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「ソニー=ハイクオリティ」の徹底を。平井社長に聞く、OLED TVやAI戦略

 今年ソニーは、有機EL採用のテレビ「BRAVIA A1Eシリーズ」を発表し、発表会でも最大のトピックだった。だがもちろん、それだけではない。左右独立完全ワイヤレスでノイズキャンセル機能を搭載したヘッドホンや、サウンドバー型でDolby Atomsに対応する「HT-ST5000」など、意欲的な製品が目につく。

ソニー平井一夫 社長兼CEO

 ソニー・平井一夫社長兼CEOのラウンドテーブル(複数社合同取材)で、平井社長に2017年の舵取りと、そこでアピールする家電製品群の方向性について聞いた。プレスカンファレンスの記事も併読していただけると幸いだ。

OLEDは「BRAVIAの中の新しい選択肢」

 冒頭で挙げたように、今回のCESでソニーがまずアピールしたのは、有機EL(OLED)を使ったテレビである「BRAVIA A1E」だった。この製品、そしてOLEDのテレビは、ソニーのテレビ事業の中でどう位置付けられるのだろうか?

プレスカンファレンスでBRAVIA OLEDこと「BRAVIA A1E」を発表

平井社長(以下敬称略):LCD(液晶テレビ)を中心にずっとビジネスをやってきましたが、今回OLEDを追加しました。私たちの考え方は、OLEDもまさしく「BRAVIA」という名前をつけているように、BRAVIAの1機種、1バリエーション・バリアントという扱いです。すべてをOLEDにするのではなく、お客様に広い映像体験の選択肢を提供させていただく、という考え方です。その中で「BRAVIA OLED」という命名で展開します。

 一番のポイントは、複数の企業からOLEDのテレビが出るということは、「OLEDである」ことだけではウリになる市場ではなくなってきていて、機能やデザイン、画質、ユニークさが問われる状態になります。今回は「BRAVIA」の名を使うに十分なものになった、と自負しています。

BRAVIA A1E。ブースでも大々的に展示が行なわれ、画質だけでなく、スピーカーのないミニマルなデザイン性も強くアピールされた

 ソニーはOLED TVの開発を長く続けてきた。2007年には11インチながら、「XEL-1」という製品も出している。一方で、現在ソニーはOLEDのパネルを自社生産していない。今回のテレビもLGから調達したものである。ずっと液晶でやってきたソニーが、今年OLEDに取り組む理由について、平井社長は次のように説明する。

平井:ご存じのように、弊社ではパネルを生産するわけではありません。しかし、その中でソニーらしい画質を追求したい、というこだわりはあります。その中で4K・HDR対応のプロセッサーである「X1 Extreme」が完成したことで、LCDのみならずOLEDでも、私たちが追求できる画質が実現できることがわかったため、この時期にやりましょう、ということになりました。

 また、BRAVIAというブランドがLCDを通して「ソニー=画質」という訴求も出来てきました。ひとつのバリエーションとして、OLEDは違う「味」が出ますので、それを求めるお客様に出す時期が来た、ということもあります。

 いくつもの要素が重なって、「今出す」という時期がきたのだと考えています。

 まだ全体のボリュームについてお話するのは早い時期かと思いますが、OLEDもBRAVIAの1カテゴリーですから、(BRAVIA全体の)5割や4割という大きな比重になることはないでしょう。OLEDの長所をわかっていただけるお客様に買っていただければいい、と思っています。

「OLED BRAVIAはBRAVIAの一部であり、液晶の上位ではない」という点は、開発陣も強調するところだ。ソニービジュアルプロダクツ 技術戦略室 主幹技師の小倉敏之氏は、次のように説明する。

小倉:液晶の対抗ではなく「新たな体験」と位置づけています。テレビの画面から音が直接出力される「アコースティックサーフェス」を採用していますが、これがやりたかったからOLEDを採用した、というのが正解です。

ソニービジュアルプロダクツ 技術戦略室 主幹技師の小倉敏之氏

 アコースティックサーフェスにより、音の定位と映像の位置が一致します。これはいわば「位置のリップシンク」。これまで、時間軸でのリップシンクはやってきましたが、アコースティックサーフェスにより、登場人物の位置と声の出所が合うことが大きいのです。デザインも、卓上カレンダーからヒントを得た、スタンドのないものにしています。

 実は画質的には、液晶最上位機種で「Backlight Master Drive」搭載のBRAVIA Z9にかなわないところがあります。液晶の輝度の高さを利用した「パンチのある映像」という面を評価すると、OLEDよりZ9Dの方が優れているところもあります。Z9Dの方が明るいので「パンチがある」。階調性もより豊かです。しかし、OLEDは視野角も非常に広く、黒もより沈み込みます。

