西田宗千佳のRandomTracking

第386回

Netflixが目指す「真のグローバルコンテンツ」。ライバルから「学ばない」

 Netflixは3月6日・7日(現地時間)、自社の取り組みをプレス関係者に紹介する「Netflix Lab Days」を、米・ロサンゼルスと米・ロスガトスの同社オフィスで開催した。今回から2回に分け、その様子をご紹介する。

Netflixのロサンゼルス・オフィス。ハリウッドとの距離の近さを生かし、主にコンテンツ制作に関する作業を担当

 初回となる今回は、Netflix・創業者兼CEOのリード・ヘイスティングス氏のQ&Aセッションの模様を軸にお伝えする。Netflixの現在の戦略は「オリジナルコンテンツ制作」である。多くの投資と技術が、オリジナルコンテンツに投じられている。それはどういうことなのか? ヘイスティングスCEOと関係者のコメントから考えてみよう。

Netflixのロサンゼルス・オフィス社内からは、ハリウッド・サインもバッチリ見える。

消費者から150億ドルを集め、80億ドルをオリジナルコンテンツ制作に

 リード・ヘイスティングスCEOのプレスセッションは、毎回、「映像エンターテインメントの変化」を語るところから始まる。今回は映画からテレビへの変化が主題だ。

Netflixのリード・ヘイスティングスCEO

ヘイスティングスCEO(以下敬称略):エンターテインメントの歴史は、ストーリーテラーとテクノロジーの競演で進んできた。最初の技術的な革命は、映画のフィルムに音楽が同期したことであり、次はカラー映画の登場だった。人々は次第に自宅のテレビで色々な映画を楽しむようになり、衛星多チャンネルの時代がやってきた。

 他の業界に目を向けてみよう。固定電話の登場は奇跡的なことであり、世界中の7,000万の家庭がつながった。だが、その後に登場した「携帯電話」を使う人は、現在、60億から100億回線使われている。

 テレビ放送と固定電話は、この100年の間に起きた、2つの奇跡的な成功だ。しかし現在、人々はオンデマンド・ビデオとモバイルデバイスを使うようになっている。現在、500のチャンネルから楽しめるようになったが、見たいものがない。これはどうしてだ?

 それは、「コンシューマによるコントロール」が存在しないためだ。TiVoのようなデジタルビデオレコーダーが登場しても、自由度は少ししか増えなかった。YouTubeやHBO Now 、イギリスのBBC iPlayerそしてNetflixなどの、革命的なオンデマンドサービスの登場で、まったく新しい世界になったのだ。

 すなわち、「消費者が自由な時に自由な場所で使える」というコントローラビリティこそがすべてを変えた、という分析だ。

ヘイスティングス:私たちは、契約者をどう楽しませるかを常に考えている。今年、契約者からは約150億ドルを得る。このことをとてもうれしく思う。そのお金を預かり、素晴らしいコンテンツに投資するのは私たちの責任だ。私たちは絶えず顧客のために、素晴らしいコンテンツ制作者になろうとしている。

 Netflixは2018年度に、コンテンツ制作に約80億ドルを投資する、と公言している。さらに20億ドルを、そのコンテンツマーケティングに使う。有料契約者から得られる収益の過半がこれに消える。利益は当然きわめて薄いものになるが、同社としてはこれが「適切な投資」であり、いまこそが投資のタイミングだと考えている、ということになる。

 Netflix Labs Dayの一日目が開催された、同社のロサンゼルス・オフィスは、まさにコンテンツ制作の拠点だ。ウエスト・ハリウッドのスタジオ街の中にあり、ワーナーブラザーズが1923年に創業した際に本拠地として使っていた場所にある「Sunset Bronson Studio」にある10のスタジオ施設のうち8つを借り受け、横にあるビル内にオフィスを構えている。この場所でビジネスをすることそのものが、Netflixがオリジナルコンテンツに力を注いでいることの証でもある。

