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若き強盗vs盲目の退役老兵! 西川善司'17年ベストホラー賞最有力「ドント・ブリーズ」

 筆者は、映画DVD、ブルーレイのコレクションが数千に達している映画マニアで、1年間に100本近くは映画ソフトを購入していた時期もあったほど(最近は年間50本ほどに落ち着いた)。年末になると、各ジャンルで「あれが自分のベスト3だなぁ」と思い出すのが楽しいのだが、2017年4月、まだ1年の前半ながら、恐らく「西川善司的ベスト映画:ホラー映画部門」のトップ3には入る作品に出会ってしまった。もしかするとベスト1かもしれない。

 この興奮度の高さは、たまたま、ゲーム版の「バイオハザード7」をプレイ/クリアして間もないこのタイミングだからこそかも知れない。今回、筆者が紹介する映画は「Don't Breathe(ドント・ブリーズ)」だ。

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(C) 2016 Blind Man Productions, LLC. All Rights Reserved.

「Don't Breathe」と「バイオハザード7」とサム・ライミ

 「Don't Breathe」は、日本では劇場公開が2016年12月。BD/DVDの発売が2017年3月22日と、比較的劇場公開から間をあけずに発売となっている。筆者が購入したのは4月になってからで、視聴したタイミングは冒頭でも述べたようにPlayStation VR(PS VR)対応ソフト「バイオハザード7」をプレイし終わってから。

 話がいきなり脱線するのだが、ゲーム「バイオハザード7」は、Xbox One、PS4、Windows PC向けにリリースされており、プレイした人も多いのではないだろうか?

 バイオハザード7は、これまでシリーズ通して描かれてきた生化学兵器を製造する悪の製薬会社アンブレラとは全く無関係ではないが、メインストーリーは、そこから離れ、「歪んだ家族愛」をテーマにしたホラー作品へと生まれ変わった。シナリオ構成には、シリーズ初となる日本人ではないシナリオライターのRichard Pearsey氏を起用し、長年続いたバイオハザードシリーズへの生まれ変わりを強く意識した制作が行なわれた。ちなみにRichard Pearsey氏は、ホラーゲーム作品として著名な「F.E.A.R.」のシナリオライターとして著名である。

 ゲームディレクターの中西晃史氏(Division1,Game Section1,Senior Manager,Capcom)は、バイオハザード7制作にあたり、恐怖表現の方向性は、B級ホラーの金字塔 サム・ライミ監督の「死霊のはらわた」(The Evil Dead)だったことを明かしている。しかも、バイオハザード7の最初期の開発コードネームは「はらわた」だったというくらいだから相当な「こだわり」である。

今年のGDC2017で行なわれた「バイオハザード7」製作秘話的なセッション「Reliving the Horror:Talking "Resident Evil" forward by Looking Back」(生まれ変わるホラー:バイオハザードの開発を振り返る)のスライドより

 バイオハザード7では、失踪した婚約者の女性の行方を追ってルイジアナ州の片田舎にある彼女の実家付近に辿り着いた主人公の恐怖体験が描かれる。婚約者の彼女の実家の家族は、その愛情表現とその振る舞いが常軌を逸しており、主人公はこの狂気の家族達に「我々と家族になろう」と迫られ追い詰められていくのだ。

 主人公に襲い来る「狂気の家族達」はそれぞれ特殊な能力(異常な能力)を持っており、主人公はそれに潜む弱点を突きながら、この狂気の館からの脱出を目指す。しかも、救い出すべき婚約者を探し出し、守りつつ、だ。

 バイオハザード7で描かれていた「恐怖」はいろいろあったが、今作で特に新鮮だったのは、狂人の頭の中だけで成立している「ルールと正義」を、常人である主人公に執拗なまでに押しつけてくるところ。その押しつけがましい狂気そのものが恐怖であり、その恐怖からどうやって逃げていくか(あるいはどう撃退していけるか)、策略を巡らせていくあたりにゲームとしての面白さがあった。そうした「狂気と恐怖」の表裏一体性は、サム・ライミの作家性そのものだったように思う。

 なお、前出の中西氏によれば、バイオハザード7の開発にあたっては、スタッフ全員でサム・ライミ監督の「死霊のはらわた」(リメイク版ではなくオリジナル版)を視聴し、その「目指すべき恐怖の方向性」を共有したそうである。この講演をGDC2017で拝聴したとき「なるほど」と感じたものであった。

