藤本健のDigital Audio Laboratory

第636回:APOGEEからハイレゾヘッドフォンアンプ「Groove」登場

第636回:APOGEEからハイレゾヘッドフォンアンプ「Groove」登場

レコーディング機器メーカーの再生音質へのこだわりとは?

 国内外さまざまなメーカーが参入し、ますます盛り上がってきているヘッドフォンアンプの世界に、また新たな大物メーカーが参入する。プロのレコーディングの世界で大きな実績を持っている米APOGEE ELECTRONICS(APOGEE/アポジー)だ。同社が発売するのはUSBメモリサイズのコンパクトな機材で、USB DAC内蔵という「Apogee Groove」。

Apogee Groove(左下)

 海外では先週から発売が開始されたようだが、国内でも6月10日よりAPOGEEの総代理店であるメディア・インテグレーションから39,800円で発売が開始される。ハイエンド機材を中心に手掛けてきたAPOGEEがなぜこのタイミングで、コンシューマ向け製品を出してくるのか、現在数多くあるヘッドフォンアンプにどうやって立ち向かうのだろうか? 先日、同社のインターナショナル・セールス・マネジャーのロブ・クラーク(Rob Clark)氏がGroove発売に向けて来日していたので、いろいろと話をうかがった。

APOGEEのロブ・クラーク氏

【訂正】初出時、「国内でも6月1日発売」としていましたが、その後「6月10日発売」との発表があったため訂正しました(6月5日更新)

レコーディング機材を展開するAPOGEEから再生専用ヘッドフォンアンプが登場

 ご存じの方も多いと思うが、APOGEEはロサンゼルスにあるレコーディング機器メーカーで、1985年設立という会社。設立当初から世界的なトップ・レコーディングエンジニアであるボブ・クリアマウンテン氏がコンサルティングをしていることでも有名で、同社製の機材は世界中のレコーディングスタジオで幅広く導入されている。

APOGEE製品の歴史

 そのAPOGEEが30年前にスタートを切った当初に手掛けていたのがアンチ・エイリアシング・フィルター。まだCDが登場したての時代に、CDフォーマットのサウンドをアナログのように温かいサウンドにするための機材として開発した924、944という機材はソニーおよび三菱の業務用ハイエンド・デジタル・レコーディング・システムに採用されたことで、業務用機器メーカーとして地位を確立したのだ。その後、世界初のスタンドアロンのA/Dコンバータ(ADC)やD/Aコンバータ(DAC)を出したり、24bitの音を16bit化する際に発生する量子化ノイズを軽減するためのAPOGEEのディザリング・ツールも世界中で幅広く使われていった。そのディザリング・ツールも、現在ではCubaseなどのDAWのプラグインとしても使われているので、そうしたところでAPOGEEの名前を知っている人も多いと思う。

CubaseなどのプラグインにもAPOGEEのディザリングツールが使われている

 最近では、Symphony I/OシリーズとしてPCで使えるオーディオインターフェイスを展開しているほか、その下位グレードのシステムとしてQuartet、Duet、Oneなども出しており、他社オーディオインターフェイスと比較すると、ちょっと高いけれど、音質的には定評があり、プロミュージシャンが自宅で使うための機材として広まっているようだ。

 そのAPOGEEがレコーディング機材ではなく、再生専用のヘッドフォンアンプをリリースすることになったのだが、これは何を狙ったものなのだろうか? ここからはクラーク氏へのインタビューという形で紹介していこう(以下、敬称略)。

Quartet、Duet、Oneなどのオーディオインターフェイスを手掛ける
新モデルの「Apogee Groove」についてクラーク氏に話を聞いた

アップルとも関係が深いAPOGEEのWindows対応製品

――まずAPOGEEという会社についてですが、これまで、アップルとずっとタッグを組んできたイメージがあり、一部には「アップルの関連会社なのでは? 」と思っている方もいると思いますが、実際のところどうなのでしょうか?

