藤本健のDigital Audio Laboratory
第571回:DSP搭載のサーバー「IOS」など、Inter BEEのオーディオ関連展示レポート
第571回:DSP搭載のサーバー「IOS」など、Inter BEEのオーディオ関連展示レポート
(2013/11/18 13:26)
11月13日~15日の3日間、幕張メッセで音と映像と通信のプロフェッショナル展「Inter BEE 2013」が開催された。既に映像系、放送系の機器を中心に、さまざまなレポートが上がっているが、Digital Audio Laboratoryとしてチェックするのは、会場全体の約20%の面積を占めるプロオーディオ部門。その中でも、デジタル系、DTM系の新製品、新サービスなどについて気になるものをピックアップしたので、レポートしていこう。
プロオーディオ分野で話題になったDiGiGridの「IOS」とは?
Inter BEEの会場を歩いていると、やはりいろいろな知人に出会う。そして「何か、面白いものあった? 」などと会話をするわけだが、今回多くの人が話題にしていたのが、メディア・インテグレーションのブースで展示をしていたDiGiGridというもの。これはオーディオプラグインメーカーとして著名なWAVES、デジタルコンソールメーカーのDiGiCo、そして40年以上のプロオーディオ機器製造のノウハウを持つSoundtracsの3社が共同で進める新ブランド。
このDigiGridからは、今後さまざまなハードウェア、ソフトウェアが出てくるとのことで、いくつかの製品が展示されていたが、その中心的な存在となるのが「IOS」と呼ばれるオーディオI/O & Sound Grid DSPサーバー。残念ながら当日は、その肝心なIOSの展示がなかったのだが、今後のレコーディングの世界に革命をもたらす可能性があるものなのだ。簡単にいえば、DSP機能とオーディオインターフェイス機能を兼ね備えた機器であり、PCとの接続はEthernetで行なう。「USBでもFireWireでも、ThunderboltでもなくEthernet!?」と不思議に思ってしまうところだが、ドライバを組み込むことで、Gigabit Etherに対応したLANのポートがオーディオ入出力に使えるのだそうだ。
IOS本体には、8つのアナログ入出力、AES/EBU、S/PDIF、MIDIなどを備えているが、肝心なのはこのIOSにDSPが搭載されており、ここでプラグインのエフェクトを超低レイテンシーで動作させることができるということ。つまりCPUに負荷をかけることなく、IOSが持つパワーで処理できるのだ。「あれ、それってProTools|HDXのようなもの? 」と思った方は大正解。まさに、その通りなのだが、別にProTools|HDX互換だというわけではなく、完全な独自規格。
ご存じのとおり、ProToolsはRTAS/TDMというプラグイン環境からAAX(NativeとDSP)へと移行した。ただ、RTAS/TDMの各プラグインのすべてがAAXへ移行したわけではない。中でも多くの人に注目されているのがWAVESの状況だ。すでにCPUで動作するNative環境についてはRTASからAAX Nativeへ切り替わったが、TDMについてはAAX DSPへの移行する予定はない。その代わりにということで登場したのが、このDigiGridのSound Grid DSPだったのだ。つまり、これはAvidのDSPの競合となる製品なのだ。
といってもDAWとしてはProToolsが利用できる。そのカラクリをメディア・インテグレーションに聞いてきたところ、Pro Tools上で専用のブリッジソフトのようなAAXプラグインを起動すると、そこからSound Gridのソフトを呼び出せる形になっている。このブリッジソフトは、AAXだけでなく、VSTやAudio Unitsなどの環境でも動作するので、CubaseでもLogicでも、ProToolsと同様にDSPで動作するWAVESのエフェクトが使えるというわけなのだ。このSound Gridに対応するエフェクトはWAVESだけが開発するというわけではなく、すでに複数社が開発に取り組んでいるとのことなので、動向をチェックしていきたいところだ。
なお、Sound Grid DSPサーバーがユニークなのは、PCとEthernetで接続する際、複数台のPCが接続されていれば、それぞれでDSPパワーをシェアできるという点。最大で8台までのPCで共有できるというので、いろいろな使い方ができそうだ。なお、IOSの価格は40万円弱になるとのこと。IOS以外の拡張インターフェイスなども、いろいろと登場するようだ。
ネットワークでオーディオをリアルタイム伝送する「EtherMADI-64」
個人的に非常に大きな興味を持ったのがシンタックスジャパンのブースに参考出品されていたレゾネッツという会社が開発したEtherMADI-64という1Uラックマウントの機材。Ethernet MADI Converterという副題がついていたのだが、これがかなり画期的な機器だったのだ。一言でいえばネットワーク経由でオーディオをリアルタイムに伝送するシステムで、ヤマハが開発したNETDUETTOのより本格的なシステムといえばいいだろうか。2台のEtherMADI-64を遠隔地に置き、その間をインターネットやBフレッツ光などの広域Etherサービスで接続することで、最大64chの信号をやりとりできる。このEtherMADI-64本体にはアナログの入出力はないので、ローカルはMADIでのやりとりとなり、この先にはRMEのMADIインターフェイスなどを利用して、アナログ機器、デジタル機器と接続したり、PCと接続する形となる。
