西田宗千佳のRandomTracking

「信頼されるマスメディアへ」、藤田社長に聞くAbemaTVの手応え・誤算・未来

 「スマホ上にマスメディアを」と掲げ、4月にスタートした映像配信サービス「Abema TV」。サイバーエージェントとテレビ朝日が合弁によるAbemaTVが展開し、事業拡大を続けている。今回はそのトップである、サイバーエージェント・代表取締役社長の藤田晋氏の単独インタビューをお届けする。前回藤田社長にインタビューをお願いしたのは、AbemaTVがサービスを開始する前、3月のことだった。AbemaTVは、藤田社長が直轄で展開する、同社のコアビジネスになっている。

サイバーエージェント藤田社長

 AbemaTVは4月に正式開局後、アプリケーションのダウンロード数を順調に伸ばし、11月にはアプリダウンロード数1,000万を突破した。好調に見えるAbemaTVだが、開局半年を経て、現状をどう分析しているのか? コンテンツの戦略や生配信との関係、テレビ局との関係、そして、昨今ネット関連企業を揺るがす「キュレーションメディア」問題をどう見ているのか? じっくり聞いた。

「テレビ離れ」の若者を狙って「テレビらしさ」から離れる

「ダウンロード数は、正直、社内では誰も気にしていないんですよね」

 藤田社長はそう話す。1,000万ダウンロードという数字は、「外向けにわかりやすいから公表している」(藤田社長)もので、本当に見ている値ではない。藤田社長が気にしているのは、毎日・毎週のユニークユーザー数(DAU・MAU)や定着率だ。すなわち、「AbemaTVを毎日習慣的に見る人が、どれだけ増えているか」ということである。

藤田社長(以下敬称略):考えていた以上に、想定通り、ではありますね。

 僕もネット業界に長いので、「だいたいこんな感じだろう」というところの精度が上がったのかも知れませんが。

 ニュースを冒頭に持ってきたことは、「受け身」で見るのに適しているから。アプリを開ければとりあえず新しいニュースが飛び込んでくる、そこでとりあえず新しいネタが入ってくる、ということですよね。

 生放送を2ch目に置いているのは「オンデマンドじゃない」「受け身で見る」「自然に入ってくる」ように整備した結果です。その辺は、想定通り機能しています。

Abema News。生放送のニュースにこだわり

 一方で、利用者数は「劇的に増えなくてもいい」とも言う。それは「増えなくてもいい」ということではない。「劇的に増えたものは劇的に落ちる」可能性が高いからだ。「地層が貯まっていくように伸びていけばいい」と藤田社長は想定しており、そこの状況も「想定通り」だと話す。

藤田:正直読みというか、スタートしたタイミングは「そろそろなんだけどちょっと早いかな」くらいでスタートしているんですよ。

 一番の障壁だと思ったのは通信制限の問題ですね。あと、Wi-Fiの普及率。それらが解決していくことに伴走しながら伸ばしていこうと思っているので、そんなに(マスになる時期は)早くない、と思っています。だから時間をかけてやらないと。今日・明日のDAU(1日のアクティブユーザー数)を伸ばしたいためにやっても……。あわててなにかをやって伸ばすサービスではない、と思っています。

 そもそもAbemaTVは、「テレビを見なくなった若い世代に、受け身で、これまでのテレビの代わりに見てもらう」メディアを目指している。現状は「Wi-Fiを使い、土日に見ている人が多い」と藤田社長は言う。これは、「自室でスマホから見ている人が多い」ということでもあり、藤田社長の狙い通り、ということでもある。

藤田:今年は携帯電話事業者の料金体系も変わり、データ単価が劇的に下がりました。あれは本当にありがたい。海外では制限のないもの(ゼロレーティング)が販促の柱になってきているので、日本もそうなるでしょう。これは我々には追い風です。

 もちろん、その中で読み違いもある。例えば、アニメの視聴状況だ。

藤田:アニメは途中から、現在の5チャンネル構成に増やしたんですよ。全体の視聴の4割をアニメが占めます。

 最近だと「ユーリ!!! on ICE」のような新しいアニメの見逃し配信は、すごい視聴数になります。実は、この間初めてコメント欄が壊れたんですよ。「ユーリ!!! on ICE」の特別番組で。相当エンジニアはがんばって維持してくれたんですが、ダメでしたね。

