西田宗千佳のRandomTracking

第399回

人も機械も「空間を共有する世界」へ。マイクロソフトMixed Reality戦略

 マイクロソフトが「Mixed Reality(MR)」として、VRやARを統合した世界を推進している。一方で、VR・AR関連世界は動きが早く、OculusやGoogleのような強いプラットフォーマーだけでなく、スタートアップ企業からの追い上げもある。発展途上の技術であるだけに、マイクロソフトのような大手であっても、安穏とはしていられる状況ではない。

米マイクロソフト・Mixed Reality Studios General Managerのロレイン・バーディーン氏

 マイクロソフトは「クラウドと開発環境」の会社でもある。5月初めにシアトルで開催された開発者会議「BUILD 2018」、そして、5月22日・23日に東京で開催された「de:code 2018」でも、デベロッパーによるMRの活用例と、マイクロソフト自身の考えるMRの活用方法について、様々な発表がなされた。

 de:code 2018の開催に合わせて来日した、米マイクロソフト・Mixed Reality Studios General Managerのロレイン・バーディーン氏に、マイクロソフトが考えるMRの活用について聞いた。

HoloLensは「ファーストライン・ワーカー」を狙う

 現在、HoloLensやVRタイプの「Windows Mixed Reality Immersive Headset」は、どのようなビジネス状況にある、とマイクロソフトは考えているのだろうか。バーディーン氏は次のように説明している。

バーディーン氏(以下敬称略):特にHoloLensを中心に、すでに様々なカスタマーがいて、それぞれの目的にMRを活用しようとしています。その中でもマイクロソフト自身は、仕事空間・産業用途、そして「ファーストライン・ワーカー」向けに集中しています。

 ファーストライン・ワーカーというのは、主にマイクロソフトが自社のビジネス向け製品を販売している時の区分だ。工場のラインの中や工事現場、販売店のレジ業務といった、「現場の第一線」という意味合いを持つ。そこでどういう使い方を想定しているかはのちほど述べる。

マイクロソフトの定義による「ファーストライン・ワーカー」。従来のオフィスワーカーではなく、いわゆる「現場の第一線」で働く人々を指す

 今回、de:codeに合わせ、日本国内のWindows Mixed Reality関連開発パートナーの事例が多数公開された。その多くは、実際の製造や管理の現場での利用、もしくはその研修を目的としたアプリケーションが多かった。

 例えば東京電力とポケット・クエリーは共同で、発電所や工事などの現場での利用を想定した活用の研究成果である「QuantuMR」をデモした。これは、その場に合わせた情報を表示することで、現場作業をカバーするもの。例えば異音が発生している場合には、正常な音と異音を並列に示すことで、今のトラブルがどういう状況なのかを判断する手助けをする……といった使い方ができる。

東京電力とポケット・クエリーが共同で研究中の「QuantuMR」。現場作業をMRでカバーすることが目的だ
QuantuMRビデオ

 また、インフォマティクスが開発中の「GyloEye Holo」は、建築現場で、図面データをそのままHoloLensで現実の空間に表示する。図面データを合わせて見ることで、現場の施工状況との差違を発見し、作業を円滑化することが目的だ。

インフォマティクスの「GyloEye Holo」。図面データをそのまま、空間上に「立体」として、位置合わせをした形で重ね合わせられる。施工状況との差違を確認しやすくなり、作業効率が上がる

 こうしたアプリケーションは、まさにマイクロソフトのいう「ファーストライン・ワーカー」に向けたものだ。これはもちろん、HoloLensのような機器がそうした現場に向いている……という分析あってのものである。

バーディーン:ファーストライン・ワーカーは、非常に高度で多くの作業を求められ、情報支援も必要とされている一方で、コンピュータ化が難しい職種でした。なにしろ、両手が使えないシーンが多いですから。それに、エキスパートである彼らは、作業のために、とても高度な「道具」を使いこなすことを求められています。そこに、複雑で使いづらいシステムを導入することは、現実的ではありませんでした。