アップル、アビッド、ゼンハイザーとパートナーシップを結んでいる

クラーク:アップルは当社にとって、もっとも重要な戦略的パートナーの1社であることは間違いありません。現在、戦略的パートナーシップを結んでいるのはアップルとともに、アビッド、ゼンハイザーの3社です。とはいえ、資本関係があるわけではありません。もともとアップルがLogicをリリース後に、オーディオ系のハードウェアのパートナーを探しており、当時のアップルの担当副社長がAPOGEEの良さを知っていてくれたことが背景にあります。一方アビッドからは、QuartetやDuetをバンドルしたPro Toolsが販売されており、ゼンハイザーからはClip-Mic Digitalという製品が出ています。Clip-Mic Digitalはマイクがゼンハイザー製で、A/DがAPOGEE製というものになっています。

――今回、Apogee Grooveというヘッドフォンアンプを発表されましたが、これはMacだけでなく、Windows用のドライバもあるんですか? そうだとすると、アビッドから出ているQuartetやDuetを除くと初のWindows製品になるのではないでしょうか?

Apogee Groove
パッケージ

クラーク:はい、当社サイトからダウンロードの形でWindowsのドライバを提供しています。確かにアビッドが出しているQuartet、Duetを除くと、現在WindowsのドライバがあるのはGrooveだけではありますが、だいぶ以前にはWindowsドライバもあったんですよ。2007年以降初のWindows対応ということになります。

――Grooveの基本的な機能について簡単に教えてください。

クラーク:GrooveはUSBメモリ程度のコンパクトサイズなヘッドフォンアンプで、片側にUSB端子が、もう片側にステレオミニのヘッドフォン出力が装備されたシンプルな構造です。電源もUSBからの供給であり、フロントのボタンを押すことで、音量を調整できるようになっています。3つあるLEDはレベルメーターになっていて、音量調整するときは紫に光るようになっています。最高で192kHz/24bitに対応しており、圧倒的な高音質というのが最大の売りとなっています。

USB端子部
ステレオミニのヘッドフォン出力

LEDのレベルメーターを装備
音量調整するとLEDが紫に光る

コンシューマ向けのヘッドフォンアンプを製品化した理由。高音質の秘密とは?

――なぜ、これまでレコーディング機器を手掛けてきたAPOGEEがヘッドフォンアンプを出すことになったのでしょうか?

クラーク:音楽の聴き方は多様であり、やはりヘッドフォンで聴きたいというニーズも高くなっています。そうした中、当社のDuetやOneをDAC兼ヘッドフォンアンプとして使っているケースが増えており、それが盛り上がってきているのです。それならば、そのニーズにマッチするヘッドフォン専用の機材を作ろうというのが今回のコンセプトとなっています。もちろんユーザーとしては、従来どおりミュージシャンやDJ、ビデオ編集者といったクリエイターが大きなターゲットではありますが、それに加え、オーディオリスナー、映画ファン、ゲームユーザーといった人たちにも使っていただきたいと考えています。やはりPC内蔵の出力端子にヘッドフォンを接続してもいい音で聴くことができません。それと比較して、圧倒的な高音質で聴くことができるためのコンパクトな機材として開発したのです。

――PCの出力と比較して音がいいのは当たり前だろうと思います。現在、数多くのメーカーからDAC内蔵のヘッドフォンアンプも発売されていますが、Grooveならではの特徴というのはあるのでしょうか?

クラーク:やはり、プロのレコーディング現場で培ってきた音の技術をここにつぎ込んでおり、プロの現場と同じ音、最高の音質で聴くことができるというのが一番です。先ほども話した通り、これまで当社のDuetやOneをヘッドフォンアンプ代わりに使っている人が数多くいましたがヘッドフォン出力という点だけに着目すれば、これらよりもGrooveのほうが、より高音質な再生を可能にしています。その意味でも当社製品におけるヘッドフォン出力としてGrooveが最高品質といえるのです。

――Grooveが最高であるといい切るだけの技術的な理由というのはあるのですか?