 結局。アニメを見る層が意外と幅広かった、ということですよね。自分が見ないとキワモノ扱いしそうですけど、大人も見てますからね。ひとつの柱になったことは間違いないです。

人気ジャンルのアニメは5チャンネル構成に

 その中で、AbemaTVが意図して「テレビから離れた」もの、独自性を狙った部分がある。それは、「テレビ離れした若い層に見てもらう」ために必要なことでもあった。

藤田:ターゲットは「テレビを見なくなった若い世代」です。ですから画面が「若く」見えるようにしているんですね。出演者も若い人中心。

 テレビは見ている人も出ている人も高齢化していますよね。それが若者のテレビ離れのひとつの原因だと思っています。

 あとは、テレビは字幕だらけだったり、派手なセットだったり、演出の笑い声が耳に付いたり。そういうことが、テレビから離れていった理由じゃないか、と思うんです。

 そういう「テレビらしさ」から離れるために、調達コンテンツはあえて映像の美しさにこだわったんですよ。横ノリのスポーツであったり、ドキュメンタリーであったり。必ずしも、調達した番組だけで視聴率を確保しなくてもいい、とは考えていました。

 仕入れてきたものでAbemaTV全体のイメージが上がれば、ということです。逆に、絵が汚いものやチープなものは全部外していきました。

 そうした発想は、来年以降のチャンネル構成にも反映される。

藤田:例えば、来期から予定しているサッカーチャンネル。

 ビッグクラブの試合の放送権料はとてつもなく高いので、とても買えない。しかし、ディレイ(過去の試合)のものは意外と安く買えるんです。

 ディレイでも、とりあえず、マンチェスター・ユナイテッドとかレアル・マドリードとかユベントスなどのビッグクラブの試合をひたすら24時間流す。これは、なんというか、BGM的に流してもサッカー好きには気分のいいものです。そういう考え方をしているんですね。

 ほんとうは、サッカーの生中継を僕たちもやりたいですよ。でも、それはまだ早い。

 ですから、AbemaTVに対するイメージやターゲット層を明確にすることを優先しました。過去のリピートであっても、美しい映像を中心にしていく、ということです。

 この発言は、AbemaTVのアプリを使ってみれば納得できる。横にスワイプするとチャンネルが変わる仕組みだが、隣り合ったチャンネルの「絵作り」が、見やすい・美しいものにまとまっているのだ。これは、「なにか見たいものはないだろうか」とザッピングしている若い層に良い印象を与える。

ニュースとバラエティで「テレビ」と差別化

 AbemaTVは自主制作番組が多いのも特徴である。その軸となるのは、藤田社長が説明した通り「ニュース」と「バラエティ」という、生放送主体の部分である。

藤田:ニュースですが、なんといっても速報性ですね。開局直後に熊本地震もありましたし。

 ニュースに関わる内容を「フルで流せる」というのはとても大きいです。記者会見とかもそうですが、先日のDeNAの会見は、私もずっと見てました。やっぱり地震の時の数字の伸びは大きいですね。あと、トランプ大統領誕生の瞬間も大きかったです。

 ただ、まだちゃんとそこに番組を作っていない、と思っているんです。朝昼はニュースを皆開いているんですよ。今後はそこに向けた番組は作っていくつもりです。

 すなわち、世の中になにか動きがあって、他のメディア(SNSなど)でそれを察知した時、状況を確認するために開くような習慣ができれば……と考えているのだ。

 AbemaTVはテレビ朝日との合弁事業だ。ニュースの展開については、これが非常に大きな役割を果たしている。

藤田:幸いなことに、我々はテレビ朝日と組んでいます。そこはもう、テレビ局と組まないと、まったく不可能だったと思います。ANNのニュース素材を使わせていただいて、テレビ朝日の報道局から人が来てやっていますから。

 一方で、自分達で独自のクルーを出せる体制も整えていきます。もう、スマホ一台で中継できる時代ですからね。色々、機動性・柔軟性を発揮していくような部分です。

 バラエティについては、「よりエッジを立てる」と藤田社長は言う。

藤田:バラエティの方は、とにかくたくさん作ったんです。時間を埋めた、というか。いつでも生放送をやっている、という状況を作りたかったので。

 その中には、ものすごくエッジの効いて面白いものもあれば、やっぱり難しいな、というものもありました。来年以降はもっとエッジの立ったコンテンツ作りをしていこう、という方針を打ち出しています。

