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第590回

パナソニックとAmazonに聞く「Fire OS搭載ビエラ」誕生の背景

最新世代の高輝度パネル「マイクロレンズ有機EL」(MLA-OLED)を搭載した65型4K有機ELビエラ「TV-65Z95A」。OSにFire OSを採用している

パナソニックは同社のテレビ製品「ビエラ」で、基盤として使うOSを「Fire OS」に変更している。

Amazonが「Fire TV」で使っているOSで、世界的にテレビへの導入が進んでいる。日本メーカーとしてはフナイに続き2社目となるが、両社のテレビはもちろん同じではない。

これまでパナソニックは(少々説明を要するが)別のOSを使っていた。それをFire OSに変更する、というのはやはり大きなことに違いない。

そうした判断はどのように行われたのか? そしてそのことは、パナソニックとAmazon、両社にどのような意味をもたらすのだろうか? 両社の責任者に話を聞いた。

お話を伺ったのは、パナソニック エンターテインメント&コミュニケーション ビジュアル・サウンドビジネスユニット 国内マーケティング部 金澤貞善部長と、 テレビ・オーディオ事業統括 大竹隆太郎氏、Amazonデバイス Fire TV事業部 西端明彦事業部長だ。なお取材はオンラインで行なっている。

左下から時計回りにAmazonの西端明彦氏、パナソニック エンターテインメント&コミュニケーションの大竹隆太郎氏、金澤貞善氏

なぜFire OSを選んだのか?

実際のホーム画面

なぜFire OSを導入したのか?

このストレートな問いに、パナソニック・大竹氏は、次のように答えた。

大竹氏(以下敬称略):グローバルな視点でもそうですが、国内でもAmazonのブランド認知度は高い。Amazon Primeの会員数も多いですから。ベーシックなところで、(パナソニックの側だけで)拡散せずとも認知が高まる、という点はあります。

それと同時に、昨今はテレビ側でもOTT(Over The Top、放送ではないオンラインの独立事業者のこと)サービスへの対応力が問われています。

実際、NHKプラスやDisney+の対応でもお時間をいただきました。弊社のテレビとして画質・音質は進化してきたつもりですが、ネットアプリへの対応力に課題があったのは事実です。

以前に記事でも書いたが、パナソニックはMozilla.orgと共同で「Firefox OS」ベースのテレビ向けOSを導入していた。昨年までのモデルはこちらを使っていた。

ただ、Mozilla.orgの戦略転換に伴いテレビ向けOSとしてはパナソニックのみが採用する形になり、メンテナンスが続けられてきたものの、アプリ基盤としてサービス提供側から見たときには、Androidベースで複数メーカーの製品に対応できるFire OSの方が有利だったのは間違いないだろう。

金澤氏もこう説明する。

金澤:グローバルでのシェアは高いわけではないので、そこでAmazonとの協業で……という部分はあります。

過去から、テレビの中のスマート機能ではOTTへの対応をどうするのか、という点が課題になります。そこではOSの違いにフォーカスが当たりやすいのですが、テレビの場合、重要なのはやはり「使いやすいかどうか」です。OSをメインに訴求ではなく、サクサク感のような、お客様価値を重視したいです。また、同じように「テレビ」なので、放送とネットがシームレスにつながって見たいコンテンツを選べる、という点も重視しています。

金澤氏がいうように、Fire OS版ビエラでは、テレビのチャンネルとOTTの映像配信コンテンツが横並びで表示される。Googleのソリューションを軸にした他社製品の場合、テレビが1アプリのような扱いになり、「放送と配信が完全に横並び」にはなっていないものもある。

金澤:一方でこだわりとして、「協業」として、弊社の独自機能をいかに搭載できるか、という点が重要。特に国内では大きな要因です。それがきちんと実現できるプラットフォームとしてFire OSを選んだ部分があります。

独自機能を入れる部分については、Amazonと協力して開発に当たりました。違う文化でテレビを作ってきた企業同士ですから、こちらが当たり前と思っていることがそうでない部分もあります。なぜ日本向けには必要なのか、1つ1つディスカッションしながら進めています。

ビエラの場合、録画機能にしろ高画質化にしろ、自社のプラットフォームの中で培ってきた要素が多数ある。もちろん今回の新製品でも、Fire OSに変わったからといって、それらの機能がスポイルされたわけではない。画質は確実に向上しているし、録画などの機能もちゃんと搭載されている。

パナソニックとしては、そうした「これまでの蓄積」と現在の課題をうまく解決するパートナーとしてAmazonを選んだ……という部分があるようだ。

Amazonと協力する事で、ビエラ専用にメニューをカスタムチューン。ネット動画が混在するメイン画面に、現在放送中のテレビ番組(地上・BS・CS)を表示することで、番組とネット動画を“チャンネルを切り替える感覚”で変更できるようになった

Amazonと連携して期間をかけて開発

ではAmazon側はそれをどう見ていたのだろうか?