 しかし、HoloLensのようなコンピュータで、Mixed Realityを使った支援であるならば、彼らにより良い作業環境を提供できるはずです。ですから、まずはファーストライン・ワーカー向けに、とても強いニーズがあると考えています。

 マイクロソフト自身が公開したアプリケーションも、ファーストライン・ワーカー支援の側面を持ったものだった。Build 2018でその存在が公開された「Microsoft Layout」と「Microsoft Remote Assist」がそれだ。de:codeと時期を合わせるように、5月22日より、プレビュー版アプリが、期間限定で無料公開されている。

 Microsoft Layoutは、実際にモノを置く前に、仮想空間の中に物体を置き、レイアウトを試してみることができるもの。Microsoft Layoutの特徴は、HoloLensという実空間をシースルーで見られる、いわゆるARデバイスを使い配置できることに加え、配置する空間の壁や天井などの設定が容易なことだ。ARではこうした用途提案は多いが、Microsoft Layoutはすぐに住宅や家具の販売の現場で使えそうだ、という印象を受けた。

Microsoft Layout。工場や住宅などの「レイアウト」を仮想空間内で実現
Microsoft Layoutの解説ビデオ

 Microsoft Remote Assistは、Mixed Reality環境内で「誰かと対話しながら仕事を進める」ためのアプリケーションだ。HoloLensに写る画面上には、ビデオ通話が表示される。こちらの視界の映像は相手に表示されているのだが、そこに対し通話している相手は、矢印を追記したり、マーキングをしたりできる。要は、自分がやっている作業の場所に、作業に関する指示が「実際に書き込まれる」のだ。もちろん、両者は同じ場にいる必要はなく、ネットを介した遠隔地同士で、こうした作業支援が行える。従来であれば「経験者と未経験者」がセットになり、その場で実際に対話しながら進めなければならなかったことも、MRを介して行なえるようになっている。

 筆者も実際に体験したが、これはなかなか衝撃的だった。同じようなコンセプトの技術はARに関連する多数の企業が開発中だ。冒頭で紹介した、東京電力の例もそのひとつである。だが、同時に、Remote Assistを体験してみるとさすがに現実味を帯びてくる。Remote Assistは「QuantuMR」ほど複雑なことはしていないが、一方でとても現実的で、すぐに導入出来そうな完成度になっている。

Microsoft Remote Assist。HoloLensを使い、視界の中に作業工程などを「書き込み」、書類を参照しつつ、ビデオコミュニケーションができる
Microsoft Remote Assistの解説ビデオ

 Microsoft Remote Assistの場合特に重要なのは、HoloLensをつけて「いない」側のシステムとしては、既存の対話システムを活用している、ということだ。マイクロソフトのチャットベースによるコミュニケーションサービスである「Microsoft Team」が使われており、この中でビデオ会話を使うことの延長線上として、HoloLensによる作業支援が行えるようになっている。Microsoft TeamはOffice 365の一部になっているので、HoloLensのような機器を導入すれば、Office 365と比較的簡単に使えるようになる。

 この2つは、de:codeにおけるバーディーン氏のプレゼンテーションでも中心的に扱われていた。マイクロソフトとしても、こうした使い方こそがHoloLensの当面の軸、と考えている証だ。

現在のMRは「パイロット開発」段階

 こうした業務系アプリケーションは、現在どこまで導入が進んでいるのだろうか? バーディーン氏は「現在、第二段階に進んでいる」と説明する。

バーディーン:すべてのMRを利用とするカスタマーは、3つのフェーズを通過します。それは「コンセプトの検証」「パイロット」「デプロイ」です。まず、最初に出てきたアイデアが正しい方向性のものであり、実用に足るものかを検証する必要があります。これが「コンセプト」の段階です。それから、実際のビジネスシステムやコミュニケ-ションに組み込み、問題と想定のギャップを確認します。これが「パイロット」。それから、実際の仕事の一部として運用を開始するのが「デプロイ」です。