 なぜなら、まだエッジを立てないと見る理由がない、という状況だからです。

 テレビの場合は視聴習慣がついて、テレビが「点いている」中で、エッジのとれた丸いものでもなんとなく惰性で見てもらえます。

 しかし、そういうものをAbemaTVで流したところで、意味がない。キャスティングなり企画なり、「この人が出ているから見たい」とか「この企画なら見たい」という風に、とんがっていかないといけないです。

 AbemaTVの「絵作り」の話と合わせてると、辛辣なテレビ批判にも感じる。だが、それだけ「テレビのオルタナティブ」を作ることがアイデンティティ、という強い意思も感じる。

藤田:そもそもテレビ朝日の将来、みたいなことで始まったところですしね。

 シニア層はこのままテレビを見続けると思うんですよ。でも若年層はどんどんテレビ離れしていくので、「そちら側にもちゃんと張れた」ということは良かったと思います。テレビの新しいビジネスモデルであり、視聴者のとらえ方として、新しい事例を示せたと思います。

 では今後、他のテレビ局との関係はどうなるのだろう? 「当然、他のキー局には競合心を抱かれ、警戒心を抱かれてもいますが、正直、各局と手を組んだプラットフォームにしていきたいとは思っている」という。ただしもちろん、今は具体的な話があるわけではない。

 一方で、藤田社長はこうも言う。

藤田:最初からこういうものをやると、色んなところが「出資させて欲しい」という話になります。そうやって乗り合いになると、だいたい失敗するじゃないですか。僕がリーダーシップを取れる体制を採らないといけない、と思ったんです。

 もちろん、ある程度のところまで行ったら乗り合いにすることは可能です。

テレビデバイス対応は「ネット企業なら当然」

 現在、テレビ局はネット配信への姿勢を変えつつある。だが、まだ及び腰だ。理由は、テレビとネットの間で「食い合い」が起きることを気にするためだ。テレビの広告ビジネスとネットの広告ビジネスは、単価や収益モデルが異なる。両者の関係を整理しないと、テレビ側の広告ビジネスに影響が出るかも……との声がある。だから、テレビ放送そのもののネット配信や、スマホ・PC向けの無料見逃し配信を「テレビ受像器」に表示することについては、どうにも動きが鈍い。

 一方で、AbemaTVは、ChromecastやFire TV、Apple TVにAndroid TVと、今日的なネット配信デバイスには積極的に対応を広げている。

メディアプレーヤー系のテレビ対応も充実

藤田:ChromecastやFireTVをどうするかについては……ネット企業的には、それらに対応してないと笑われちゃうじゃないですか。

 それは、広告モデルの整合性どうのこうのの前に、みんなやってしまうことであり、ほっといたら外資系がやってしまう部分でもあります。それは対応してあたりまえです。

 そもそも、AbemaTVでは、テレビにつなぐデバイス向けでも、スマートフォン向けでも、広告の単価を変えないつもりです。そもそもビジネスモデルとして、広告価格体系も含めて、AbemaTVはテレビに近いので、そこはイメージしやすいと思います。テレビで見たら、もうテレビCMとなにが違うの? ということですよ。

 もはや、Fire TVなどを使った場合には、「テレビ」という感覚ではなく、画面のでかいデバイス、みたいな感じでしか思ってないです。

 では、「テレビ向けデバイス」の利用状況はどうだろう? 藤田社長は、若干の苦笑交じりにこう答えた。

藤田:最初すごい勢いで伸びて、あっという間に天井を打ったんですよ(笑)。

 要は、みんな持ってないんですよね。なんでみんな、こんなに便利で、テレビデバイスが魔法にかかったように便利になるものを持ってないのか……。安いし。

 分かりづらいんだと思うんですよね。Bluetoothがそうであったように、コンセントがついてないとなんだかよくわからない、という。

 ゲーム機などへの対応もあり得ますけれど、まあ、FireTVやApple TVの普及は時間の問題だな、と思います。コストも安い上に、あんなに苦労してスカパー!とか入れてた比じゃないですよね。コンテンツの量がすごい。

