第525回:「mora」がAAC採用/DRMフリー化した理由を聞く

~ユーザー体験向上へ。ハイレゾ対応も検討中 ~


レーベルゲート代表取締役 執行役員社長の佐藤亘宏氏

 既報のとおり、音楽配信サービス「mora(モーラ)」は10月1日にリニューアルし、DRMフリーへと大きく舵を切った。またこれまでmoraではソニーのオーディオ圧縮コーデックであるATRAC3の132kbpsと同じくソニー開発の著作権保護技術のOpen MGを使ってきたが、このリニューアルのタイミングで圧縮コーデックをAAC 320kbpsへと切り替えている。

 すでにウォークマンは以前からAACに対応していたが、今回のmoraのリニューアルに伴い、国産コーデックであるATRACは風前の灯火という状態だ。しかし、なぜ、このタイミングでDRMフリーにして、AACに切り替えるのか、ATRACは今後なくなってしまうのか、なぜ320kbpsを採用したのか、AACへのエンコードは誰が何を使って行なっているのか……など気になることもいっぱいある。そこで、moraを運営する株式会社レーベルゲートの代表取締役で執行役員社長である佐藤亘宏氏(以下、敬称略)にいろいろな疑問をぶつけてみた。



■ AAC 320kbps採用とDRMフリー化の背景

――大変ご無沙汰しております。ちょうど10年前にも、このAV WatchのDigital Audio Laboratoryでインタビューをさせていただきましたが、それ以来でしょうか。

佐藤:ご無沙汰していました。この10年で時代も大きく変わりましたね。10年前というと、本当に音楽配信がスタートしたばかりのころでした。そもそものキッカケとなったのは99年に、ソニー・ミュージックエンタテインメントによるインターネット上の有料音楽配信サービスとして、ビットミュージックをスタートさせたことでした。ちょうど、ソニーがメモリースティックウォークマン(MW-MS7)をリリースしたタイミングのことでした。ただ、その仕組みをSMEの中で閉じるのではなく、ほかの会社にも使ってもらおうと、2000年4月に、このレーベルゲートを設立したのです。そう音楽配信を1つのレーベルで囲い込むのではなく「他社レーベルにも開放しよう」ということで、レーベルゲートというネーミングをしました。

――アップルのiTunes Music Store(現iTunes Store)が海外でオープンしたのが2004年、日本でのスタートが2005年だから、レーベルゲートはずいぶん早くから音楽配信ビジネスを始めていたわけですよね。

佐藤:音楽配信の時代が来ることは分かっていましたが、実際にビジネスになるまでには時間を要しました。実際、国内ではPCの音楽配信より先に、携帯が花開きました。そして、今ようやく携帯からPCへと主流が移ってきたところです。やはり音楽配信においては、持ち出すことができるデバイスが大きなフックになる。その意味でウォークマンやiPodは大きなキーとなってきたわけです。従来はスマホもタブレットも存在していなかったので、ダウンロードはPCで行ない、それをデバイスへ転送して持ち歩くという流れでした。しかし、これからは時代も大きく変わってきそうです。

――10月1日からmoraは大きくリニューアルし、DRMフリーになり、AAC 320kbpsでの配信とずいぶんと変わりました。これについては多くの人も歓迎しているようですが、なぜこのタイミングでリニューアルしたのですか?

佐藤:一言でいえば、「ようやく音楽配信がマーケティングフェーズに変わってきたから」ということでしょうか? 先ほど申し上げたとおり、PCでの配信が世の中的に定着してきたのとともに、タブレットやスマホのようなダウンロードができて、持ち歩きができるデバイスも登場してきました。そして今後はスマホなどによってさらに大きく広がっていきます。そうなると、音楽配信によるデータも、特殊なものではなく、CDのようにどこでも同じように再生できることが重要になってきます。だからこそ、よりオープンなコーデックであるAACを選択したのとともに、DRMも取り外したのです。

――やはりATRACを再生可能なのは事実上ソニーのウォークマンに限られるのに対し、AACであればiPodやiPhoneなどアップルの製品はもちろん、PC、そしてAndroidデバイスでも再生が可能ですからね。とはいえ、音質の評価というものはどうなのでしょうか? これまでソニーが自信を持って進めてきたATRACに対してAACのほうがいい音であるという評価がされたのですか?