Netflixのロサンゼルス・オフィスは、Sunset Bronson Studioにある。100年近くの歴史を持つ大きなスタジオだ
Sunset Bronson Studioは、1923年にワーナーブラザーズが創業した場所であり、この地域の歴史的な建造物のひとつでもある。

 ロサンゼルス・オフィスではコンテンツ制作に関する交渉や業務の他、HDRやDolby AtomosといったハイクオリティAVフォーマットのリファレンス環境が社内に用意され、研究も行なわれている。

HDRやDolby Atomosなどの最新技術のリファレンス環境・テスト環境もあり、制作現場と連携しつつ作業が行なわれている

ライバルには学ばず。世界からコンテンツを集める「真のグローバル展開」へ

 記者とのQ&Aセッションでは、オリジナルコンテンツ路線に対する質問が相次いだ。特に多かったのは「ライバルとの関係」だ。オリジナルコンテンツに投資しているのは、なにもNetflixだけではない。Amazonもプライムビデオ向けのオリジナル作品を多数作っているし、HBOのようなプレミアムケーブルテレビ局は、相変わらず良いコンテンツを作っている。ディズニーもネット配信に注力しようとしている。彼らとの関係をどう考えているのだろうか?

 答えは、ヘイスティングスCEOの、次の一言に集約できる。

「我々は、絶対に・絶対に・絶対に、競合から学ぶことはしない。」

 Netflixのライバルは、スポーツやニュースなどのライブコンテンツにも手を出そうとしている。特にアメリカでは、スポーツがきわめて激しい競争軸になっている。Netflixはドラマと映画、ドキュメンタリーなどの「オンデマンド配信」に特化しており、ライブコンテンツには手を出していない。このことが競合に対してどう影響するのか、という点に対して、ヘイスティングスCEOは、少々質問へと食い気味に、上記のように答えている。

ヘイスティングス:私たちは、私たちがやりたい領域の中で戦う。素晴らしいストーリーを提供するには、まだまだやらなければいけないことがあり、ここに注力する。スポーツはあなた(記者)に任せるよ(笑)

 これはすなわち、自らの戦場を「オンデマンド」に留めることで、手持ちのリソースを有効に使いたい、という発想だ。

 またこれは、現状において、Netflixが「他社と直接的に市場を食い合っていない」という主張にもつながる。

ヘイスティングス:みなさんの質問は、「巨人たちが我々を倒そうとしているが、どう生き続けていくのか?」ということだよね?(笑)

 私たちはビデオストリーミングで、Amazonと10年の間に渡って競争を繰り広げてきた。非常に長期にわたるものだが、そこでの成功には、我々も満足している。一方で、彼ら(Amazon)もまた、成功している。ビデオストリーミングで成功しているのは私たちだけではない。

 すべての企業が激しい競争を行っている。だから我々の中核戦略は、とにかく「集中し続けること」だ。すばらしいドラマシリーズや映画を制作すれば、顧客は私たちを愛し、商業的な成功を続けられるだろう。

 他のサービスをコピーしようとし、気を散らしてしまったり、成功していること以外の、他のことをしてしまったりすると大変なことになる。

 我々がしなければならないことは、フォーカスを絞って勝つこと。他社の戦略は、広範囲にわたるやり方で勝つことだ。

 私たちはそれをコピーすることはできないし、その路線で勝負をするつもりもない。

 コードカッター(Netflixなどに加入してケーブルTVを止めてしまう人々のこと)の動きはあるが、必ずしも動きは速くはない。いまやアメリカでは、9,700万世帯がそれらのサービスを使っている。だから、すぐに大きな変化はないだろう。ゆっくりと進んでいくはずだ。

 ただ、他社のコンテンツ施策と大きく違う点がひとつある。それは、コンテンツへの投資が「真にグローバルである」ということだ。

ヘイスティングス:我々は世界中でコンテンツを制作している。「Love Per Square Foot」は、インドで作られた古典的な「ボリウッドムービー」で、インドでの成功は決して不思議なことではない。だが、この作品は世界中で視聴されている。「Love Per Square Foot」と同様に、ドイツで作られたドラマ「DARK」、イギリスの「The End of the F***ing World」、ブラジルの「3%」もそうだ。

