、FALCONを展示していた。UVIは高度なサンプリング技術により、アナログモデリングよりも、より本物らしい音を出すメーカーとして定評があるが、今回登場したFALCONはサンプリングとシンセシスのミックスとモジュレーション、エフェクトによるサウンド加工などを組み合わせた複合的なハイブリッド音源。たとえばオシレーターにはサンプリングのものと、モデリングによるシンセシスのものを計15種類も搭載するなど、なかなか複雑な構成ながら、非常にシンプルに音作りができるのが特徴。スタンドアロンでもVST、AudioUnits、AAXなどのプラグイン環境においても動作するようになっている。
新製品ではないが、演奏を体験できるということで人が集まっていたのがオーディオテクニカ。同社ではギターのワイヤレス接続装置であるSYSTEM10 Digital 2.4GHzを展示し、ギターに取り付けた実機で演奏できるように開放していたのだ。名前からも分かる通り、2.4GHz帯の電波を使って48kHz/24bitでデジタル伝送するもの。ギターに取り付けるトランスミッタとストンプボックス型のレシーバで構成し、双方がリアルタイムに通信を行ないながら、干渉周波数を回避する仕組みになっている。また1台のレシーバーに最大8つまでのトランスミッタを事前登録しておくことができるため、ライブ中などに、スムーズなギターの持ち替えも可能になっているという。
ローランド創業者の梯氏による「ATV」が始動
以上、Music Parkのデジタルフロアで見た製品をレポートしてきたが、実はその前日の11月6日に、電子楽器業界を驚かせる会社設立発表会が開かれたので、これについても簡単に紹介しておこう。東京・水道橋のホテルで行なわれたのは、ATV株式会社という電子楽器・映像機器関連のメーカーの発表会。
まだ15人ほどの小さな会社であり、工場を持たないファブレスメーカーだが、そのATVを率いるのは、ローランドの創業者であり元社長、元会長である梯郁太郎氏。先ほどTom Oberheim氏の話を出したが、梯氏は現在85歳にして、なお現役のエンジニア。昨年はローランドの現経営陣との経営方針の違いがあり、経済誌などでも騒がれていたが、それから1年で新会社をスタートさせたわけだ。「技術者が一生懸命に開発したものを安売りするから、すべてがダメになる」と訴える梯氏は「値段ではなくクオリティで勝負できる製品を出して、メーカーも楽器店もハッピーになれる体制を作る」と話していた。
そのATVでは、電子楽器としてはaD5というドラム音源を発表。ローランドのV-DrumsやヤマハのDTXなど、既存のパッドに接続して演奏できる音源で、独自技術を用いて、よりリアルな音源として使えるようにしているという。一方、映像系ではHDMIとSDIを双方向に変換できるビデオコンバータ「AV-3-BD」、「AV-5S-BD」を、また、8つの入力を持つマルチフォーマットスイッチャーの「MS-8」、ライブAVミキサーの「A-PRO-4」といった機材を一気に発表した。いずれの機材も、元ローランドのエンジニアが開発しているとのことだが、今後、この業界の中でどんな位置づけになっていくのかが気になるところ。なお、ATVの一般への初お披露目は11月18日から始まるInter BEEになるとのこと。Inter BEEのパンフレットなどではATVの前身の社名であるアトリエビジョンとなっているようだが、どんな製品かを見ることができそうだ。