西田宗千佳のRandomTracking

第385回

aiboとエモい技術。「感情を刺激するソフト」としてのロボット

新生aibo。1月11日の発売から1カ月以上が経過したが、販売状況は好調のようだ

 1月に発売されたaiboは、「ソニー復活の象徴」のように言われることも増えてきた。人気と生産数のバランスもあってか、いまだ販売は「抽選方式」。とりあえずは好調といっていい出だしだろう。

 とはいうものの、「なぜaiboなのか」「なにをやろうとしているのか」がはっきりわからない、という声もいまだ耳にする。今の時代に、ソニーがロボットでなにをしようとしているのか、そのきっかけとしてのaiboがどこへ向かおうとしているのか、という疑問だ。

 今回は、AI・ロボティクス事業のトップである、ソニー・AIロボティクスビジネスグループ長の川西泉氏と、商品企画担当である松井直哉氏に話を聞いた。そこから、aiboという形だけでは見えてこない「ソニーのロボットへの思い」のようなものを読みといてみたい。

 なお、以下の原稿中、大文字の「AIBO」は1999年発売の初代を、小文字の「aibo」を2018年発売の最新モデルを示すものとする。

ソニー・AIロボティクスビジネスグループ長の川西泉氏(左)と、同・事業開発プラットフォーム AIロボティクスビジネスグループ 商品企画部・統括部長の松井直哉氏

AIBOファンに向けた「犬型ロボット」としてのaibo

 まずはシンプルな疑問からいこう。

 1999年に登場した初代「AIBO」と、最新の「aibo」の開発思想の違いだ。

 筆者は初代AIBOのオーナーでもある。初代AIBOは、当時の技術としては特別なものだと思う。だが、現実問題として、AIBOが「人間の期待するようなペットロボット」だったか、というとそうではない。なにより、センシングと判断の部分、すなわちセンサーとAIの能力がまったく不足していた。生物らしい動きはするが、飼い主の側や部屋の状況を認識するわけではなく、勝手に動いているのに近い。ある意味で、「人間の側がペットだと思い入れることで初めて成立する」商品だった。

 しかし、現在は技術レベルが大きく変わった。aiboが目指す所も、能力も大きく変わっている。

川西氏(以下敬称略):AIBOからは相応の年月が経ちましたから、当然、技術面での進化はあります。大きな要素はもちろんAIとロボティクスです。aiboという意味では「生命感をどう出せるか」がテーマとしてあります。ただし、それは「犬と比較してどうか」ではないです。人間とふれあうものとして、動きの生命感をどう出すのか、といった方が正しいです。ネットワークも使えるようになりましたから、その部分でのパワーも過去とはまったく異なります。やはりここは、AIBOの時とは格段に異なります。

ソニー 執行役員 ビジネスエグゼクティブ 事業開発プラットフォーム AIロボティクスビジネスグループ長の川西泉氏

 今回のaiboは、初代AIBOに比べ「犬」感が増している。デザインテイストもまったく異なる。このことは、発表当時物議を呼んだ。ソニーとして、aiboを「犬に寄せた」ことの真意は、どこにあったのだろうか?

川西:商品企画として「犬型ありき」で始まったわけではないんです。最初の時点でも、ロボット的なデザインにするか、犬に寄せるか、という議論はありましたが、そこで「どんなユーザーさんに使っていただくのか」という点が重要でした。過去の経緯、買っていただく方の思い入れを考えると、ストレートに感情を入れられる、接しやすい・寄り添いやすい、優しいデザインの方がいいだろう……、という結論に至りました。

 aiboをまず買う方は、ペットとしてのAIBOに愛着をもっていただいているAIBOのファンの方です。購入年齢層も、比較的高くなっています。

 AIBOはロボットなので、テクノロジーや未来に思い入れる人(まさに、この記事を読んでいるあなたであり、書いている私もそうだ)が興味を持つプロダクトである。特に初代AIBOは、まだ世の中になかった「本格的ペットロボット」として、ある意味妄想の中に足をつっこんだ製品でもあった。