クラーク:大きく2つの革新的技術が投入されています。1つめは定電流型デバイスとなっているということが挙げられます。APOGEEではConstant Current Driveという名称をつけていますが、これによってどんなヘッドフォンを使っても、快適にいい音で再生できるようになっているのです。現在あるほとんどのヘッドフォンアンプは定電圧設計となっています。定電圧の場合、インピーダンスの大きいヘッドフォンでは音量が小さくなり、インピーダンスが小さいヘッドフォンでは音量が大きくなります。たとえばゼンハイザーのHD 800のようにインピーダンスの高いヘッドフォンの場合、十分にドライブできない可能性があるのです。反対にインナーイヤーのものだと、インピーダンスが低いために、歪みが発生してしまう可能性もあるのです。Constant Current Driveを用いることで、そうした問題を防ぎ、どんなヘッドフォンでも最適な音で再生できるようになっているのです。

Grooveの主な特徴

――定電流タイプというものは、他社製品でもあるのではないでしょうか?

クラーク:確かにAPOGEEだけの技術というわけではありません。たとえばBakoonの製品やGraceのm903のような高級機材では使っている手法ですが、コンパクトなヘッドフォンアンプで採用している例は少ないのではないでしょうか。また一般的な定電圧タイプの場合、高い周波数だと音が小さく、低い周波数だと音が大きくなるという現象が生じてしまうのです。それに対し、電流が一定になるように電圧を調整するConstant Current Driveを使えば、どんなヘッドフォンでも、同じ音量で再生できるし、低域から高域までフラットに音を出すことができるという点で大きな意味を持っているのです。

定電圧設計の場合
Constant Current Driveは定電流設計を採用

――2つ目の技術とはどんなものですか?

クラーク:Quad Sum DACという技術です。GrooveにはSymphony I/OやQuartet、Duet、Oneなどと同様、DACにはESS TechnologyのSabreシリーズを採用しています。そしてGrooveに搭載しているのは8chの出力を持つDACチップなのですが、ステレオ2chの出力に8chすべてを利用しているのです。つまり左右それぞれ4chずつを束ねて出力しているのです。

Quad Sum DAC技術

――DACの出力を組み合わせることで音がよくなるのですか? 一度分岐させたものをミックスするようで音が濁るというか劣化する原因になってしまいそうな気もするのですが……。

クラーク:ここにはいろいろなノウハウがあるのですが、デジタルで4つずつ分けるのは、オーディオでの分岐とは根本的に異なり、まったく同じ出力です。これを組み合わせることで出力を増大させるという効果も出て音質的にも向上させることができるのです。イメージ的にいえば、片側1車線の道路ではなく4車線にした高速道路にすることで、より快適になるという感じでしょうか。

――ところで日本のユーザーの場合、こうした製品においてハイレゾの利用を大きな目的と考えると思います。そもそも、そうしたハイレゾは米国やヨーロッパなどでも普及してきているのでしょうか?

クラーク:やはりハイレゾは日本がマーケットをけん引していることは間違いありません。ぜひ、ほかの国でもハイレゾが進んでほしいと考えているところです。アメリカ市場においては、ロスレスのストリーミングが中心になってきていますが、フォーマット的にいえば44.1kHz/16bitのサウンドということになります。

――そうなると、やはりGrooveもハイレゾではなく、44.1kHz/16bitでの再生を念頭に開発した、ということなのではないですか?

クラーク:Grooveはどんなオーディオでも、最高音質で再生できるように開発していますので、ハイレゾでも最大の効果を発揮してくれるはずです。そのために大きなダイナミックスレンジをとり、より高域までフラットな特性で開発しています。このGrooveによって、アメリカなどでもハイレゾ市場が大きくなってくれればと願っています。

――最後に日本のユーザーに向けてコメントをお願いします。

クラーク:APOGEEはレコーディングの現場で使われるプロ用の機材を手掛けて30年間製品を作り続けてきました。その長年の技術の蓄積を元にして、プロの現場で使えるヘッドフォンリスニング用製品としてGrooveを作り出しました。このGrooveを使うことで、音源の潜在能力を最大限に引き出すことができ、かつて聴くことがなかったディテイルまでクリアに再生してくれ、聴きなれた曲であっても隠れていた作品の魅力を再発見できると思います。ぜひ日本の多くの方にもそうした再発見を楽しんでもらえればと思っています。

――ありがとうございました。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。EPUBマガジン「MAGon」で、「藤本健のDigital Audio Laboratory's Journal」を配信中。Twitterは@kenfujimoto