3人の若き強盗vs盲目の退役老兵。「敵が熟知している屋敷から脱出」という共通点

 さて、本題の「Don't Breathe」に話題を戻すが、この作品は、「死霊のはらわた」のサム・ライミが製作を担当しており、監督はリメイク版「死霊のはらわた」を手掛けたフェデ・アルバレス。ゾンビのようなモンスターは出てこないものの、驚くほど設定がバイオハザード7と似通っている。両作を鑑賞(プレイ)し終えて、パクリとかそういう後ろ向きな意味ではなく、恐怖の表現仕様というか方向性がよく似ていて、「あちらが好きであればこちらも絶対好きになる」という関係性のホラー作品になっていると感じた。

 「Don't Breathe」が舞台となるのは、アメリカ・ミシガン州のデトロイト。かつては自動車産業で使えた都市だったが、2013年ごろに経済破綻し、ゴーストタウン化が進み、治安の悪さは今や全米ワースト3に入る危険な都市になっている。ここでカジュアルな空き巣窃盗で小遣い稼ぎをしている男女3人の若者が目を付けたのが、イラク戦争で負傷した退役軍人の家。

 年老いた彼が戦場で負傷したのは両目で、今は失明状態。数年前に一人娘を交通事故で失い、大きな一軒家には彼一人で住んでいるという。ただ、その一人娘の事故の加害者から数百万ドルに上る慰謝料を受領したらしく、盲目ゆえにそれを銀行ではなく自宅に保管しているらしい。周囲の家は全て空き家。通報の危険性はない。窃盗には好条件。

 不幸な盲目の退役軍人の家に押し入るなんて、ひどい悪行だが、彼らは彼らで貧困がゆえにひどい境遇の中を生きている。彼らにはどうしても大金をせしめなければならない身勝手な彼らなりの正義があるのだ。

 三人の若人盗人の紅一点ロッキーは妹とカリフォルニアに移住したいと思っている。父親が警備会社に勤めている関係でセキュリティハイテクに詳しいアレックスは、この計画にはいやいや参加。3人目のマネーは典型的な素行ワルなギャング小僧という役回り。

 「盲目の退役老兵の家に押し入って現金を奪って帰ってくる」という楽ちんな襲撃に思えたこの仕事。実はこの退役老兵、目は見えないが聴覚と嗅覚が鋭く、若者三人の押し入りに気が付いてしまう。しかも、盲目がゆえに、自分の広い家の間取りや距離感を完全把握しており、常人並みの速度で移動可能。さらに元軍人であるために腕力も高く、自宅内には護身用に銃火器や武器も隠してあり、その扱いにも手慣れているのだった。

 退役老兵は「視覚以外の超感覚と地の利」というアドバンテージがあり、三人の若者は「目が見える」と言うことと「襲撃者の人数が退役老兵にバレていない」という優位性がある。この不均衡なパワーバランスの中、大きな屋敷の中で生きるか殺されるかのサバイバルホラーゲームが展開するのだ。

(C) 2016 Blind Man Productions, LLC. All Rights Reserved.

 治安が悪い地域の家であるため、屋敷の窓は全てが鉄格子付き。玄関のドアは強盗避けの名目で厳重な多重ロックが施錠されていて、正攻法での脱出は不可。三人の若者はこの恐怖の館から脱出できるのか。

 「Don't Breathe」と「バイオハザード7」との共通性は、まず「敵が熟知している屋敷から脱出することが目的」という舞台設定、そして「異様な能力を持っている狂人から生き延びる」というドラマ性にある。そして、それらを「静と動」と「緊と緩」という調味料を使って「恐怖」を引き出そうとするプロットも共通項だと言える。

まさに「Don't Breathe」。正常とはなにかが揺らぐ狂気の屋敷

 筆者が視聴したブルーレイ版の収録映像はシネスコ「2.4:1」、サウンドは日本語、オリジナル英語共に5.1chサラウンドのDTS-HD Master Audio。サウンドは重低音の使い方がよくもわるくも人を驚かす方向への応用がメイン。