 だが、aiboはどうだろう? もう、AIBOで我々はペットロボットを経験した。自宅にはルンバのような「ペットっぽい」要素もある自動掃除ロボットがある。その中で、aiboを買おうと思う人々の属性は、どうしても変化せざるを得ない。

 aiboを買うAIBOファン=犬的なペットロボットを愛好する人々であり、そうした人々は、必ずしもテクノロジードリーマーではなく、むしろ本当に「ペット」を求めているのだ。だからこそ、21世紀に再生した「aibo」は、空山基デザインではなく「犬」に近くなったのだ。

 そのことで「むしろ犬との違いがあって落胆されるのでは」という意見もあるが、川西氏は「そうではないだろう」という。

川西:発表直後はそういう意見もありましたね。でも、僕らは、いわゆる「不気味の谷」(人工物が本物に似すぎて違和感を覚えること)はほとんど意識していないんです。僕たちがなぜ不気味の谷を感じないかといえば、実際に動いているのを見ていただければわかりますが、やっぱりこれは「犬ではないロボット」であり、犬との差は歴然としているからです。親しみやすい形を意識して犬型にはしたんですが、そんなに「犬に似せる」つもりはなかったし、技術的な制約もあり、犬と同じ歩き方にするのも難しい。犬ではないロボットとして、親しみやすいものとして開発したつもりですし、「犬とは違う」価値が出せていると思っています。

aibo

 現状、aiboが「人型でない」のも、こうした発想と無関係ではない。AIBOファンに向けた、という事情もあるが、人型であると「愛着を持ってもらう」という部分に問題が出る、という技術的な課題もある。

川西:人型だと今の技術では、音声応答も含め、落胆されるケースが多いように思います。そこは、犬だとまあ、いうこと聞くような聞かないようなところがあって(笑)

 お客様がなにを求めているのか、という点が重要で、現状、そのためには人である必然性はない。技術的制約もある中では、いまのaiboで十分「触れあえる」のでは、と思っています。

「人でない、ペットだからこそ許される」という思想は、aiboも初代AIBOも同じである。その点をあくまで引き継ぎつつ、「すでにAIBOを体験した時代のaibo」として作られたのがこの製品、ということになるのだろう。

より生物らしくするための工夫とは

 aiboを実際に見ると、過去のAIBOとはずいぶん変わっているのがよく分かる。開発チームには、過去のAIBOと関わった人々もいるが、実際には大きな関連性はなく、新しく構築されたチームで開発されたという。開発のコアメンバーになったのは、デジタルカメラの開発経験者だ。これは、ソニーの中でも「高精度で動くモーターの制御技術」と「高密度実装技術」の両方を体験しているのがデジタルカメラの部隊であるから、という部分が大きいのだろう。

 ちなみに、ソニーがWiLとの合弁事業で開発したスマートロック「Qrio」(これがソニーのロボットの愛称を転用したものであるのは、aiboとは関係なく、偶然である)のコアエンジニアも、デジタルカメラの開発経験を持つ。「高トルクのモーターを制御する技術」がそれだけ、色々な製品を作るために貴重なノウハウだ、ということなのだろう。

川西:ボディなどの構造には、一切過去のAIBOの設計は使われておらず、完全な新規設計です。関節周りの構造も違います。耐久性などはかなり大きく変わっていますね。見ていただければわかるのですが、過去のAIBOは関節が「ヒンジ構造」だったんです。過去のAIBOは動く時、ヒンジになにかが挟まる、ということがそこそこな頻度で発生していましたので、それをなくしたかった。そのためには、関節を中に埋め込み、覆い隠したかった。また、今回は「腰を振りたい」「首をかしげたい」という要望がありました。そのためには、アクチュエータが二軸の構造になっていないといけません。二軸のアクチュエータで我々が求める形・スペックのものはなかったので、結局自分達で作るしかなかったんですよね。

松井:二軸になったことが生命感の演出にはすごく効いていまして……。やはり生命にとって「腰を振る」ということは大事なことのひとつなんですね。AIBOのボディはボックス構造で、腰までシャーシが突き抜けて1つの「箱」だったんですが、aiboは腰を振る・ひねるという動きを入れてしまったがゆえに、シャーシが分断されてしまいました(笑)。