 これは我々がやろうとしていることの象徴的な例である。世界中にいる優れたストーリーテラーの作品を、あらゆる場所にシェアしようと考えているのだ。

 関係者の話によれば、ドイツ制作の「DARK」は、全視聴量の9割がドイツ国外からのものだという。日本から「Netflixオリジナル」として作られたアニメも、日本国外からの視聴が多いと聞いている。「グローバルなコンテンツ調達」というと、我々は無意識に、「ハリウッドなどから調達した同じコンテンツを世界中に売る」というイメージを持つ。だが、Netflixのいう「グローバルな調達」とは、「世界中から調達したコンテンツを、その国だけでなく世界中に売る」モデルなのだ。日本から調達されるアニメやバラエティもその方針で作られている。

 なお、ネットで「Netflixがローカルコンテンツをあきらめ、日本国内でのドラマ制作部門を廃止した」との噂が流れているが、同社広報に確認したところ、「そのような事実はない」という。「映画やドラマを日本で制作する実写オリジナル部門として体制は変わっておらず、つい最近も優秀な人が採用されている。今後も継続的に良質な作品を日本のみならず世界各国のメンバーの方々に届けていく考えはまったく変わっていない」(Netflix広報)とのことだ。日本向けに日本国内でコンテンツを作る、という意味では「ローカル展開」なのだが、そもそも同社の場合、そこでの指針が「ローカル」ではなく、「グローバル向けのコンテンツ調達」なのだ。

 一方で、オリジナルコンテンツの制作を行なうと、今度はそれらのコンテンツをマーケティングする費用が大きくなっていく。この点を筆者が問うと、ヘイスティングスCEOは「あらゆるチャネルを使い、積極的にやっていく。2018年度は20億ドル使う予定だ」と答えた。事実、アメリカの街中を歩くと、日本以上に「Netflixのコンテンツ」のビルボードを目にする。ただし、同じ事はNetflixだけでなく、HuluやYouTubeも行っている。過去には放送局や映画の枠であったところに、ネット事業者も入って競争を繰り広げている状況だ。

取材中滞在したウエスト・ハリウッドにあったビルボード。過去には映画やテレビ番組のものが中心だったが、いまや主軸は「ネットオリジナル」。Netflixはもちろん、AmazonやYouTubeのものも、非常に近い場所に掲示され、競争の激しさを物語っていた

 だが、コンテンツマーケティング費用の増大は、同社にとってリスクとなり得る。他の映画会社も抱える構造的な問題であり、競争は激化の一途だ。この点についても問うと、「確かにそうだが、今は徹底的に、必要な時までやる」との答えだった。

 これから同社にとっては、コンテンツ制作だけでなく、マーケティング投資も課題のひとつになっていくのは間違いない。

Netflixが進める制作現場の働き方改革。さらばFAX?

 Netflixは80億ドルを投じ、世界中で200を超えるオリジナルコンテンツを制作する。それだけの量になると、制作上の課題も多数ある。そこに、面白いアプローチをしているという発表があったので、最後にご紹介しておきたい。

 Netflixでスタジオテクノロジー部門を担当するAmie Tornincasa氏は、プレゼンテーションで次のように話した。これは、非常に印象深い事実である。

Netflixでスタジオテクノロジー部門を担当するAmie Tornincasa氏(左)と、同部門ディレクターのChris Goss氏

「1995年、映画業界は、制作のためのコミュニケーションにファックスを使っていました。そして2015年、それがどうなったかというと……いまだファックスを使っています(笑)」

1995年の「制作のためのコミュニケーション手段」と、2015年の「制作のためのコミュニケーション手段」。結局はファックス。紙に頼るワークフローの多さが、作品制作の効率を落としている。