 映像はライブ演技が基本。閉鎖空間を表現するために、実体カメラではあり得ない撮影軌道を表現する目的でのCGエフェクトは結構多めに利用されているが、嫌みな感じはない。基本的には低予算に分類される映画だとは思うが、シンプルな物語設定と、前述したように敵と味方のそれぞれが持っている優位要素と不利要素の描き分けの分かりやすさが功を奏し、退役老兵の家に侵入してからは引き込まれたまま、現実世界には帰ってこられないほど集中して見てしまうはず。

 映画のタイトルは「Don't Breathe」(息をするな)だが、これはまさしくこの作品を見るものにも向けられたメッセージともいえ、物語に引き込まれてからは「息をすると老兵に気付かれてしまいそう」というバーチャルリアリティ感覚を伴って見入ってしまうことだろう。

 基本的に悪行を始めたのは、退役老兵の家にやってきた三人の若人盗人のはずで、見ている人のなかには退役老兵に同情してしまう人もいるかも知れない。しかし「数百万ドルの慰謝料が隠されているはず」の地下室の、隠された恐るべき秘密を知ってしまうと、結局、この退役老人も「狂人特有の身勝手な正義」に動かされているだけの、サム・ライミお得意のモンスターキャラクターであると認知せざるを得ない状況に追い込まれるはずである。

(C) 2016 Blind Man Productions, LLC. All Rights Reserved.

 とにかく、正義らしい正義が存在しない狂った屋敷の中で、だれに感情移入すればいいのか戸惑いつつ見ていると、「生き延びてなおかつ大金も手に入れたい」というプリミティブな原動力によってひたむきに立ち回る女ロッキーに対し、消去法的にシンパシーを感じていくことになる。理性的なアレックスの「捕まったとしても死ぬよりはマシ。警察に通報しよう」という、至極まともな提言は、この狂った屋敷の中では妙にしらけた意見に聞こえてしまう。もし、この作品を見ていて、そんな感覚に陥っていたとすれば、アナタも相当なサム・ライミプロデュースなモンスター世界の住人になれる資格がありそうだ。

(C) 2016 Blind Man Productions, LLC. All Rights Reserved.

 本作はホラー映画ではあるが、筆者が声を上げて笑ってしまったのは退役老兵が意図的に作り出した暗闇のシーンだ。退役老兵は盲目なので視覚能力はない。暗闇に追い込まれた若人盗人達は、手を伸ばして手に当たったものを頼りに進んでいくしかない。しかし、もともと目が見えず、屋敷内の動線を把握している退役老兵はほぼ早歩きで盗人若人を追い回せるのだ。そして時々は歩みを停めて、若人盗人達の足音を聞く。しかし、事態を把握しつつある若人盗人達は、息を飲み足音を殺しながら暗闇の中を手を伸ばしながら歩みを進める。しかし、その伸びきった手の数センチ先には…… このシーンは、怖いことは怖いのだが、制作者側の「どうだ、怖いだろ?」演出意図が強すぎて笑えてしまったのだ。いや、実際のところ、とてもいい恐怖シーンである。怖すぎて笑える、というヤツだ。

 この真っ暗闇のシーンは青照明の中で目が見えていないていで演技する、映画でありがちな演出手法ではなく、色はもちろん階調までをも大ざっぱにした独特な暗視映像になっていて見応えがある。

メディアの違いを超えたサム・ライミ感

 それほど「これ見よがし」の残虐表現はないのに、なぜ、最初から最後まで「恐怖」を感じられたのか。エンドロールを見ながら不思議に思うかも知れない。

 これは「サスペンス要素の強いホラー作品だから」というのが真っ当な理由になるとは思うが、筆者としては、やはり「狂人の身勝手な正義」というものが最大限に描けていたからでは? と考えてしまう。思い返せばバイオハザード7も、同作に登場した「家族達」の「常人の理解を超えた家族愛」が恐ろしかった。

 映画も好きでゲームも好きという人は、ぜひとも「Don't Breathe」と「バイオハザード7」、両方セットで楽しんでもらいたい。

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トライゼット西川善司

大画面映像機器評論家兼テクニカルジャーナリスト。大画面マニアで映画マニア。3Dグラフィックスのアーキテクチャや3Dゲームのテクノロジーを常に追い続け、映像機器については技術視点から高画質の秘密を読み解く。3D立体視支持者。ブログはこちら