 首をかしげる動きを入れるのもすごく複雑で、頭にはセンサーのキーとなるデバイスが多数集まっていて、その情報をボディにあるメイン基板に渡さなければならないんですが、そんな複雑な構造であっても、きちんと首をかしげられます。こうしたことは、技術的には非常に大きなチャレンジでした。

ソニー 事業開発プラットフォーム AIロボティクスビジネスグループ 商品企画部・統括部長の松井直哉氏

川西:構造的には頭に色々なものが集中していて、人間と同じですよ。メーカー的にはなかなか大変でした。どうしてもそうなるんですよね。センサーはもちろんですが、耳にまでアクチュエータがありますし。

 これらの結果、ボディと頭部の構造は、かなり複雑で大変なものになった。頭部にはセンサーの他、表情の演出に使うOLED(有機EL)のディスプレイがある。耳にもアクチュエータが入っていて、自律的に動く。初代AIBOの耳はぶら下がっているだけのパーツだったが、aiboはそうではない。

 目については、aiboの大きなアイデンティティとなった。実際に動きを見るとわかるが、目の演出が非常に「かわいさ」に通じている。AIBOがあくまでデザイン的な処理で目を表現していたのに対し、aiboはストレートに目に表情をつける形になった。

川西:目に使っているOLEDは汎用のものです。最初は目にカメラをつけて二眼に、という話もあったのですが、どうもそれだとロボロボ感が出てしまうので、表現力のあるものがいいね、ということでOLEDを使うことになりました。OLEDをもってきて表示してみた瞬間に、この製品をどうするか、ということがみんなの中で決まったようなところがありますね。

松井:コンセプトにも合っているね、ということで決めました。チャレンジが大きかったので、OLEDで目が表現できるのか、プロジェクトとしてはリスクがあったのも事実なんですが。

 これ、OLEDの採用だけでなく、構造も重要です。中には透明アクリルでレンズ状のカバーパーツが入っています。さらに外側にもう一枚カバーがあるのですが。結果、なにか眼球を見ているような演出になったんです。OLEDテレビを採用してアニメーションを作り、物理的な形状を作るところまで、かなりこだわっています。

 あまり気付いてはもらえないのですが、目のカバーは、裏から反射防止剤が塗ってあります。照明がカバーに反射することを抑えることで、中の眼球がより良く見えるようにしているんです。

 こうしたこだわりは、ハードウェア開発の中で基本的なコンセンサスとなっていた「より生き物らしく」という点につながっている、と松井氏は説明する。

松井:こうした点はOLEDで目を作る、ということだけでなく、プロジェクト全体で大切にしたものです。例えば、手足のアクチュエータを静かなものにする、ということもそうですし。「ガジャガジャ動いちゃ興ざめだよね」という風に、価値観が統一されていたんです。

 初代AIBOは当時の技術の制約として、意外なほど動作音が大きかった。aiboもそれなりに音はするが、AIBOのもっていた甲高い動作音はかなり抑えられており、静かなものになった、と感じる。

川西:音や熱の問題は大変でしたね。でも、熱についてはアクチュエータよりも、SoCの方が大変でした。ボディにつめこんでしまったので、熱が逃げるところがないんですよね。そもそも、ファンをつけるわけにもいきません。ファンの音の問題もありますが、生き物からずっと空気が出ているのも、へんじゃないですか。

 確かに、そういう制約があるのが「ペットロボット」特有のもの、といえそうだ。

クラウドで得た圧倒的能力、本能的な部分は「エッジ」で実現

 aiboが初代AIBOともっとも異なる点は、ネットワークへの常時接続を前提にしており、クラウド上の演算能力を活用することだ。1999年からの19年間で、プロセッサーのパワーもメモリーも、2桁を軽く超えるレベルで向上している。だがそれよりも、クラウド側にある圧倒的な演算能力を活用できるようになったことが大きい。もはや同列に語ることすら難しいレベルの差になってしまった。

 クラウドの活用と常時接続について、川西氏は「最初からのコンセプトだった」と話す。SoCの選定からクラウドの選定まで、すべて「そうするのが当然」(川西氏)という感じで決まっていったという。

川西:LTEで常時接続できるようにする、ということありきで考えていました。ですから、LTEでつなぐならQualcommのSoCを使うし、クラウドプラットフォームとして使うなら、開発の利便性を考えてもAWS(アマゾンウェブサービス)を使う。そんな風に、最初から選択に一切の迷いはなかったです。