 各デバイスに合わせて最適な絵作りを行うのが我々の思想であり、まったく同じX1 Extremeで、LCDとOLEDの両方に最適化できることが、我々の技術の特徴です。

A1Eの背面。左右に伸びるバーにアクチュエータが内蔵され、OLEDのパネル全体がスピーカーになる。背面のスタンドはウーファーとしても働く

 よりマーケティング的な観点、特に米国市場の状況について、米ソニー・エレクトロニクス インク デピュティプレジデントの奥田利文氏は次のように説明する。

米ソニー・エレクトロニクス インク デピュティプレジデントの奥田利文氏

奥田:どう売り分けていくのかが重要です。OLEDは、第一印象こそ「WOW」だが、価格も含め、すべてをLCDで代替できるものではありません。大量に売れるわけではないので、それだけでは旨味が少ない、とも言えます。

 一方で、自発光デバイスへの願望も大きい。MAGNORIA(米小売店・Bestbuyが展開中の高級AV店)では、店員側が過去にプラズマを買い、その次はOLEDだ、という人も多いのです。

 国によってアプローチやメッセージングは違いますが、ことアメリカでは、「どのディスプレイデバイスを使ったとしてもソニーがもっとも高画質」というメッセージにしています。

 テレビは大きなビジネスであり、OLEDはその象徴ともいえる存在だが、「ディスプレイビジネス」としては、テレビという枠のあるものだけにこだわるわけではない。特にソニーが考えるのは「プロジェクター」だ。

平井:テレビはテレビとして大きいビジネスであり、それを否定するものではありませんが、テレビではない製品での映像の楽しみ方、例えば超短焦点プロジェクターやポータブルプロジェクターなどを活用する方法もあると思います。そうした方向性も追求していきたいです。

テレビの次には「オーディオ」攻め、ワイヤレスでは「NC」を武器に

 ソニーが次に攻めるのはどこか? 平井社長は「オーディオ」を挙げる。

平井:「テレビの次はオーディオだね」という話は、社内でもかなり共有されています。

 昨日もあるディーラーさんと会食していたのですが、その中で、「テレビはいい形で展開できた。次はオーディオ」という話が出ました。では、どこをどう攻めるとアメリカでのオーディオが確実になるか、話しました。

 まずはSONYのブランド=高品質のオーディオというメッセージングを、どうアメリカのお客様に伝えるか、だと思います。How toよりも、目的はソニー=ハイクオリティオーディオというメッセージを出すこと。それをもう一度、腰を据えて考えたいです。

 アジア、ヨーロッパ、中南米ではソニー=高品質オーディオのメッセージが確立されている市場では大変好調なのですが、北米もいちはやくその形にもっていくことが大事かと思います。

 オーディオの中でも、特にアメリカでは「ワイヤレス」の勢いが強い。特に最近顕著であるのは、ヘッドホンのワイヤレス化だ。奥田氏は「100ドル以上の市場では、ケーブル型は減りつつある。もはやワイヤレスがマストの状況。左右分離型のTure Wirelessも増えてきている」という。

 一方で、北米のワイヤレスヘッドホン市場は、Beats(アップル)の独壇場。昨年「h.ear」ブランドのワイヤレスシリーズを投入したものの、「Beatsに完全に水をあけられている」(奥田氏)とも言う。

 そこで、ソニーが武器にするのは「ノイズキャンセリング」だ。

平井:ノイズキャンセリングをひとつの軸にします。

 昨年発売した「MDR-1000X」は高いご評価をいただき、そのシリーズの展開として、インイヤーの完全ワイヤレス型のものや、ネックバンド型のものなどを参考出展させていただきました。ここは、ソニーとしてかなり差異化した商品群が出せる領域と自負していますので、積極的にビジネス展開をします。

 あとはノイズキャンセリングだけでなく、本当にハイエンドの商品もやります。すなわち「音のソニーここにあり」ということを、色々な形で訴求していきたいと思っています。

完全ワイヤレス型のワイヤレスイヤフォン。ノイズキャンセルも搭載し、MDR-1000Xで好評だった要素を踏まえたものになるという
ネックバンド型のNCワイヤレスイヤフォン

米国で広がる「スマートスピーカー」、ソニー独自の「AI」も準備中

 もうひとつ、オーディオには方向性がある。

 それが、米国で広がりつつある「Wi-Fiオーディオ」だ。各部屋にあるWi-Fi対応のスピーカーで、スマートフォン内のオーディオを聞いたり、Spotifyなどのストリーミング・オーディオを聞いたり、といった使い方が出来て「急速に市場が伸びている」という。

 ただしこの市場には、もうひとつの特徴がある。Wi-Fiオーディオは、SonosやBoseなどがリードブランドだが、「オーディオのカテゴリー」とは別に、その市場を攻めてきている企業もある。