 現状、非常に多くのカスマターが「パイロット」の段階に進んでいます。HoloLensが出てから1年半が経過しましたが、その間に多くの企業がコンセプトの検証を行ない、どこにブレイクスルーの可能性があるかを考えました。日本にいる多くの顧客の場合、そこから「パイロット」ステージへと移行しており、いくつかの企業はまだコンセプトの段階です。

 第三段階である「デプロイ」までには、時には2年・3年と時間がかかることもあります。新しい技術を使う側が理解し、使えるようになるまでの時間も必要です。

コンシューマとの接点は「1 to many」用途に

 一方で、こういう見方もできる。

 新しいコンピュータの多くは、まず「企業向け」に開発が進む。なぜなら、用途が明確であり、課題解決のためにコストを支払う意思も意図も明確だからだ。PCそのものもそうだったし、携帯電話やタブレットもそうだった。ある意味で定番の発想だ。

 コンシューマも含めた、全体的なビジネス展開の構図を、マイクロソフトとしてはどう描いているのだろうか?

バーディーン:Immersive Headsetは主にエンターテインメント向け、ゲームなどに広がっています。一方で、HoloLensはビジネス向けが主軸です。ファーストライン・ワーカー向けがまず大きな可能性を持っています。それはやはり、「ファーストライン・ワーカーはPCを持って作業ができなかった」からであり、そこに、まずHoloLensを使うニーズがある、と考えています。ただし、最初のフェーズがファーストライン・ワーカーなのであり、チャンスはそこからさらに広がっています。

 一方でコンシューマ向けには、いわゆる「B2C」の分野に、大きな可能性があるはずです。博報堂とマイクロソフトが共同で開発した、「MRミュージアム in 京都」は体験していただけましたか? 非常にすばらしいアプリケーションだと思います。博物館向けの体験を作ることには、大きな可能性があります。5月24日から限定で公開された「ゴジラ・ナイト」も似た例ですね。こうした「1 to many」向けのアプリケーションをMixed Realityで展開していく市場は大きいはずです。ミュージアムだけでなく、コミコンのようなイベントでの展開も考えられます。

 バーディーン氏が挙げた「B2C」「1 to many」向けの用途は、VRやARの産業の中でも、現在急速に立ち上がりつつある用途だ。VRについては、バンダイナムコが展開する「VR ZONE」に代表される、アミューズメント施設での導入が、個人向けよりも先にビジネス化したが、これは、機材とアプリケーション開発、双方のコストを考えた場合に、割に合いやすいからでもある。

 HoloLensを使ったMixed Reality体験としては、マイクロソフト自身が積極的に「1 to many」型の事例を積み重ねている。「MRミュージアム in 京都」と「ゴジラ・ナイト」はその好例であり、とにかくどちらも完成度が高い。

「MRミュージアム in 京都」は、国宝「風神雷神図屏風」に関する解説を建仁寺の僧侶に聞く……というMRアプリケーションなのだが、僧侶がMRで登場するだけでなく、「風神雷神図屏風」の世界を屏風の「外」に描き出す、という、MRならではの作りになっている。

「MRミュージアム in 京都」。今年2月から3月にかけて、建仁寺本坊と京都国立博物館で体験ができたが、現在は終了している
MRミュージアム in 京都 解説ビデオ

 今回、de:codeにあわせるように公開された、もっとも大規模なHoloLensアプリケーションが「ゴジラ・ナイト」だろう。こちらは、別途記事も掲載されているので、そちらも合わせてご覧いただきたい。「夜の日比谷をゴジラが襲う」アトラクション、と書くと1行で終わってしまうのだが、とにかく凝りに凝ったアプリケーションだ。あまりに真面目に作りはじめたがゆえに、「製作中、『ここまでやるならこちらからシナリオなども提案してガチで』と東宝側から言われた」(マイクロソフト担当者)という力作。「シン・ゴジラ」の世界観に合わせ、日比谷でゴジラ撃退を試みるチームのメンバーになりきれる。MRなので当然実際にはゴジラも作戦指令もないのだが、自分が体験中に構えていたカメラにゴジラや作戦指令図が写っていないのが不思議……と一瞬思うくらい、力が入りまくったアプリだった。この場・この時しか体験できないのがもったいないほどだ。