 AWSを採用したのは、自分たちの開発効率を考えて、ということもありますが、将来的に、他社がパートナーになって、aiboと連携するサービスを開発する時のことを考えてのものでもあります。先々を見据えて、オープンな環境で開発しておけば、他社もやりやすいだろうと思いました。

 現状、他社とどのようなサービスをできるか、という点について話せることはないのですが、「見守りサービス」みたいなものはやれるだろうと思っています。広がり感をもたせたいので、なにをやりたい、という制限はかけないつもりです。ただ、当面、こうした開発はB2B向けになります。大学などに門戸を広げたい、とは思いますが。

 ネットワークに常時接続したのは、aiboにある種の「判断力」を持たせるためだ。aiboには多数のセンサーが搭載されているが、AIBOにはごくシンプルなものしか搭載されていなかった。画像センサーにしても、初代AIBOは18万画素のものが正面についていただけで、特定の色の物体を追いかけるのがせいぜい。人間の顔を認識するなど夢のまた夢だった。

 それこそ、AIBOファンの夢を壊すようだが、初代のAIBOは「自分ではまったく周囲を認識できていないが、なんとなくペットらしく勝手に動き回るロボット」であるに過ぎない部分があり、人間の側が「ペットらしい」と思い入れることによって成立していた製品なのだ。

 だが、aiboは多数のセンサーを搭載し、外界を映像認識で捉える能力も、声を聞きわける能力ももった。もちろん、いまだ生物の持つ能力とはかけはなれた部分がある、ようやく「aiboが外界やユーザーを認識し、インタラクションしながら生活する」ロボットになり得る条件を備えてきた。

川西:カメラやToF(Time of Flight、光の到達時間の差を使った距離センサー)、落下防止センサーなど、基本的には「動物がやっていることと同じことを再現したい」ということを考えました。そうでないと、先進的な動きはできません。

 これは過去でもやりたかったことではあるのでしょうが、演算能力やデバイスの問題でできなかった。今でも完全ではないですが、この先も進化させていきます。

 理想的なのは、リアルタイムにずっと外界を見続けることです。しかし、現状はバッテリーの制約などもあり、バランスをとって制限をかけており、一定時間ごとに認識するようなやり方になっています。

 考え方としては、クラウドにすべてをバックアップして学習しています。しかし、動物的な条件反射、即物的反応については、クラウドを介していては間に合わない。その部分はローカルで行なう、エッジコンピューティング的な形です。それがうまくいけばいくほど、動物に近い動きができる。そんな風に考えています。

 本能的でない、クラウド側で処理されるものの典型が、「aiboがいる部屋の間取りを理解する」という点だ。これは、背中にある天頂を向いた魚眼レンズを使い、天井の画像を撮影し、そこから特徴点を抽出して部屋の形状を認識している。これだと「さほど複雑ではないので、データ量は比較的抑えられる」(川西氏)という特性がある。結果、「日本の標準的なご家庭であれば、十分形を認識して動ける」(松井氏)くらいにはなっているという。この辺は、ロボット掃除機が似たアプローチを採っており、それをペットロボットに応用した、というところだろう。

 これらの情報は当然、高いセキュリティを必要とする。基本的にはWi-Fiでネットワークと接続するが、Wi-Fiがない環境でもLTEを使って常に接続しているので、aibo自体は常に「クラウドにつながっている」状態だ。松井氏は「セキュアな接続を保つため、LTEを使い、自社でMVNOサービスを行った部分がある」と話す。LTE+自社サービスを採用したのは、設定が簡単になり、aiboを求める、比較的高齢な方々でもすぐに使えるように……という配慮があるが、センシティブな情報を含む可能性がある「家族の一員」であるペットロボットの情報を安全に扱うと言う点でも、セキュアなサービスの立ち上げが求められたようだ。