 紙で仕事をしている……というと、日本のビジネスシーンのように思える。だが、これはハリウッドの現実だ。

 ハリウッドの映像制作の現場では、多数の人々が働いている。その中には、Netflixのようなハイテク企業に属する人々もいるが、大半はそうではない。Netflixと制作会社、そしてそれぞれの部門を請け負う企業と、そこに参加する多数のフリーランスの人々が、プロジェクト毎にそれぞれの業務に分かれて参加し、働いている。

 どこに誰がいつ参加するかはまちまちだ。それぞれの人々がどのような通信手段を使っているかも不統一で、「全員のメールアドレスを聞いてメールで通知」というわけにもいかない。また、現場では様々な変更が常に起こっているため、書き込みや修正が日常的に起きる。それをデジタルの文書に反映し、シェアするのは大変であるため、結局は現状「紙とペン」が活躍する。だからツールとしてファックスも広く使われているわけだ。

作品制作の過程では、多くのパートで多くの人々が関わる。その中には、Netflix社員の姿は一部で、大半はフリーランサー。分野毎に関わる人々は異なるため、相互のコミュニケーションは大変だ

 こうした問題は、日本の映画制作でもよく耳にする。日本の場合、「黒澤組」「深作組」と称されるように、映画監督や撮影監督を軸にしたチームである場合が多く、その参加人数もハリウッドほど多くない。いまだ「紙」が主流だが、先進的な一部の現場では、iPadにPDFを入れ、その共有はクラウドで……というパターンもある。だが、それは本当に一部のことで、まだまだやはり「紙」である。

 ハリウッドのように分業が進んでいて、より多数の人々が関わる場所では、結局、まだまだ「紙」のままのようである。

「そこで我々は、その問題をテクノロジーで解決できないか、と考えた」と、スタジオテクノロジー部門ディレクターのChris Goss氏は言う。それが「Move」というアプリだ。Netflixは社内で「Prodicle」というブランド名のサービスを立ち上げた。そのひとつがMoveなのだが、役割は、まさに「制作の現場で使われる紙をなくす」ことにある。

Netflixが、自社オリジナルコンテンツ制作ワークフロー改善のために開発した「Move」。スマホ用のウェブアプリで、非常にシンプルな操作になっている
Netflixのコンテンツ製作者向けアプリ「Move」Move, Powered by Prodicle

 詳しくはムービーをご覧いただきたい。これは、クラウドベースのスマホアプリである。現場のワークフローがすべてウェブ上に書き込まれており、シンプルに閲覧できる。脚本のどのページからどこまでの作業が、何時から何時まで行われるのか、といった内容が記録されているのだが、スケジュール変更や内容の変更は、当然リアルタイムに反映されていく。それだけでなく、過去の仕事で「シナリオの何ページ分にどれだけの作業時間が必要だったのか」という情報が記録されているので、新たなスケジュールは、そうした過去の仕事から「計測された事実」を元に、自動的に設定されるようになっている。

 これはいわば、Netflix流の「働き方改革」である。こうしたことは、いかにもテック企業らしい。実際彼らも、映画業界で同様のツールが使われていないか確認したようだが、「利用範囲が広く、更新が頻繁なものはなく、自分達のニーズは満たさなかった」(Goss氏)という。

 Moveは「プログレッシブウェブアプリ(PWA)」として実装されており、プッシュ通知やオフライン利用など、アプリと同じ使い方ができるが、アプリストアを介して配布する必要がなく、更新も頻繁に行える。関係者にはIDとパスワード、そして、Moveにアクセスするためのアドレスなどを教えるだけでいい。

 このアプリはまだ開発初期の段階で、2つのドラマのパイロット版制作に使われたところだという。結果は良好で、今後フィードバックを経て、より広く同社内で使っていく予定だという。そして、このツールは「当面、Netflixが関連するコンテンツ制作だけで使う」のだとか。

 多数のコンテンツ制作をするのはもちろんだが、その制作過程にテクノロジーによる「働き方改革」を持ち込むところがNetflixらしい、と筆者には感じられる。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41