「Godzilla Nights」のイメージ
(C)TOHO CO., LTD.
「ミサイル発射!」と叫んでミサイルをゴジラに向けてひたすら撃つ参加者
「ゴジラ・ナイト」体験中に筆者が撮影した写真。キャストのみなさんもノリノリの演出。よく見るとHoloLensも「巨災対・自衛隊運用」仕様だ

人とも機械とも「空間を共有する」世界へ

 一見、B2Bの「ファーストライン・ワーカー」向けとB2Cの「ゴジラ・ナイト」には、関連がないように見える。しかし、実際には同じ共通の要素がある、と筆者は感じた。

 それは「コミュニケーション」と「空間共有」だ。

「ゴジラ・ナイト」は、複数の人がHoloLensを介し、実際には存在しないゴジラなどの映像を「そこにあるもの」として共有していた。ファーストライン・ワーカー向けのアプリケーションでも、作業環境を複数の人々が共有することで作業効率が高まっていく。

 これまで、VRやARのアプリケーションは、「自分がある世界に没入する、入り込む」ことが脚光を浴びてきた。しかし、実際に活用をすすめていくならば、「視界や情報を他人と共有する」、すなわち、仮想空間を他人と一緒に活用できるようになって、はじめてその価値が高まるのだ。これは昨年、HoloLensの産みの親であるアレックス・キップマンにインタビューした際、彼が「コラボラティブ(協調的)コンピューティング」として提唱した概念そのものである。

 バーディーン氏も。「コネクテッド・ワークフローやリモートアシストの分野には、様々な可能性がある」と、コミュニケーションを加味した使い方に大きな価値がある、と説明する。そして、情報の共有は「人とだけではない」とも言う。

バーディーン:重要なのはカスタマーの問題をどう解決するか、です。そのためには、空間の中にある様々な情報を採り入れ、情報を活用する必要があります。IoT機器やセンサーからの情報を可視化することで、いま、周囲がどのような状況にあるかを認識できるようになります。異常があれば、そこでアラートを出すことも可能になります。

 エッジIoTをMRと融合し、さらに、情報から先を予知する能力をもったAIを組み合わせることで、いままでにないステージに到達できるはずです。

 すなわち、IoT機器が収集する情報を「視界の中にマッピング」していくことで、HoloLensのような機器は、人間の目を超える能力をもったものになる……という考え方だ。

「Microsoft Layout」と「Microsoft Remote Assist」、さらに空間分析用のIoT機器を組み合わせることで、異常・正常を含めた、周囲の情報の可視化が可能になる

「先の製品や技術についてはコメントできない」とした上で、バーディーン氏は今後のHoloLensについて、次のように述べている。

バーディーン:(マイクロソフト)AI and Researchグループのハリー・シャムは、次世代のHoloLensに使う「HPU」に、機械学習処理に関する機能を搭載する、とコメントしています。それによって、より様々な状況を分析できるようになるでしょう。

 HPUとは、HoloLensに搭載されているマイクロソフト製のプロセッサーのことで、現行版でも、位置認識などを司っている。次世代版では、ここに機械学習系の機能が搭載され、位置などを正確に把握するだけでなく、「見ているものがなにか、どういう状況かを認識」したり、多数の指や物体を認識して操作に使ったり、といったことが可能になる。こうした要素が、人やIoTデバイスとの空間共有に大きな役割を果たすのは間違いない。

 次世代HoloLensの発売・発表時期はまだ公開されていない。しかし、マイクロソフトが「ファーストライン・ワーカー」や「空間共有」を戦略の軸に置いている以上、その存在は、MRビジネスを本格化する上で、戦略上重要な地位を占めているのは間違いない。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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