何やら難しいものに感じられるかもしれないが、応用範囲は非常に広そうだ。たとえば、地方のコンサート会場にマイクをセットしておき、東京のレコーディングスタジオにあるDAWでリアルタイムにレコーディングを行なうということが考えられる。セッティングの最中にトークバックで東京のレコーディングエンジニアから指示を出すということも可能だ。さらに一歩進んで、2拠点間でのセッションということも可能。NETDUETTOもこれを目指すものだったが、レゾネッツの説明によると、東京・長野間で実験を行なったところ20~30msecのレイテンシーでの接続ができたという。さらに、京都市内での実験を行なった結果5msecのレイテンシーで接続ができたとのことなので、ここまでくればスタジオ内でのレコーディングと同等といって差し支えないだろう。
いまは1対1での接続を例に出したが、1対多での接続も可能というので、さらに応用範囲も広がりそうだ。ちなみに開発したレゾネッツは長野にある日本の企業で、京都にあるエアフォルクという会社と、エムアイセブンジャパンとの合弁会社だそうだ。価格や発売時期の詳細は決まっていないが、来夏ごろに1台50万円以下でリリースしたいとのことだった。
MADI関連ではもうひとつ面白い展示があった。これも同じシンタックスジャパンで展示していた世界初のUSB 3.0対応オーディオインターフェイス、RME MADIface XT。PCとの接続はUSB 3.0だが、オーディオの入出力はMADIを利用し、MADIのオプティカル2系統と同軸1系統の入出力に対応。さらにアナログ入力2系統、アナログ出力4系統、AES/EBU1系統の入出力を備えるため、合計で196チャンネルの入力という膨大なスケールとなっている。
RMEでは従来からMADIface USBというUSB 2.0対応の製品があるが、MADIface USBが64chの入出力であったのに対し、MADIface XTならその3倍の入出力が可能になるわけだ。ただし、レイテンシーなどは変わらないということなので、あくまでも多チャンネルの入出力を同時に行ないたい場合に、USB 3.0を利用するメリットが出てくるというわけだ。
先ほどDigiGridのIOSについて紹介したが、Focusriteも別の角度からProToolsのシステムへのアプローチを行なっていた。FocusriteはRedNetシリーズという展開しており、これもやはりEthernetのCAT6のケーブルを利用してオーディオ入出力を行なうというもの。具体的にはAudinate社のDanteという規格となっているのだが、今年の夏に発売されたRedNet5という製品を利用することでProToolsと連携できるようになっている。具体的には、RedNet5のエミュレーション機能により、192Digital I/OまたはHD I/OとしてPCから見えるようになるので、まるで192Digital I/OやHD I/Oがあるかのように、利用することができるのだ。チャンネル数的には32chあり、実勢価格は180,000円。最大6台まで接続できるので192chの入出力が可能になるのだ。これを利用する最大のメリットは、Danteに対応したヤマハのデジタルコンソールをPro Toolsで直接利用可能になるという点。各社ともAvidへの包囲網を強めている印象だ。
Steinberg「UR44」やTASCAM「UH-7000」などのUSBオーディオ新モデル
ここまでハイエンド製品について4つ見てきたが、10万円以下で入手できそうなDTM系、コンシューマ製品でも面白い機材がいろいろ登場してきていた。まずはヤマハのブースで展示されていたSteinbergのオーディオインターフェイス「UR44」だ。これは従来製品であるUR22とUR824/UR28Mの間に位置づけられる製品で、24bit/192kHz、6入力4出力というスペックのものだ。写真のとおり、フロントには4つのコンボジャックの入力があり、それぞれに計4つのマイクプリアンプを搭載している。また、内部にはDSPが搭載されており、チャンネルストリップ(ダイナミクスとEQ)の処理ができるようになっているが、ファームウェアをアップデートすることにより、ギターアンプシミュレータ機能が搭載される予定だ。価格は29,800円前後で、2014年1月の発売予定だ。
ティアックでは2つのTASCAMブランド製品を参考出品していた。1つはUH-7000という2入力2出力のUSBオーディオインターフェイス。見た目は同社のUSB-DACであるUD-501に近い雰囲気だが、実際UH-7000はUD-501のオーディオインターフェイス版ともいえるもの。アナログを高品位にしたHDIA(High Definition Instrumentation Amplifier)という回路を搭載することで、出力を高音質化すると同時にマイクプリアンプも高品位化。また、単体でマイクプリ/ADコンバーターとして使用できるスタンドアロンモードも搭載している。内部には同社の人気製品US-366と同等のDSPが搭載されており、リバーブ、EQ、コンプレッサ……といったエフェクトの利用も可能だ。発売は年末~1月ごろとのことで、価格は7~10万円くらいを検討しているという。