 Apple TVやFire TVがあれば、AbemaTVが劇的に便利になる。そういうものが普及してくれ、とはものすごく思っています。

 自社デバイスですか? それはやりません。最初からSTB的なものはやらない、と決めています。

Fire TVを使ってテレビでAbemaTV

 テレビ向けデバイスの普及について、藤田社長は、今年起きた外的要因の変化を挙げる。それが「スポーツのネット配信」だ。

藤田:僕がターニングポイントになりそうだと思ったのは、DAZNとスポナビライブが、かなりスポーツ中継の権利を押さえに来たことです。

 来期からはあれでしか見れないものが増えますよね。どうしようもないからあれで見始めて、「なんだ、テレビで見るのも簡単じゃねえか」と、なるんじゃないかと。

 なお、自社がDAZNやスポナビライブと競合する可能性をたずねると藤田社長は笑って否定した。

藤田:正直、(権利料が)高すぎですよね。ロシアの石油会社やソフトバンクを相手にビッドしてたら、さすがにいかんともし難いです。

 むしろ、手を組みたいです。彼らと話しもしていますが。そういう意味では、うまく補完関係が作れるとは思っています。入口としてAbemaTVで流させてもらって、はまった人がそれらのサービスに入会する、といった形で。

 12月15日、スカパー!は、2017年度のJリーグ中継の放送を断念する、と発表した。同時にDAZNは、2017年度のJリーグ全試合生中継について、正式に発表している。

 藤田社長が言う「テレビを配信で変える」動きは、確実な流れとなってきている。

失敗だった「FRESH!」の扱い

 サービスの面で大きく変わったこともある。

 ユーザーによる映像配信プラットフォームである「FRESH!」の扱いだ。FRESH!は、少し前まで「AbemaTV FRESH!」と呼ばれていた。当初はAbemaTVの中から、サービスへの導線も貼られていた。

 しかし、現在は名称から「Abema」が外れた。FRESHの沿革を振り返ると、サイバーエージェントが「AmebaFRESH!」の名称で1月31日にスタート。3月31日にAbemaTVに事業譲渡し「AbemaTV FRESH!」に名称変更し、6月1日に「FRESH! by AbemaTV」にブランドを再変更。さらに、11月1日には再びサイバーエージェント運営に戻り、ブランド名もシンプルに「FRESH!」となるなど、わずか1年で幾度ものブランド変更、運営会社変更が行なわれている。

 藤田社長は「ここには私の失敗があった」と話す。

藤田:FRESHはそもそも動画配信プラットフォームで、テレビ局ではありません。AbemaTVの逆ですね。違うものなんですが、失敗したのは、まずFRESHでどんどん草の根的に人が増える、それをAbemaTVに取り込めないか、と思っていたんです。そして今度はAbemaTVを宣伝しているブランド力をFRESHに活かせないか、と考えたわけです。

 これは私が決めたことなんですけど、結果、話をややこしくしてしまったというか……。

 みんな、FRESH!に出たのに「AbemaTVに出た」と言ってしまう。

生配信の「FRESH!」

 一時、「無料でAbemaTVが出演者をこき使った」という悪評が流れたことがあった。それは、AbemaTVの話ではなく、FRESH!で独自に配信している人々が行なったこと。実際にはAbemaTVやサイバーエージェントは関係なかった、という。

藤田:そういう話があると「AbemaTVが悪い」ということになってしまいます。

 ただ、そういった話があるからブランドを分けたのではないです。主には「違いがわからない」という問題です。

 FRESH!は有望なので、これから本格的に強化したいと思っています。本当にコアな人対コアな人のものを作っていくのは、世の中の流れに合致していると思うんですね。

 FRESH!は、ニコニコ生放送など競合する。そうした部分のビジネスの可能性を「コアな人」と藤田社長はいう。その属性は、AbemaTVとはまた違うものだ。

藤田:現実、FRESH!は、見たいものがはっきり決まっている人に向きます。

 例えば、麻雀や声優の配信。でも、「麻雀」「声優」でもまだくくりが大きいんです。

 例えば麻雀チャンネルでも、AbemaTV向けに買い付けるのは、麻雀界のトッププロであったり、芸能人がやっているものであったり、です。

 でも、見たことがないプロ選手がたくさんいて、いつもリーグ戦を戦っているんです。これがFRESH!にあり、ニコ生にある。それを僕はかじりついて見ているんですが(笑)、そんなに見る人はいないですよね。打つのも遅いし、解説も初心者には分かりづらいし。