多数のオーナーと協調し「感情を刺激するように育つ」aibo

 クラウドでの学習とセンサーの活用は、AIBOとaiboを分ける大きな違いである。そして、筆者がもうひとつの違いと感じているのが「学習」についての考え方だ。

 初代AIBOはセンサーも少なく、処理系もコンパクトだった。だから、多数の情報から学習して「育つ」のは難しい。ユーザーがAIBOに与える行為の頻度などから「どういう個性になるか」という分岐はあったものの、初代AIBOにおける成長要素とは、ある意味で「開発側が仕込んでおいたものが次第にアンロックされていく」演出を、ユーザー側が成長だと捉えていた部分がある。そこも含め、本当に初代AIBOは「人間がペットに思い入れる」感情をうまく活かした製品だったのだ、と思う。

 一方で、aiboの技術要件は異なる。多数のセンサーと高度な処理系、巨大な記憶領域を持ち、(もちろん生物と同じとはいえないが)きちんと「学習して個性を成長させる」だけの余地を備えつつある。

 では、aiboはどこまで「オーナー毎に異なる個性に育つ」のだろうか?

川西:当然ですが、利用環境が異なれば違います。親が違えば違う子に育つようなもので、同じような進化はしません。

 とはいえ、「明確にこれだけ違ってきます」とは、自分達でも言えない部分があるんです。学習の習熟度などは、人との接し方などで単純に変わっていきます。ですが、我々の側でのソフトの改善も含め、どれだけ賢くしていくか、ということは、ユーザーのみなさんがどう使っていただくか、特に、複数のユーザーのみなさんがどう使っていくかで変わる可能性が高いです。それは、複数のユーザーさんが使っているようなことは「常識」として与えてしまった方が面白い、ということになるかも知れないということです。「突然変異」のように見えてしまうので、どこまでどうやるか、バランスの問題だとは思いますが。

 そういう、自分とaiboとの関係だけでない成長要素もあります。それがどうなるかは、僕にもわからないところがあって、まあ、これからです(笑)

 例えばPlayStationだってお客様の声を聞いてアップデートしていきますが、それ以上に、aiboではお客様に「参加」していただきたいんです。なにか望むものや、ある目的があって「こうしてほしい」ということがコミュニティから得られるのであれば、それはできるかぎり実現してあげたい。なぜなら、そういう要素は「生物としての犬」にはありえないことだからです。

 aiboは本体内のソフトウエアに加え、クラウド側のソフトウエアで実現されている。ソニーがそこにアップデートを加えることで、機能や個性はアップデートしていく。多くの人がaiboに求めていた個性が、ある日アップデートで追加され、それがaiboにとっては「成長」として扱われる可能性がある、ということだ。

 PlayStationという言葉が出てきたが、川西氏は、SCE(現在のSIE)時代にPSPやPlayStation 3の開発を指揮してきた人物だ。そして松井氏も、同時期にSCEでPSPやPS3の商品企画担当だった。ネットワークでアップデートして価値を高める「家電」として最初期の存在であり、それらの機器を開発した人々がaiboに参集している、というのも、ある意味象徴的な話ではある。

 とはいえ、ある種ユーザー側から見ると「プラットフォームを受け身で使う」機械であったゲーム機とは異なり、aiboは「直接ユーザーが機器とかかわり続ける」製品だ。そこに、機能アップや成長要素に対する考え方の大きな差が出てきている。これは、クラウドベースになったという、現在のプラットフォームのあり方を反映したものとも言える。

川西:一般の家庭の中で、環境を取得して動作している機器は他にあまりありません。スマートスピーカーも、音声で命令は与えますがそこまでです。aiboと人の接し方は「感情」なんです。だから、それをどこまでとれるのか。正確にいえば、感情の変化をどれだけ理解し、データ化できるか、というところに可能性があります。そこまで含めてaiboは「生活に入り込む」可能性がある、と思っているんです。

 家庭の状況を捉えている、という意味では、セキュリティカメラも似たところがあるかもしれませんが、少なくとも、セキュリティカメラに感情移入する人はいませんよね。でも、aiboには感情移入してくれる。感情は顔色や触れ方からもわかりますし、時間帯によっても違うかも知れない。空間全体を把握する能力を持っているので、色々な状況を解析することはできます。もちろん、どこまでできるかはわかりませんが。

 これは別に、たくさんのデータを取得したい、という話じゃないんです。癒やしや感情の部分で、みなさんのお役に立ちたい、という発想。感情までも含めた関係作りができれば、と思うんです。