奥田:それは、AmazonやGoogleです。Wi-Fiオーディオ販売シェアの統計には、「Amazon Echo」や「Google Home」などは含まれていないのですが、これも急速に伸びています。Amazon Echoはすでに累計450万台を販売した、という情報もあります。そうした、声で操作する「スマートスピーカー」はもはや、アメリカ市場的には、「顧客としてはそうした機能があることを前提としはじめている」と言えると思います。

 ソニーは今回Android TVでGoogleの音声アシスタントである「Google Assistant」に対応したことを発表した。また、サウンドバーなどは、Googleのスマートスピーカーである「Google Home」と連携し、音声コマンドで動作するようになっている。

Googleのスマートスピーカーである「Google Home」と、ソニーのサウンドバーを連携させて動作させるデモも公開

 すなわちソニーとしては、まずGoogleとのアライアンスを軸に動いている、ということだ。一方CES会場では、多くの企業がAmazonが「Echo」でも使っている「Alexa」をベースにした製品をアピールする姿が目立った。奥田氏は「Amazonと正面からガチンコでやっても難しい。そこで勝ち筋がどこにあるかを見極めている最中」と説明する。

 と聞くと、ソニーはそうした、いわゆる「AI技術」を手がけていないようにも聞こえる。

 だが、平井社長はそれを否定する。

平井:AIとロボティクスについては、昨年、この分野に特化する組織を、私の直下に作りました。そこで技術の検討や人材の確保、商品化に向けた展開などの議論をずっと重ねてきています。今年もさらに、そこに人材も資金も投入し、加速する年と認識しています。

 現在は、まだ色々な発表をするには時期が早いと考えていますので、また改めてアナウンスさせていただきます。

 昨日のプレスカンファレンスでも特に言及しなかったのですが、それは決して「なにもしていない」というわけではないです。むしろ今年はもっと積極展開します。

「HDR撮影カメラ」や「360カム」はまだ先、VRは今年中にB2B展開も

 では、イメージング(カメラ)はどうだろう? こちらも高級製品が好調だが、その状況を維持する。

平井:カメラについては、α7に代表されるミラーレスの市場をソニーが築いてきた、という自負はあります。そこでいままでとは違う使い方を含めた展開をしてきましたし、これからもやります。高級コンパクト・ミラーレス・一眼を含めてやっていきます。あと、レンズ展開も、ですね。

 そこで気になるのは「HDR」の展開だ。テレビがHDR化していくと、個人が撮影する映像もHDR化を期待したくなる。だが、こちらはまだ先になる模様である。

平井:どこかの段階でHDR対応になるのは自然な流れと認識しています。しかし、コストとボディの大きさ、そしてなにより、大容量化するデータをいかに保存していただくかなど、課題も多くあります。課題が多いとはいえ、考えなければいけないのは事実なのですが、どうするか、お答えするにはまだ時期が早いと思います。

 2016年末、PlayStation VRが製品化されたが、いまだ市場では欠品状態が続く。他社からもVR機器の製品化が相次いでおり、市場の盛り上がりは大きい。ソニーとしては、年末商戦からの状況をどう分析しているのだろうか。

平井:VRについては、数字は公表していないのですが、特に年末については好調な滑り出しです。年末商戦で品切れを起こしてしまったような状況ではあるのですが、非常にいい立ちあがりです。ゲームももちろんですが、ソニーミュージックやソニーピクチャーズのコンテンツも提供していきます。また今年は、願わくばソニー以外からのノンゲームのコンテンツも少しずつ出てくるのではないか、と考えています。

 以前からご説明しているように、まずはゲームを中心にインストールベースを増やすことに変わりはないのですが、ノンゲームのコンテンツをここから出していければ、と思っています。付け加えるとすれば、まだ先の話にはなりますが、B2Bでの活用についても、徐々にいろんな企業様と話し合いを始める、もしくは進める段階に、今年は入っていくのではないか、と思います。

 VRという意味では、撮影のための、いわゆる360カムといった製品も気になる。ソニーは以前から研究していることこそ公表しているものの、製品の計画が見えない。こちらはどうだろうか? どうやら、2017年中には登場しないようだ。

平井:プラットフォームが立ち上がる中で、一部としてコンシューマのみなさんが手軽に撮影できるようになることは重要、と理解しています。

 しかし、今までの2Dのカメラとは違い、要件や技術が難しい。カメラをいくつも球体につけて撮影するようなものだと、これをそのままの形でお客様に「買ってください」というのは難しいか、とは思います。この辺は、ある意味でHDRと同じ議論です。

 ではどうやってそれを簡素化し、スティッチングなどを高度化するか。実際社内で色々な検討はしているのですが、商品化できれば、と思います。しかし、それは今年はなかなか難しいのでは、と、今は思っています。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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