【新製品レビュー】

カナル型激戦区に挑む、期待のインナーイヤーを聴く

-実売約1.5万円。ナインウェーブ「NW-STUDIO PRO」


ナインウェーブ「NW-STUDIO PRO」

 カナル型(耳栓型)が占める市場に“イヤーピース無し”の新構造で新たな風を送り込んだのが、昨年末に紹介したファイナルオーディオの「PIANO FORTE II」。構造と共に、実売約3,000円という価格面にもインパクトがある。一方で、1万円台に新たな風を送り込もうとしている製品がある。今回紹介するナインウェーブというメーカーの「NW-STUDIO PRO」だ。

 発売日は2月4日。価格はオープンプライスだが、店頭予想価格は15,800円前後の見込み。写真を見るとわかるように、形状は懐かしさすら感じるオーソドックスなインナーイヤータイプだ。そして、1万円台と言えば、各社カナル型の人気モデルがひしめく“激戦区”でもある。そんな市場に挑戦する「NW-STUDIO PRO」のサウンドを体験した。




■“井深大氏の意志を継ぐ”技術を搭載

 デザインはオーソドックスなインナーイヤー型。基本的なスペックとして、13.5mm径のユニットを採用している。ライバル機(いずれもカナル型)と比べると、以前紹介したソニーの「MDR-EX510SL」(12,390円)の13.5mm径、オーディオテクニカの「ATH-CKM77」(12,600円)の13mm径と、ほぼ同じだ。インナーイヤー型でライバルを探すと、昨年末に紹介したオーディオテクニカの「EARSUIT」シリーズから、イヤーハンガー付きの「ATH-EC707」(12,600円)が挙げられる。こちらはよりユニットが大きく、14.8mm径だ。

ソニーの「MDR-EX510SL」オーディオテクニカの「ATH-CKM77」オーディオテクニカの「ATH-EC707」

 柔らかいイヤーパッドを外すと、黒いバッフル面が現れる。インナーイヤーではメッシュになっている事が多いので、黒いのは珍しい。さらによく見てみると、小さな穴がバッフルの下側にのみポツポツと空いている。なにやらこの構造に特徴がありそうだ。

形状的にはオーソドックスなインナーイヤー型柔らかいイヤーパッドを外すと、黒いバッフル面が現れる

 筐体はアルミ製で、手にするとひんやりと冷たく、渋いシルバーのカラーと相まって価格相応の高級感がある。左右の表記は付け根の赤白カラーで示されている。ハウジングにあしらわれた「9w」というメーカーのロゴマークもシンプルでオシャレだ。

ハウジングにロゴマークがデザインされている

 このナインウェーブというメーカー名、聞き覚えが無い人が多いと思われるが、それもそのはず、2010年3月に設立されたばかりのメーカーで、今回の「NW-STUDIO PRO」が第1弾製品となる。

 最大の特徴は、M.I.Labsという会社が生み出した独創的な技術を採用している事にある。このM.I.Labsは「ソニーの創立者・故井深大氏の意志を継ぎ、教育、健康、医療、福祉の分野に貢献すべく創立された」という会社で、CDの父・中島平太郎氏らも取締役に名を連ねている。これまで、東洋医学、西洋医学研究をベースとした製品の研究開発、商品化を行なってきたそうだ。




■小さな穴に秘密が

バッフルを見ると、小さな穴(微細孔)が片側のみに空いている

 イヤフォンに採用された技術は、M.I.Labsの「Pore Controlテクノロジー」をベースとしており、「DUAL Anti-Standing Wave System」と呼ばれている。

 これは、低域の共振を防ぐための技術で、イヤーパッドを外してバッフル面を見るとよくわかる。普通のイヤフォンではメッシュのように、振動板からの音を極力邪魔しないようにしているのだが、「NW-STUDIO PRO」は小さな穴(微細孔)が片側のみに空いている状態だ。

 具体的には、振動板の面積に対して、筐体に空ける微細孔の開口面積を1%に設定しているそうだ。これにより、強力な空気の機械抵抗が発生し、振動板の各種共振を制御。振動板の動作を抑制することなく、フラットな再生が実現できるという。


DUAL Anti-Standing Wave Systemの解説図
微細孔を下側に寄せることで、鼓膜に当たって音波が振動板にそのまま戻る事による定在波の発生を防いでいる
 さらに、通常のイヤフォンに使われるダンパーも不要となり、ダンパーにより振動板の動作が妨げられる事がなく、音質向上に寄与できるという。