西端:Amazon側として、テレビで大きな実績のあるパナソニックから「OSとして選んで」いただいたことは、大変に光栄なことです。

弊社はずっとSTBやスティック型端末を提供していて、Fire OSが日本向けのスマートテレビに入ったのは2年前のことになります。海外ではOLED(有機EL)を使った自社ブランド製品も出しています。

弊社としてSTBなどを中心にやってきましたが、決して値段重視で安いものだけを売りたいと考えていたわけではないです。「Fire TV Cube」などはハイスペックなテレビと組み合わせて十分な価値を発揮します。幅広いセレクションを用意したい、と考えてきました。ただ、低スペックで安価なものの方が売れやすかったのは事実です。

Alexaなどの価値は弊社で突き詰めてきたわけですが、一方で、ハードウエア起因の音質・画質の領域については、各メーカーの方での改善ということになります。弊社では直接持っていなかったハードの価値を活かす、という意味で、協業は重要です。

西端氏によれば、Fire OSの開発に関しては「日本市場向けに開発担当・テックチームも存在する」という。それらの部隊も含め、Amazonとパナソニックの間でグローバルな協力体制が構築され、Fire OS版ビエラの開発が行なわれたということになる。

では具体的に、パナソニック独自の価値とはどこに、どのように構築されたのだろうか?

前出のように、画質・音質に関わる部分や、録画などの関連する部分はパナソニックが深く関わった部分だ。

大竹:アプリ操作などは問題ないのですが、ネットワークを介してデバイスを動かすような、パナソニック独自のネットワーク機能を残すために独自開発が必要でした。そこで自社の強みを活かせるよう、連携した座組で開発を進めました。

また、絵作りをする場合には、SoCレベルでの信号処理から開発を行ないます。そのため、そこも独自に行なう必要があります。

Amazonとの連携により、パナソニック独自の機器連携機能は継承されている

パナソニックとAmazonの関係がいつから始まったものかは「ノーコメント」だという。

しかしパナソニック側として今回の製品は、「通常に比べ倍くらいの時間をかけている」という。

ということは、テレビビジネスを続けるために必要な開発投資として、それなりに長期的な展望で開発を進めてきたのだろう……ということが予想できる。

アカウント活用や小型など、今後のテレビはどうなる?

では今後のテレビにおいて、こうした協業はどのような意味を持ってくるのだろうか?

金澤:いままで(パナソニックの)テレビでは、いわゆるアカウントの紐付けを全面に押し出してきませんでした。

しかしここからはフェーズチェンジして、アカウントの紐付けによって「その人にとって使いやすい」という部分を訴求していけます。

そのほうが、今後テレビを買い替えた際にも、価値を引き継ぎやすいという点があります。

もちろん、「アカウント」という考え方の難しさはあります。スマートフォンなどでの文化があるので。理解されやすくなっているとは思いますが。

大竹:可能性はあると思っているところです。これまでは登録のハードルでスマート機能は使ってなかった層にも使っていただける可能性はあります。その部分の資料や解説も行なっています。

一方、昨今はテレビ離れと言われますが、Fire TVを知っている方に対して、「パナソニックに乗ったなら」と考えていただける可能性はあると考えています。

この辺はもちろん、色々な考え方もあるところだろう。だが、テレビ市場を考えた時、一定の「パーソナル化」は考慮すべき点だ。

アカウントの効果として「次のものに買い替えた時の移行が楽」というのは重要な話かと思う。スマホなどではあたりまえの考え方だが、テレビではなかなか見えてこなかった。だが、自分の好みや家電連携があるなら、そういう要素は必須になる。

パーソナル化という意味で、小型の製品も含め、現在のテレビ市場について聞いたところ、次のような答えが返ってきた。

金澤:日本のテレビの総需要は、基本大型のモデルです。一家に一台であり、そこから大幅には減りもしない増えもしていません。

小型のテレビは、10年以上前は「1部屋に1台」だったものが、スマホに置き換えられています。

昨今はコンテンツをマルチタスクで消費する方も増えています。個室でもスマホより良いものを……というニーズはだんだん顕在化してくる可能性もあり、暮らしのスタイルも含め、検討していく余地はあります。

そう考えると、放送と配信コンテンツをまとめて扱いやすい基盤で、消費者認知度も高いプラットフォームへの移行……という考え方もよくわかる。

Amazonはその辺をどう見ているのだろうか?

西端:ECサイトと店舗で買う大型のものは、両方価値があるのではないか、という見方をしています。ECとしてのAmazonとハードウエア事業は別事業ではありますし。実際、テレビについてもAmazonだけで売れることがいいとは思っていないです。

Fire TVを現在使っているお客様、搭載テレビに出会っていただいて、そこから切り替えるというのも選択肢の1つ。店舗で実際に見てみたい、ということには別の価値があり、ニーズによって異なるのではないでしょうか。

そうなると、昨今は「チューナーレステレビ」もある。Fire OSを使ったチューナーレスを……と思う人もいるかもしれない。最後に、パナソニックとしてどうみているのかを聞いてみた。

金澤:安さが注目されやすいのですが、チューナーの部品はそうコストがかかるものではないです。ですから、チューナーレスだから安くなるわけではありません。

昨今の生活事情、使い方、ニーズなどで話題にはなりましたが、やはり「テレビとしてのスマートな製品」はどうあるべきかを考えるべきでしょう。

我々としては、単純にテレビを作り続けるのではなく、「住環境の中のインターフェース」として捉えています。放送対応している・してないではなく、結果としてどういう商品になるのか、ニーズにどう答えるかの1つとしてありうるのか、という話でしょう。

55型4K有機ELビエラ「TV-55Z95A」
西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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