 コア対コアはそちらに行って、もう少しわかりやすいものをAbemaTVに、ということです。

 FRESH!のライバルはニコニコ生放送だ。事実、ニコニコ生放送から配信者が移行しているし、それをサイバーエージェント側も働きかけている。

藤田:理由ははっきりしてますね。映像がきれい。あと、配信者にとってみると、システムが古くなってしまっているので。システムが10年選手ですからね。

 我々もアメブロをやっているので、その話をするのは心苦しいくらいわかるんですが、昔からやっているシステムを新しくするのは、新しくシステムを作るよりよほど大変です。動かしたままは簡単に変えられないですよね。ゼロから作った方が簡単だしよほど気も楽です。

 我々も(FRESH!を)スマホ・クラウドの時代に合わせてゼロから作っているので、スマホも使いやすいしPCもつかいやすい。

コメント機能も用意

 ただコメントをしたいユーザーにとっては、ニコ生の方がコメントの機能はいいです。そこは使い分けていただけばいいのかな、と。よりコミュニティ化させたい、コメントメインにしたい人は、ニコ生がいいでしょう。

AWAに「無料プラン」が生まれた理由

 サイバーエージェントは2015年から、ストリーミング・ミュージックサービス「AWA」を展開している。こちらの状況はどうだろうか。

AWA

藤田:AWAは順調に伸びていて、時間をかければ黒字化するのも見えています。

 しかし、想定通りでなかったこともあります。とにかくネットサービスは「一番サービスを磨き上げたところが伸びる」ものじゃないですか? 「ひたすらサービスを磨けば、他に負けない」と思っていたのですが、有料サービスでは、中に入っちゃって外に出てこないんですよね。

 音楽というのは無料で事業を行なうのは、権利者との関係で難しいので、「広がりづらい」という点がありました。いまは無料プランを用意して、再度練っているところです。

 Spotifyの日本参入と、結果的にタイミングが合ってしまいましたが、特に意識したわけではなく、自分達と向き合っていた感じですね。AWAを使っている人は「AWA素晴らしい」と言ってくれるんですが、その感想が外に出てこないわけです。なんかないのか、ということでフリープランを作ったんです。今後フリープランをもっと拡大できないか、は検討中です。Spotify型を追加することは、我々にもできますので。

 AWAにしても、サブスクリプションの市場ってまだちっちゃいんですよ。

 AbemaTVの動画市場もそうなんですが、そういう「習慣」みたいなものは、一夜にしてできるものではなくて、意外と時間がかかるんですけど、なにか忘れたころに普及している、といった感じ。腰をすえて粘り強くやるのが重要です。AWAも粘り強くやっていきます。

「きちんとしたコンテンツを量産し、信頼されるマスメディアになる」ことがチャレンジ

 話をAbemaTVに戻そう。AbemaTVは広告ベースの無料サービスだ。映像的に言えば「地上波民放」と同じモデルだが、これまで、ネット動画の広告モデルは、地上波とは違う構造を持っていた。AbemaTVはどう展開しようと考えているのだろうか?

藤田:パーソナライズはあまりしないです。

 現在も広告の受注は好調で、リピート率もいい。広告商品として、ネットであっても受け身の方がいい、というのは想定通りですね。

 やり方としては、もともとそういう想定ではあったのですが、より大型の製品にしていく、ということです。1回の発注ロットが数千万円から億単位のものならけっこう売れます。

 逆に、細かくして売ると売り嵩が上がらない、ということもあるのですが、広告効果を感じられないんですよね。我々が、テレビCMを打つときも、ちょっと発注しただけでは全然で、数億出さないと。ネット広告でも。やはり代理店が売りづらかったり、広告主が発注しづらかったりするので、とにかく大型広告をやる、ということです。

 単純に、良質なコンテンツをつくったり仕入れたりするには、大きなコストがかかりますから、ビジネスも大きなものにしなければなりません。基本大きく・大きく、細かい広告商品は作らない、と決めています。

 すなわち、「本気でオリジナルコンテンツを作って、大きなメディアを作る」からこそ、広告モデルも大きく作る、ということなのだ。

 一方で、昨今、ネット関連企業は「キュレーションメディア」で揺れた。低いコストで記事を量産し、検索サービスやSNS上で目立つようにすることで収益を得やすくするものだが、その過程で、事実確認の軽視や搾取的な発注、著作権の無視など、様々な問題が指摘されている。問題が指摘され、まず燃え上がったのはDeNAだったが、サイバーエージェントも、同社が運営するキュレーションメディア「Spotlight」「by.S」について、記事公開の仕組みを「オープンに記事を求めるプラットフォーム型」から「認定ライターによるオリジナルコンテンツ重視」に舵を切り、記事内容も事前確認を必ず行なう体制に変えている。