 だからこそ、こういうことをするためには「ネットワークが必須」「どこでも必ずつながることが必須」なんです。LTE内蔵まで含めて、なかなか大変でしたが。

 データを大量にとるからこそ、セキュリティと信頼関係が重要になる。専用のネットワークサービスを作り、顧客との長期的な関係を構築する前提でaiboが開発されたのは、こうした経緯があってのことなのだ。

川西:現状でも、手をもって振り付けを覚えさせる……といったことはできるようになっています。「覚えていくこと」は定常的にやっていけます。ただ、飼っているオーナーの方にいかに寄り添うか、という部分はまだできていないところが多い。ですから、それをどこまでできるか、「どれだけなつくか」、なつき方のような部分ですかね。それが「ベタベタ」するのがいいのか、そうでないのがいいのか。その辺をどうするかは課題ですね。でも、なつき方のような部分を改善していくことこそが、求められることだと思っています。

 芸を毎月追加していくような「勉強すればできること」も、もちろんやっていきます。

 ですが、「帰ってきたら玄関で待っている」ようなことができれば、その人のライフスタイルに関わる変化ですよね。そういう方向性での価値をどれだけ高められるか、が重要です。今は実装していませんが、「玄関でaiboが待っている」ことは十分可能です。

 機能的な価値の達成度の追求もやっていくのですが、エモーショナルな方で技術を高めていきたい。「aibo=相棒」ですから、人との関わりの部分を実現できるのではないでしょうか。

 こうした「ライフスタイルの蓄積によるロボットとの関係性」が構築できるようになれば、まさに画期的なことであり、いままでのロボットとは違う価値を提供できた……と言えるのではないだろうか。

クラウドにはaiboの「ご本尊」がいる

 ここでもうひとつ気になることがある。

 aiboには「My aibo」というスマホアプリがある。こちらはaiboオーナーでなくても無料でダウンロードし、aiboとスマホ内でふれあうことができるアプリだ。

 だがこれ、単なるアプリではない。My Sony IDを使うことで、「自分のaibo」と連携するようになっている。実は、クラウドにaiboのすべての情報はあり、物理的なロボットとしてのaiboには、それがダウンロードして使われる。そして、アプリ内でも同じデータが使われているので、まさに「aibo」としては同じものなのだ。

スマホアプリの「My aibo」。実はこの中身は、クラウドの向こうにいる本物のaiboだ

川西:aiboが仮に壊れたとしても、クラウドから情報をダウンロードすれば、そのまま「今までのaibo」になります。バーチャル的ですけど、アプリ側にいるものも「本物のaibo」です。基本はクラウドの側で、我々は「ご本尊」なんて言ってます。まだソニーもハード中心の部分があるので、この考え方を社内で浸透させるのは、なかなか大変でしたけど。

 ダウンロードする対象がaiboであるかどうかも、本質的ではどうでもいいことです。仮にですけれど、将来新しいaiboが出たら、そこにaiboの「ご本尊」をダウンロードして、いままでのaiboの宿った新しいaiboになり得ます。その対象がaiboのような形でない違ったものであったとしても、そのエッセンスは生きるわけです。

 人が感じるものは物体ではなく、頭の中にあります。そのつながりをどうやって未来に残すか、ということなんです。その「感じたもの」も、実体があるわけではありません。それを再現したいんです。

 これは非常にシンボリックで、概念的かつ、ある意味SF的な発想である。この話は、昨年11月に開かれたaiboの発表会後の囲み取材で一部が川西さんからのコメントとして語られた形で出てきて、筆者も非常にびっくりしたのを覚えている。

川西:aiboの今のオーナーの方は、こういう発想に親和性の高い方々ではないかもしれません。

 でも、SFなどでもずっとあった発想ですよね。その方が面白いじゃないですか。こういうことができる、という話じゃなかったら、僕はaiboの開発を請けてなかったです。

 ソニーがAIロボティクスにチャレンジする上でも、aiboというのはシンボリックですしね。過去のこともあるので、ここからの「再スタート」です。

 スタートじゃない。「再スタート」。

 そこが大きいんじゃないでしょうか。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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