 しかし、この微細孔を見ていると、もう1つの疑問が湧いてくる。1%の面積の微細孔を空けるにしても、「どうして片側に寄せる必要があるのか?」という点だ。

 これにも当然理由があり、定在波が起きないようにする工夫なのだという。例えば、微細孔がバッフルの全体に分布していると、耳に装着した際に、振動板→微細孔→鼓膜が正対して並ぶ状態になる。このまま振動板から音が出ると、鼓膜に当たった音波がそのまま振動板に戻ってきて、行ったり来たりする“定在波”が発生するという。これを防ぐために、下側のみに微細孔を設け、音波がそのまま戻ってこないようにして、定在波を防いでいるということだ。

 スペック的は、再生周波数帯域が20Hz~20kHz。出力音圧レベルが110dB±3dB。インピーダンスは32Ω。ケーブルはY型で、長さは980mm。980mmの延長ケーブルも付属する。入力プラグは24金メッキ仕上げのステレオミニ。重量は約12g。




■オシャレなキャリングケース

 付属のキャリングケースにも注目したい。イヤフォンに付属するキャリングケースと言うと、どのメーカーも似たような黒い革風ケースばかりだが、ナインウェーブの場合はどこかのブランドの財布かと思うような明るく、オシャレなデザインになっている。

 ファスナーのつまみが左右で色違いになっていたり、柄に眼をこらすと「9w」のロゴマークで構成されていたりと、随所に遊び心も感じられる。

イヤフォンの付属品とも思えないほどオシャレなキャリングケース横から見たところ表面の模様は、メーカーのロゴマークで構成されている

 この中にはイヤフォン本体のほか、付属のイヤーパッドと標準プラグアダプタも収納可能。パッケージのケースは透明で、キャリングケースがそのまま外から見えるようになっている。

 イヤフォン売り場に置かれていたら、良い意味で異彩を放つパッケージであり、イヤフォンだとわからないかもしれない。本体も含め、女性にも受け入れられやすいデザインだろう。

ケースを開いたところ。本体と共に、延長ケーブルや標準プラグアダプタなどを収納できるケースは透明で、外からオシャレなキャリングケースが良く見える。パッと見、イヤフォンだと思わないだろう


■音を聴いてみる

ポータブルヘッドフォンアンプは「D12 Hj」。従来レビューで使っていた「D2+ Hj Boa」の上位モデルだ。筐体は若干大型化しているが、デュアルモノ・オペアンプ、デュアルDACを搭載したモデルで、全域の解像度、SN感、駆動力らが大幅に向上。バランスも極めてニュートラルな、使いやすく、より高音質なアンプに進化している

 試聴は、ポータブル環境としてiPhone 3GSの直接再生や、「第6世代iPod nano」+「ALO AudioのDockケーブル」+「ポータブルヘッドフォンアンプのiBasso Audio D12 Hj」を使用。据え置き環境としては、Windows 7(64bit)のPCと、ラトックのヘッドフォンアンプ内蔵USBデジタルオーディオトランスポート「RAL-2496UT1」を使用。ソフトは「foobar2000 v1.0.3」で、プラグインを追加し、ロスレスの音楽を中心にOSのカーネルミキサーをバイパスするWASAPIモードで24bit出力している。

 まずは装着感から。と言っても普通のインナーイヤー型なので、特別な点は無い。大型ユニットを搭載しているが、耳に入れにくいという事はなく、ホールド性能も標準的だ。最近はカナル型ばかり使っているので、インナーイヤー型そのものが懐かしく、新鮮味を感じる。

 電車内や喫茶店など、屋外で使用すると、カナル型と比べて騒音の混入はそれ相応にある。しかし、カナル型特有の閉塞感、不快感は無く、歩行時には周囲の音がある程度聴こえるという安心感もある。どちらが良いかは、好みや、その時の気分にもよるだろう。


左右の区別は、根元のカラーで見分ける。赤なら右チャンネルだ

 音を出すと、インナーイヤーとは思えない高品位なサウンドに驚かされる。まず最初に感じるのは中高域の“自然さ”と、付帯音などの余分な音がしない“クリアさ”だ。低価格なプラスチック筐体のインナーイヤーでは、ハウジングの鳴きが盛大に再生音に重なり、カンカン、コンコンした安っぽい音を奏でるモデルがあるが、そうした余分な音は一切無く、抜けが良い。細かな描写まで明瞭に聴き取れる、高解像度なサウンドだ。

 「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best OF My Love」を再生すると、アコースティックギター/ベースの響きに埋もれず、ヴォーカルの口の動きがキチンと描かれる。音像が肥大化して視界を覆うような感覚も無く、ヴォーカルとギター、ベースの音像に輪郭が存在し、その隙間から、背後に広がる音場の広さも感じられる。

