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忍者・家族の絆・月刊ムー…… Netflixドラマ「忍びの家」は日本人の“エンタメDNA”を揺さぶる良作
2024年8月9日 08:30
今どき、映像作品は「サブスクで見る」がスタンダードになっている。映像配信サービス各種が盛り上がっている理由として、コロナ禍が後押しになったことも大きいが、各サービスが独自に制作するオリジナルコンテンツのクオリティの高さも重要な要素だ。
特に、オリジナルコンテンツの好調ぶりが目立つのがNetflix。日本制作の作品だけを取っても、コロナ禍前の2019年時点で「全裸監督」という名作を世に送り出していたし、その後も「今際の国のアリス」「サンクチュアリ -聖域-」などが続々と話題に。つい先日、2024年度第2四半期の決算発表で「シティハンター」の世界的なヒットが報告されたニュースも記憶に新しい。7月25日に配信がスタートした「地面師たち」も早速当たっているし。
そんなヒット作の多いNetflix日本版ドラマの中で、今回筆者がオススメしたいのが「忍びの家 House of Ninjas」だ。主演は賀来賢人、ヒロインは吉岡里帆、そして江口洋介や木村多江、高良健吾、宮本信子と錚々たる面々が出演している。
2024年2月に配信が開始された本作は、すでに世界的ヒット作として様々な媒体で取り上げられているので、知っている方も多いだろう。かの大谷翔平選手が観ていたという話題もあった。
そのタイトル通り、本作のメインキャストは現代を生きる“忍び”。つまり忍者をフィーチャーした全8話のドラマなのだが、なんというか、我々の遺伝子に脈々と受け継がれる“日本的なエンタメのDNA”を揺さぶるような、様々なモチーフがところどころに散りばめられていて面白い。
今回はその辺のモチーフを深掘りしながら、改めて本作の魅力を語ろう。
主人公・晴(ハル/演:賀来賢人)とその家族は、戦国時代から江戸時代にかけて活躍した忍者・服部半蔵家の血を引く“忍び”の一家。元々は現代を生きる忍びとして、様々な影の仕事を請け負っていたのだが、6年前の任務中に起きたとある事件をきっかけに、優秀な忍びの肩書きを捨てて一般人として生活していた。忍びの活動をやめ、いつしか家族の団結も失ってしまっていた一家だが、日本の平和を脅かす大きな陰謀に立ち向かうため、再び影の任務を引き受けることになる——。
日本人の遺伝子に刻まれた“忍者モノ”という娯楽
まず、本作を観た日本人のエンタメDNAが揺さぶられる要素として一番わかりやすいのが、メインキャストたちの“忍び”という肩書き。本作が“忍者モノ”というカテゴリーの娯楽であるということだ。
忍者が出てくる創作物の存在はそれこそ江戸時代にまで遡ることができ、当時の歌舞伎や浮世絵に登場していた(忍術書を口に咥えてドロンするアレ)。その後、忍者の代名詞的キャラとして大正時代に誕生したのが「猿飛佐助」で、戦後の時代劇隆盛期には様々な忍者映画やドラマが制作されたほか、司馬遼太郎「梟の城」や山田風太郎「忍法全集」など忍者小説もヒット。
漫画の分野でも、藤子不二雄「忍者ハットリくん」、白土三平「サスケ」「カムイ伝」、横山光輝「伊賀の影丸」など、昭和の忍者モノは枚挙にいとまがない。
そして平成以降も、「少年ジャンプ」で人気を誇った岸本斉史「NARUTO」や、現在もEテレでアニメが放送されている「忍たま乱太郎」(原作:尼子騒兵衛「落第忍者乱太郎」)など、忍者漫画は何気に健在。小山ゆう「あずみ」なんかも入る。この辺まで来ると、もはや忍者であること自体は、ごく普通の設定のひとつとして楽しまれている感もある。
つまり、娯楽の世界の忍者モノは、日本人のDNAに刻まれたエンタメの系譜と言っても過言ではなく、その新作がこの映像配信全盛時代にも制作されたと考えると、また感慨深い。
コテコテ感と渋さの両立
本作の監督を務めたのは、ハリウッドも注目する新進気鋭のクリエイター、デイヴ・ボイル氏。そして主人公・晴を演じた賀来賢人が、本作の原案・企画者のひとりとして名を連ねており、スタッフも日本人で固められていることもあってか、本作は“外国人が好きそうなジャパニーズニンジャ的なストーリー”を大きく超えてきている。
いかにも外国人ウケしそうな、アクションバリバリのコテコテ忍者感もあるにはあるのだが、日本人が見て「なかなか渋いな……」と思う設定が随所に見て取れる。本作がヒットした要因のひとつは、このコテコテ感と渋さの両立に成功したことだろう。
忍者と言えば伊賀と甲賀になりそうなところを、あえて服部半蔵と風魔小太郎を持ち出してきたのも良いし、ちゃんとした専門家の監修を入れており、修験道に繋がるシーンなど忍術にまつわる歴史的な背景もしっかりわかる。
現代の忍者は文化庁の管轄下にある
特に筆者が面白いと思ったのは、主人公たち忍びの一家が、文化庁の管轄下にあるところだ。彼らは「文化庁の役人から、忍びの仕事依頼を受ける」というスタイルで活動している。「最高の忍びは影となる。誰にも知られなくて良い。でも俺たちがこの国を守っているんだ」というセリフもあり、意識的には半分公務員みたいな感じなのである。