佐藤:ATRACにせよAACにせよ、256kbps、320kbpsを超えてくると、大半のユーザーは聴感上、違いは分からなくなります。では、プロの耳で聴いた場合、どちらがいいのかというと、実はこれが簡単には言えないのです。コーデックによって、またビットレートによって癖があって、ある楽曲ではATRACのほうがいい、こちらの楽曲ではAACがいいなど、曲によって評価が分かれるため、どちらが絶対的にいいという判断はしにくいのです。昔から「この曲はWMAの64kbpsのほうが好きだ」なんていうケースもありましたからね。ピュアにどこから見ても判断が付く総合的なランキングというのはつけられませんね。

――なるほど、必ずしもAACのほうがATRACより高音質だから採用した、というわけではないんですね。

佐藤:どのコーデックでも基本的にビットレートが上がれば音質が向上していくという意味では、共通です。そうした中、ATRAC3plusの場合、仕様上は512kbpsや700kbps以上のフォーマットも存在します。そこまで上げれば、おそらくはAACよりも高音質にはなるでしょう。とはいえ、これはあくまでも仕様上の話であって、それに対応したプレーヤーがあるわけではありません。また先ほどの「CDのようにどこでも同じように再生できる」という環境においてATRACよりもAACのほうにアドバンテージがあるということで、判断しました。あまりコーデックの違いで他社と戦うというのも変ですしね。CDだってひとつの規格であり、タワーレコードとHMVで音質を競い合っているわけではありませんよね。音楽配信もそれと同じような姿になっていくのだと思います。

――そのAAC、iTunes Storeのほうは、一足早く、iTunes Plusと銘打ってDRMなしのAAC 256kbpsに切り替えています。今回256kbpsではなく、320kbpsにしたのはどうしてですか?

佐藤:iTunes Storeと同様に256kbpsにするという選択肢はありましたが、また数年たったところで、もうちょっといい320kbpsへ切り替えるというのもスマートではない、と考えました。せっかくならAACで最高の320kbpsを最初から選ぼうということで決めました。

――ところで、今回DRMを廃止したという点についてはいかがですか?

x-アプリからウォークマンへの転送画面

佐藤:DRMというのは、本来コピープロテクトのためだけに存在しているわけではありません。一定の振る舞いの範囲内で使う、具体的にはx-アプリとウォークマンを接続する世界の中では、初心者でも非常に簡単に、シンプルに扱えるという面もあります。ただDRMというものも、もともとレコード業界が持っていたテクノロジーであったわけではなく、外から持ち込んできたものです。そのためユーザーエクスペリエンスという面では、必ずしも最高のものではなかったかもしれないし、一定の限界もあったのは事実です。まあ、DRMがすべて悪かったわけではないし、現在もエニーミュージックやPlayStation Network(PSN)傘下のVideo Unlimitedなどは継続しており、DRMすべてをなくしたわけではありません。ただ、音楽配信がマーケティングフェーズに移ったタイミングなので、この新たな選択肢をとったということなのです。

――とはいえ、DRMを廃し、AACに切り替えたことの反響は大きかったのではないでしょうか?

佐藤:お陰様で、すごい反響でした。正直なところ、われわれの予想外というほどの数のアクセスが殺到し、当初混乱もあり、お叱りの意見などもいただきました。ブラウザで買うユーザーの方が想定外というほどに多かったのです。10月の3連休を挟み、ようやく安定稼動するようになりましたが、改めてユーザーの期待に応えていきたいという思いでいっぱいです。今回x-アプリなしにブラウザでも購入できるようにした、というのも大きく評価いただいたようです。これによってWindowsだけでなくMacでもダウンロードが可能になりました。もっとも、ブラウザでダウンロードして、ポータブルデバイスなどへ転送するという手順を考えると、x-アプリを使うのと比較して、まだまだ面倒なところが残っています。この辺をどう改善するかは大きな課題であると考えております。

――iTunes Storeの楽曲はiTunesを使わないとダウンロードできませんから、その点ではmoraのほうがオープン化という面で一歩進んでいるといえそうですね。

佐藤:そうかもしれません、ただ以前のような使い勝手を求めるユーザーが多いのも事実です。そういう方はこれまでどおりx-アプリを使っていただいたり、Media Goなどを使っていただくことで、これまでと変わらない使い方が可能になります。まだ、キレイに切り替わっていない面もありますが、一日も早くより使いやすいものにしていきたいと思っています。

――ブラウザからダウンロードできる、DRMがない、AAC対応である、ということで、moraで購入した楽曲をiPhoneやiPodで聴こうという人が多くいたように思います。ただ試してみると、そのまま転送することはできるものの機種によってうまく再生できないという問題が出てきたり、うまく再生するためには再エンコードが必要といった問題もありました。また、すでにユーザーからはmoraで購入した楽曲を再エンコードすることなく、iPhone/iPod touchに転送できる形式に変換するといったツールも出ているようです。見てみると、mp4データ内の一部メタタグ情報を除去するというもののようでしたが、レーベルゲートとしてはそうした問題が起きていることを認識されていますか?