 音そのもののクリアさと、インナーイヤーならではの抜けの良さ、適度に外部の音が聞こえる事が、音場の広さに拍車をかけている。イヤフォンとは思えない広さで、カナル型の頭内定位とは明らかに違う。開放的で、爽やかなサウンドだ。音量を下げ目にしたまま街を歩くと、イヤフォンからではなく、街頭スピーカーから街中に音楽が溢れ出ているような錯覚を覚える。

 ボリュームを上げて、勢いのあるクラシック「展覧会の絵」(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)から「バーバ・ヤーガの小屋」を再生しても、破綻は少ない。大太鼓の低域が盛り上がるシーンでも、弦楽器の繊細な響きは残っており、質感の描写分けができている。確かな再生能力を持ったモデルと評価できるだろう。

 高精細、広い音場、清涼感のある中高域という印象は、iPhone 3GSで直接ドライブしていても感じるが、ポータブルアンプ(D12 Hj)に切り替えると、全ての面で3ランクほど音のクオリティが向上し、さらに魅力がアップする。「手島葵/The Rose」は清涼感のある広い音場が味わえる曲だが、音場が寒々しくなり過ぎず、ヴォーカルの暖かみのある倍音が楽しめる。高解像度だけではない、音圧を伴った“音楽のおいしい部分”を上手く再生できている。


カナル型に迫る低域を聴かせる

 気になるのは、カナル型と比べると弱いと思われる低域。しかし、13.5mm径の大口径ユニットを採用していることもあり、沈み込み・量感共に十分なレベルだ。Kenny Barron Trio「The Moment」から「Fragile」を再生すると、ルーファスリードのアコースティックベースの「ズゥーン」という地を這うような低域が感じられる。カナル型高級モデルのような、背骨に響くような「ズシン」、「ゴーン」という低域には流石に至らないが、必要十分とも言える。バランス的には低域が若干強めにも感じられるが、前述のように高域の抜けが良く、音場が広いため、低域が過多という印象は無い。

 インナーイヤー型のライバルであるオーディオテクニカ「ATH-EC707」(12,600円)と比べると、14.8mm径のユニットを採用した「ATH-EC707」の方が低域が豊富に思えるが、意外にも中低域の量感は「NW-STUDIO PRO」の方が上だ。

 ルーファスリードのベースの最低音の沈み込み度合いは似たようなものだが、それに付随する「グォーン」という中低域が「NW-STUDIO PRO」の方が豊かであり、低域全体に力が感じられ、音楽全体に安定感が出る。「ATH-EC707」も低域が良く出て、高域も抜けが良い、魅力的なモデルだが、バランス的には中域が引込み気味であるため、「NW-STUDIO PRO」と比べると音が痩せて聴こえ、音楽が安っぽく感じられてしまう。




■ラインナップ拡充にも期待

 実売約15,000円と、価格だけを見ると、現在のイヤフォン市場の中では中級クラスだ。しかし、インナーイヤフォンタイプの中では高級機と言っていい。そして、その価格に見合う、インナーイヤーではトップクラスの再生能力を持っている。

 密閉性と静粛性を上げ、より細かい音をダイレクトに楽しみたいとか、より強力な低域を感じたいという場合はカナル型を選ぶ事になると思うが、閉塞感の少なさなど、カナル型にはない魅力が「NW-STUDIO PRO」最大の特徴と言える。

 市場にはカナル型が溢れているが、そもそもカナル型の装着感や閉塞感などが馴染めず、「高音質なイヤフォンが欲しいけれど、カナル型ばかりで買うものが無かった」という人もいるだろう。そういった人にとっては、インナーイヤー型である事自体が大きな魅力であり、「NW-STUDIO PRO」はぜひ聴いて欲しい1台だ。また、カナル型を愛用している人にも、タイプの異なる音が楽しめる製品として、体験してみて欲しいサウンドだ。

 また、採用されている技術も独自性があり、興味深いものだ。同じ技術を使いつつ、例えば筐体を安価なプラスチックにしたモデルなど、低価格版が登場すれば、iPodなどの付属イヤフォンからのステップアップモデルとして存在感を発揮するモデルとなるかもしれない。同時に、より音質にこだわった高級モデルの登場にも期待したい。いずれにしろ、イヤフォン市場に注目のメーカーがまた一つ増えた事は確かである。


(2011年 1月 21日)

[AV Watch編集部山崎健太郎 ]