さらにCG-2000というマスタークロックジェネレーターは、放送曲、ポストプロダクションをターゲットとしたクロックジェネレータとのことだが、価格が10万円前後ということで、一般ユーザーにもなんとか手が届く価格帯。ここには高精度恒温槽付水晶発振器OCXO採用したことで、高品位なクロックを生成でき、デジタルオーディオの高音質化が図れるという。またここには12個ものワードクロックの出力端子があるので、多くの機器にクロックを供給することができる。そのほか4つのビデオ出力を装備したり、電源/クロックの二重化などもされている。
日本エレクトロ・ハーモニックスが展示を行なっていたのは、APHEXというアメリカのメーカーが開発したUSBマイク。これまでもSHUREをはじめ、何社かがUSBマイクを発売していたが、いずれも24bit/48kHzまでの対応だったが、このMicrophone Xは最高で24bit/96kHzに対応し、WindowsならASIO、MacならCoreAudioで動作する機材となっている。USB電源供給で動作するコンデンサマイクとなっており、アナログ・オプティカル・コンプレッサも搭載。マイクの形状はしているが、ここにはヘッドホン出力端子、さらには入力ゲイン調整、出力レベル調整も搭載されており、実質的にはUSBオーディオインターフェイスとなっている。国内では11月に発売が開始されており、価格は税別で38,000円程度とのことだ。
リバーブ除去ソフトも2種類登場
昨年のInter BEEではCubase 7、SONAR X3、StudioOne 2.5などDAWの新製品オンパレードだったが、今年の展示を見る限り、DAWに大きな動きは見られなかった。が、ソフトウェアでなぜか目立ったのが、リバーブ除去ソフトだ。具体的にはiZotopeのRX3、ZynaptiqのUNVEIL。それぞれ、タックシステム、エムアイセブンジャパンが扱っていたのだが、簡単に紹介してみよう。
これらに共通するのは、既存のオーディオデータからリバーブ成分を検出し、それを除去するというもの。リバーブがかかった素材だと、単独で聴くにはいいが、ミックスすると不明瞭になって扱いにくい。しかし、これらのツールでリバーブを取り除いておけば、扱いやすくなる。また、リミックスやリマスターを行なう際も、これらでリバーブ成分を取り除くことができれば、その後の加工もしやすくなってくる。こうしたことは、音楽だけでなく、ナレーションなどに対しても有効であり、よりクッキリとしたサウンドに仕上げることができるはずだ。
iZotopeのRX3 ADVANCEDは実売価格128,000円程度のオーディオ修復ソフト。リバーブ成分除去だけでなく、さまざまなノイズリダクション機能、オーディオ編集機能を備えているが、この新バージョンとなってリバーブ除去機能も強化されているようだ。
そしてZynaptiqのUNVEILもWindows、MacのVST、RTAS、AudioUnits、AAXとさまざまなプラットフォームに対応した製品。モノかステレオかなど入力音源のチャンネル数は問わず、リバーブ成分など知覚的に重要でないシグナル要素を減衰またはブーストすることができる。UNVEILは、MAP(Mixed-Signal Audio Processing)テクノロジーという独自技術によって、不明瞭な成分の除去を実現しているという。いずれもアルゴリズムに違いがあり、処理結果にも違いがあるようだが、今度機会があれば、それぞれの違いについてテストできたらと思う。
最後にもう一つ取り上げたいのが、プロオーディオ部門のフロアではなく、クロスメディア部門というところに出展していたインターネット(株式会社インターネット)の新製品「MuVis」。これはMTC信号を用いて、映像や音声を同期させるというものだ。
テープメディアなどでは、古くからMTC/SMPTEなどを用いた同期システムはあったが、MuVisがサポートしているのはMP4ファイルを使った同期。ありそうでなかったこのシステム、ホストをDAWにして使うことはもちろん、映像側をホストに、DAW側をスレーブにできるほか、MP4同士を同期ホスト、スレーブのそれぞれに設定して同期させるということも可能だ。そして、その同期には、MIDIケーブルを使う以外に、LANが利用できるというのも大きなポイント。LANのHUBに複数のPCを接続しておけば、複数PCを同期させることが簡単にできてしまうのだ。さらに、LOOPバック機能を利用することで1台のマシン内で完結させることも可能となっている。発売は来年の1月を予定しており、価格は未定だが2ライセンス分を1つのセットとして5万円程度を想定しているという。
以上、Inter BEE 2013の会場で見つけたものをいくつかピックアップしてみたがいかがだっただろうか? ハイエンドのものから、低価格な製品までいろいろあったが、ぜひ、今後、発売されたら入手して詳細をレポートしてみたいと思っている。