佐藤:はい、ユーザーの声はキッチリ届いておりますし、そうした声は私自身もしっかり読んでいます。そうした点について、できることがあれば、どんどん改善していきたいと思っています。ただ、この件についていうと、現在発売されているほとんどの端末環境において検証を行わせて頂いたのですが、個別の端末の持つ癖といった深い所までの検証には至れなかったのもまた、事実です。1日でも早く、お客様のお持ちの全ての端末環境においても安心してご利用頂ける環境を提供させて頂ければと考えております。



■ ロスレスなどハイレゾ対応も検討中

――さて、moraではAACの320kbpsを選択したわけですが、音質にこだわるのなら、いっそのことロスレスを選択するという方法もあったのではないですか?

佐藤:はい、それはやらなくては、と思ってはおります。ただ、16bit/44.1kHzのロスレスというだけでなく、いわゆるハイレゾを含めて多角的に検討しているところです。せっかくならば、このタイミングでやればよかったのでは……という話もあるのでしょうが、スマホとPCのバランス、ブラウザへの対応などを含め、あまり一気に変えすぎると混乱をきたすと考えて見送りました。また今回はスマホを大きなターゲットと考えたわけですが、ロスレス、ハイレゾとなったとき3Gの通信では、さすがにどうにもなりません。その辺のすみわけも考える必要があると思っています。そうした点の整理がついてきたところで、ロスレスなのか、24bit/96kHzなのか、さらには192kHzなのかといったところについて、再生環境の整備とともに検討していきたいと思っています。

――CD相当なのか、ハイレゾなのかという点はあるとは思いますが、その場合のフォーマットはどうされるのですか? 従来のウォークマンではATRAC Advance Losslessというものがありましたが、さっきの考えからするとほかでの再生ができないので、これを選択するというのは難しそうですよね。一方、今回のウォークマンではFLAC対応していましたから、やはりFLACというものになっていくのでしょうか?

佐藤:どのコーデックがいいのかについては、目下検討中という段階です。またFLACに関していえば、これはAACと違って厳密な規定がないのがネックではあると思っています。FLACについて悪くいうつもりはありませんが、環境によって再生できないというケースもあるので、難しいところです。このロスレスというのは、WAVの音に戻せるからロスレスというわけであって、音質的な変化がないと認識しています。ただ、マスタリングエンジニアなどに言わせると「でも、違う」という人もいるんですよね。そうなってくると、どれを選ぶのかは難しいところです。もちろん、すべてのロスレスフォーマットに対応させてしまうというのもありなんでしょうが……。いずれにせよ、ユーザーが混乱しないようにする必要があると考えております。とはいえ、こうしたCDクオリティー以上の配信については、まだ検討段階であって、いつからスタートするということを言える段階ではありません。

――もうひとつお伺いしたいのがエンコードやマスタリングについてです。AACへのエンコードはレコード会社側、レーベルゲート側のどちらが行なうのでしょうか? またエンコーダは何をつかっているのですか?

佐藤:これはどちらもあります。レーベルゲート側でエンコードする場合もあるし、レコード会社側で行なう場合もある。もっとも比率でいえばエンコードして納品してくるのは一部ですね。またエンコーダは何を使っても構わないとしています。もちろんファイルフォーマットが正しくできているか、メタ構造が規定どおりになっているかの確認は行ないますが、それさえしっかりしていれば、どのAACエンコーダーでも構わないと考えております。

――iTunesではMastered for iTunesのようにCD用ではなくAAC専用にマスタリングするといった話も出てきていますが、エンコードを含めその辺にこだわりを持っているレコード会社もあるのですか?

佐藤:そうですね、その辺はレコード会社というよりもアーティストによるこだわりかもしれません。この点は、着うたフルの時代でもすでにあって、アーティスト監督の元、エンコードを行なっていた例もありました。ただ、多くの場合はCD用のマスタリングと別に行なうというケースはないようですね。ただ、この辺にはまだ自由度があり、アーティストの作品を扱うという点では、できることはいろいろありそうですね。

――今後の発展が楽しみですね。

佐藤:多くのユーザーの方に喜んでいただけるmoraにしていきたいと思っております。なお、今回のリニューアルのタイミングで新規アカウントユーザーに向けて「ミュージッククーポン」というものを1万人にプレゼントするキャンペーンを11月いっぱいまでおこなっております。またソニーグループとしてはXperiaユーザー限定でのクーポンのキャンペーンを行なったりもしています。さらに、まだ決定事項ではないのですが、アーティスト絡めた施策など、より魅力的な様々な企画も検討しているところですので、ぜひmoraをよろしくお願いします。

――本日はありがとうございました。


(2012年 10月 22日)

= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。EPUBマガジン「MAGon」で、「藤本健のDigital Audio Laboratory's Journal」を配信中。Twitterは@kenfujimoto

[Text by藤本健]