 この件について藤田社長にたずねたところ、以下のようなコメントを得られた。

藤田:そもそも、どちらが「ネットビジネスっぽい」かといえば、キュレーションメディアの方がネットビジネスっぽいです。ブログメディアも人が勝手にコンテンツをつくっていく。無料で使えるけれどユーザーも無料でコンテンツを公開することで、全体のページビューが増える、というモデルです。これまでは、だいたいのネットビジネスがそうでした。

 もちろん、DeNAほどモラルを逸脱したようなことは、我々はやりませんでした。私は現場をまったく見ていませんでしたが、現場でもっとも議論されたのは、そうしたモラルの点だと把握しています。

「どんどん競合は伸びていくけれど、どうする?」と。

 止めるのか、あっちにいくのか。

 そこで、CGM中心の編集体制から、編集部を中心とした体制に切り換えてた直後に、今回の問題が起きました。うちの会社の中で、一定のモラルが効いていた、ということに安心しました。

 このコメントをどう受け止めるかは、見方によって異なるだろう。藤田社長は、一方で、AbemaTVの運営方針について次のように説明する。

藤田:AbemaTVに関しては、「信頼できる立派なメディアを作るんだ」という意思の元でやっています。そういう意味では、クオリティを落とすつもりはないです。

 そのために重要なことですか? やっぱり、「テレビ局並の倫理観でやるしかない」ということですかね。(テレビも)ちょっとやり過ぎているところはありますが、テレビ・新聞……それらに並ぶことをネットでやる、ということが、逆に新しいことかも知れません。

 そこまでやって、リクープできるかは大きなチャレンジです。

 例えば、ヤフーニュースはだいたい信頼できますよね。ただ、ヤフー個人を入れられると、だいぶ怪しくなってはきます。双方を同じ顔で出されると全体の信頼が怪しくなる。

 ネットメディアってそうなりがちなんです。コンテンツの性質や作り方によって、ブランドを分ける必要があります。

 これがビジネスモデルとして成り立つかは、完全なチャレンジですね。

「きちんと精査されたオリジナルコンテンツを毎日大量に作り、無料モデルで収益を得る」ことを、藤田社長はチャレンジだという。だがそれは、「マネタイズが難しいという話ではない」と説明する。

藤田:マネタイズについては、僕はほとんど心配していないんです。

 仮に広告モデルが天井になっても、他のビジネスモデルと掛け合わせて収益化するのは、いかようにもなります。

 例えば、堀江さんがなんでライブドア時代にニッポン放送に手を伸ばしたのかと言えば、テレビでライブドアの名前を連呼したりライブドアを使った番組をやったりすれば、ライブドアが伸びて全体の収益をカバーできる、という考え方でした。ただ、地上波は公共の電波なので、難しいんですが。

 その辺の制約は、ネットの方が少ない。もちろん、ちゃんとユーザーの信頼があれば、です。そういう意味では、例えば、これはいい事例ではないですが、我々のグループ会社のゲームを使ったコンテンツや大会を企画すれば、最終的にそっち(ゲーム)で採算が合えばいいわけです。

 ビジネスモデルという意味では、僕はまったく心配していないです。

 僕が心配しているのは「マスメディアになれるかどうか」「規模が出せるかどうか」。

 最低限今の3倍はないといけない、とは思っています。DAUが、3倍はないと(注:10月の決算会見ではDAUは約100万と発表している)。ダウンロードがいくら伸びても意味はないです。

 そこで終わりではないですけど、そのレベルに到達すれば、あとはなりで伸びていくでしょう。

「目標までは、まだまだ入り口」と藤田社長は言う。

 成功の鍵はやはり、「いかにきちんとしたコンテンツを作り、メディアとして信頼され、日常的に見てもらうか」ということだ。これはまさに、キュレーションメディアが陥った問題の裏返しである。

 この挑戦に真摯に取り組み、成功の姿を見せることができたならば、それは、日本の「ネットビジネス」全体に大きな影響を与えることだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41