そもそも戦国時代や江戸時代でも、忍者は大名や領主などの主人に仕えて活動していたと言われる。そう考えれば、現代では行政機関に管轄されているのも自然な流れで、なんやかんや“国家に見つかっている”のは現実的だ。実際、明治・近代化以降の日本において、忍者がその活動をなんの後ろ盾もなく、完全に秘密裏に敢行するのは難しいだろうし。
しかも、国家や政治が絡む案件を解決するために裏で動くとなると、公安・警察庁、はたまた防衛省あたりが出てきそうなところを、あえて「文化庁」(文部科学省の外局)というのがまた良い。本邦において、忍者という存在はすでに文化財のひとつになっていて、でも実は裏では現役で動いているんだよ……という地味で渋い距離感が伝わってくる。
そんな中、忍びの概念をアップデート(?)し、陽の目を浴びようとする敵対勢力なんかも描かれるのが興味深い。主人公一家が、そんな“忍者というアイデンティティ”と対峙する姿が見どころだ。
あともうひとつ渋いのが、この忍び活動と連動して描かれる家族像である。主人公たち一家は、6年前に忍びの活動をやめたところから、いつしか家族の団結を失いバラバラになっていた。日本のエンタメ作品において、この“形骸化した家族像を描く”という行為は、小津安二郎監督の名作「東京物語」を筆頭に続いてきた一大テーマ。
形骸化した家族がどうなっていくのか……古今東西、映像作品によってその描かれ方は様々だが、本作では主人公一家が「家族の絆」を取り戻すポイントが、「忍びの活動を再開すること」というのが良い。その2つが繋がることで、メインの物語が動いていくというストーリーテリングが秀逸。特に4話目、江口洋介の演じる父親が忍び業務に復帰するシーンは、お約束の展開だと思いながらもワクワクした。
未解決事件と「月刊ムー」。日本人の“怪しいDNA”
そして本作で見逃せないのが、「日本の未解決事件の裏には、実は国が管轄する忍者の存在があった」ということが仄めかされる部分である。未解決事件の背景に国家や政治的存在を疑うのは、事件ルポルタージュの元祖にして金字塔、松本清張「日本の黒い霧」を彷彿とさせる展開で「うわ、そっちまで広げるか……」と唸った。
そんな“日本の黒い霧感”を醸すために出てくる小道具が、日本が誇るオカルト専門雑誌「月刊ムー」。今年2024年で創刊45周年を迎えた、老舗のスーパーミステリーマガジンだ。
本邦にムーという雑誌が存在することで、日本人の“怪しいモノに反応するDNA”が現代にも受け継がれてきたと思うのだが、ドラマ内にそれをそのまま登場させるとは。
「忍びの家」では、ヒロインの吉岡里帆が“未解決事件と陰謀論を追っているムーの記者”を演じ、取材の過程で忍びの一家に辿り着くストーリーになっている。
ちなみに、メインキャストにムーの記者が登場する映像作品は、新海誠監督のアニメ映画「天気の子」以来らしい。今回、ヒロインの所属先としてムーが出てきたことに、本物のムー編集部も「やった〜」と喜んだ……というのは微笑ましいエピソードだ。
実はかくいう筆者も、現実世界のムーでたまにオカルト映画やゲームのコラムを書かせて頂いている身なのだが……その目線で見ても、本作で吉岡里帆が演じるムー記者の人物像は、かなり絶妙な設定で来たなと思う。
というのも、一般的にムーを語る時って、大概はUFO&宇宙人、またはUMAや超常現象とか心霊あたりのトピックが来るのが普通ではなかろうか? ネタ的に「MMR」っぽいノリ(ΩΩΩ)になることが多いというか。
それが本作では、ムーの記者が追う対象として「未解決事件と陰謀論」の方を持ってきているのだ。……設定が硬派すぎる。陰謀論自体は、終末予想などと絡めてよく語られるものではあるが、本作の「未解決事件をフックに陰謀論を持ってくる」というやり方には、かなり手練れ感がある。
ムー愛読者層にとっては、未解決事件や陰謀論も親和性の高いトピックであるし、内部にその分野を担当する記者がいてもおかしくないと思わせる設定なのだ(実際にいるかどうかは……??)。また、本作で描かれる「未解決の事物について自ら現場に出向いて調査していく取材スタイル」も、オカルト研究者のそれである。
聞くところによると、本作の原案・企画者のひとりである賀来賢人自身が、ムーが大好きなのだという。ムー的世界の本質的なところを突いてくる設定になったのは、その辺も大きく影響しているのかもしれない。
なお、本作に出てくるムー誌は、小道具として架空の号を創作したらしいが、表紙デザインなどが見事に本物と同じ意匠になっている。実はこれ、本物のムーの表紙デザイナーであるzalartworks氏が、ロゴや文字の配置まで含めて本作用に描き下ろしたのだとか(もちろんムー編集部が事前承認した上で)。このエピソードを聞いた時、こういう細かいところへの配慮でドラマにリアリティが出るんだな……と思った。
シーズン2の制作開始が待たれる
「忍びの家」は全8話(1話50分程度)で構成されているので、お盆休みに3〜4日かけて観るのにちょうど良いボリューム。ただこの8話は序章というか、いわゆるシーズン1的な内容で終わっており、最終話まで視聴したら誰もが「シーズン2はいつから配信されるの!?」とヤキモキするだろう。すでに観ている人から「もうヤキモキしてるよ!」という声も聞こえてきそうだ。
もちろん筆者もそうで、何なら「早くシーズン2作ってください!」と訴えたくて本記事を書いたまである。というわけで皆さん、映像配信全盛時代に作られた新しい忍者モノに拍手を送りながら、共にシーズン2の制作開始ニュースを待ち侘びようではないか。